2010年02月08日

しあわせは金で買えるか?

20100208_happy.jpgScience January 29 2010, Vol.327 に掲載されてる『ほっほぉ~、こりゃ、また、、、、、』ってな論文によると、経済学者と心理学者によると、答えは食い違うのだと言う。

ふ~む?“しあわせ”の定義って、一言で言えないよなぁ。脳内でオキシトシンが分泌されるって事で、、、、、、
(。_゜)☆\(ーー;)バキッ


論文中の「快楽を限りなく追いかける終わりのない仕事」仮説ってのがわからなかったので、ネットで検索してみたら、、、、ぜんぜん関係のない、、、、、

『死が怖いです。 死が怖いです。中2男です。中2になってから毎日、死が怖いです』って、検索とは関係のない質問を Yahoo 知恵袋で見つけた。

ベストアンサーに選ばれ、すこし恐怖心が和らいだっていうレスの中身に書かれていたものは、、、

①死後どうなるか
今とは違う世界に行くと思います。そこには会いたかった歴史上の偉人たちもいるかもしれないなーと思って、私は今からひそかに楽しみなのですが。

②死後無になるのか?
私は無にはならないと思います。死んでも自分は自分、感情も残っているのではないでしょうか。
私は霊感まったくないので見えませんが、守護霊とかいてくれそうな気がします。

・・・・・・

と。

これって、回答した本人は全く意識してないみたいだけど、宗教の考え方だ。今ほど科学(医療)が発達していない時代、死への恐怖を、こうやって和らげた。。。。こんな風に自然発生的に、確立していったのかも?宗教??宗教遺伝子の存在なんてのが、囁かれる所以なんだろうね。(穿った見方をすれば、どこかの勧誘要員の回答かも知れないけど)

で、この中学生は、幸せになったみたいだ。これも、しあわせって言えるかな?

少なくとも、この少年に10万円をあげたとしても、こうはならなかった・・・・・だろうし。

(でも、中学生の質問自体、ネタっぽい・・・・・?)

人生で一番重要なことはお金じゃない?(The Best Things in Life Are Free?)

Science January 29 2010, Vol.327

幸福は購えるか?

答えは、例えば相手が経済学者か心理学者かによって異なる。

前者の場合、収入の高さと幸福を感じる人との関係性について着目する。

一方後者は、幸福と物質財産の量に相関はほとんどなく、個人個人が自分の生活につける採点によって決められると主張する。

また、それらとは別方向の研究に「快楽を限りなく追いかける終わりのない仕事」仮説がある。これは、必要最低限の要求が満たされた時点で、隣人との比較が人生の満足の感じ方に大きく影響する、というものである。

OswaldとWu は(p. 576,12月17日号電子版;Layardによる展望記事参照)、米国立疾病防疫センターによる健康調査で収集された100万人の成人からの主観的回答結果が、まさにQuality of Life(人生の質)の客観的な評価と相関することを立証している。

Objective Confirmation of Subjective Measures of Human Well-Being: Evidence from the U.S.A.
p. 576-579.


朝青龍はしあわせだったのだろうか?

ということで、私は、残念でならない。一連の流れが日本人(偽善者)による狡猾な人種差別に思えてならないから、悔しさも加わる。朝青龍擁護の声が何処からも挙がらなかった。

なんとなく、こんな予感はあったけど、実際、引退するとは・・・・。でも、朝青龍みたいな、周囲につっぱっているタイプって、小心者が多いんだよね。心の弱さをカモフラージュする為に、強がる。。。。

こんな予測は可能だったはずなのに、、、、マスコミの取り上げ方は、バランスを欠いているのは、今に始まった事では無いんだけど、政治家に自浄作用を促すなら、自分たちも何とかしろって言いたいね。


さて、朝青龍は日本で、かなり稼いだ。

稼いだから、経済学者は“しあわせ”だって言うのだろうか。でも、ちょっと違和感がある。

個人個人が自分の生活につける採点によって決められるとする心理学者の説によるなら、間違いなく、“しあわせ”じゃない筈だ。

「快楽を限りなく追いかける終わりのない仕事」仮説によれば、朝青龍は比べる隣人がいないから、なんとも言えない。。。。


朝青龍が、もし、今、“しあわせ”だとしたら、考えられるのは次の点じゃないかな。

ハエのようにウザったい狡猾なマスコミ連中から解放される。朝青龍の天敵である“バサマ”から解放される。

会見の涙は、マスコミの印象操作により動かざるを得なくなってしまった相撲協会の無力さへの恨みと、悪役のイメージをつけられた事に対する悔しさと、解放されるうれしさ????(世間は相撲道とか言いながら、大衆に迎合する事を強いている。そして、その大衆を扇動するのはマスコミ。小結時代、両親の見ている前で武蔵丸に勝てた事を話そうとして言葉を詰まらせるような人を、悪人と呼ぶのなら仕方ないけど。日本のしきたりに合わなかっただけなのに、“バサマ”に蔑まれ、マスコミに虐められ・・・・)

朝青龍を引退に追い込んだ事に対して、文句を言いたいわけじゃない!

朝青龍に対して、「モンゴル人よ、日本で、でかい顔するなっ!!」って本音を言って辞めさせるような、正直な発言・行動なら、「スゴイっ!!」って思うけど、品格がどうとか、とって付けたような綺麗事を並べて、陰湿なイジメをカモフラージュする事に、心底、ヘドが出るんだよねぇ!!

自分の命もかけないような、お気楽な位置から、綺麗事、人道的発言などなど、正義の味方ぶった態度を取るヤツラは、ハッキリ言って、大嫌いだからね!ワタシ。まぁ、唯一の救いは、朝青龍を虐める事でしか存在価値の無い、あの“バサマ”が、出番が無くなり自然に忘れ去られ、ミジメな人生を終えるであろう事だ。ざまぁミロ!!だね。


で、肝心の、「お金で買えるしあわせはあるか?」だけど、お金で買えるしあわせってのは、あると思う。

ただ、そのタイプのしあわせは、止め処も無い。常に、他人より多くの金銭と物質にまみれていないと、感じられない類のものなのだろう。

無いよりは、あった方がイイに決まってるんだけど・・・・。

結局、他人と比べる・・・・ってことが、俗世間にまみれているって事で、それを超越するってことが、宗教的な考え方って事??

宗教に触れて、オキシトシン分泌が促されるんだったら、、、イインジャナイ?医療にも導入すべきだと思うな!!(1分1秒でも長く生きる事が“しあわせ”なんて価値観は間違っていると思う。無意識に他人より長く生きたいって思ってるんじゃない?)


ところで、論文にある CDC の健康調査における主観的回答結果と QOL の客観的評価が相関するってところが、よくわかんないんだけど、自分で、健康って思っている人は、他人(医療従事者)が見ても、イキイキしている、すなわち、QOL が高い。自分で不健康だって思っている人は、他人(医療従事者)がみても、QOL が低いってことなのかな?

だとしたら、日本で言う「病は気から」って事を証明しているってことなるんだけど、他人(医療従事者)が客観的に評価して、QOL が高い人は、自覚的に健康だと思っているってことにもなる。タマゴが先かニワトリが先か?って感じ?

QOL が高いってことは、しあわせって事なんだけど、それが普通になっちゃったら、たいして“アリガタミ”も感じない。健康でも、お金が無きゃ、、、、、って事だね。


朝青龍へのイジメで、日本人が“かくれ人種差別主義者”だってことが、露呈したわけだけど、日本人はこの事を認めないと、イカンねっ。人種差別主義は、自ら認めることでしか、変われない。

映画『マンデラの名もなき看守』でマンデラを演じていたのが、「24」でパーマー大統領を演じていたあのデニス・ヘイスバート(なんと、メジャーリーグで石橋貴明と競演している)だから、なおさら、マンデラに感情移入してしまったんだと思うけど、ラストは、“しあわせ”な気分にされてくれた。

クリント・イーストウッドの最新作『インビクタス』も、マンデラを主人公にした映画だけど、『マンデラの名もなき看守』では描かれていなかった大統領就任後が描かれているらしい(まだ、観ていない)。

モーガン・フリーマンが、しあわせな気分にさせてくれそうだ。

しあわせと言えば、『This is it』でもしあわせになったし、『アバター』もしあわせになった。


これらは、お金で買えない“しあわせ”って事かな?!(あっ!金、払って観てるジャン、オレ・・・・・!)

おまけ。ポルシェに勝つシアワセ。。。

2010年02月03日

初の純国産インフル治療薬 第一三共が承認申請

20100203_VaticanMuseumStaircase.jpg前回のエントリーでは、一般紙やテレビニュースで医療関連の情報は「100害あって一利なし」と言い切った。ちょうどイイ例があるので、ネタにする。

下に引用する共同通信社の記事中の文章、「CS-8958は新型インフルエンザや鳥インフルエンザへの効果も期待できるという。」というのが、それだ。

CS-8958は、シアル酸アナログだから、新型インフルエンザや鳥インフルエンザへの効果も期待できるのは当たり前。特異性なんて、ほとんど無い。っていうか、特異性があったら、ヒトの側のシアル酸に多型が存在するってことになっちゃうし。で、さらに、この表現じゃ、タミフルやリレンザが効かないというような意味に取れるが、ハッキリ言って、ほとんど差は無い。

そもそも、効果があるとかないとか言う表現が、全く非科学的。

そもそも、インフルエンザはほぼ5~7日で自然治癒する疾患(一部の体質のヒトを除いて。この体質は不明。いわゆる虚弱体質とは関係なし)だし、新型というのは、ヒトに感染できるタイプのウイルス遺伝子を、人類が細かく分類できるようになってから、初めて“遭遇する”ってだけの事で、新型だから強毒性というわけじゃない。強毒性化は、従来のウイルスでも同等に変異の頻度をもっている。

そもそも、鳥のH5は特別な例外(ヒトの側 and ウイルスの側の因子)を除いてヒトには通常感染しないし、H1 のウイルスはヒトには原則的には感染しない。これは鳥の細胞表面にあるシアル酸の立体構造がヒトの光学異性体になっている為だ。

“突っ込み”は引用の後にも続けるが、とりあえず、この記事を読んだ人が感じるであろう事は、以下のようじゃないのかな?

