毎日新聞社発行の MMJ 8月号に『小児虐待の今』と題したコンテンツがあった。そこには、3ヶ月の乳児の死に至るエピソードが書かれていた。
なんともやりきれない気持ちになった。要点を記してみる。
・男児は生後1ヶ月半の時点で「極端な栄養失調と重度の脱水症」と診断され、大学病院に入院した。
・体重増加不良となる原因疾患は発見できなかった。
・担当した小児科医は「ただちに治療開始せずば、死に至る」と指摘した。その際、全身の打撲と左大腿骨骨折が発見されたことから、親による虐待の疑いで児童相談所に通告した。
・入院中、母親は一度も面会せず、父親が1~2回面会に来た。
・一月入院後、順調に体重も増加した。
・主治医は両親に「虐待」と言う言葉が使えず「育児が大変そうだから、児童相談所を介して施設に入れたらどうか?」と提案にとどめた。
・両親は「何も困っていないし、児童相談所には行かない」と強く拒否した。
・児童相談所は「両親が拒否していては信頼関係が育たない」と積極的な介入はしなかった。
・両親は強引に男児を退院させた。
・約20日後に男児が病院を訪れた時には、もう、その心臓は動いていなかった。
この手の幼児虐待事件が起きると、決まってマスコミは児童相談所に責任は?落ち度はなかったのか?ってなトーンで取材・報道を繰り広げる。そうすると、必ず所長以下、担当者達が顔を津連ねて『残念だ。もう少し積極的になれたら・・・』と遺憾の意や感想を漏らしている。
最大限のイヤミを言っているつもりなのだろうが、マスコミにそんなことは通用しない。
いつも、疑問に思うのだが、どうして、法は、児童相談所に最大限の権限を付与しないのだろうか?
少しでも、虐待が疑われたら、親の権限を超越して保護出来ないのだろうか?(注)
マスコミは、特定の人や団体に権限が集中することを“極度”に嫌う為、こんな提案をする事は絶対ないだろうが、これをしないで解決法方があるとでも思っているのだろうか?
それとも、マスコミは、日本人の間で『何があっても、実の親子は一緒にいた方が良い。それが子供にとって最大の幸福』などの根拠の無いコンセンサスに逆らうことが、恐いのだろうか?
所詮、(正しいかどうか、甚だ疑問の多い)世論に迎合する、或は“弱者の正義”を振りかざすことだけしか能の無いマスコミに、“取材・報道”してほしくない社会問題の一つであることは間違い無い。
この幼児虐待に限らず、刑法第39条、少年法の運用が、この法律を制定した当初の理念を甚だ逸脱してなされてることに、憤りを感じる今日この頃である。
したくても出来ない“しがらみ(法律)”に縛られて、毎日を送っている(仕事している)私としては、児童相談所の職員の気持ちは、痛いほど良く解るわけだが、これが民主主義の国家のアキレス腱である事を、指摘する人は少ない。
結局、法律が行動を保証してくれないので、自衛隊員の行動に米兵と共同戦線が張れないとか、公海上での海賊行為に対する抑止行動の制限とか、現場では“法”の不備によって、適切に行動出来無い場面が多いのと似ている。
閑話休題
さて、法律を立案したり現行法を廃止したり出来る立場に無い私は、これ以上、突っ込んでも虚しくなるだけなので、これくらいにして、このコンテンツに目を通して感じたもう一つの事を書いてみたい。
それは、タイトルそのものなのだが、恥ずかしい事に、いままで、『代理ミュンヒハウゼン症候群』という言葉を知らなかったのである。『ミュンヒハウゼン症候群』は知っていたし、結構、経験もしている(つもりな)のだが、代理・・・の方は、現象自体は、日頃、感じていた事なのだが、確立された“概念”だったとは知らなかったのだ。
というわけで、まず、言葉の解説をしてみたい。(ネットで適当な所から持ってきた)
代理ミュンヒハウゼン症候群とは?高度の医療知識や高い学歴者に多く出る症状で、身体的・心理的虐待やネグレクトに比べ頻度は少ないが、これを受けた子供はかなりの確率で死にいたる可能性が高い。
