糖尿病じゃない成人の集団では、HbA1c値は大変重要で、5.0%未満あたりから増えるに従い「糖尿病と診断される」人も直線的に増えるという。
脳卒中も同様だ。
---低けりゃ低いほどよい---
だけど、、、、糖尿病の人でも同じだったけど、HbA1c値を全死因死亡で見ると、J 字型曲線相関になり、、、
---低けりゃイイってもんじゃない---
だ。
一体、なんだい?こりゃ??えぇっ??
糖尿病って診断される事と、心血管系のリスクが上昇する事と、その人の寿命との間に、相関関係がある・・・・・のは、単に、統計学上のことであり、生物学的に相関があるって考えてはイケナイんじゃないのかなぁ??
答えは、、、こんな所にあった。
多様と言うよりは、まさに違っているのだ(Difference, Not Diversity)Science February 26 2010, Vol.327
海洋のプランクトンのように熱帯森林でも、何千もの種が同時に一つの栄養源に対して競争を繰り広げているのかもしれない。
いったいどうやって共存関係が保たれているのか?それは生物多様性の研究において最も重要なパラドックスの一つである。
ある理論では、共存関係にある種は環境を区分して存在していると主張している。
しかし、このように区分された領域は明確には確認できない。米国南西部における共存関係にある森林の木々のデータを用いてClark(p.1129)は、各個体がそれぞれ特有の違いを有していることで、同一種の間では直接的な競争を回避していることを示している。
すなわち、光・栄養・水分に対する必要性は、同一種の木同士でも大きく異なるのかもしれないが、それでも、同一種の木によって示される特徴は全体の分布範囲におさまっているのだ。
Individuals and the Variation Needed for High Species Diversity in Forest Trees
p. 1129-1132.
上は、糖尿病に関するものじゃないけれど、考え方は同じ。人間をロボットのように扱う(メタファーです)ことの呪縛から逃れられない人達による、試験結果の考察からは、何も得られないことを示している。
人間一人ひとりの個性を、ちっぽけな“多型”と捕らえるよりは、まさに別の種の生物だと捕らえれば、検査結果の呪縛から解き放たれる・・・・・・・!!
検査結果って、要するに、工場で生産される製品の品質管理のように、許容範囲内の“誤差”“公差”を浮き彫りにするものだ。人間の体を工業製品のように扱えば簡単・・・・、安易な発想は、世の中を席巻した。なんたって、未来を予測する“神”のように振舞えるんだからね。
ところで、私は、このブログで幾度となく、私にとって理解不能な“不思議”を書いてきてるんだけど、世の中のごく一部で流行っているらしい“糖尿病専門薬剤師”ってのは、HbA1c値の扱いに、何か、説得力のあるもの持っているんだろか?患者の為、医療の質の向上の為に、何か、寄与できる事はあるんだろうか??