・インフルエンザという病気は、治療薬を使用しないと治らない。
・CS-8958は、タミフル、リレンザとはかなり違う画期的な治療薬である。


とんでもない誤解である。

2010年2月2日 提供:共同通信社

 第一三共は1日、インフルエンザ治療薬「CS-8958」を国内で製造、販売するため厚生労働省に承認申請したと発表した。承認されれば、研究段階の創薬から自社で手掛けた初の「純国産」治療薬となる。2010年度中の発売を目指す。

 現在主流の治療薬である「タミフル」と「リレンザ」、さらに塩野義製薬が日本での開発を担当し1月27日に発売した「ペラミビル」(商品名ラピアクタ)は、いずれも創薬は海外の製薬会社が手掛けている。

 これに対して、CS-8958は創薬から開発、製造、販売まで一貫して第一三共が担う。タミフルやリレンザが5日間続けて服用する必要があるのに対し、CS-8958は1回の服用で済む特徴もある。ペラミビルも1回で済むが点滴薬で、専用器具を使って粉末を吸い込むCS-8958とはタイプが異なる。

 CS-8958は新型インフルエンザや鳥インフルエンザへの効果も期待できるという。

 第一三共は、CS-8958をインフルエンザの治療だけでなく予防にも使えるように臨床試験を実施中。海外での販売も目指してオーストラリアの製薬会社と共同で試験を進めている。


ザナミビルとCS-8958の構造の違いをご覧頂こう。

20100203_CS-8598.gif

ハッキリいって、ほとんど差が無い。この程度の違いであれば、既存薬の耐性化を回避できる程度だろう。それとて、時間の問題だ。(単なる偶然で耐性化ウイルスの出現を許さない場合もあるだろうけど、宇宙的な確率)

20100203_T-705.gif左は、富山化学の抗インフルエンザウイルス薬 T-705 の構造だ。これは、ご覧の通り、ピリミジン塩基の骨格を持つアナログだ。当たり前だけど、RNAポリメラーゼを阻害する。画期的というのなら、100万倍もこちらの方が、スゴイ。(凄さをマスコミ的表現を使ってみました。なんとなく、わかりすい事に、驚きです。。麻薬並み、こんな“非科学的”な表現、中毒になりそうです)

もっとも、ヒトRNAポリメラーゼまで阻害しちゃったら、それって、、、、、抗がん剤と一緒ジャンって・・・・心配する人がいるかも知れないけど、そんな心配するなら、ヒトの60兆個の細胞表面にあまねく付いている糖鎖のひとつであるシアル酸をターゲットにするアナログの未知の恐怖にも怯えねばなるまい。シアル酸の機能がわかっていないんだからね。

あっ!インフルエンザウイルスが感染する為に存在しているわけじゃないよっ!シアル酸!

細胞表面に発現する物質は、細胞間の情報伝達を担っている。シアル酸はまだわかってないだけって事。そのリガンド(メッセンジャー)の情報伝達を偽者のタミフル、リレンザが途中で中断しちゃう!異常行動との因果関係を100%否定できない理由にもなるかな?!

それに、画期的っていうなら、インフルウイルスRNAに対する miRNA を治療薬として開発するのが、現時点で理論的に最高の画期的な薬剤っていえるんじゃない?特異性という面からも、予防的にも使えるし。まぁ、未知の副作用は、どれも似たり寄ったり。それほど、現代医学とて“生命の仕組み=生きている”ことの理解が浅いのだけど。


どちらにしても、自然治癒するインフルエンザで、抗がん剤にも匹敵する副作用があるかもしれない薬を使おうとしている事には、驚きを隠せない、ワタシ!でも、こんな事を非人道的って指摘するマスコミ人は皆無だ。ただし、科学の進歩と言う面からみれば、戦争にも匹敵する非人道的な医薬品開発は、必要なのかも知れない。まっ、副作用が出なけりゃ、結果オーライって事は、全ての医薬品に共通のことだけど。だから感覚麻痺に陥っているともいえるんだけど。。。


インフルエンザと言う病気は、本来、狂犬病と一緒で、予防が一番。治療は、原因療法に見えて、ほんとは対症療法なみ。

発熱して、受診する頃には、ウイルス量はピークを迎えているという事実がその理由だ。CS-8958は、予防にも使えるように臨床試験を実施中とのことだが、この手の薬の使い方としては、ベター。メーカーは上手に開発を行って欲しい。


さて、もっとも、気になるであろう『有効』と言う表現に話を戻すが。。。。

科学的ではないというのは、何を以って有効とするのかを示していないというところだ。例えば、カール・ルイスは速いというのと同じ。

人が『カール・ルイスは速い』と聞けば、誰か他の走者(人間)が相手だと無意識に“想像”する。でも、実際には競争相手を示しているわけじゃない。ホントは、動物のチーターと走ったのかも知れない。

「インフルエンザに効く」って聞けば、これを飲めば、誰でも確実に100%すぐに治り、死ぬような事は無いって思うんだろう。

とんでもない勘違いだ。タミフル・リレンザ同様、重症化して死にいたるリスクを回避できる証拠はどこにもない。


報道記事は、「発熱期間、4日間が3日間に短縮できる効果を持つ」とハッキリと書かねばならないのだ。


ところで、MMJ 2010年1月号の巻頭に東京女子医科大学名誉教授 岩田 誠 氏の文章があるんだけど、マスコミの科学的思考力の無さを痛烈に批判している。(いいぞっ!いいぞっ!)インフルエンザに関する馬鹿丸出しの表現に、いたくご立腹の様子なのだ。

例えば、「新型インフルエンザでは、小児喘息患者では重症化することが多い」に対し、“多い”は何に対してどれくらいの率で多いのかをハッキリせよ!とし、「新型インフルエンザで死亡した患者数が100名になった」に対しては、不安を煽る以外に何の意味も無いと断言し、数字に意味を持たせるなら、その母集団となる罹患患者数(症状が現れて、しかも受診した数)を示し、正確な死亡率を、季節性のそれを対照としてと同時に示すべきだ!としている。

私が思うに、マスコミの連中は、ニュースを伝えるのに小説の類と同じ表現方法しか取れない。。。結局、文系の人達の限界。無意識のうちに、読者、視聴者の感情に訴える方法を取ってしまうのだろう。客観的な事実を示す方法を学んできていない。ここが、理系人間と、根本的に違うところなんだと思う。(いや、理系の人間でもマスコミに席を置くと、朱に染まるんだけど・・・結局、お金・・・かっ?)

もひとつ、日経メディカルオンラインでは、こんなタイトルのブログ記事があった。

『勘違いしていませんか? ワクチンの「有効率」』

執筆者は、「ワクチンが「有効」と判定された場合、単純に「打っておけばその病気に(絶対)かからないこと」を意味すると思っていませんか。実はそうではないんです。」と書いている。先日のNew England Journal of Medicine誌に、申請中のロタウイルスワクチンに関する論文が発表されたので、ネタにしたと書いているのだが、、、

医療従事者でも、このような勘違いをしている・・・・・(のか?でも、このサイトは有資格者限定だから、一般の人は閲覧できないはず・・・・・?)


ワクチンの臨床試験がわかりにくい理由のひとつには、統計学の理解しづらさがある。それも大きな理由だし、文系の人が“印象操作に走る原因”にもなっている。

私は、もう一つの大きな原因は、“人道面”を考慮せねばならないため、わかりやすいプロトコルを組めないところにあると思っている。みんな思っているんだけど、口に出せないんだろうなぁ!

ロタウイルスワクチンに関する論文でもそうなんだが、治験参加者をワクチン接種群と対照群に分ける。エンドポイントは、重症胃腸炎=「通常より緩い便が24時間以内に3回以上」と定義される下痢が出現した場合。ここまではいい。だけど、それ以降は、自然感染にまかせて、経過観察、後、罹患患者の数を比較しているのだ。

結果、ワクチン群の98.1%は重症胃腸炎にならず、一方で、ロタウイルスワクチンを飲まなくても95.1%は重症胃腸炎にならなかった。。。。。「なんだよ、それ?ワクチン飲んでも飲まなくても、普通に生活している分には、意味無いじゃん」って思うでしょ??これをRR(相対リスク)で表すと、1.9%÷4.9%=0.388、RRR(相対リスク減少)=1-RR=1-0.388=0.612となる。

ワクチンの有効率(エフィカシー)は通常、このRRRをパーセンテージにしたもの(61.2%)で表される。

これは、「ロタワクチンを服用したら、服用しなかった場合に比べて、重症胃腸炎が起こる可能性が61.2%減る」、言い換えると「仮にロタワクチンのない状況で、ロタウイルスによる重症胃腸炎になる人が100人いた場合に、その100人がロタワクチンを飲んだとしたら、ロタウイルスによる胃腸炎が61.2%減って38.8人になる」という意味だ。


なんだか、わかったような、わかんないような、、、、、

これをわかりやすくする方法は、治験参加者をワクチン接種群と対照群に分ける。そのあと、病原体であるロタウイルスを全員に飲ませる!!

これで、ワクチン群と対照群で、重症胃腸炎を発病した人の数を比較すれば、直感的で、誰にでも、ワクチンの効果が良くわかるはず。しかも、プラセボの対照群が100%発病する量を投与できれば、もっと良い!!


おっと、完全に暴走してますね。私、、、、


ところで、インフルエンザウイルスなどを扱う病原微生物学では、細菌やウイルスを分類することから、学び始めるわけだが、、、、

なんというか、この分類方法は、イロイロあって、かなり統一性が無い。。。パスツールやコッホの時代に花開いた、近代医学の最初の花形分野で、研究者も百花繚乱、、、

いや、最初から、ヒトにとっての“病原性の強さ”のみで分類しておけばよかったものを、免疫学的に分類してみたり、物理化学的に分類してみたり、、、、と、いろいろやっているおかげで、、、、、

たとえば、赤痢菌属と大腸菌属はDNA-DNA分子交雑法では両者を区別することができず、遺伝子に基づく分類学上ではこれらは同種という位置づけになるワケだけど、今、一般庶民だって、大腸菌と赤痢菌が違う菌だってくらいは知っている。


何をいいたいのかと言うと、、、、


たとえば、インフルエンザウイルス、、、、、強毒性に変異したら、名前を変えれば、、、っていうより、別のウイルスって事にすれば、一般庶民も、マスコミに扇動されてパニックなんぞ、起こさなかったのではないか・・・・・?と、思うわけだ。

マスコミが、こんな調子で、門外漢の知ったかぶり、無知、頓珍漢な科学的非常識を、未来永劫、繰り返すだろう事は“本能”だから仕方が無い。それよりも、理系の人間が、、、いや、医療に限って言えば、誤解されそうな所は、関係者が、片っ端から、修正して言っちゃうってのは、どうだろう?


