本を読んでいて、ふと、昔の事を思い出した。
高校では体育会系テニス部(硬式)に所属して程々に活動していた私は、当然、公式戦にも出場するわけだが、今となっては"一つの試合"を除いて、結果はもとより試合している情景などすっかり忘れてしまっている。唯一、覚えている試合というのが、勝つには勝ったが、真っ向勝負をせず、全て"逃げ"る事で、結果的に勝ってしまったという試合だ。
テニスをやった事のない人でも、『ボレー』という言葉は聞いたことがあるだろう。サッカーでも使う"ノーバウンド"で打つ方法の名称だが、テニスでは大抵はネット間際で打つことになる。スマッシュもそうだが、ネットに詰めて、相手コートにボールを叩きつける攻撃的な戦法は、試合を有利に進めるために有効な方法の一つだ。
しかし、ネットに詰める戦法は一打が決定打になる確率も高い代わりに、ポイントを失う弱点もあるわけで、その弱点を突くのが"パッシング・ショット"と呼ばれるものだ。マッケンローとボルグの試合では、マッケンローがネットに詰めると、ボルグが鮮やかにパスを決める・・・・ボレー対パッシングショットの応酬は見ごたえ十分、ボレー・ボレーになった時なんぞは、手足に力が入っちゃって・・。
でも、実は、弱点の突き方はもう一つある。その方法は"ロブ・ショット"と呼ばれのもので、ネットに詰めた敵の頭上越えのボールを打って出し抜く方法だ。見ていて、あまりカッコいいショットじゃないし、"ずるい"イメージが付きまとう為、多用されないショットなのだ。プロの試合じゃ観客もシラケルし。(現代ではロビングとは言ってもスピンをかけた攻撃的なものになるなど、ショット自体も進化しているから評価も変わっているのだろうけど)
で、私はその試合で何をやったのかというと、相手にネットに詰められた際、全て、ロブで"逃げる"ことをやったのだ。相手からは『なんだよ、チクショー。勝負しろよぉ』なんて言葉も浴びせられたのだが・・・・。何でこんな事をしたのか?自分の試合の結果は個人戦だけじゃなく団体戦にも反映され・・・・って理由からだったのかどうか?テニス部の誰からも言われたわけじゃないし、顧問の先生からの指示があったわけでもない。理由は全く覚えてないのだが、ほぼ全てはロブで逃げた事は覚えている。
当然、相手は、前後に走り回る事になり、自滅・・・・。私の勝ち・・・・。ちぃっとも嬉しくない。いや、ちょっとは嬉しかったかも・・・・。でも、なにか引っかかっていた。だから、今でも覚えている・・・というか、切っ掛けがあれば鮮明に思い出す。
日本が第二次大戦へ突入してしまったのは"軍部の暴走"と片付ける人達がいる。
やっても勝ち目が無い事は最初から解っていたし、結果は変わらないんだから、尊い命を大量に犠牲にした戦争に突入すべきではなかったという理由で、軍部の暴走と否定するのであれば、一理どころか、十分、筋は通っていると思う。
(だが、もし、中国への進出・侵略も韓国、台湾の併合もしないで、戦争にも突入しなかったら、別の今日がある・・・極東の島国なんて、どこの国もいじめに来ないし、資源も豊富だから幸せに暮らせた・・・なんて理由で"軍部の暴走"を否定する、おとぎ話好きな方には、S. Conway Morris 著『Life's Solution』を読むことをお薦めする。ちったぁ、ヒトの生き物として環境への対応の仕方、短期的にも長期的にも、ドメスティックであってもグローバルであっても、マクロでもミクロでも、能動的にも受動的にも・・がわかるでしょう)
そう、一理ならずある・・・っていうのは、なんとなく解るんだけど、感情的にはなかなか腑に落ちない。結局、結果が同じなら血を流さない方が良いとする考え方は、言い方を変えれば"敵前逃亡"ってことだから、『日本人はいざとなったら逃げる奴らだ』ってレッテルを貼られ、信用もされず(今も信用されてない?)、軽蔑される事になったのではないか?なんて考えたりするわけだ。
武士たるもの、闘わずして逃げ帰るなんてのは卑怯者のする事だ!
