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ジェンダーフリーの愚かさ

20061020_feminism.jpgこのことは、何かの折りに書きたかったのだが、なかなかちょうど良いタイミングに出会えなくってそのままになっていた。

安倍内閣が発足して、小泉内閣では浮き捲くっていた内閣府特命担当大臣(少子化・男女共同参画)が、引き継がれない事になって、やっと、内閣にも生物学的な面から『男と女は違うんだ』って事を言える人材が、入ったのかもしれない。首相補佐官かもしれないけれど、とにかく、猪口邦子女史みたいな、ヘンテコりんなヤツがいなくなって、ほっとしている所なので、これのネタだけで、書いてみる事にする。

して、こんな、猪口邦子さんだけじゃなく、アメリカ人の耳にでも入ったら大変な事になりそうなタイトルを付けてみたんだけど、これは、はっきり言って“釣り”だ。(何人が釣られるか・・・・、おおっと、これをばらしちゃ台無しだ。。笑)

でも、これから書く事は、私にとっては大真面目なのだ。

少子化対策、、、日本で人口が減っているのは、産科医や小児科医が少ないからではなく、産休制度が整っていないからでなく、社会のシステムが“男型”になっているからでもなく、もっともっと大きな力、『一定の空間(環境)には一定の個体数しか存続し得ない』という自然の摂理、生物の必然で減少しているわけで、日本という島国に、適正な人数になるまで減り続ける事は必至なわけだが、それでも、少しでも、これに抵抗したいのなら(日本型先送り社会保障制度の安定を求めるなら)、先ず、『男と女は違う』を認める事から入らなきゃ、何時まで経っても、目的を達成する事は出来ない。

20061020_number_of_sex.gif私が思うに、今現在は、環境が男性の中性化を以って生殖能力を落し、出生数を落していると考えている。SEX レスカップルや女性のような奇麗な男性の出現、ストレスホルモンによる陰萎、出世欲の減少や暴力性・攻撃性の減退など、雄の性の特徴がことごとく、目立たなくなっているからである。
名誉欲などは、嘲笑の対象にまで成り下がっているし・・・(これは、ちょっと違うか!!)
※左のグラフは、年間の SEX 回数

イスラエルのキブツ制というのをご存知だろうか?

小さい頃から、男の子が『男の子らしく』女の子が『女の子らしく』躾られて育ってきたので、そういう社会になってしまったと主張する、何処かの大学の女性教授がいたが、そういう人達の『男女差が社会に根づいているのは、そもそも、そういう風習からして悪いのだ。平等に育てれば、男女の違いなんて無くなるのだ』との主張を木っ端微塵に打ち砕く破壊力を持った実例として、現代に存続する希有な制度の事である。

キブツの活動は、この女性教授のようなイデオロギーに基づいて始められたそうだ。1910年に始まったこの制度は、『女性を開放する為には、性の役割を撤廃する事であり、女を日常の家事労働から開放する事が、必要な条件である』との考えから、色々な制度を作って実践している。

この考えの根底には、男女間の不平等は、女という生物学的な悲劇に原因があり、その悲劇故に女は男に経済的に依存し、日常を家事に縛り付けられる事になったのだという。まさに、日本の某大学女性教授の主張そのものだ。

で、その具体的な実践は、子供の世話は母親が行なわず、代わりに集団で保育され躾も行なわれる。子供たちは年齢別に分けられた家で生活し、女性を家事の義務から開放する為、共同の炊事場や洗濯室や食堂が作られた。男も女も好きな職業を選び、政治でも男女が対等に参加するように制度が作られた。

しかし、、、実際は、キブツが始まった時から、主要なポストは男性で占められた。キブツ連合の執行部には、女性は最低でも1/3が占めるように決められたにも関わらず、それには達していなかった。

どうしてかというと、女性自らが、その役目を買って出ようとしなかったからである。その高尚なイデオロギーを掲げたにもかかわらず、労働が男女に振り分けられたにもかかわらず、役割分担の偏りは長い事、無くならなかったそうだ。