シロウトが、ワクチンが余ったって話に、「それみろ、税金の無駄遣い」とか「騒ぎ過ぎ」、あるいは、「歴史を勉強しろ!インフルエンザは死ぬ病気だぞ」みたいな、無意味な論争を繰り返さなくてもすむ。。。。。(しかし、「インフルエンザは死ぬ病気だぞ」ってシロウトの意見をネットで見たときは苦笑した。ひどいねぇ。普通の風邪だった死ぬ病気っていえるじゃん。これじゃ、全ての病気におびえなきゃならない・・・)

インフルエンザウイルスが強毒性に変わった時点で、呼び名を変える。というか、新種のウイルスが出現したってことにすればよい。ゴジラウイルスとか、すげぇ~強そうな名前に!!

インフルエンザのままにしておくから、デマ、風評、扇動のネタにされる・・・・・・?


ん?まてよっ??楽しんでんのかぁ?ヤツラは・・・・・・?じゃ、ほっとくかっ!

焚き火のシーンでループ

20100203_bonfire.jpg巷では、「焚き火のシーンでループ」という言葉が流行っているらしい。なんのことかと思いきや、アレのことだ。

オープニング、主人公たちは竜に乗りムドーをやっつける為に城に向かうのだが、、、、城に乗り込んだはいいが、ムドーにとっては、飛んで火にいる夏の虫のごとき、想定内の出来事だったらしく、全員、石にされ、どこかに飛ばされてしまう。。。。。

本来なら、主人公は、妹と暮らす我が家で、ベッドから転落して・・・・目を覚ますはずが、、、、

ってヤツだ。

でも、なにも知らずにプレーする人にとって、余計な情報がなければ「ふ~ん、おそろしく短いゲームだなぁ」で終わったかも知れない(んな、ワケねぇ~か?)。

知らぬが仏・・・だったにも関わらず、、、、「それは、ちがうよ」と言うヤツがいるために、「えっ!?おれのは異常なのか??」と不安になるわけだ。。。

まぁ、これが、ドラゴンクエストⅥの話なら、カワイイ話なのだが、、、、健康情報となると、、、、。


巷では、遺伝子組み換え食品は“忌み嫌われて”いるが、医薬品の世界では“当然”の事となっている。

患者もそれをありがたがっている。

「はい、今から、遺伝子組み換え技術で作った医薬品を、お注射しますよぉ~」

、、、、なんて言わないから、患者は誰も嫌がらないのかもしれないが、知らないわけじゃないだろう。。。。ん?でも、知らないのかなぁ????一般庶民は??

まぁ、薄々は知っていても、まな板の上の鯉だからしょうがないかっ・・・・!代わるのものないしっ・・・・・!どっちにしても、遺伝子に対するイメージには、分野が変われば、いくつものイメージがあるってことだ。遺伝子診断なんて場合には、また、違った遺伝子のイメージがあるしっ。

このような一つのものに対して、ダブル、トリプルスタンダードがあるって事を“善し”とするなら、それでもいいんだけど、でも「善くはないなっ」って思うなら、「知らぬが仏」で済ませた方がイイって場合もアリだと思うんだけど。。。。どうせ、難しいこと言ったって、不安に陥れるだけなんだし。


一番いけないのは、中途半端に情報を出す事だろう。(マスコミは、九害あって一利ありって感じ?べつに中国を見習えってゆーワケじゃないんだけど・・・)


ところで、情報は出したくっても出せないものもある。HPV ワクチンなどなど。

筑波大学人間総合科学研究科婦人周産期医学教授 吉川裕之氏によると、10~29歳への接種は、臨床効果のみならず、社会的費用削減効果が期待されるとのこと。

私は、この HPV ワクチンが日本に導入されるずぅ~っと前から、子供(SEX経験前)のワクチンだと思っていたから、啓蒙ポスター(日本医師会が作った《仁 -JIN》のヤツ)を見て、質問してくる方が、閉経後と思われる方が多いのに、最初、戸惑ってしまった。。。。(さすがに、男性はいなかった・・・けど)

というわけで、いろいろ調べてみたんだけど、添付文書にも「10歳から接種可能」と書いてあるだけで年齢の上限は無い。。。。

---えっ?そうなの????---

有効性のエビデンスは、ご自身で探してもらう事にして、巷の医療機関では、どのような方を対象としているのか、ホームページを覗いてみた。。。。。

ほとんどの医療機関は、年齢の事は掲載していない、、、、、が、、、、、

一部では、「対象者:10才から45才までの女性。特に10歳から16歳くらいまでの、性交未経験の方への接種が強く勧められています。」とか、「特に10歳から15歳位の小中学生への接種が効果が高いと考えられますので、該当する年齢のお子様への接種をご検討ください。15歳以上の方であっても十分効果は期待できます。」と、ずばり書いているところもある。


私は、このネタを書くに当たって、一抹の不安・・・・女性の年齢を持ち出すのが、、、って事なんだけど、、、、があった。後期高齢者医療制度の時のように、高齢の女性から「高齢の女性は、用済みってこと??(プンプン)」ってのが、想定される・・・・ワケで、これが恐かった。

巷の医療機関も、間違いなく、この手の心配をして、年齢の制限を公に表示していないんだと思う。

メーカーだって、医療情報なのに、腰が引けてる・・・・・。(米国じゃ、「10才~15才でか、性交渉がない場合に効果がある」って言い切ってるのに、米国の女性達はとやかく言ってない。日本人よりは科学的常識があるってことなのかな?)

余談だが、日経メディカルオンラインでは、日本の医療崩壊の一因に女医が増えた事・・・・ってアンケート結果を載せているが、一般紙では、絶対、記事に出来ないだろうね。

話は戻って、もう既に、やっちゃって感染しちゃった女性と高齢の女性に対する“差別”問題に摩り替えられちゃ、たまったもんじゃないからね。

でも、それによって、子供だけだったら可能だった全額公費負担が流れちゃったんだから、なんといって良いやら・・・・・って感じ。

そして、本来なら「値段の問題じゃない」はずのものが、「(値段)が高い」と感じる人達への配慮の結果、「該当する年齢のお子様への接種をご検討ください」なんて、軟らかい表現になるのも、なんだかなぁ・・・と。(米国じゃ強制接種の州もあるらしい)

(5万円が高いって感じる人達には、また、悩ましい選択肢、ガルダシル Gardasil が近日発売予定だよ~ん。尖圭コンジローマも含めたHPV-6、11、16、18型含有だぞ。お得?って事で)


で、サーバリックス、当然、遺伝子、弄ってものを使って作ってます!!


さて、ドラクエⅥの無限ループを治療する為の、遺伝子組換え情報は、、、、、

000E3CD2 0C → 36 (コレにより、Phe が Ile になります。。。。:p)
000E3E31 10 → 11 (コレにより、Val が Thr になります。。。。:p)

としいうことらしい。

2チャンネルでは、ゲームの遺伝子組み換えは、大流行だ!!だから、正確かどうかはわからない。ご利用は自己責任で!!モンスターが誕生しても、当方は一切責任を負いません。

(コレって、違法だけど、罰則が無いってホント???情報求む!!倫理的には??ヤッパ、マズイよなぁ!!んで、こんな情報を垂れ流すのはケシカランと思う人は、一般紙、テレビニュースでイイカゲンな医学情報を垂れ流すことにも、怒りをぶつけよう!!インフルエンザ関連の情報は百害あって一利なしだっぞっ!)

2010年01月13日

医薬業界における今世紀最大のスキャンダル

20100113_scandal.jpg 2009年12月31日、欧州議会の保健衛生委員会(Health Committee)は、昨年夏から豚インフルエンザが流行した際、欧米の製薬会社が、ワクチンや関連医薬品の売り上げを伸ばすため、国連のWHO(世界保健機構)や国際医学界などに影響力を行使し、インフルエンザに対する危機感を世界的に扇動した疑いがあるとして、調査を開始することを全会一致で決議したそうだ。

同委員会の委員長 Wolfgang Wodarg 氏(ドイツ議員 医師)は、この問題について「医薬業界における今世紀最大のスキャンダルの一つだ」と述べている。

まぬけな日本の専門家達やマスコミも、まんまと操られたってことだね。冷静な医療従事者が、いくら『大袈裟すぎる。恐がるな』って言っても、操られた(名前を売りたい)専門家達がNHKや大手新聞で得意満面に恐怖を煽るもんだから、取り付く縞もない。


マスコミの無誤謬を疑わない「ジャーナリズム信奉者」は、いまだ健在ってことだ。。。


ただ、日本が欧米と違うところは、日本はどうでもいい事はすぐに謝り反省するくせに、事が大きくなりすぎると、自分たちの間違いを素直に認めなくなるところだ。

このことは、何処かで目にしたのだが、言語に関係するのかも知れない。くるまの雑誌だったかなぁ?読んだの。。。

日本語には、『すみません』とか『ゴメン』みたいな、軽い謝り言葉が存在するんだけど、ドイツ語には存在しないって内容のもの。

よっぽどの事が無いと謝らないのがドイツ人。だけど、事が重大なら深謝する。軽々しく謝れるけど、重大なことには腰が引ける日本人って事なんだろう。(戦争、戦後に関しては当てはまりません。っていうか、「それみたことか、ドイツは謝ってるのに日本は・・・」って単純な輩がいるから、釘を刺しときます)

で、欧州議会の保健衛生委員会が総括しても、日本のマスコミは黙殺するし、専門家たちは他人事を決め込むんだろうなぁ。インフルエンザ騒動に加担した医師や専門家(当然、薬剤師も含む)は、深く反省すべきだな(スケベ心があったのはバレバレだよ)。衛生材料(マスク等)分野でも「ウイルス○%カット」とかやっている。こんなインチキ商法も厳しく取り締まって欲しいもんだ。。。(って、誰が取り締まるんだろう?誰もいないや・・・日本には)


