ワンコイン DVD っていうのかな?映画の著作権がらみでニュースでやってたヤツ。
実は、私、あそこの DVD をいくつか持っている。駅構内などで、ワゴンに乗せて売っているのを買った事があるのだ。
その DVD に付いてきた商品のカタログに、どうしても欲しい映画があったので、あのニュースが流れてきた時、、、
『やばい、あの会社、倒産したらどうしよう??』だった。
映画の DVD が一本500円で買えるってのも理由だけど、その映画が手に入るかどうかがわからないっていう理由で、真っ先に心配しちゃったからだ。
デパートや大型電器店に入っている CD ショップの DVD コーナーでは、いままで売っているのを見た事がなかったので、商品のカタログのリストに掲載されいていた時は、心底、嬉しかった。だから、『えっ!手にはいんなくなっちゃうの?早く注文しときゃよかった』と。
で、その欲しかったタイトルだが一つは、『サムソンとデリラ』。もう一つは『クオ・ヴァディス』だ。
出演している俳優陣に興味がある訳じゃ無く、その内容に興味があるからだ。
このタイトルをみて、どんな内容の映画かわかる人は、、、、わからなくても、最近の私の興味の延長線を考えればわかっちゃうかもね。
そう、、、
『サムソンとデリラ』は、ご存知、旧約聖書の“士師記”に登場する“士師サムソン”のエピソードだ。モーセがエジプトを出て、ヨシュアがカナンを征服した後、突出した偉人が排出されない期間、士師と呼ばれるチョットエライ人がイスラエルの人々をまとめていた頃の話だ。
で、面白いのが、“士師サムソン”。チョットエライどころかちっとも偉くない。しかも、禁欲的な聖書の世界にあって、“色気”のある話なのだ。色気とくれば主人公は“女好き”である。デリラってゆー妖艶な美女に嵌められて、殺されちゃう物語なのだが、映画では、どんなストーリーにまとめられているのか・・・、気になっていたわけだ。
ちなみに、小泉首相も大好きなオペラの方じゃないよ!
旧約聖書と来たから今度は、、、そう、新約聖書から。
『クオ・ヴァディス』は、 ドミネ クオ ヴァディス(どこへ行かれるのですか?)のエピソードから。
時は、暴君ネロの時代。
迫害を避け、ローマから逃れる途中のペテロは、東の空が薔薇色に染まった頃、朝もやの中を光り輝くものが近付いて来るのに気付いた。それはイエス・キリストであった。
「主よ、どちらへいらっしゃるのですか(クオ・ヴァディス、ドミネ)?」《ペテロは感涙にむせび、ひざまづいて尋ねる。》
イエスは答える。
「お前が私の民を見捨てるなら、私はローマへ行って、もう一度十字架に架かろう」《ペテロは電撃のような衝撃を受けて倒れる。》
失神していたペテロがやがて杖を取って立ち上がり、方向を変えて歩き出したのを見て、御付きの少年が不思議そうに尋ねる。
「クオ・ヴァディス、ドミネ?」
「ローマへ」そう答えて、ペテロは足を早めるのだった……。
その当時の背景は、、
イエス刑死後“聖霊降臨”によって目覚めた弟子たちは、信仰のための共同生活を始める(教会の起源)。これから約70年間の「原始キリスト教」時代には、なおユダヤ教との区別は明確ではなく、神殿礼拝や律法を守っていた。
一方ユダヤ人たちによるキリスト教徒迫害はますます激しさを増した。その急先鋒の一人サウロは、西暦32年夏、さらなる迫害のためにダマスクス近郊に来た時、突如天からの光に打たれ目が見えなくなり、「サウロよ、なぜ私を迫害するのか」という声を聞き、直後の目から鱗が落ちるエピソードを経て、回心して名をパウロと改めたと言われる。(パウロの回心)そして最も熱心なキリスト教徒の一人となって、イエスの教えを精力的に広め始めた。パウロや第一使徒ペテロの布教により、キリスト教はローマ帝国内に広まり始め、クリスチャンは首都ローマ市でも急増した。