未だ、この手の薬剤師から、コメントが付いた事は無い。
さて、もう一つの私にとって理解不能な“不思議”である『ロスト・シンボル』だけど、、、、実は3月3日の発売の7日前、すなわち、2月26日には手に入れて、読み始めていた私は、、、、、ちょっと、物足りなかった。
科学と迷信との曖昧な部分を、、、、ってパターンが何回も続くと、いささか、飽きてくる。鼻に付く、、、、っていうか。。。。
そんな矢先の火曜日に、山形から後輩がやってきた。サプライズで姿を見せられたとあっては、お付き合いしないわけにはイカナイ。平日なのに(嬉しいハプニングなんだけど)。
酒を酌み交わしながら、男にとっての過去の女と、女にとっての過去の男の脳内での処理の仕方を、進化論・性淘汰で考察しあっていたせいもあって、ふと、昔話の事を思い出したのだった。
その昔話は“桃太郎”だ。
この話では、桃太郎は桃から生まれたと、日本人のほとんどが信じている。しかし、オルタネイティブな伝承によれば、、、、
お爺さんが山に芝刈りに行っている間、お婆さんは川に洗濯に行き、そこで大きな桃を拾ってくる。桃を割ってみれば、それは普通の桃で、二人は、美味しく頂いた。ところが、食べた後、しばらくして二人の肉体は、20代の若さを取り戻したという。若い二人の間に、その晩、何があったのかは語り伝えられてはいないが、、、十月十日後に、元気な赤ちゃん、すなわち、桃太郎が生まれた。。。。
と。
はたまた、既に書いた事だけど、、、、
“旧約聖書”
木に、おいしそうな実が付いていた。
「ねえ、これ食べてみたい」
「えー、だって食べちゃだめって言われただろ」
「意気地なし。男でしょ」
「関係ねーだろ」
「じゃ、あたしが食べたら、あんたも食べなよ」
「やめとけって」
ふたりの声を聞きつけて、木の上から誰かが出てきた。
「何、もめてんの、おふたりさん」
「この実を食ようっていうのに、この人ったら叱られるのが怖いんだって」
「怖いなんて言ってねーよ」
「食べたらいいさ、オイラだって毎日食べてるから」
「ホント?」
「ああ、大丈夫さ。さあ、食べてみな」
疑いもせず少女は実を取り、食べてみた。
「おいしい」
「マジ、大丈夫?」
「ほんと、意気地なしなんだから、はい」
言葉とは裏腹に、小首を傾げ、にこやかに少女は実を差し出した。
かわいい。
男の理性は、この程度で十分崩壊するのだ。
手渡された実を少年は一口齧った。
その途端。
どこからともなく声が鳴り響いた。
驚いた少年は喉に齧った実を詰まらせてしまった。
「その実は食べるなと言っておいたはずだぞ。お前達は私との約束を破ったので、寿命を持ち、産む苦しみを知るだろう。そして、木の上のお前は、地面を這いずるがいい」
木の上の何者かは、手も足も失い、地面を這いずって逃げて行った。
蛇である。
蛇に騙されたと知った少女は、それ以来、蛇を忌み嫌うようになった。
少年は喉に詰まらせた実が瘤のようになった。
喉仏である。
そしてふたりは住んでいた園を追放された。
この時に、テロメアが制限されたものと推測することは容易である。
“八百比丘尼”
寿命の秘薬と言われる生き物がいるという。
それは海洋生物であった。
ある漁師の網にそれがかかっていた
「これを食らえば不老不死になるそうだ」
「本当かい、お前さん」
「ああ、俺はお前にいつまでも若くいて欲しいからな、喰ってみろ」
「何だか、気味が悪いよ」
「でえじょうぶだって。なんなら俺が喰って見せっから」
「じゃあ、一緒に」
「よし、そうしよう」
大ぶりの出刃で肉を切り取ると、ふたりは醤油に付けて食べた。
やはり日本人には醤油が一番である。
「結構、うめえな」
「鰐みたいだね」
鰐とは、今でいう鮫のことである。
「な、大丈夫だ」
「これで、本当に不老不死になるのかねえ」
「すぐにゃあ解らねえさ」
しかし、結果は意外と早く知ることが出来た。
男は1年も経たないうちに全身に瘤が出来て死んだ。そして、女房は葬儀を済ますと、出家し、夫を供養し続けた。
800年に渡って。
それは、その比丘尼にとって、あの日網にかかった上半身が人で下半身が魚の肉を食べたことを後悔し続ける日々であった。
現代で言う、テロメラーゼである。
なんて事を、思い出すと、、、、、
そして、、、、
グゥーな命名な遺伝子の筆頭だと思う“時計じかけのオレンジ”(clockwork orange、略号 cwo 理研、上田らの発見)は、生命の時刻を正確に刻んでいるわけだけど、もし、これらの遺伝子を逆向きに動かせたら、、、、、、
そう、ロスト・シンボルの読み進める速度が、速まってくるのだ。
日本の伝承にも、過去の英知、秘密にしなければならない英知があったのではないか?
過去においては、一度、生命の神秘に近づいたことがあったのではないか?
なぁ~んてね。ロスト・シンボル面白いよん!!