話は変わるが、言葉の違い、、、ドイツは上記の如くなんだけど、フランスは全く違って、日本に近いらしい。すぐ気軽に謝る。そして、英語の発音が下手なんだとか。日本と似てる。。。。

この件については、昔から気になっていたことがある。それは、抗生物質の使い方。イギリスでは、こんなことをやっていた頃、フランス人は、日本人同様、抗生物質が大好きで、大量に消費していたんだと聞いていた。

えっえ~、日本人の無知ぶりを曝け出すのに、ヨーロッパの知的な国民性をダシに使えないジャン。それに、フランス人、イメージと違って、馬鹿っぷりが、ちよっと、ショック・・・なんて。

欧米コンプレックスのある私にとって、憧れの対象が、馬鹿だったりすると、がっかりしてしまう。やめて!そんな現実、突きつけないでっ!!って。(笑)

(笑)といえば、FMラヂオから流れてくる、au のコマーシャルには笑った。

「ヒロシ元気ですか?大学生活には慣れましたか?(笑)」みたいな留守電に、大学生の息子が、アタフタしながら、「なんだよぉ“カッコワライ”って」なんて突っ込みながら聞いているヤツ。お母さんからの“合コンのタブー”も、アタフタしながら聞いている。

あの、お母さんのボケっぷり、なかなかのものだ。最近のバカ親(幼稚)と違って、話し方も落ち着いているんだけど、その内容の幼稚さとのギャップが、たまらない。コマーシャル作った人は、かなりのセンスの持ち主だと見た!!


さて、そのフランス人だが、若者に車離れが起こっているのも、日本と似ているのだそうだ。もっとも、時期は日本より早かったらしいが。。。女性をものにするのに、車は使わない理由が、現代の日本の若者と同じ理由なのかどうかは、よくわからないけど。

でも、草食系って理由じゃないのは、「今年は草食系じゃなくって、○○系」なんてキャッチコピーがポータルサイトに踊っている事からも、よく、わかる。

騙すの、簡単なんだよね。日本人って。そういえば、こんなのも、ニュースになっていた。

「ゲーム脳」など脳研究で俗説、倫理指針を改定…神経科学学会

2010年1月9日 提供:読売新聞

 脳機能を画像化する装置の発展で、脳に関する非科学的な俗説が広まっていることから、日本神経科学学会(津本忠治会長)は8日、新たに研究者が守るべき注意点を盛り込んだ研究倫理指針を発表した。

 指針は2001年に策定、昨年12月、大幅に改定した。近赤外光脳計測装置(NIRS)など、人体を傷つけない装置の開発で、工学、文学など異分野の研究者が脳科学に参入した。しかし、ゲームに熱中すると、脳の前頭前野の働きが低下する「ゲーム脳」になるといった研究などが、科学的検証を受けずに流布。発表時には科学的根拠を明確にするよう求めた。また、実験で被験者へのインフォームド・コンセント(説明と同意)が十分ではない研究者が目立つとして、人権への配慮を徹底すべきだと指摘した。指針は、学会のホームページ(http://www.jnss.org/)で公表している。

「ゲーム脳」ってのが、ほんとに存在するって思っていたあなた!あなたは、科学的常識が欠如しており、インフルエンザに限らず、非常に騙されやすくなっています。どうか、お気をつけください!!

2010年01月06日

マーガリンは危ないと聞いたからバターに代えた

20100106_ROME_republican.jpgタイトルは、わかる人には笑える話だけど、意味がわからず大真面目な人の方が多いのも現実。

どんなに適切で適宜な情報も、猫に小判な状態なのが、現代社会。情報量は多いのに、玉が石に紛れて見えてこないのは、悪貨は良貨を駆逐する現象なのか?

川の流れはダムを作れば止められるけど、穴が開いてちゃ止められない。川のダムに穴が開いてりゃずくわかるけど、現実社会の穴は何処に開いてるのかわかりゃしない。


ローマにカエサルやキケロが登場する100年ほど前、そう、現代はグラックス兄弟の時代に似ているって感じる。歴史好きな人には『内乱の一世紀』の始まりの時だ。

グラックス兄が始めた庶民へのバラマキ政策は、どのような答えを出したのだろう?これが元で撲殺された兄に代わって、弟が活躍するまで約10年。さらに過激になった政策の果ては??

現代では、撲殺される前にさっさと辞めちゃう大臣や責任の所在を不明瞭にする為に最大限の努力を惜しまない人達が、政治を行っているので、歴史は参考にならない。。。

無知な大衆とは政治上の目的で為される事でも、私利私欲に駆られての事であると思い込むのが好きな人種である。

そして、現代にも大量に無知は存在する。。。。


Nature Neuroscience, 2009年12月21日 に掲載された“ヒトの不平等感を感じる脳”に関する論文は、それまで、不平等感の個人差を前頭前野に求めていたのを否定するものだった。

扁桃体の社会化 -- Socializing the amygdala

不平等感に関連して現れる性格の違いは、情動の自動処理に重要な脳領域である扁桃体の活動を変化させる。Nature Neuroscience(電子版)に発表される研究は、そうした性格の違いは前頭前野の違いが原因であると示唆した以前の見解を否定している。

人が他人と富を分け合うのを好む度合いは、確固とした性格特性である。向社会的な人は、概して他人に利益を与えるように働き、自分の富を最大にしたいと思いながら他人も同じ富をもつことを望む。しかし個人主義者は、自分の富を最大にしたいと思う一方、他人が入手できる富の量には無頓着である。

人がこの種の決断に至る方法に関しては議論が続いているが、自動性の「ボトムアップ」反応は自分の報酬しか考慮せず、この利己的な衝動を抑えるためには「トップダウン」型の制御(前頭前野で働くと考えられている)が必要であるという1つの説がある。

春野雅彦(玉川大学)とC Frithは、向社会的な人と個人主義の人について、2つの報酬(自分と相手に1つずつ)に対する欲求に脳がどう応答するかを観察し、分配課題を行うときの「トップダウン」処理と「ボトムアップ」処理という考えを検討した。向社会的な人は不公平なシナリオを好まず、それ相応に応答した一方、個人主義者の選択は物事の公平性には左右されなかった。研究チームは、この2群の人々で扁桃体の活動が異なることに気づいた。向社会的な人では、報酬の不平等性の増加と扁桃体の活動の増大が相関していた。この結果から、不平等性に対する嫌悪という向社会性の特徴は扁桃体の活動と結びついたもので、利己的な衝動に対する「トップダウン」制御によって決まるのではないと結論している。


キャンディーを貰った時『あいつの方が一個多い』と言って、不満をぶちまける子供と、無頓着な子供がいることを、大人たちは知っていた。

この性格の違いが、キャンディーを貰った時にだけ、機能するなら“可愛い話”で終わる。だけど、、、、、

ローマの時代にも、世を二分する問題に発展していくのは、まさに、2100年の前も現代も、ヒトはちっとも変わっていないって事の証明だ。そして、その性格の違いは、生存競争に与える影響は小さいみたいだ。現代でも、同じくらいの比率で存在しているみたいだからね。

日本経済新聞に、「日本国民の総預金は、2020年に全て国債に食いつぶされる」とあった。

今の国家予算編成では、あと10年で、日本は倒産するって話だ。それまでに収入に見合った支出にしなければならない。

ローマの時代には、支出を制限するより、収入を増やすほうが簡単だった。何故なら、戦って属州となった国から、たっぷりと搾り取ればよかったのだから。

でも、面白いのは、属州統治の全権限を持っていた元老院が、その権限を政治家(グラックスの場合は護民官)に取り上げられるのを恐れて、これに反対する事だ。

国家の一大事なのに、自分たちの権力保持にプライオリティを置く、、、、、愚かに見えて、、、、、結果は???


現代なら、侵略戦争は“悪業”だから、話は簡単だ。支出を押さえる以外に選択肢は無い。でも、、、、、面白いのは、自分たちの領域だけは“聖域”“不可侵”だから、、、、って、ローマの元老院のような横槍を入れる輩がいる。

どちらにしても、「武器を持たない予言者(カッサンドラ)は失敗を避けられない(by マキャベリ)」事だけは、今も、かわりがない。現代では、武力以外(まっ、お金ってことなのかもしれない。武力よりエゲツナイって思うんだけど、どうかな?)になるんだろうけど。でも、グラックス兄が命を懸けた農地法の改革の目的はローマの軍事力増強だったんだけどね~。

余談だが、カッサンドラはトロイの王女で、アポロンから未来を正確に見通す力を授けられるが、同時に、誰にも信じてもらえない宿命を背負わされる。アポロンの女にならなかったから、アポロンが怒って・・って経緯なんだけど、このマキャベリの言葉は、ちょっと違うって思う。カッサンドラなら、最初から、誰にも相手にされないんだから。


さてさて、この結末は、神のみぞ知る・・・・・かも知れないが、どちらにしても、日本人の半分は、自分たちの主義主張が間違っていた事に吠え面をかき、日本人全員が“トランブゲームのババ”を引くことになるんだろう。

面白い10年の幕開けである。(あと5年経って、まだ、のらりくらの日本なら、海外脱出を本気で考え始めるとするかっ!!)


※『マーガリンは危ないと聞いたからバターに代えた』のおかしさを解説するのも無粋だが、織田信長の“短気なところ”と鳩山由紀夫の“奥さん”を比べで、100メートル走るのに、どっちが有利か?を図るようなものとでも言えば、ナンセンスさをわかって頂けるかな?

2009年12月26日

ねたみ、そねみ、ひがみ、やっかみなどの感情

20091226_good_and_bad.jpgねたみ、そねみ、ひがみ、やっかみなどの感情は、恥ずかしい。

日本人の誰しもが感じているんだと思う。

その証拠に、鳩山-友愛-由紀夫総理が、お母ちゃんからお小遣いをもらったことを、ねたみ、そねみ、ひがみ、やっかみんでいることが、ばれないように、みんなで、よってたかって“悪行”ということにしてしまった。

政治をやる為にはお金がかかる。

政治にお金がかかるのは、医療にお金がかかるのと同じだ。

医療にお金をかけることを悪く言う庶民はいない。政治にお金がかかることは悪い事だという。


戦争に“善悪”の価値観を持ち込んだのは誰だろう?

