しあわせは金で買えるか?
Science January 29 2010, Vol.327 に掲載されてる『ほっほぉ~、こりゃ、また、、、、、』ってな論文によると、経済学者と心理学者によると、答えは食い違うのだと言う。
ふ~む?“しあわせ”の定義って、一言で言えないよなぁ。脳内でオキシトシンが分泌されるって事で、、、、、、
(。_゜)☆\(ーー;)バキッ
論文中の「快楽を限りなく追いかける終わりのない仕事」仮説ってのがわからなかったので、ネットで検索してみたら、、、、ぜんぜん関係のない、、、、、
『死が怖いです。 死が怖いです。中2男です。中2になってから毎日、死が怖いです』って、検索とは関係のない質問を Yahoo 知恵袋で見つけた。
ベストアンサーに選ばれ、すこし恐怖心が和らいだっていうレスの中身に書かれていたものは、、、
①死後どうなるか
今とは違う世界に行くと思います。そこには会いたかった歴史上の偉人たちもいるかもしれないなーと思って、私は今からひそかに楽しみなのですが。
②死後無になるのか?
私は無にはならないと思います。死んでも自分は自分、感情も残っているのではないでしょうか。
私は霊感まったくないので見えませんが、守護霊とかいてくれそうな気がします。
・・・・・・
と。
これって、回答した本人は全く意識してないみたいだけど、宗教の考え方だ。今ほど科学(医療)が発達していない時代、死への恐怖を、こうやって和らげた。。。。こんな風に自然発生的に、確立していったのかも?宗教??宗教遺伝子の存在なんてのが、囁かれる所以なんだろうね。(穿った見方をすれば、どこかの勧誘要員の回答かも知れないけど)
で、この中学生は、幸せになったみたいだ。これも、しあわせって言えるかな?
少なくとも、この少年に10万円をあげたとしても、こうはならなかった・・・・・だろうし。
(でも、中学生の質問自体、ネタっぽい・・・・・?)
人生で一番重要なことはお金じゃない?(The Best Things in Life Are Free?)Science January 29 2010, Vol.327
幸福は購えるか?
答えは、例えば相手が経済学者か心理学者かによって異なる。
前者の場合、収入の高さと幸福を感じる人との関係性について着目する。
一方後者は、幸福と物質財産の量に相関はほとんどなく、個人個人が自分の生活につける採点によって決められると主張する。
また、それらとは別方向の研究に「快楽を限りなく追いかける終わりのない仕事」仮説がある。これは、必要最低限の要求が満たされた時点で、隣人との比較が人生の満足の感じ方に大きく影響する、というものである。
OswaldとWu は(p. 576,12月17日号電子版;Layardによる展望記事参照)、米国立疾病防疫センターによる健康調査で収集された100万人の成人からの主観的回答結果が、まさにQuality of Life(人生の質)の客観的な評価と相関することを立証している。
Objective Confirmation of Subjective Measures of Human Well-Being: Evidence from the U.S.A.
p. 576-579.
朝青龍はしあわせだったのだろうか?
ということで、私は、残念でならない。一連の流れが日本人(偽善者)による狡猾な人種差別に思えてならないから、悔しさも加わる。朝青龍擁護の声が何処からも挙がらなかった。
なんとなく、こんな予感はあったけど、実際、引退するとは・・・・。でも、朝青龍みたいな、周囲につっぱっているタイプって、小心者が多いんだよね。心の弱さをカモフラージュする為に、強がる。。。。
こんな予測は可能だったはずなのに、、、、マスコミの取り上げ方は、バランスを欠いているのは、今に始まった事では無いんだけど、政治家に自浄作用を促すなら、自分たちも何とかしろって言いたいね。
さて、朝青龍は日本で、かなり稼いだ。
稼いだから、経済学者は“しあわせ”だって言うのだろうか。でも、ちょっと違和感がある。
個人個人が自分の生活につける採点によって決められるとする心理学者の説によるなら、間違いなく、“しあわせ”じゃない筈だ。
「快楽を限りなく追いかける終わりのない仕事」仮説によれば、朝青龍は比べる隣人がいないから、なんとも言えない。。。。
朝青龍が、もし、今、“しあわせ”だとしたら、考えられるのは次の点じゃないかな。
ハエのようにウザったい狡猾なマスコミ連中から解放される。朝青龍の天敵である“バサマ”から解放される。
会見の涙は、マスコミの印象操作により動かざるを得なくなってしまった相撲協会の無力さへの恨みと、悪役のイメージをつけられた事に対する悔しさと、解放されるうれしさ????(世間は相撲道とか言いながら、大衆に迎合する事を強いている。そして、その大衆を扇動するのはマスコミ。小結時代、両親の見ている前で武蔵丸に勝てた事を話そうとして言葉を詰まらせるような人を、悪人と呼ぶのなら仕方ないけど。日本のしきたりに合わなかっただけなのに、“バサマ”に蔑まれ、マスコミに虐められ・・・・)
朝青龍を引退に追い込んだ事に対して、文句を言いたいわけじゃない!
