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2007年08月 アーカイブ

2007年08月07日

「おっとり型」と「せかせか型」が共存共栄する仕組み

20070807_gentle.jpg生物はあらゆる環境に対応できるようにする為、多様性を維持する。なんとなく解ったような気にさせてくれる理屈だけど、その時々で一つの形質に優位に働く環境はあるはずだから、うまく適応できないタイプは淘汰される。

でも、淘汰されるほどじゃないならば、逆に共存共栄出来る・・・っていうか、お互いに生存に有利になる?・・・・という事だろうか?

それとも、共存は“仕方なく”やってるだけでホントはライバルは居ない方が良い?のだろうか?動物では実験できるだろうけど、人間ではどうなのかな?


Nature vol.447 (7141), (10 May 2007)

ショウジョウバエでは、食物が乏しい状況での行動が対照的な「rover」と「sitter」いう一対の表現型がよく知られているが、その背後にあるのはforaging(採餌;for)遺伝子に自然に存在する差異(多型)である。

何十年もの研究にもかかわらず、forの対立遺伝子の差異が維持されている理由は説明できなかったし、安定な多型維持というもっと一般的な問題の原因もわかっていない。

今回、新たな研究により、共存している異なる型の間の競合的相互作用がその説明となりそうなことが明らかになった。

一方の型が多数派になると、もう一方がどっと増え、その逆も同様であるため、「sitter」型(あまり動かずにたくさん食べる不活発なタイプ)の幼虫と「rover」型(よく動き、あまり食べないタイプ)の共存が確保されるのである。


『・・・一方の型が多数派になると、もう一方がどっと増え・・・』ってのが、イマイチ、よく理解できないけど、こういう間柄なら、上手に行く・・・っていうか、そういう間柄が選択されたってことなのだろうか!?


今、『キケロ - もうひとつのローマ史』を読み始めたところなのだが、意外だった事が、共和制ローマが滅んだのは“共和制”故にだったってところだ。決して、権力志向の大魔王が顕れて、強引なやり方で・・・って事じゃない。(これが歴史家のコンセンサスが得られた見解なのかどうか、私にはわからない。)

いろんな意見があるのは“良し”なんだけど、行き過ぎれば“収集がつかなくなる”であり、王制(すなわち、権力の集中)を忌み嫌ったが為に、行き過ぎな程の“拒否権”が共和制崩壊の原因だったと。そういう状況が解決の一つとして生み出した必然が“カエサル”だったんだ、と認識を新たにさせられたのだけど。。。。(ローマ市民が王制アレルギーの原因となった言い伝えが、にわかには信じられないのだが・・・。)


マスコミは、対立が激しければ激しいほど、面白い番組が作れるから、これを煽るんだけど、対立が激しすぎれば、何も決まらない・・・・。力が拮抗していればいる程、お互いに妥協するところを見出さないと、ほんとに何も決まらなくなる。

お互いが適応的であれば、共存を目指す。生物は進化の過程で、この智慧を獲得したのだろう。

結局、あたかも淘汰されるべくその特徴が環境に適応できずに極端なら、共存なとさせない厳しさが自然にはあるが、ほどほどに適応しているなら、その多様性は“唯我独尊”に走らず共存の道を探った方が、自分の為にもなるってことなのだろう。


民主党しかり、朝青龍をコテンパンに罵っているマスコミしかりである。

マスコミは、始めに“朝青龍=悪役”でキャンペーンを張っちゃったから、引っ込みが付かなくなってしまったのだろう。いまだに、何だのカンだのと説得力の無い理由で朝青龍を悪者にしようとしているけれど、もう、いいんじゃないのか?見ていて、気分が悪い!
マスコミがこの件で正義漢ぶればぶるほど、マスコミ自身が『じゃ、おめぇらは、生まれてこの方、一回もずる休みもしたことねぇんだな?』って反論に苦しむ事になるだろう。朝青龍が殺人でも犯したのなら、『横綱としての品格・・・』『相撲道の~~』『子供達の夢・・・』云々を理由に、“朝青龍=悪役”で攻め立てるのも道理だと思うけど、たかが、地方巡業一回サボリくらいで、人格まで否定されちゃったんじゃ、人間、やってられませんって。(身内=相撲協会が厳しいのは当然だけど、外野が罵声を浴びせるのはお門違いのケースだと思うぞ!)
それに、そんなこと帳消しにしてあまりあるくらい、日本の相撲に貢献してるし、努力だってしてるんじゃないの?朝青龍は。ボンスが嫌いなアメリカの野球ファンは、ハンク・アーロンの記録に並んだ時は、拍手したって言うぜ!