戦争を“善悪”の価値観から俯瞰するようになったのは、2~300年前からだと思っている。それ以前は、戦争には“勝敗”しかなかった。

「勝てば官軍」という言葉は、日本の戦国時代にはなかった。いや、あったのかも知れないが、現代人が“官軍”に感じる“正義”という感覚はない。現代人が歴史を振り返る時、間違った解釈をしてしまう原因のひつとだろう。ローマの時代、中世、近世のヨーロッパに目を向けるときも、同様だ。そもそも、“善悪”の価値観で考えてなかった時代なのだから。

ものごとを“善悪”で考えると、皆にとって最大の利益が得られるのだろうか?それとも、精神的な満足感だけで終わるのだろうか?

“善悪”で考えると、単純化出来て、誰にでも意見が言えるという点では、メリットがありそうだ。それに、ねたみ、そねみ、ひがみ、やっかみなどの感情が溜まった時、“ガス抜き”にはなるし。

身の回りのことを考えるとき、“善悪”の判断は大切だ。いつの時代も親から躾けられる。身の回りのことなら、“善悪”での判断は、自分の利益に繋がりそうだ。

と言う事は、現代人にとっては、戦争も政治も身の回りのことになったということなのだうか?それにしては、日本人は選挙にも行かないし、政府と議会の区別も付いてないように思えるし、戦争や軍隊は話すら“タブー”みたいなのだが。。。

戦争に行って死にたくないのなら、「戦争に行って死にたくない」って言えばいい。どうして、戦争そのものを“悪”にするんだろう?確かに「戦争に行って死にたくない」じゃ、子供みたいでかっこ悪い。カッコイイ言い訳は、戦争=悪で、戦争を起こした人=悪人が簡単でいい。「戦争に行って死にたくない」は「私は、悪に手を染めない」になる。


---う~ん、カッコイイ---


善悪で考えると、帝国主義は、多くの日本人にとって“悪”になるのだろう。

独裁者に良いイメージもない。だが、日本の諺には「船頭多くして船山に登る」がある。問題が発生した時、強力なリーダーシップが必要だった証拠だろう。

現代人は、経験もしてないのに、強力なリーダーシップを嫌うのは何故だろう?誰かに“洗脳”されたのかな?思い当たるふしはあるけど。


ちょっと前に、舛添前厚労相が、『強力なリーダーがいないと、今を乗り切れない』みたいなこと言っていた。(新党結成する気かっ?なんてネタにされている)

野党になると、当たり前の事を言えるようになるのかな?私のイメージは、与党はリアリスト、野党はロマンストだったんだけど、舛添さんは、野党になっても責任感があるんだね。舛添さんが新党を作ったら、応援したいなぁ。


ところで、現代人は、今、自分たちが感じている“善悪”の価値観が、過去から一貫して同じものだと勘違いしているのかも知れない。

ギリシャ神話の時代の“善悪”を現代に持ち込むと、全知全能の神ゼウスは、とんでもない我侭で、気分次第で、思いつきで、スケベで、、、、と、とても“善”とは言えない。自分で作った人間が増えすぎたから、戦争でも起こして間引くかぁ!だもん。

イエスの生きた時代も、同様だ。イエスなんか、自分を生んでくれた母親に向かって、、、、母がイエスに『ぶどう酒がなくなりました』と言った時に、『婦人よ、わたしとどんなかかわりがあるのです。わたしの時はまだ来ていません。』だもんね。これは、善悪とは関係ないけど、価値観の違いは、大きい。

世の中に絶対の善は存在しないし、絶対の悪も存在しない。たとえば、、、

肉親を殺された人は、殺した人を“悪人”って考えるけど、別に悪じゃない。憎しみだ。殺された側は“不利益”を被った。だから、殺したヤツに同等に不利益をもたらせねばならない。バランスを取ろうとする“脳”の働きがある。平等に反応するコラムだ。(それ故、私は、jury nullification を肯定する。感情による裁きを

それを悪人と言う言葉で表している。“悪”にすると、自分と同じ価値観を簡単に多くの人に共有してもらえる。(近代文学・思想と共に善悪観は発展した?)

個人対個人の殺し合いは、例外なく双方に不利益しかもたらさない。まれに、利益がある場合もあるけど。

戦争の場合は、勝者は莫大な利益が得られる。だから、人類の間から無くならない。

倫理的、道徳的な理屈を付けても、生き物の本能が戦争を起こすのだから、ものを食べて“うんこ”するのと同じだ。

アイドルは“うんこ”しないって、ロマンチストは思うだろうけど、リアリストは「アイドルだってうんこする」って言うのに似ている。かなりかけ離れているけど。

共和制、民主制、君主制、、、、究極の政体は存在しないのと同じともいえる。歴史が語るのは、状況(環境:エンベロープ)に応じて、やり方を変えないと、滅びるってことだ。

というか、人間は安定するとそれを維持したがるから、環境に適応できなくなる。状況に応じて、やり方を変えれば滅びない。自然の摂理。(やり方を変える事自体が、《滅びる》に見えることもある)

今の日本は、民意を反映・・・なんてやってる場合じゃないって事だ。

独裁が悪いとか、国民の総意が善とか言っている場合じゃないんだよね。

強力なリーダーが出現する事が“適応的な時”に、「独裁はいかんよ、ちみぃ~」なんてやってると、日本は倒産するって事だろう。


私は、「戦争に行って死にたくない」って言っておきます。でも、どっちにしても死ぬんだったら、行きます。それだけ。だって、映画アルマゲドンで泣くタイプですから。

地球規模の--友愛--を頭に描ける人は別にして、日本人にとっての公共の利益は、日本の利益以外にあるという人はいないでしょう。いたら、腑に落ちるような説明をしてもらいたものてす。ハイ。

そして、食料の需給バランスが破綻するほど地球上の人口が増えた時に、どうするのかを説明してもらいたいです。ってゆーか、借金しながら、あと、何年、日本は倒産しないで済むのか、誰か、教えて欲しい。


※注意:戦争という言葉はメタファーです。増税と置き換えてもイイです。なんにしても、ロマンチストが“悪”と決め付けているものは何でもイイです。わはははは。

2009年12月24日

ドラマと小説が日本人の歴史観に与える影響を潜在連合テストでみる?

20091221_one-77.jpg鳩山-友愛-由紀夫総理のおかげで、アメリカが“おかんむり”のご様子。どんな結末が待っているのかワクワクしながら待っているが、こうなった以上、中国と仲良くしなければかなぁ~り“ヤバイ”のは、幼稚園生でもわかること。憲法第9条を改正すればいいんだけど、これは現実的なオプションじゃないから(みずほたんがいる)、おいといて。

どの民族も、自分たちの出自っていうか“歴史”が好きで、歴史を美化するという共通点がある。

そして、外交にも微妙に、あるいは、顕著に影響を与えることがある。

ちょっと前、新聞に日本と中国が合同で近代の歴史的認識のすり合わせを行ったことが書いてあった。歩み寄った部分もあったらしいが、“南京大虐殺”に関しては、双方が歩み寄る事は無かったとか・・・・。

中国の“反日感情”を煽るプロパガンダはあからさまだが、日本では中国人に対する“印象操作”はないのだろうか?

一般論として、中国人に対する感情は、悪いはずだ。夫婦間やごく親しい友達だけで話している時、誰でも中国人を悪く言うはずだ(女性はけっこう正直)。中国人の●●さんなどという具体的な話じゃなく、あくまで、イメージとしての中国人に対してなんだけど。中国のギョーザ以前から、そういう傾向はあったんじゃないかな。

アンケートや世論調査みたいな形でする意識調査では、みんな“イイ子ちゃん”になったり、あるいは社会的に望ましい方向に歪むから、“本性”は見えてこない。潜在的意識を調査するには、回答者が、自分の答えの意味するところをわからないようにしなくちゃならない。

『特に、“自虐的歴史観”のある人達に、潜在連合テストを試みたいね』などの嫌味は、今回は無しにして話を進める。。。。

と言っても、私には、どんな設問をしてようやら、良くわからない。ドラマと小説に何を選ぶのかは、決まっているけど。

もちろん、坂の上の雲!

音声なしでもテレビにより人種的偏見が伝わる

サイエンス 2009年 12月 18日 号より

Even on Mute, TV Can Perpetuate Race Bias

あからさまな人種差別的中傷や性差別的発言をテレビで聞くことはあまりないが、テレビで描き出される非言語的ふるまいや行動が、視聴者の人種的偏見に継続的な影響を及ぼしていることが研究者らによって報告された。

最近の研究では Max Weisbuch らが、テレビにみられる白人の登場人物によってとられた非言語的で否定的な行動が、白人視聴者の実生活における黒人の見方を形成するのに深く関わっていることを明らかにした。

この結果は、非言語的な情報伝達が我々の思考や行動にほぼ無意識のうちに巧妙に影響していることを強調するものである。

研究者らはこの結論に至るのに、人気番組から集めた複数の場面を編集し、特定の登場人物を一場面から取り除いて、その場面の他の登場人物がまだ見ぬその登場人物にどの程度好意的に接しているかを評価するよう大学生のグループに指示した。

学生らは、ゴールデンタイムに放送される人気番組11本の登場人物について、否定的な非言語的行動が白人よりも黒人に対して示されていると評価した。

Weisbuchらは次に、その番組を常に視聴している別の学生グループを対象に潜在意識下の偏見を評価するのに広く用いられている潜在連合テスト(implicit association test:IAT)を実施した。

その結果、このテレビ番組を学生がみる頻度(テレビで描き出される非言語的偏見への曝露量)と学生個人の偏見に直接的相関が認められることがわかった。

PerspectiveではJohn Dovidioがテレビにおけるこの隠された非言語的偏見のパターンについて詳細に考察している。

"The Subtle Transmission of Race Bias via Televised Nonverbal Behavior," by M. Weisbuch; K. Pauker; N. Ambady at Tufts University in Medford, MA.


