まず石を投げよ
ブログで書評を書くのは、もしかしたら初めてかもしれない。話の切り口に使うことはあっても。ネタバレを書いた記憶がないから。。。で、、、
久坂部 羊氏のこれまでの小説(『破裂』『廃用身』『無痛』)は、かなり鋭い切り口と、一気に読ませるストーリーがあり、面白く読んでた。そして、毎回、新作を期待してた。だけど、、、
ここでは小説の主題となる部分を書いてしまうので、これから、この小説を読もうと思っている人は以下を読まないほうが良い。
で、結論から言うと、専門的な内容を含んだ小説は、極めて“キワモノ”になりやすい性質を帯びている。私にとっては、Science 誌(September 26 2008, Vol.321)に掲載された論文を読んでしまってからこの小説を読んだので、かなり面白さが半減してしまったといえる。
以前にも【『心底惚れた女が、実は男だった』って感じ?】でネタにした論文なのだが、再掲したい。
ガンの転移を再考する(Rethinking Cancer Metastasis)Science September 26 2008, Vol.321
ほとんどの人のガンによる死亡は、原発性のガン細胞が体の新しい部位に伝播して拡散する転移によって起きる。
途中の血流中を生き延び、新規の組織の環境に定着することを含め、転移性細胞は複雑な一連の段階をうまく切り抜けなければならないので、転移はガンの進行における遅い段階で起きるとこれまで考えられていた。
Podsypanina たち(p. 1841,8月28日オンライン出版、および、Kleinによる展望記事参照)によると、転移プロセスの開始は以前考えられていたよりもっと前かららしい。
正常なマウスの乳房細胞を遺伝子操作して、ガン遺伝子発現のタイミングを実験的に制御し、これをマウスの血流中に注入した。
驚いたことにガン遺伝子の発現がないときは、正常な乳房細胞は肺まで移動し最大16週間生存するが、ガン遺伝子が活性化するまでは攻撃的成長を開始しなかった。
このように腫瘍転移は、播種性の正常な (前悪性)細胞から発生し、遺伝的な変化が悪性になるまで臨床的には黙ってじっと待っている。
Seeding and Propagation of Untransformed Mouse Mammary Cells in the Lung
p. 1841-1844.
CANCER: The Metastasis Cascade
p. 1785-1787.
・医者はミスを隠蔽したがる。
・それを暴いて、世間に公表する。それがマスコミの使命
って事で、物語は展開していく・・・・
医師がミスを起こした時、その心理状態は?どういう行動をとる?と、医師に対して“ドッキリカメラ”のような巧妙な“仕掛け”を施し、その状況を隠し撮りするのだ。
舞台は健康診断だけを行うクリニック。検診を行う医師は、全てバイト。そのバイトの医師に、クリニックの看護師長から『半年前、胃の癌検診を受けた患者さんに、肝臓転移が判明した。家族から当時のレントゲン写真を貸して欲しいと頼まれたが、どうしましょうか?』と連絡が入る。
看護師長はマスコミに協力をしており、医師を“はめる”役割を担っている。
連絡を受けたバイト医師がクリニックにやってくる。ニセのカルテと共に、慣れた医師なら判読できる程度の癌が写ったニセのレントゲン写真をバイト医師に見せ、『当時の写真に癌は写っているんですか?もし、写っているとしたら、、、、見落とし、誤診ということになるのでしょうか?』と、白々しく語りかける。
作者は現役の医師なので、この辺の描写に破綻はない。10人が生贄になった。ただ、、、、、、
一人の医師が(この医師は、レントゲン写真の読影が苦手)、『癌なんて写ってないな』『まっ、写っていても、いなくても、すでに転移している場合もあるし・・・・』などと言い訳がましい言葉を並べて、写真の貸し出しを渋る場面がある。(こんなヤブ医者が検診やってるのか!と隠し撮りの別室で歓声が上がる)
作者は、世間一般の癌検診に対するコンセンサス、すなわち、『早期に発見できれば、癌は転移していない』『検診後、半年で他の臓器への転移が見つかったならば、検診時点で、早期癌を見落としたことになる』という認識を意識して筆を進めているのかもしれないが、この Science 誌 の論文にあるように『転移は細胞が癌化する前から起こっている』という事実の前では、読影が苦手な医師の“いいわけ”は、不自然な行為の描写であることが否定されるばかりでなく、最先端の知識を鑑みての見識となりうる事になり、この“仕掛け”の設定自体が、意味をなさなくなってしまう。
作品中で、番組製作プロデューサーの友達である看護師長に、『検診に意味はないのよ。検診を受けても受けなくても、死亡率に変わりはないんだから』と語らせているが、その『検診に意味はない』という自虐的ともとれる言葉も、この論文の後では、やりきれなさから発する言葉であろう意味合いがなくなってしまい、雰囲気を醸せなくなってしまう。
『癌検診に意味はない』
『検診を受けても受けなくても、助かる人は助かり死ぬ人は死ぬ。早期発見の意義は無いんだよ』
・
・
『うん、そうだけど、何か?』
って感じ。
この後、小説は、嵌められた医師の自殺へと展開する。
番組制作側は、この医師の自殺が自分達の責任ではないとしたい為に、互いにかばう言葉をかけあい、自分達に都合の良い事実だけを拾い上げ、逃避する行動をとりはじめる。
読み進めていけば、読者が、小説の中でマスコミが糾弾しようとしている医師の隠蔽体質が、そのままマスコミ自身に当てはまるのだと気づく仕掛けになっている。
結局、突き詰めると過誤を隠蔽したくなる心情は、『自分は可愛い』という人間の本能にかかわる部分に根ざす行動なので、誰にでもあり得る事だと気づかされる。。。。。
・・・・のだが、『転移は細胞が癌化する前から起こっている』のだから、検診の意義にネガテイブな結果の出る臨床研究があるのは当然で、検診の診断には意味は無い、、、、なら、転移して癌末期に陥った責任は、医師にはあり得ない事になる。
だから、責任を感じての自殺は、リアリティがなくなるのだ。
小説では、この医師の自殺は“癌検診の誤診”が原因ではない。
作者が書いている途中で、この Science 誌 の論文を読んだかどうか、あるいは、この基礎的な研究を途中で知ったのかどうかはわからないけど、もし、途中で知ったとしたら、この重たいテーマに対して、単なる辻褄あわせの結果のようなエンディングになってしまったのは、仕方ないのかもしれない。はっきりいって、あの展開は“肩透かし”以外の何物でもない。
久坂部 羊氏の小説は、『破裂』(★★★★)『廃用身』(★★★)『無痛』(★★★) と最後まで読ませるので、ポイントは高いのだが、『まず石を投げよ』はエンディングが釈然としないのだ。
医師の自殺は、マスコミの“策略”に嵌められたことを原因とし、隠蔽体質は、なにも医師だけの専売特許ではなく、国民の一人一人が持ち合わせている本能なのだという所に持ち込んで、物議を醸して欲しかった。
ただ、そのシナリオを推し進めるには、理論的な基盤を『早期に発見できれば、癌は転移していない』『検診後、半年で他の臓器への転移が見つかったならば、検診時点で、早期癌を見落としたことになる』とすると、全てが根底から覆されちゃう・・・・可能性がある。。。。
テーマは素晴らしいのだが、消化しきれていない・・・そんな印象を持った小説である。(肩透かしなエンディングは、ブロガーのエチケットととして書かないでおくことにする・・・・・ので、感謝するように!!ワハハハハ)