しかし、皇帝礼拝を拒絶するキリスト教徒は、帝国の統治に反対する者と決め付けられ、度重なる激しい迫害を経験しなければならなかった。
西暦64年にローマ市が大火災で焼け野原となり、火事の原因として、災害復興で名を上げようとした皇帝ネロの放火が取り沙汰された時、ネロはこの噂を消すため、放火をキリスト教徒のせいにすることにした。
ネロの命で捕らえられたローマ市のキリスト教徒たちは、獣の皮をかぶせられて猛犬に噛み殺され、死体は夜の間に灯火代わりに燃やされた。
パウロもペテロも、このとき殉教を遂げたらしい。ペテロの殉教については、2世紀末頃、有名な「クオ・ヴァディス」伝説が生まれた。
映画の内容は、迫害されているキリスト教との女と迫害する側のローマ兵の恋の物語らしい。らしいってのは、観てないからで、だから、観たいっ!!!!と。
閑話休題
DVD を買ったって、そうそう観ている時間があるわけじゃない。
で、以前から気になっており、観たい観たいと思っていた『真昼の決闘』を、先日じっくりと観直した。(多分、中学生の頃、観た筈なのだが、すっかり忘れている)
で、、、
---なるほどねぇ---
何を気になっていたのかと言うと、小泉さんが、初めてブッシュさんと会った時、『映画“真昼の決闘”が大好きだ、日本はグレース・ケリーである』と言ったところ、一挙に意気投合したというエピソードを小耳に挟んだからだ。これに関しては、【余丁町散人(橋本尚幸)の隠居小屋 - Blog】さんが、するどい考察をされているので、読まれる事をお勧めしたい。
リンクが切れているかもしれないので、要点を引用しておく。
「真昼の決闘(原題 High Noon)」とは1952年に公開された西部劇。ゲーリー・クーパー演ずる初老の保安官が4人の無法者と立ち向かうお話し。町の人たちは誰一人として味方に付いてくれない。クーパーが結婚したばかりの新妻(グレース・ケリー)は敬虔なクエーカー教徒であり戒律により人を危めることは厳重に禁じられている。やむなくクーパーはたった一人で4人の無法者と決闘することとなる。刻々と迫る運命の時。クーパーの追いつめられていく表情が真に迫っており、単なる西部劇ではないところがいいのだが、それは置いておいていよいよ決闘となり、逃げ回りながらも相手を必死で撃つクーパー。いよいよクーパーがやられそうになった時、銃弾が一発。グレース・ケリーが敵をやっつけたのだ。これでクーパーは何とか無法者に勝つことが出来るというお話し。無法者はグレース・ケリーを殺そうとはしなかったのでグレース・ケリーの行動は個別的自衛権の発動ではない。婚姻という契約関係で結ばれた夫を守るための武力行使であり、これはまさに集団的自衛権の行使である。さらにクエーカー教徒としての戒律を彼女は破ることも重要。戒律はこの集団的自衛権の行使を認めていなかったのある。でもいざとなると婚姻関係の方が重要となるのである。
小泉首相は暗に「日本は憲法とい言う戒律があるが、いざとなれば日米同盟を優先して集団的自衛権を行使するよ」というメッセージをブッシュJRに伝えたわけだ。意気投合するわけである。
なかなか、やるよね小泉さん!!オペラにも造詣が深く、映画にも精通してらっしゃる。
ナンダカンダ言っても、ユーモアや知性が言動に余裕を生んでいる事は間違い無い。海外でこそ評価される、数少ない日本人政治家の一人だと思う。
ユーモアや知性!大切だ。日本人が考えている以上に大切だ。
自民党次期総裁の最有力者、安部さん、その辺の所、どうなのかな?福田さんも、ただの真面目一本槍でつまんなそうだし、その点は、現外務大臣の麻生さんが、一番だと思うんだけど、どうなのか?