ところでNHKドラマ《坂の上の雲》だが、気になるところがチラホラとある。まず、オープニング。「まことに小さな国が・・・・・」と始まるところ。私は、アレを聞くたび、まるで、当時の日本は槍を持って草原を走り回っていたかのような印象を受ける。そんな事は無いのだが。

そして、以前にも指摘した、正岡子規と夏目漱石の親交ぶり。原作にはない。第4回では、正岡子規と森林太郎(森鴎外)とのやり取り。これも原作にはない。しかも、日清戦争における戦死者(陸軍)の内訳(2/3は病死)まで披露させている。もちろん、原作にはない(小説では兵士の死は一貫して指揮官の愚策によるとされている)。


ドラマ【坂の上の雲】を、サイエンス誌の論文にあるテレビドラマのように、登場人物を編集カットして、、、なんて使い方は出来ないだろう。だって、その内容は、かなりの人が知っているはずだから。そこで、、、、


小説を読んだだけでドラマを見てないグループと、ドラマだけを見たグループと、小説を読んでドラマを見たグループに分け、小説にはなくドラマだけに付加されているエピソードによって、中国観やロシア観がどう変化するかをみるってのは、どうだろう?

っていっても、中国を好きになる嫌いなるなんて事がわかっちゃうような設問じゃマズイんだよねぇ。なんか、良いアイデアはないかなぁ・・・・・。(関係ないけど、映画《評決のとき》でマシュー・マコノヒー演じるジェイク・ブリガンス弁護士の最終弁論を思い出しちゃった)


日中関係を良くする事が、日本の、日本人の利益、将来の日本人(我々の子供たち)の利益になるなら、中国と仲良くしなくっちゃね。。。。

オイオイ、鳩山さん、もしかして、ダメ総理を演じて、国民一人ひとりに危機感を持たせる作戦なの?大石内蔵助の“昼行灯ぶり”を真似てるのかな?


※今回は、エントリーの内容とは全く関係のない写真(アストン・マーチンone-77)を挿入してみました。アクセスビリティ効果による潜在意識のプライミングを狙ってます。。。が、たいした意図はないです。いつもの方が、より、含みは大きいです。

2009年12月19日

喫煙15本ごとに肺がん関連の遺伝子変異が発生

20091219_quit_smoking.jpg今回は、『マリンパのお仕事』と同じネタで思ったことを書いてみる。いちおう、あっちは、お仕事モードだから、言葉もそれなりなのだが、こっちは、基本的に藪睨みだから・・・・・すき放題。。。。


タバコでは“がん”になる人とならない人がいる。

理不尽だけど、しょうがない。でも、もし、地球上にヒトが誕生して以来、子供のときから全員がタバコを吸っていたとしたら、タバコで命を落とす遺伝子タイプのヒトは淘汰され、今のヒト達は、全員、タバコで“がん”などにはならなかったはずだ。

もし、今、地球上からタバコを一掃し、誰もタバコを吸わなくなったらどうなるのだろう?

タバコで淘汰できた遺伝子が、後世に繋がる事になる。これがよい事なのか悪いことなのかはわからないけど、タバコを断った未来には、これが災いして、環境因子の何かが、別の病気の脆弱なターゲットとなるかもしれない。

じゃ、タバコは止めなくてもいいのか?

いや、そんな事はない。個人としてのメリット・デメリットと、全体としてのそれは、意味が違うのだから。そして、全体としてのメリット・デメリットは、個の積み上げが正しいと思うし。進化ってそういうもんだし。

喫煙者を擁護するつもりは、さらさら、ない。でも、他の人に影響を与えないところで喫煙する事は、問題ないんじゃない?

歩きタバコをしたり、公共の場所でタバコを吸うのは厳禁、規則を破ったら懲役刑でもイイと思うけど、閉鎖された空間で、個人的に喫煙を楽しむのは、なんら問題ないんじゃない?家庭に於いても、書斎のような空間で、タバコを楽しむ・・・・、良いんじゃない?

今の世の中の雰囲気は、喫煙者と喫煙と言う行為そのものを軽蔑する方向に向かってるって感じる。

彼らは、未来の私たちの子孫に、“強い遺伝子”を残してくれる人達なんだから、、、、蔑視はかわいそうなんじゃないかな?

いや、かわいそうな対象は“他人に迷惑をかけない喫煙者”に限るけどね。火の付いたタバコを手に持ちながら“歩きタバコ”しているヤツは、後ろからバットで頭を殴っても許されていいと思うし。

だから、禁煙活動は、ほどほどがいいと思っている。

でも、喫煙者の罹病率は非喫煙者より高いんだから、健康保険料やその他諸々の社会保障制度は差別されるべきだとも思っている。


タバコを吸うのは、あくまで、自己責任で。。。

私は、こんな世の中になればいいと、いつも思っているのだが、、、、あいまいな日本人は、ルールを決めることも、消極的・・・・腰が引けてる。。。。

英国のがん遺伝子研究で判明

 世界におけるがん死亡は2004年で年間740万人に達し、全死因の13%。そのなかでもトップなのが肺がんで、年間死亡者数は130万人となっている。こうしたなか、英ウェルカム・トラスト・サンガー研究所のPeter J. Campbell氏らは、肺小細胞がん患者らを対象とした研究で遺伝子変異ががん発症に関与していることを発見。たばこ15本を喫煙するごとに1つの遺伝子変異が発生することも見出し、Nature12月16日オンライン版に報告した。


紫外線と皮膚がんとの関連も確認

 Campbell氏らは、肺小細胞がん患者の肺組織から得られた通常細胞と腫瘍細胞を比較。60回にわたるゲノム配列を行った結果、たばこに含まれる化学物質に起因する2万2,910の遺伝子変異を確認した。この変異は直接的にがん細胞を発生させないものの、組み合わさることで細胞のがん化を促すという。

 変異は全ゲノム領域を通して均一ではなく、ほとんどが遺伝子コード領域の外で認められた。これは重要な領域で傷害を受けたDNAが修復されたことを示唆しているが、重要な領域で発生した少数の変異は細胞のがん化を促進することになる。

 また、発がん物質が直接の遺伝子変異を引き起こすか、がんそのものがDNA修復機能を阻害することによって変異に関与するのかで意見が分かれていたが、同氏は今回の発見が前者を支持すると結論した。

 同氏らは、15本喫煙するごとに1つの遺伝子が変異すると推計。そのため、Nature Newsに対して「たばこ1箱を吸うごとに、ロシアンルーレットをしているようなもの」と語っている。

 今回の研究では皮膚がん患者の細胞も検討しており、紫外線による3万3,345の遺伝子変異が確認された。こちらも肺がんと同様、発がん因子が直接の遺伝子変異を引き起こすことを示したという。

 今回の研究について、同氏らは「肺がんおよび皮膚がんを予防できるということを裏づけた」としたうえで、薬剤療法の標的となる遺伝子の特定に役立つことを期待している。


タバコだけじゃなく、『あぁ~あ、こういうこと、誰も言いだしっぺになりたがらないんだよなぁ』って感じたのが、川崎市のK病院での安楽死に関する最高裁の上告棄却。

最初に、ルールを決めればいいだけなのに、誰も、最初の線引きをしたがらない。

最高裁は、棄却した理由について、、、、

 「被害者が気管支ぜん息の重積発作を起こして入院した後、本件抜管時までに、同人の余命等を判断するために必要とされる脳波等の検査は実施されておらず、発症からいまだ2週間の時点でもあり、その回復可能性や余命について的確な判断を下せる状況にはなかったものと認められる。

 そして、被害者は、本件時、こん睡状態にあったものであるところ、本件気管内チューブの抜管は、被害者の回復をあきらめた家族からの要請に基づき行われたものであるが、その要請は上記の状況から認められるとおり被害者の病状等について適切な情報が伝えられた上でされたものではなく、上記抜管行為が被害者の推定的意思に基づくということもできない。以上によれば、上記抜管行為は、法律上許容される治療中止には当たらないというべきである」


ということらしい。

最高裁なのに、あいまいな『発症からいまだ2週間の時点でもあり』とか言っている。だったら、一体、どれくらい待ったら、『良しっ!』て言ってくれるんだろう?というより、時間の問題なのか?

『同人の余命等を判断するために必要とされる脳波等の検査は実施されておらず』とか言っているが、医師が診て、言葉は悪いが『いつまで待っても、結果は同じ』って感じたんだろうから、その判断を尊重すべきなんじゃないの?そして、家族が「もい、いいっ」って言ってるんだし。

殺人事件が匂うのなら、話は別だけど、これじゃ、医師の感覚っていうか、プロとしての医師の能力と経験を全く信用してないんじゃない?

時期を決めておけば、信用する・しないなんて、そんな問題にすらならないって思うんだけどなぁ。

たとえば、自動車運転免許を取得する条件に、安楽死を望むかどうか、臓器提供するかどうかの意思表示を必須にする。教習所に通い始めてから、かなり時間があるんだから決められるはず。そうすりゃ、安楽死を望む人でも、2週間はさせない・・・とかに変わるんだけどなぁ・・・。

でも、誰も言い出さない。後になって、責任を取らされたくない・・・。っていうか、安楽死そのものを、議論の俎上にのせようすらしない。。。


信用って言葉が出たから、もう一つ、書いておくけど、、、、

政府のジェネリック使用促進対策のひとつに、「10mgの錠剤がなければ、5mgの錠剤を2錠使ってもよい」と言うものがある。昼飯時に業界の新聞を読みながら、ぼやいていたら、それを聞いていた職場の同僚(薬局の仕事は知らない)が、、、

「えっ?いままで、出来なかったの?」とビックリした。
「えっ、一回に飲む量は同じなんだよねぇ?」
「もしかして、10mgの錠剤1錠と、5mgの錠剤2錠に何か違いがあるの?」と、矢継ぎ早に、後から後から疑問が沸いてきていたみたいだ。

そう、薬剤師には、こんな事すらまかされていないのだ。

例えば、10mgの錠剤は大きくて飲みづらい。薬剤師の判断で5mgの小さいのを2つ・・・なんてやっちゃいけないのだ。こんな些細な事すら、いちいち、処方医へ変更の確認の連絡をして許可してもらってからでなくては、出来ない事になっているのだ。時間がかかるもんだから・・・・患者さんに「もう、いいよっ!急いでんだからっ」と。

「アホくさっ!」
「それって、2千円払う時、1000円札2枚と2千円札1枚で払うのは、別だって言ってるみたいジャン。へんなの」

でも、出来ない理由は、別なところにある。ゆがんだ医療法・・・・・。10mg1錠と5mg2錠の値段が違うのだ。さらに、2種類の錠剤を各1錠ずつアサ・バン飲んでいた人が、状態がよくなって一つがアサだけの服用に減ると・・・・金額が高くなる。

