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裁判員になったらどうする

20080326_nomi_nintendou.jpg前回のエントリーは、生物進化の知見が"死刑制度"についての考察ネタになってしまった。偶然にも直後に、理解不能の事件が立て続けに起こったので、今回も、このネタで書いてみることにする。
(写真はゲーム好きの犯罪者)


早稲田大学法学部教授の水島氏(私はこの人を知らないし、まだ在職なのかどうかも知らないが)のゼミで"死刑"に対する"法的"な側面からの対立点がまとめられている。

死刑存置論と廃止論の対立点

これを眺めてたら、、、、映画《犬神家の一族》に出てくる警察の署長みたいに『よぉし、わかった!』って、気づいてしまった。

《元検弁護士のつぶやき》さんの『光市弁護団と死刑廃止論』でも、『死刑廃止論は、法律論である』と言い切っている。

これを根拠に《死刑廃止の草の根の会》みたいなところは、『なにがなんでも死刑は止めろ』って言っているわけだ。


気づいたってのは、無法者を法で裁かなければならないとすると"限界"がそこにあるって事だ。


"論"は"論"で存在していて一行にかまわないのだが、そもそも、どうして山口県光市母子殺害屍姦事件の犯人の少年や福岡飲酒運転事件の今林大(ふとし)や線路に男性突き落とした18歳少年「泥酔運転」の宮田和弘を法で裁かなければならないんだろう?


この根拠は、憲法にある基本的人権ってことなのだろうか?

基本的人権なんて考え方が生まれた背景は、現代で考えればその人権ってのが理不尽な形で無視されていた時代、何も悪い事をしていないのに"奴隷"の身分だから命を奪われたりって時代に、『そりゃ、あんまりだっ』って事で、うまれたんじゃないの?

当時の人が生きてたら、『キチガイのような犯罪者を守る為に人権なんてものを主張したんじゃないぞ』って怒られそうな気がするんだけど・・・・。

法律に関して知識のない私(生物の摂理でものを考える)からすれば、ルールを守ってこそ権利も生じるんだと思うんだけどねぇ。。。。群のルールを守らない個体は群から離れざるを得なくなり、子孫も残せずやがて死に絶えるってのは、当たり前の事だって思うんだけど・・・。


生物ってのは同種内では、基本的に全個体の利益の為に行動したりはしない。個々に利益を追求するか、利他的な行為でも互恵的であり(情けは人のためならず)、蜂や蟻のように、個体は種の存続の為遺伝子の受け渡しの為だけに存在しているかのような振る舞いをする。

結果的に、多数の個体の利益が得られることになるんだけど、このような行動をとるように"変異"した"性質"が選択されて、今に至っているだけだ。善悪の判断やインテリジェントデザインが存在するわけじゃない。

お互いが"生きて"いかれるように行動するって事が生物種の基本的なルール(30億年かけてそう進化したんだから根拠を問われても困るけど)なんだから、これを破った人(人殺し)に対する"罰"は、その"生物種"が便宜的に作った"掟"に従う必要は無いと思うんだけどなぁ。その行状を誰が見ても嫌悪するほどの人が殺されたとしたら、犯罪者を減刑すべきは当然だとしてもね。(夫に虐め続けられた妻が、夫を殺すなら情状酌量は当然っ!)

そして、当事者間のイザコザに端を発する殺人だったら刑法で量刑を決めるのは反対しないけど、前回のエントリーでも書いように、不特定を対象とした殺人犯に対しては、刑法で同様に扱い、杓子定規に量刑を決めるのは、利益を最大にするっていう生物の本能にも反するって思うんだけどねぇ。つまり、こういう個体は、存在する事がその種にとって不利益であるってことで、死刑が適当だと思うんだけどなぁ。(怨恨殺人と無差別殺人は区別するべし)

死刑廃止論者は、『犯罪者はいろんな人から心を傷つけられ、そのやり場のない気持ちをだれにも理解されずに、ぎりぎりのところで自分の尊厳を守るため、他人に刃物を向ける人がいる。そういう状況を考えたとき、死刑や厳罰では何にもならない』っていうんだけど、そんなのは当然だよね。だって法律はそういう犯罪者の精神的な問題までをも解決する万能薬じゃないんだから。多くの人はやり場が無くっても誰も殺さないし。

キリスト教の教えを受けていない日本人には、『あだ討ち』が扁桃体から発生する感情に対処するのに最も適しているのは、《水戸黄門》や《忠臣蔵》を見ればよくわかると思うんだけどねぇ。(ところで、アレはキリスト教圏ではウケないだろうなぁ。。。アハハ。用心棒や7人の侍はリメイクされても、忠臣蔵のリメイクは・・・・想像できないっ!あっ!荒野の1ドル銀貨ってマカロニウエスタンは、弟のあだ討ちだったなぁ・・・・。まぁ、自分も悪者にはめられ殺されかけたから、あだ討ちってよりは復讐の要素が強いんだけど・・・。やっぱり、純粋なあだ討ちってストーリーは西欧には無いって事でいいんだよねぇ?根拠もなしに書いちゃったから、この辺はゴメン)