もしかして、モンゴル人っていう人種差別をしたい鬱憤が、今回、爆発したって事??えっ!マスコミさんよぉ?


民主党は一度廃案になった法案を、再度、参院で通して衆院にプレッシャーをかけるという、子供のイジメのような意地の悪い喧嘩を売っている。“年金保険料流用禁止法”って名前からすれば、当たり前のような事だと思うのだが、廃案になるくらいだから、現実的ではなかったのだろう。運用して利益を出さなきゃ年金給付できないしね。

自民党が反対する事がわかりきっている法案で、『国民の真意を問う』とかなんとか・・・?

イラク特措法だって、対決する為に反対する・・・・って。バカじゃねぇの?昔は賛成だったのに!

朝青龍の件は、あまり共存共栄とは関係ないように思うかもしれないが、マスコミにとっては朝青龍はニュースソースの提供者だ。そういう意味で共存共栄を量った方が自分達の為なんじゃないのか?って事だ。逆に、光市母子殺人事件犯人の元少年こそ、適応不能の個体なんだから、環境から排除したって良いんじゃない?こんなのこそ、連日、断罪すべき対象だと思うんだけどね。


まっ、これらも、収拾可能な範囲というのなら、私がとやかく言うことでもないが、どちらも、自分達こそが正義であり、正しいと主張しているところが気分悪い。

2007年08月22日

喫煙が認知症と認知機能低下のリスクを高めることは明らか

20070822_marlborocountry.jpg医学的疫学調査で悩ましいのは、『リスクを高める』という言葉だ。タイトルでは喫煙が認知機能低下のリスクを高めると言うが、これは、万人の脳機能を障害するという意味ではない。喫煙によって認知症になる人が増えるという事を示している。

喫煙で、誰しもが認知症になるなら話は簡単なのだが、おいしそうに煙草を吸いながら100歳を迎えても“シャン”としているご老人が実際に存在しているのだから、このように『リスクを高める』と言われても説得力がない。

じゃ、どうすればいいのか?

これも話は簡単だ。煙草を吸うと認知症になる体質(遺伝子)の人を選別できる検査法を開発すればよい。話はそれからだ。


『あなたは、煙草を吸いつづけると認知症になります。止めた方が良いです。それでも良しとするなら無理には奨めませんが』、『あなたの場合は喫煙を続けても、認知症もがんも肺気腫にもリスクはありません。が、周りの人への配慮は忘れずに!』と言えたら、なんとすばらしい事か!


しかし、最近、仕事をしながら感じるのだけど、禁煙を志す人が格段に増えた。ここ3~4ヶ月のニコチネルTTSの動きは去年の3倍以上だ。一般の人にこのような動機づけを与えたのは何なのだろうか??

地道な活動の結果なのか?


さて、話は変わって“日本禁煙学会認定指導薬剤師”。私は存在すら知らなかったのだが大学の先輩が自身のブログで取得したと書かれていたのを拝見して、恥ずかしながら初めて知った次第だ。そして、ほぼ10年も禁煙指導にあたられていた事を知った。『昔はあんなにプカプカタバコを吸っていたのに...』と書かれているが、ほんとに、どうやって先輩自身が禁煙したのか、そっちの方が興味ある・・・・。こんな真面目な“薬剤師”ブリを発揮している先輩は、バンドのボーカルとして派手な衣装と化粧でステージに立っていた学生時代からはとても想像できないのだが・・・。

閑話休題、私が禁煙したのは娘が生まれた時からだから、もうすぐ5年になる。喫煙に対するイメージの変化は5年前の比ではない事は確かだ。喫煙者の肩身は狭い。だから私はいいときに止めたと思っている。

参っている人を完膚なきまで叩きのめすのは私の性分には合わないので、朝青龍の時にもそうだった(あれが悪事とは思えない)が、喫煙者に対しても“申し分けなさそうに”吸っている人に対しては、庇ってあげたくなってしまう。しかし、絶対許せなくて、憎たらしいのは、『なんだ?もんくあんのか』って感じでふてぶてしく吸っているヤツだ。火の付いたほうを外に向け歩きなら吸っているヤツをみると、後ろから頭をバットで殴ってやりたい衝動に駆られる。(理由も無く強者を叩きのめしたり、弱者の立場を盾にする奴等が大嫌いなのだ。こういう奴に限って、人間平等とか言い出すんだよね。)

この、世を挙げての“禁煙ムード”は歓迎すべき事なのだが、喫煙者にも“色々なタイプ”が“色々な意味”でいる事を忘れてはなるまい。周りに迷惑をかけずに、申し訳なさそうに吸っている人や医学的に煙草に害に耐性の人。