「えっ、なに、それぇ~」

薬剤師は、まったく信用されていないのである。


おっと、こりゃ、タバコと関係ねぇなっ。

話を元に戻して、私は、禁煙して、丸 7 年になる。

やめて良かったのかどうかは、まったく、わからない。けど、公共の場所で“白い目”で見られないですむのだけは、善かったと思っている。

結局、このように、誰かが厳格な取決めをせず、なんとなぁ~く、、、、だったり、そのテーマそのものが“飽きちゃう”のを、、、、じぃ~っと、待ちながら、、、、、。安楽死を選ぶ間に、自然に死ぬのを待つ・・・・。裁判長の時間をかけてってのも、そういうことなのだろう。。。。

って、、、、日本人だから、それしかないのかも。

2009年12月15日

新型インフルエンザ感染者2割が症状なし

20091215_ski.jpg80年代は、何か特別だ。70年代、60年代、、、、90年代すら、80年代と比べると色あせる。80年代は、女性の肩が怒っている。女性の眉が太い。マイケルジャクソンが活躍した。バブルがあった。

小林克也も言っている。コンピレーションアルバムも際立って面白い・・と。(言ってねぇかっ?)
(。_゜)☆\(ーー;)バキッ

昨夜、『私をスキーに連れてって』を観た。ちょっと前に、WOWOW でもやっていたんだけど、録画し損ねて見られなかった。その時に観たのは、『バブルへGO』『彼女が水着にきがえたら』『波の数だけ抱きしめて』。

今の若者に、80年代って、こんな時代なんだよって説明するのに、この映画は適当なのだろうか??

1963年生まれの私にとって、80年代は、『思い出が一杯』だ。でも、これらのなんか映画は違うんだよね。

ホイチョイ・プロダクションが作った映画は、当時、飛ぶ鳥を落とす勢いだった“業界”の人達のライフスタイルだったんじゃないのかなぁ?彼らの目に映ったのがアレ。それにハッキリ言って、今、見ると、恥ずかしいんだよね。当時はカッコ良かったのかも知れないけど・・・。

だから、80年代の記憶を、現代の若者に伝えるのに、『私をスキーに連れてって』『バブルへGO』『彼女が水着にきがえたら』『波の数だけ抱きしめて』を観てってやられたら、ちょっとどころじゃなく違和感あるよなぁ・・・・。

まぁ、そんな事は、どうでもいいんだけど、音楽には、今思うと、顔が火照るような恥ずかしい思い出が一杯ある。

大滝詠一の、、、、、、、、、、。渚をすべるディンギーで、、、、、。リック・スプリングフィールドの“ジェシーズ・ガール”を、、、、で、ファースト・キッス。ユーロ・ビートでは、スチュワーデスの、、、、、、、。ユーアー・ライク・ア・ドール・ベイビーは、自分の力量も考えず無謀にも、、、、。

・・・雨の中のドライブが好きだ。土砂降りで前後が見えなくなるらいの。外界と遮断される感覚が心地よい。都会や自宅の近くではなくて、伊豆の135号線に限る。一瞬の降水量が違うから、、、、。

車と音楽はいつも一緒だ。だけど、そんな時の音楽は、、特別、関連付けられている記憶が無い。放心している?何も考えていない?良くわからないけど、外からの干渉を一切排除できる感覚に麻痺しているのかも知れない。落ち着く、心の平静を保てる、、、何も考えなくてもよい時間、、、、。大好き。

こういう、空間に、車と土砂降りと音楽は連れて行ってくれる。音楽だけじゃなくて、映画もそうだけど、、、、、、、でも、映像は、解釈が主観的になるところが惜しいところ。

ダンス・ウィズ・ウルブスが好きな映画の筆頭なのは、押し付けがましいところがないからだ。逆に、007シリーズのような娯楽では、はなからそんな事は期待していないから、あれはアレでイイ。

小説も同様。想像の空間に連れて行ってくれるようなモノは好きだ。価値観を押し付けられるのはゴメン。ストーリーが面白ければ、それはそれでいいけど。
 
 
 
さてさて、巷では、天皇を政治利用したとかなんとか、騒いでいる。なんか、違和感を感じるのは、天皇の存在を腫れ物のように扱っているところ。どっちの側も。

天皇を奉ると、戦争に突入するって言っている人達がいるから、扱いがセンシティブになるんだろうな。私には雲の上のような存在の天皇を好きとか嫌いとかの対象にする事自体、違和感を感じるんだけど、本人たちは、大真面目なんだろう。もしかしたら、“スター”を友達・知り合い感覚にする現代の若者のスタイルの先取りかもしれない。どんなに立派な理屈を捏ね回しても、案外、そんな動機だったりするんだよね。

でも、一つだけハッキリしていることは、天皇を敬う事を忌避する人達がいても、日本以外の国の人達は、日本の天皇に一目を置いているってこと。

天皇を存在を蔑ろにすればするほど、その人は、日本以外の人からは笑われるんだよね。

もし、天皇と軍事力が結びつくと戦争が起こるっていうのなら、実験すればいい。。。

でも、天皇と軍事力が結びつく事と戦争が勃発する事の関係は交絡因子だったことが証明されるだけなんじゃないかな。それが恐いから、天皇を忌避する人達は、『人道的に』なんて理由をつけてやらないんだろうけどさっ。

なんか自虐的歴史観を持っている人って、子供の頃、クラスに1人はいた“偏屈な彼”みたいな存在に感じる。せっかく歴史を勉強したのに、そこにロマンも感じないで、天皇と軍隊の、軍事力の批判をして、、、、、勿体無い。ひねくれ者なのかなぁ。。。。不思議。。。。歴史はロマンと文化、精神の遊び場のはずなのに、、、、、。


そして、彼らは反省が大好きみたいだけど、反省するなら『もっとも、生活に密着する部分に対してしなさい』って言いたい。
 
 
 
生活に密着するって言えば、ウイルス感染症。(だけじゃなくって、細菌も)

(ふぅ~っ。やっとたどり着いたぜ。回りくどいねぇ、俺も。)

【関西大倉中・高、新型インフルエンザ感染者2割が症状なし】

2009年12月12日 提供:毎日新聞社

新型インフルエンザ:関西大倉中・高、感染者2割が症状なし

 ◇大阪府研究所「季節性と同程度」

 大阪府茨木市の関西大倉中学・高校で5月に起きた新型インフルエンザ集団感染で、18人がウイルスに感染しながら発症しない不顕性感染だったことが11日、府立公衆衛生研究所が発表した血清疫学調査で分かった。季節性インフルエンザでは一定の割合で不顕性感染が生じるが、新型で確認されたのは初めて。

 生徒や教職員647人から8月下旬に採血した。新型に対する中和抗体価を調べたところ、10倍未満が334人、10-160倍未満が211人、160倍以上が102人だった。感染が確実な160倍以上の人たちに5-8月の自覚症状を聞くと、症状の有無が確認できた98人中18人は症状がなかった。一方、中和抗体価が160倍以上でも、採血後に発症した人が3人いた。

 調査を担当した高橋和郎副所長は「季節性ウイルスでの不顕性感染の割合は正確なデータがなく比較が難しいが、同程度と考えられる。また抗体を得ても感染する可能性があることもわかった」と話した。


知っている人は、『いまごろ、何言ってんの?』って類の事でも、知らない人にとっては青天の霹靂なんじゃない? 

---新型インフルエンザ感染者2割が症状なし---

これこそ、知らなかったことを反省すべきだな。

ウイルスに感染しても発症しない人もいるっていう、人間の多様性を無視するかのような空港での検疫なんて、大衆の無知に迎合しなくちゃならなくなった結果でしょ?

新聞では『新型では初めて』とか書いちゃってるけど、この記事書いた人って、バリバリの文系の人なのかもね。

初めてもクソもないんだよね!微生物と人との関わりには。これが基本なの!個別の関係は無いんだよ。100%発症・致死のウイルスは存在できないんだよ。宿主があっての微生物なんだから100%殺しちゃったら、自分も存在できなくなるでしょ。女がいなくなったら、やがて男も死に絶えるのと同じ事。

こういう“言い回し”をひねり出し、もっともらしく使いところが、生物学に無知な文系の証明なんだよね。でも、食物連鎖は知ってるんだよね。この程度の人でも。だから、病原微生物学も、食物連鎖並みにしちゃえばいいんだよ。教育で。

教育といえば、歴史を斜め読みして悦に入ってる“勘違い”な人達にも、将来を見据える為に、歴史を用いると、概ね、エピメテウス(下衆の後知恵)になってしまうってのを、理系的に証明しておこう。

ある日、庶民の代表、鳥山夕紀夫氏は風邪を引いた原因を考えているとする。

一昨日、電車の中で咳き込んでいる人と一緒だった事を思い出した。
「うん、あれだっ!」
昨日、外出先から帰って手洗いとうがいを忘れたのを思い出した。
「うん、それだっ!」
そういえば、昨夜、夜中にトイレに起きた時、寒かった。
「あれ、これも怪しいぞっ!」

2週間後、退院した友人からお見舞いのお礼の連絡があった。友人は虫垂炎で入院していたのだった。その時、思い出した。
「あっ!そういえば、あいつ、入院してたんだっけ。俺も風邪引いて辛かったから、忘れてた」

鳥山夕紀夫氏は、臓器移植を受けており、免疫抑制剤を服用中だ。

歴史家が結果に対する原因を推測する時、同様の事をやってる。鳥山夕紀夫氏の情報として『電車の中で咳き込んでいる人と一緒だった事』しか得られなかった場合、コレが原因ではないと否定できないので、『これが原因だ』ってなっちゃう。結局、自分の知る範囲の事象を原因として扱うことになるのだ。これはこれで、合理的な推測だし、鳥山夕紀夫氏の場合はさておき、実際、これで風邪を引く人もいるだろうから。