アフリカで誕生した人類の《イヴ》が、長い時間をかけて、黒いのや白いのや黄色いのに分かれたのと同時に、それぞれがそれぞれの持っているの脳の反応から文化を作り掟を作ってきた。大陸の東の果てまでたどり着いた我が日本人の祖先たちは、脳の反応からすれば《あだ討ち》は最も理にかなった集団(群)の秩序を守る為の方便なのだろう。

ヨーロッパやアメリカ、或いは先進国などというキーワードを持ち出して、死刑廃止を持ち出してみても、凶悪犯はその場で射殺できるって事情一つとってみても違うし、日本人の心には響かないってことなんだよね。

殺人には死刑を以って臨む・・・って事が、日本人には合っている。


ところで、山口県光市母子殺害屍姦事件に関連して、明治大学法学部教授の菊田幸一が、被害者遺族の本村さんにこんなことを言ったそうだ。

「あんた、(犯人の)少年が死ねばそれで満足なのかよ!!」

「あんたの考えは間違っている!!」

「法律も知らないくせに!!」


この最後の「法律も知らないくせに!!」って、、、ガッカリしますね。


それで、思い出した事がある。

松本哉著《寺田寅彦は忘れた頃にやって来る》の中で、寺田寅彦が五高入学前、物理を目指してた中学の頃の日記に『2部(理・工・農)や3部(医)志望の者は大いに閉口し、法科や文科に変更せんとするものあり』と記している。2部や3部は競争倍率が高いのだ。
本には、その倍率の表が載せてあり、著書の松本哉氏が、『法科の志望者が極端に少ないのが面白い。この時代、そして熊本という土地では法科を嫌っていたのだ』と。

「法律も知らないくせに!!」なんて言われたりしたんでしょうかねぇ?薩摩隼人?


まぁ、裁判員になったら、犯罪者を裁くのに"法律論"は使わないでおく事にしよう。だって、知らないし。そしてその正当性は生物の進化に求めるとしよう。


死刑廃止論者は、死刑を執行させられる刑務官がかわいそうなんて事も言っておられるが、その刑務官が「死刑廃止論は、現場を知らない者の発想。廃止すれば彼らは刑務官殺傷して脱走図る」って言ってる事には、どう答えるんでしょうか?

大阪拘置所『粛清』刑務官―獄中で最も怖れられた男の回想録」こういう都合の悪い本は無視するんだろうなぁ。刑務官を辛い仕事でかわいそうな人としておかなければ、自分たちの主張の根拠が揺らいじゃうからねぇ。


最後に、死刑廃止.info ってホームページに死刑廃止論に疑問を持つ人のための FAQ があるので、紹介しておこう。

http://homepage2.nifty.com/shihai/

読む場合には、笑いを堪えなければならない個所もあるのは、ご勘弁。。私も『冤罪の可能性があるから死刑反対』って理由には笑ってしまった。犯罪者本人が『自分がやった』っていってるのに、冤罪もへったくれもないじゃん。そもそも、裁判は個々のケースで判断されるべき性質のものなのに、そういう理由を一般化して根拠とするのは、レトリックって言われても仕方ないよね。

著名人のメッセージも突込みどころ満載で、なかなか、楽しめる。(で、著名人って言ってもほとんど知らない人ばっかり。日本での死刑廃止論者の数の少なさを物語っていて興味深い)

『人権というのは、あらゆる人の権利を認めるということです。よい人の権利だけを認めて、悪い人のは認めない。それを人権というのは間違いです。』がレトリックの見本かな!?私は"良い人""悪い人"って表現を使うなよって突っ込みたいです。良い人をルールを守った人、悪い人をルールを守らない人に言い換えるだけで、『それを人権というのは間違いです。』が違った印象になるんだから、言葉の修辞に惑わされちゃイケません。

『10人の凶悪犯人が捕まってきました。9人までは殺人や強盗、強姦を繰り返しています。今の日本の制度のもとでは死刑は確実です。でも、1人だけ無実の人がまぎれこんでしまいました。』さあ、どおする?って問いに、『全員を釈放』って答えて、その根拠に憲法13条前段の「個人の尊重」とか「個人の尊厳」とかを持ち出す事自体がナンセンスって思わないのだろうか?


私が裁判員になったら、何人殺したかではなく、どういう人がどういう理由で殺したのか?殺された側の落ち度は?をインプットして、私の扁桃体が返してくるシグナルに従って判断する事にしようと思う。根拠は生物の進化だ。法律じゃない。

無差別殺人は、ノータイムで"死刑"だ。

こんな私は、果たして裁判員になれるのでしょうか??選考で落とされたりして・・・。
ガ━━(゚Д゚;)━━━ン!!!!!

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2008年03月26日 12:21に投稿されたエントリーのページです。

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