そう、プライドの問題なのだ!男はプライドの為に闘うのだ。軍部の暴走はプライドだったのだ。
私は、やっぱりあの試合は負けてもいいから"パッシング・ショット"で応戦すべきだった。それを『作戦だよ』と自分に言い聞かせ誤魔化そうとしてもやっぱりダメ。『自分は卑怯だった』と後味が悪い。
でも、そういう価値観って、多分、"雄"だけなんだよなぁって、思う自分もいる。
男は負ければ文字どおり座して死を待つだけで、後世に自分の DNA を残せない。女は侵略されて陵辱されて孕まされても、自分の DNA は確実に残せる。(陵辱されて孕まされるだけで終わるだけならいいけど、さらに殺されちゃう時代だったら女も男の戦いを応援するしかないんだけどね・・・)
だから男は『もしかしたら、生き残れるかもしれない・・・』って一縷の望みにすがって"敵前逃亡"するのは"女々しい"事だと考えちゃう。女々しいが女性蔑視の発言というなら、合理的って言っても良いが、このような状況におかれた時、性の違いでリアクション(脳の反応)が異なるのが面白い。
その昔、将来結ばれる事を互いに約束した仲の良い若い男女がいたそうだ。
ところがある日、女が山賊にさらわれてしまった。男は嘆き悲しみ、意を決して生涯をその女を探す事に捧げることを決めた。
十年の月日が流れ、ある時、偶然に川で洗濯をする、かつての愛しい女を見つけた。
二人は、抱き合って喜んだが、女の顔が冴えない。訳をただすと、今、山賊と夫婦の関係にあるという。子も授かった。ささやかだけど、今の幸せを壊したくない。。。
男は諦めるしかなかった。
ってな内容の話を、どこかで読んだ気がする。聖書だったか、神話だったか、千夜一夜物語だったか、古事記のエピソードだったか、定かではないけれど、『女って、こういう生き物だよなぁ』って、妙に納得したので覚えている。
合理的に生きるのは、たしかに"知恵"のある行動だけど、本能が叫んじゃうんだよなぁ・・・・男の場合。。。。
って思ってたら、実は、雄は、目に見えないミクロな世界では"敵前逃亡"なんて日常茶飯事に行っているらしいのだ。
ガ━━(゚Д゚;)━━━ン!!!!!
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精子にミトコンドリアが少なく、生体のミトコンドリアが、ほぼ、卵子由来なのは、雄の配偶子が雌の配偶子と"軍拡争い"に敗れるのを避ける為、最初から持たないように進化したのだとの説があるそうだ。
争わずに巧く共存共栄出来るなら、何も争う事は無い・・・・・って、非常に合理的で合目的だ。
---精子にはプライドもへったくれもなかったんだぁ---
精子には雄になるY染色体を持っているやつと雌になるX染色体を持っているやつがいるが、これを雄雌の戦いって言ってる訳じゃなくって、精子を雄の延長線、卵子を雌の延長線とみなし、自分の側の遺伝子を多く残そうとする争いでのことを言っている。
なるほど、だから、雄は脳みそが発達すると、昔、かなぐり捨てたプライドにこだわるのかぁ!?
ところで、その男のプライドをかけたもう一つのシンボルであるY染色体。雌雄を別ける絶対的な存在かと思いきや、消滅の憂いもあるのだとか・・・・・。伝統にこだわるのはいいけど、その根拠としてY染色体を引っ張り出すのは、墓穴を掘ることになる・・・のかもよ?!
やっぱり、世の中、つまんないプライドは捨てた方がよろしいようで・・・(薬剤師は"技術料"なんてかっこつけないで"手間賃"と言いましょう)。
(。_゜)☆\(ーー;)バキッ
ところで、冒頭の本は『ミトコンドリアが進化を決めた』です。
ミトコンドリアでテニスを思い出すなんて変かもしれませんが、私の脳みその配線はこんな感じです。で、アレはいい本です。まだ、読み終わってないのは、ちょこちょことこんな事ばっかり考えちゃってるからでもあります。ってゆーか、最近のエントリーはこの本が切っ掛けになっていることが多いです。
というわけで、『ミトコンドリアが進化を決めた』の書評ってことで!!