高度の医療知識等を逆手に取った一種の精神病。
具体的には健康な子供であっても病気と位置付けて、看病することで「よいお母さん」を演じ悲劇のヒロインを装う症状です。
子供の病気が重いほど「よいお母さん」を演じることができるので、それに関わる子供はかなり危険な状態に陥りやすく、発見も現状ではかなり難しいと言われています。
ミュンヒハウゼン症候群 とは?ミュンヒハウゼンとは18世紀ドイツに住んでいたある男爵の名前です。この人は居酒屋から居酒屋へと空想上の冒険談や旅行話をして歩いたといわれ、「ほら吹き男爵」の異名をとりました。1951年、ロンドンのアッシャーという医師が、はじめに述べたような病院めぐりをする患者さんのことを、この男爵にちなんでミュンヒハウゼン症候群と名付けたのです。ミュンヒハウゼン症候群の患者さんは、医療スタッフにとって対応が難しく、いろいろな問題を起こしやすいものです。このような患者さんは何回も入院を経験しているので医学知識に詳しく、医学用語なども知っています。したがってさまざまな身体症状を演出することがきわめて巧みなのです。入院しても検査や手術などをめぐって要求が多く、やがて病院のスタッフと衝突して自分から退院してしまいます。とくに嘘がばれそうになると退院してしまうことが多いようです。
ミュンヒハウゼン症候群をめぐってはそれに似た状態がいくつか挙げられます。その1つが詐病です。詐病も虚偽の症状を随意に作り出すことで似ていますが、この場合には明らかに目的があります。つまり本人が意識してある目的をもって病気のふりをするもので、保険金目当てであったり、刑罰から逃れるためであったりします。詐病も巧妙になると経験のある医師さえだまされることがあります。またドクターショッピングといわれる現象も一見似ていますが、これは同じ病気を診てもらうために自分で次々と医師を変えることです。多くは前の医師の診断や治療に疑いを持っているからです。しかしこのこと自体は、気に入った医師、自分と相性のよい医師を求めての行動で、ある程度合理的なものといえましょう。
しかし、ミュンヒハウゼン症候群の場合、これらと異なり患者であること、患者の役割を果たすことだけが目的のようにみえます。この人たちにとって病気になることの利益は何もなく、せいぜい目立った症状をみせて他人を驚かせる位のものなのです。それまでしても患者でいたいとする内的な衝動~病人になりたがる病気~としかいいようがありません。このような患者さんは、苦痛を伴う検査やときとして危険を伴う手術さえも受けます。以前から頻回手術症(ポリサージェリー)といって慢性の腹痛を訴えて受診し何回も開腹手術を受ける患者さんがいますが、この中にはミュンヒハウゼン症候群と考えられる例があります。もっとも近年は内視鏡の発達などによってその部位の検査、診断が迅速、的確にできるようになったので、昔のように開腹してみるということがなく、ポリサージェリーの患者さんは少なくなっているということです。
それにしても患者であることに生きがいと満足を見い出す人たちの心とは何なのでしょうか。厳しい現実から目をそむけて、バーチャルリアリティを楽しむ現代人のそれとどこか似ている気がしないでもありません。 なお、最近母親がさまざまな手段を使って自分の子どもを病人に仕立て、他人の関心を引くために自分が献身的に看護する姿を演出してみせるという身代り(代理)ミュンヒハウゼン症候群が注目されています。この場合、相手になる子供は幼小児が多く、一種の児童虐待といえるものです。母親には医学知識があり、医療関係者の場合もあります。わが国でも小児科領域を中心にこのような例が報告されているようです。
で、知らなかった事もあって、自分の中で納得したい為に『代理ミュンヒハウゼン症候群』の心理状態を考えていたら、別な行動にも、良く当てはまる事に気づいてしまった。