キブツ制度の初期の段階では、男と女の仕事内容は同じようなものだったが、1950年頃には、キブツでは最も地位が高い職業である農業に従事するのは男であり、女は看護婦や教師をするようになっていった。高齢の女性達は、男女間の違いをなるべく無くそうとしたのに、若い娘達は、ファッションやアクセサリーに夢中になってしまった。

そして、母親達は、自分の生んだ子供と一緒に寝られないという事に、不満を募らせるようになっていく。そして、女達は、自分の子供を世話する事で“満足感”が選られる事に気づくのである。その傾向は、今現在でもキブツ内で続いており、男女の就業状況はキブツ以外の集団のそれよりも、偏りが大きくなっているという。


このように、男女を同等に扱うとか、区別するとかが“良い悪い”ではなく、それぞれの性の仕事の“満足感”が違うのである。

そして、それは、ヒト以外の生物においても、まったく同様なのである。何故ならば、同じ進化の過程で、そのような“脳”を持った種が選択されたからに他ならないからなのだ。

例えば、軍事的な職業に女性が向かないのは、女性はこの仕事をしても“満足感”が選られないだけで、男性はそれに“満足感”を選られるからだ。(道徳的な話を無視すれば、男は、軍事的な行為に憧れる。鉄砲はぶっ放したくなるのだ。私もハワイでマグナム44を撃って、嬉しかった。やわらか戦車的には“まみむめ藻”を撃ちたいのだ。)

仕事の時間が多くなる事と、報酬が増える事を天秤に架けた場合、男と女ではどちらを選択するのか?答えは、男性は報酬を選択し、女性は時間を優先する。すなわち、女性は残業は拒否して“自分の時間を作る事”に“満足感”を得るわけだ。有給休暇を消費して友達と海外旅行に出かけたいのは、女の脳の為なのだ。

20061020_gi.jpg先の軍事的な職業で“満足感”を得られる女性が居たとして、そこで活躍しようとしても、現実には体力的に足手纏いになるだけで、結局、男と違う生き物だと言う事を痛感させられて、終わる。(デミ・ムーアが主演したG.I.ジェーンなんて映画があったけど、全く感情移入出来ないのは、当然の事なのだ!)


繰り返していうが、“良い悪い”ではないのだ。


企業にとってみれば、長く働いてくれた方が利益が出るなら、そちらを選ぶ事は当然であり、女性だからという理由ではない。それに、体力的に差のでない職業なら、男性と同様の考えをしている女性なら、報酬に差はない。日本では、9時から18時まで働く薬剤師に、男女差が無いようにね。


そして、子供を世話する事が、女性の脳に仕組まれた“機能”だとすれば、もうそれは男性にはどうする事も出来ない訳で、子供と過ごす時間が少ないと、それをストレスと感じるのなら、これは、男性にはどうする事も出来ない。

男と男社会(これ、半分は、女にも責任がある)をせめても意味無いのだ。

男性と女性を“比べる”からややこしくなる訳で、1つのペアと考えれば、お互いの欠点を補完し合えるわけで、ややこしいどころか、大変、合理的ですらある。子孫を残すという点からも、最小のエネルギーで最大の結果が得られるんじゃないかな?(この辺は、論文すら見た事が無いので想像だけど・・・)

ペアで話し合って、仕事の分担を決める事は、大いに結構だ。男勝りの女性のいるし、女性の方が“稼ぐ”ペアもあるだろう。

でも、言っておくが、“専業主夫”みたいな“男性”的な性質が失われた男が増えると、子供が少なくなり、また、このような中性化した男は、一般的な女性からは、モテない。

何故なら、生活能力の無い“男”は“雌の脳”にアピールする事が出来ないからだ。“出来る女”が求めるのが“専業主夫”とは限らない。いや、圧倒的に“出来る男”を選ぶ筈だ。生活能力だけじゃなく。


猪口元大臣に聞きたい。“専業主夫”を希望するような男と一部上場企業で社長まで上り詰めようと努力する男と、どちらに魅力を感じますか?って。

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2006年10月20日 17:22に投稿されたエントリーのページです。

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