朝青龍に対して、「モンゴル人よ、日本で、でかい顔するなっ!!」って本音を言って辞めさせるような、正直な発言・行動なら、「スゴイっ!!」って思うけど、品格がどうとか、とって付けたような綺麗事を並べて、陰湿なイジメをカモフラージュする事に、心底、ヘドが出るんだよねぇ!!
自分の命もかけないような、お気楽な位置から、綺麗事、人道的発言などなど、正義の味方ぶった態度を取るヤツラは、ハッキリ言って、大嫌いだからね!ワタシ。まぁ、唯一の救いは、朝青龍を虐める事でしか存在価値の無い、あの“バサマ”が、出番が無くなり自然に忘れ去られ、ミジメな人生を終えるであろう事だ。ざまぁミロ!!だね。
で、肝心の、「お金で買えるしあわせはあるか?」だけど、お金で買えるしあわせってのは、あると思う。
ただ、そのタイプのしあわせは、止め処も無い。常に、他人より多くの金銭と物質にまみれていないと、感じられない類のものなのだろう。
無いよりは、あった方がイイに決まってるんだけど・・・・。
結局、他人と比べる・・・・ってことが、俗世間にまみれているって事で、それを超越するってことが、宗教的な考え方って事??
宗教に触れて、オキシトシン分泌が促されるんだったら、、、イインジャナイ?医療にも導入すべきだと思うな!!(1分1秒でも長く生きる事が“しあわせ”なんて価値観は間違っていると思う。無意識に他人より長く生きたいって思ってるんじゃない?)
ところで、論文にある CDC の健康調査における主観的回答結果と QOL の客観的評価が相関するってところが、よくわかんないんだけど、自分で、健康って思っている人は、他人(医療従事者)が見ても、イキイキしている、すなわち、QOL が高い。自分で不健康だって思っている人は、他人(医療従事者)がみても、QOL が低いってことなのかな?
だとしたら、日本で言う「病は気から」って事を証明しているってことなるんだけど、他人(医療従事者)が客観的に評価して、QOL が高い人は、自覚的に健康だと思っているってことにもなる。タマゴが先かニワトリが先か?って感じ?
QOL が高いってことは、しあわせって事なんだけど、それが普通になっちゃったら、たいして“アリガタミ”も感じない。健康でも、お金が無きゃ、、、、、って事だね。
朝青龍へのイジメで、日本人が“かくれ人種差別主義者”だってことが、露呈したわけだけど、日本人はこの事を認めないと、イカンねっ。人種差別主義は、自ら認めることでしか、変われない。
映画『マンデラの名もなき看守』でマンデラを演じていたのが、「24」でパーマー大統領を演じていたあのデニス・ヘイスバート(なんと、メジャーリーグで石橋貴明と競演している)だから、なおさら、マンデラに感情移入してしまったんだと思うけど、ラストは、“しあわせ”な気分にされてくれた。
クリント・イーストウッドの最新作『インビクタス』も、マンデラを主人公にした映画だけど、『マンデラの名もなき看守』では描かれていなかった大統領就任後が描かれているらしい(まだ、観ていない)。
モーガン・フリーマンが、しあわせな気分にさせてくれそうだ。
しあわせと言えば、『This is it』でもしあわせになったし、『アバター』もしあわせになった。
これらは、お金で買えない“しあわせ”って事かな?!(あっ!金、払って観てるジャン、オレ・・・・・!)
おまけ。ポルシェに勝つシアワセ。。。

左は、富山化学の抗インフルエンザウイルス薬 T-705 の構造だ。これは、ご覧の通り、ピリミジン塩基の骨格を持つアナログだ。当たり前だけど、RNAポリメラーゼを阻害する。画期的というのなら、100万倍もこちらの方が、スゴイ。(凄さをマスコミ的表現を使ってみました。なんとなく、わかりすい事に、驚きです。。麻薬並み、こんな“非科学的”な表現、中毒になりそうです)