で、さらに、電車の中で感染したを裏付けるような、偶然、同じ電車に乗り合わせ、風邪を引いた知り合いなどが見つかれば、確信になってしまう。。。。

『電車の中で咳き込んでいる人と一緒だった事』しか得られないなんて事は、ないんじゃない?って疑問には、80年代の私の印象とホイチョイ・プロダクションの映画のズレを指摘しておこう。悪い意味じゃなくって、人間の観察の限界。時代の印象は十人十色。まして、何が重要なのか、重要な役割を果たしたのかなんて、言葉で表現は不可能なんだよね。


小説家は、自分に見えたものから信念が芽生え、膨大な資料から、このような事例を積み上げ、小説に信憑性を持たせる。

歴史家は、自分が合理的と判断した資料から信念が芽生え、別な資料からこのような事例を積み上げ、自説に信憑性を持たせる。この場合、他の歴史家が異説を唱えることが多いが、どれが、合理的かの判断基準が各人各様だからである。


歴史からイデオロギーをひねり出した人達の「天皇の政治利用」に関しての愚な議論を、私は、こんな風に感じている。

中国との関係が良くなるんなら、逢えばいいじゃん。天皇陛下。(って、もう、逢ったみたいだけど)

そもそも、政治的って言葉の定義すら曖昧なんだから、議論する事すら愚。宗教も同様だけど、政教分離とか天皇は政治的じゃダメとか言っている人って、現実が見えてないんじゃない。言葉遊びが好きなロマンチストなんだろうけど。「外交と政治は別」とか言っちゃってさ。

結局、戦争を人質に取ってるヤツ等に反論すると「戦争賛成論者」ってレッテルを貼られるから、ビビってるんでしょ?だから、ビシッと言い返せない。政治献金と一緒で、「現実を直視して何が悪い」って言ってやればいいんだよね。戦争を人質に取るような“卑怯”なヤツ等には。

これって、今の後期高齢者医療制度下に「年寄りは、死ねって事か?」って言うのと同じくらい、卑怯なんだよね、高齢者医療制を否定すれば、年よりは死ねって事になっちゃうから。でも、当人たちは気づいてない・・・・っ。トホホだね。卑怯な人は、自分は卑怯だとは思っていない・・・・・正義の味方だとは思ってる。。。。

小沢一郎は、よく言った。あれが政治家の姿だ。政治家は正義の味方である必要は無いからね。でも、内容がショボイ。政治献金、何故、悪い?って言って欲しかったなぁ。


マスコミ批判に持っていくなら、この記事を書いた人の無知を指摘し、こんな“悪貨”が“良貨(無垢な庶民の感覚)”を駆逐するのだ!ってやるんだけど、マスコミ批判、最近、飽きたから、やんない・・・

2009年12月14日

「タミフルに新たな疑惑(New doubts over Tamiflu)」

20091214_Tamiflu.jpgイタリア・コクランコラボレーションのTom Jefferson氏らが BMJ 12月8日オンライン版(2009; 339: b5106)にノイラミニダーゼ(NA)阻害薬に関するシステマティックレビューを発表。

その際、同氏らに製薬企業とレビューの対象となった論文の著者から一部のデータ提供が行われなかったことなどを、BMJが同レビューの公表日にあわせ、英テレビ局channel 4との連名で調査・独占報道を行い、明らかにした。

---えっ?情報操作?---

NA阻害薬の予防、治療ならびに有害事象を検証した20の論文を集めて行われた今回のシステマティックレビューは「有効性不十分とするデータ(paucity of good data)が、オセルタミビルはインフルエンザ合併症を予防するという論文の下に埋められて(undermined)しまった。

---なんだぁ?効かないデータは隠蔽したの??---

---ロシュは何て言ってんだぁ???---

BMJ はRocheのタミフル国際医薬部門トップJames Smith氏がJefferson氏、同誌それぞれに出した回答をあわせて公開した。

Jefferson氏への回答によると、提供されなかったとされるデータについて、実施当時(同社は1999~2003年と表記)は、現在と違って試験プロトコルの標準化やレポートの自動公開は一般的でなかったとコメント。さらにJefferson氏が以前に共同で研究していた同社社員は多くおり、直接問い合わせることが可能にもかかわらず、BMJやテレビを通じた追求を行う理由こそ明らかにすべきだと反論。

また、BMJへの回答として、提供されなかった8件は「データが明らかに不完全」であり、データへのあらゆるアクセスは英国政府ならびに監督官庁により認可されていると同社は指摘している。


・・・・・・なんだよ!シドロモドロじゃん。ロシュ!!!そもそも、試験のプロトコルがどうのこうの、解析法がどうのこうの言う薬じゃねぇだろ!罹患したら飲む。短期決戦、エンドポイントはハッキリしてるだろ?効くか効かないか、どっちだよって薬だろ?(心不全の時の利尿剤・強心薬やβブロッカーのようなものを試験してんじゃねぇんだよ)

解明され公表されている作用機序は、単に増殖したインフルエンザウイルスが細胞から離れるのを阻害するだけ。一方、発熱をみてから病院に行って、タミフルを服用する頃には、大多数の症例ではウイルス量は減少し始める時期だ。

だから、『タミフルが効く』って言ってる事が、私にはピンとこないのだが、解明されていない作用機序による効果もあるかもしれないから、いわゆる臨床試験によって効果が証明できれば、その効果は認めている。私は、作用機序だけを妄信する Book Smart じゃないからね(ちょっと前までは漢方薬も馬鹿にしていた“頭でっかち”なのに、偉そうにしてゴメン)。


しかし、、、、その臨床試験による“効果判定”もが、疑問だらけだとしたら、とんでもない薬ジャン、タミフル!!


岩田健太郎氏(神戸大学都市安全研究センター、医学研究科微生物感染症学講座教授)が「今、新型インフルエンザにどう対応すべきか」で語られていた事の中に、タミフルの性質をよく示すエピソードがある。

ある、日本のドクターのコメント

「新型インフルエンザなんて怖くないよ。タミフル出したら、みんな2,3日で良くなったよ」

ある、香港の家庭医のコメント

「新型インフルエンザはそんなに怖がっていません。タミフルを出さない人が7割くらいですが、みんな2、3日で良くなっています」


サスガですね!岩田教授。


話は変わって、読売新聞、昨日の朝刊一面、『年金「4年で全件照合」断念、半分以下に後退』には、笑った。爆笑。。。

やっぱり、理想主義者、ロマンチストに政治は無理なんだよね。そして、理想主義者かどうかの“見分け方”は、抽象的だけど『戦争を反対』を唱えるかどうかに尽きるんじゃないかな。(芸術家や音楽家、小説家なんかは、理想主義者・ロマンチスト、ゼンゼンOK、、っていうか、ロマンチストじゃないとね。でも、政治家はイケマセンって)

誰だって、戦場に立ちたいなんて思わない。「起こってしまうのはショウガナイ」じゃん。(生き物の本能だもん)

なのに、声にして叫んで、武器を捨てれば、あるいは、軍事力を悪者、軍事力を統率する人間を悪者にして排除すれば、平和が得られるなんて思ってる。(とにかく、悪者を作って、それを叩けば問題解決なんて思っているヤツ等は、全員、無責任だね。小泉元首相を、生理的に嫌いって言うなら良いんだけど、理屈をつけてこき下ろす奴に、責任感のあるヤツはイナイ)


医療においても、全く同様の事が言える。

複雑でシステマチックな問題に、簡単に答えを出したがる・・・・これが、理想主義者、ロマンチストなのだ。


こういう輩には、制度としての医療を良くする事は不可能だろうね。


またまた、話は変わって、インフルエンザワクチンの話題。受験生に優先枠をとかなんとか。

ただ、なにか、寒いものを感じるのは私だけだろうか??

日本人、、、、、馬鹿?   って。


日経メディカルオンラインで 佐野 潔 氏が執筆しているコラム「Famry Doc.」が、医療に関する国民気質を知る上で、とても、参考になる。

 私は日本、アメリカ、フランスで家庭医として働いてきましたが、それぞれの国で、患者に対して異なるアプローチが必要でした。そして、それは医療に関する知識量の差と、それによって生まれる受診態度の違いによるものであることに気付きました。

 一般的に、日本人は、加齢とともに受診経験が増えても、医療情報にアクセスしやすくなっても、医療に関する知識はなかなか増えないように思います。これは、患者に対して医療教育・指導が十分でないことが原因ではないでしょうか。

 アメリカでは、医師と患者がほぼ対等な立場で医療の話をするといわれています。医師はあくまでも“アドバイザー”であり、意見を提示することで患者の意思決定を援助するのが本来の仕事です。対等な立場なので、医師と患者のコミュニケーションがオープンかつリラックスしたものになります。

 アメリカでは、医師は様々な説明資料を用意して、ときには患者を教育しながら、医療行為を決定していきます。これがインフォームドコンセントです。インフォームドコンセントによって、医師と患者の信頼関係が構築され、よりよい医療が行ないやすくなるメリットがあります。そして、医師の知識・技術レベルの標準化、すなわち医療の標準化につながっていくのです。

 患者に医療知識がないと、ちょっと熱が出ただけでもすぐ病院に駆け込んだり、皮膚がかゆいのは癌のせいか、鼻水が黄色いのは蓄膿かと、いたずらに不安を抱いてしまうからです。その結果、昼も夜も関係なく医療施設に人があふれるようになってしまいます。小児救急ではこの傾向がより顕著で、夜間救急当直を担当すると、赤ちゃんが夜中にミルクを飲んで吐いたから、咳の音が少し変わったから、と受診してくるケースにたびたび遭遇します。これは日本に限ったことではなく、フランスでもそうですし、中国やロシアといった社会主義国家では特にその傾向が強いようです。

 また、患者に正しい教育が行われないと、最新の機器を使う最先端医療を、やたらと要求することも起こりがちです。「頭痛がするからMRI」「咳が出るから肺癌かもしれない、CTでチェックしてほしい」「友人が心臓発作で死んだから、念のため自分も心臓の精密検査をしてほしい」など…。

 私は、こうした患者を責める気は毛頭ありません。なぜならば、正しい教育を受けていないからです。責任は、患者を教育しないかかりつけ医と、その国の無責任な医療保険制度にあると思っています。

これ、医療費抑制にとっても、何が有効か・・・・・わかると思うんですけど。

ねぇ、民主党の議員の先生?
 
 
 
(と、今回は、かなり、引用ばかりの手抜きのエントリーでした。。。。ゴメン)

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