話は飛んでしまうのだが、人間が“他人の気持ち”が100%とは言わないまでも、理解できるのは、前頭葉の機能に拠っている。これは、サルの実験からわかったことなのだが、サルの前頭葉には、目の前のピーナッツに手を伸ばしてつまむ時に発火する領域がある。同様に、手を引っ込めて自分の方に持ってくる時にも別の領域が発火する。
この前頭葉の発火する領域は、実は、サルが実際に行動しなくても・・・別のサルがピーナッツをつまむのを見るだけでも、前頭葉の同じ領域が発火していることがわかったのだ。
動物が進化する過程において、この“脳の機能”は“正の選択”を受ける事になったのだろう。人間の文化が、他の文化を持つ民族の“真似”から出発しているといわれる所以でもある。(これを逆手にとって、挙動から相手を欺く事もできるわけだ)
この『代理ミュンヒハウゼン症候群』の母親の心理状態、何かに似ていると思ったら、靖国問題で中国・韓国の肩を持つ行為に近いものを感じたのだ。
中国・韓国の肩を持って、日本国の主権をないがしろにする自虐的な行為は、利己的な行動に反する為、左脳的には“違和感”を感じる筈なのだが、あえて、それをしてしまう。(日本が中国・韓国の属国になり悲劇の善人になりたがってる?)
私自身、このような考えの人の心理状態が“理解出来なかった”わけなのだが、たとえ我が子の健康が損なわれようと『良き母親』を演じる心理状態が、ある程度の頻度で存在する“事実(定型化された概念として)”を知った後なら、理解は出来ないけど、受け入れるしかないわけだ。逆もまた同じだろう。『良き母親』を演じている事を指摘したとしても、本人に“演じている”認識が無いなら。
これは、ヒト“脳”の構造による“多型”なわけで、他人に理解させる事は“不可能”な事だと悟ったわけだ。
さらに、靖国問題にとどまらず、凶悪犯の人権を過剰に尊重する“人道派弁護士”の“脳”の状態にも通ずるのかもしれない。彼らの“脳”が把握する状態は、被害者家族の利害にまでは及ばず、クライアントの“人権を尊重する良き人”を演じているのかもしれない。
“脳の機能”で充満している状態の“私の脳”で『ローマ人の物語』を読むと、また、違った感じ方が出来るかなぁ・・・・、続きを読むのが楽しみである。
注:『親の同意なしに子供の保護』『立ち入り調査、質問権』『親の同意なしに子供を施設に措置する裁判を起こす』『親権剥奪の裁判を起こす』権利は、児童相談所は持っている法的権限とのことだが、機能しているとは思えない。行き過ぎればマスコミに“職権乱用”と非難されるからだろう。
コメント (3)
児相の職員が強制権限を行使して、家庭に立ち入る際、警察官の応援を要請できるのですが・・・。
その際、警察官は令状がないので先頭に立てない、と聞きました。
つまり、まさに虐待している我が子を取られまいと包丁を振り回すような親を相手に丸腰の児相の職員から突入・・・だそうで、これは爆笑しました。
不謹慎ですが。
投稿者: ねお | 2006年08月23日 00:55
日時: 2006年08月23日 00:55
>丸腰の児相の職員から突入・・・
えっえ~!!本当ですか??
・・・いやいや、私も爆笑してしまいました。
なるほど、権限の付与だけじゃ生ぬるいですね!武装までも含めて検討しなきゃならない。
そう言えば、麻薬取締官として厚生省(当時)にいった先輩が『俺、2丁拳銃もってるんだぜ』っていってましたっけ。厚生労働省管轄でも、拳銃の携帯は可能ですよね?!
投稿者: WebMaster | 2006年08月23日 08:50
日時: 2006年08月23日 08:50
麻薬取締官も年一回の射撃訓練は義務付けられているようです。
ただ・・・・罰則規定がないので、任官した最初の年、面白半分で撃ってみた・・・という方がほとんどのようです(苦笑)。
投稿者: ねお | 2006年08月24日 07:32
日時: 2006年08月24日 07:32