『情けは人の為ならず』って言葉の意味を勘違いしている人が多くなっているのだそうだ。
本来の意味は“利己主義”な発想なのだが、最近では“利他主義”的な発想に変化しており『情けをかけるのは、結局、その人の為にはならない』と認識しているのだと。
まぁ、そんな事はどうでもいいが、“利他主義”に“的”を付けたのには意味がある。
結論から先に言うと、日本人に本当の意味での“利他主義”はいないからだ。自己犠牲の上に成り立たない“無責任”な“他人を思いやる気持ち”は、利他主義ではない。私が偽善者と呼ぶ人間達の振る舞いを見れば、よくわかる。
民主党が呪文のように唱えている“生活が一番”や“格差解消”などは、その一面しかみていない、欺瞞を大量に含んだ“甘い罠”なのだが、国民は“耳ざわり”の良い言葉にコロッと騙される。
格差社会のもう一つの面を知れば、話は単純ではない事がわかるはずなのに。。。。
『超・格差社会アメリカの真実』のような本が良く売れているらしい。中身は、自由の国、豊かな国であるアメリカには、想像を絶する格差が存在し、機会の平等を詠っているくせに、閉鎖的な一部の金持ちよる金持ちの為の社会が形成されているのだと、スキャンダルを暴露するかのような“論調”で書かれている事が、売れる原因の一つなのだろう。確かに“暴露して”溜飲が下がる類のものだ。
私は、この実態を否定するつもりはさらさら無いし、それが現実なんだと思う。でも、私は、それが“諸悪の根源”だとは考えない。
その格差社会のもう一つの側面を見ると、単純に否定できなくなってしまうからだ。
欧米ではがん研究の資金はその多くが寄付で賄われている。アメリカでは寄付の総額が年間60兆円を超えており、その80%が個人献金によるのだそうだ。
日本ではどうか?
第66回癌学会学術総会でのセッションの最後に行われた討論会で日本の“お寒い現状”が示されたが、あまりの額の少なさのせいか具体的な数字すら提示されなかった。個人献金の割合も3割程度であり、日本人は決して“利他主義”な民族でない事がわかるエピソードである。
このような事実を突きつけられると、宗教観に原因を探すのが易しいと思う。宗教の文字を出すと、戦争につながる排他的な原理主義と勘違いされるかもしれないので、道徳教育と言い換えてもいいのかもしれない。
日本ではこの“道徳教育”すらまともにやろうとしていない。どこかのバカな連中が『戦前の軍国主義に戻るから』などと言っているせいだ。
なんにせよ、富める者が最後にはその富を還元する事で平等が実現されるというプロテスタントによる資本主義の考え方が、60兆円の8割にも及ぶ額を寄付させる原動力になっている事は否定できないだろう。
基本的に、利他主義になれない日本人にとっては、『最終的には自分の為になるのだから、人に施しを与えよ』とするほうが、合っているのだ。
文化庁の調査結果をまともに分析するなら、日本人は“インチキくさい思いやり”は増長し、ますます“自分勝手”な民族になっていくのだろう。『最終的には自分の為になるのだから、人に施しを与えよ』と教育する事が大事だと思うんだけどなぁ・・・・。
宗教の時間や道徳の時間をもっともっと増やしても良いんだけど、多分、効果は薄いだろうからね!だって、休日に車でお出かけすると、自分勝手な“お父さん”だらけに辟易するくらいだから、こんな背中を見て育ちゃぁ・・・・・・・。(自分勝手な行動を取るのはワンボックスのミニバンに乗っている“お父さん”が圧倒的に多い。『衣食足りて礼節を知る』の逆なんだろうと、私は分析している。。。。)