10羽一絡げで“禁煙を薦める”事はないだろう。今まで何処も悪くなかったのに、将来のリスクを説いて、70歳を過ぎた人に“禁煙”を勧める事に意味があるとは思えないし、最終的には“人生は自分のもの”だ。『美食で死ぬのが本望』と言っている人に糖尿病のリスクを説いたって怒らせるだけだ。食べる事意外に人生の喜びを見出せ無い人には『あなたの健康の為』と言う言葉は、心には響かない。


現代の医療は、個の医療を目指すと言いながら、古典的平均値を指標にした医学を実践している事は否定できない。猫も杓子もコレステロール値が高ければ、低下薬を飲まされる。この世界に身を置いて、はや20年以上になる訳だが、やっと、当人の希望や価値観も考慮した上でなければ、医療は“おせっかい”にしかならない事が解ってきた。

とかく、狭い世界である。医療提供者の価値観も、知らず知らずのうちに画一化され、平均化されてしまっているのだろう。検査技術は進歩してもそれを判断する根拠が“古典的平均値”から抜けきれないでいるわけだ。

でも、そんな医療の世界に風穴を開けようとする事を真剣に考え始めた人たちがいる事からも、次世代の医療は、まんざらでもないかもしれない。それは、、、、《東京都は8月8日、第1回メディカルスクール有識者検討会を開催した。座長には国立国際医療センター名誉総長の鴨下重彦氏が就任した。今後、5回の検討会を開催する予定で、2007年度末に「実現に向けた提言」をまとめる予定。東京都が現時点におけるメディカルスクールの「イメージ」として示したのは、大学卒業後に入学する4年間の専門職大学院だ。大学での専攻が人文科学、自然科学のどちらであったかは問わず、多様な経歴の学生を対象とした医学教育を想定している。》だ。

昔から話はあったメディカルスクール構想だけど、医師免許取得を文系出身者にも門戸を開く事を真剣に考え始めた事は確実に一歩前進だ。そして、その文系出身者の中には、私は“宗教家”すなわち神学部出身者も入ってくる事を望みたいと思っている。

今でも『コレステロールが高いだけなら、なにも薬を飲む必要も無いでしょう』と仰るDrはいるけれど、脱マイナーを図ってもらいたいと。。。。
 
 
 
一週間の夏期休暇は医療や医学に一切関わらないようにしている。ネットでの情報収集や専門雑誌の類には一切目を通さない。そうすると、日常とは違った自分の住まう世界が見えてくることもある。

日常生活(専門領域に没頭している時)では、大きな中の小さな一部が大きくなってしまうのだ。要するに“井の中の蛙”状態で視野が狭くなる。リフレッシュ休暇は、ほんとに必要だなぁと、つくづく思い知らされる。

理系以外の人たちの医療職への参入は、こういった意味でも重要だと思う。
(薬学部の6年制は、明らかに失敗だ。近い将来、薬剤師免許の受験資格を他学部へ開くか、3年制位のファーマシューティカルスクール構想が持ち上がるのは、必至だろうな)

喫煙が認知症と認知機能低下のリスクを高めることは明らか

 喫煙がアルツハイマー病(AD)を含む認知症や認知機能低下の明らかな危険因子であることをさらに強固なものとするメタ解析の結果が、オーストラリアのグループによりAmerican Journal of Epidemiologyの 8 月15日号に発表された。

 以前には喫煙がADのリスクを低下させることが示唆されていたが、現在では否定されている。同グループは、喫煙と認知症および認知機能低下との関連を前向きに追跡した研究19件のメタ解析を行った。この解析には、2 ~30年の追跡で認知症が評価された 2 万6,374人と、2 ~ 7 年の追跡で認知機能低下が評価された 1 万7,023人が含まれた。参加者の平均年齢は74歳であった。

 ベースライン時に喫煙していた群は喫煙歴がない群と比べ、AD、血管性認知症、あらゆるタイプの認知症を発症するリスクがそれぞれ1.79倍、1.78倍、1.27倍高かった。また、ベースライン時に喫煙していた群は喫煙歴がない群と比べ、Mini-Mental State Examinationスコアで評価した追跡中の年間の認知機能低下がより大きかった。

 ベースライン時に喫煙していた群はかつて喫煙していた群と比べ、ADの発症リスクが1.70倍高く、認知機能の低下も大きかったが、血管性認知症とあらゆるタイプの認知症の発症リスクには差は認められなかった。

Anstey KJ, et al. Am J Epidemiol 2007; 166: 367-378.

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