1950年に人民解放軍がチベット侵攻したのだが、チベットには魅力的な何かがあったのだろうか?って思って調べていたら、、、、
(この時、チベット人を少なくとも100万人以上殺したのは有名な話だが、胡錦涛はチベット弾圧の功績を鄧小平に認められて国家主席になった人物だったとは知らなかった。鄧小平ってのは、天安門事件の時、国民の千万や二千万死んだところで何も問題はないって言うくらいだからなぁ・・・)
『1947年に国民党を台湾に追い出して、中国共産党を建国した後、人民解放軍はやることがなくなってしまった。放っておくとろくなことが無いので、ガス抜きにチベットへ侵攻させた。』
とか、
『当時はインドとの緩衝地帯として、欲しかった』
とか、いろいろ出て来た。
朝鮮日報は、、、
『険しく荒涼とした大地が大部分を占めるチベットだが、中国にとっては大きな財産だ。面積は韓半島(朝鮮半島)の約6倍に当たる123万平方キロ。天然資源もダイヤモンド、マグネシウム、鉄、石炭、クロムなど70種類以上の埋蔵が確認されており、経済的価値が極めて高いとされる。
2006年7月に青蔵鉄路(青海省西寧-チベット自治区ラサ)が開通して以降、沿線ではスズ、鉛、亜鉛の大規模な鉱脈が新たに16カ所発見された。このうち5カ所では合計でスズ2000万トン、鉛・亜鉛1000万トンの埋蔵が確認された。』と。
チベット、価値はあるんだぁ!(って事は、チベットは中国の庇護の元でしか成立しないんだと思ってたけど、まんざらでもないのかも)
朝日新聞は中国と仲が良いんだから、もっと、このへんの事を詳しく教えて欲しいもんだ。(って、大好きな中国の都合が悪い事は教えるワキぁないわなぁ。自虐史観の人たちにもチベット問題のコメントを求めたいが、推して知るべしだからつまんないしねぇ)
私は、"人道的"って言葉に特別な感情は抱かないので、中国がチベットに何をしようと知ったこっちゃないけど、情報を操作をするマスコミには、いつもはらわたが煮え繰り返る。
さて、タイトルだけど、この新興宗教団体が泣いて喜び、金科玉条にしちゃいたそうな論文が、なんと、あの『Science誌』に掲載されているのだ。
提供:WebMDより幸福になるには、自分のためにお金を使うよりも他者のためにお金を使う方が良いことが、研究で明らかになった
Miranda Hitti
WebMD Medical News
【3月20日】もっと幸せだと感じたい?それなら自分のために散財するよりも他者または慈善のためにお金を使うと、より良い気持ちになれる可能性がある。
このニュースは『Science』3月21日号で報告された。
研究者らは最初に632名の米国人に、自分が全般的にどのくらい幸福かを評価し、収入と支出(請求書、他者への贈り物、自分自身への贈り物、および慈善のための寄付を含む)を報告するよう要請した。
最も幸福であった人々は最も多くを与えた人であり、収入の額には関係なかったと、研究を行ったブリティッシュコロンビア大学(カナダ)心理学部門のElizabeth Dunn, PhDらは述べている。
「各人がどれだけ多くの収入を得たかには関係なく、他者のためにお金を使った人々は、より大きな幸福を報告したのに対して、自分自身のためにより多くのお金を使った人々はそうではなかった」と、Dunn博士はニュースリリースで述べている。
次に、Dunn博士のグループは、ボストンにある会社の16名の従業員に対して、会社から賞与を受け取る1カ月前に自分がどのくらい幸福かを評価するよう依頼し、賞与を受け取った6-8カ月後にもう一度同じことを依頼した。
従業員らは賞与の使い道についても報告した。賞与を受け取った後に、より幸福であったのは、賞与の中からより多くのお金を他者または慈善のために使った人々であった。
賞与の額が多いか少ないかは重要ではなかった。小切手の額は問題ではなく、その使い道が問題であった。
与える行為調査はあくまで1つの調査である。しかし人々が現金を手にし、それを日没までに使うよう命じられた時、どんなことが起きるのだろうか。
Dunn博士らは、ブリティッシュコロンビア大学バンクーバー校の46名の人々に5ドルまたは20ドルを渡した。現金と共に、それを午後5時までに使うようにとの指示を与えた。
一部の参加者には、家賃、請求書、または自分自身への贈り物のためにお金を使うよう指示した。他の参加者には、誰か他の人への贈り物を買うか、または慈善団体に寄付するように指示した。
現金を受け取る前とそれを使った後に行った調査によると、今回も、その日の終わりに最も幸福であったのは、他者に与えた人々であった。
そして会社からの賞与の場合と同じく、金額は問題ではなかった。人々はより良い気分になるために20ドルを人にあげる必要はなかった。5ドルでも効果があった。
「我々の知見は、支出の割り当ての5ドル程度のごくわずかな変化でも、ある一日をかなり幸福なものにするのに十分である可能性があることを示唆する」とDunn博士らのグループは報告している。
予想した結果とは異なった最後に、Dunn博士のグループは、Dunn博士が行った他の試験には参加しなかったブリティッシュコロンビア大学の学生109名に、5ドルまたは20ドルを自分自身または他者のために使うと、より幸福になるだろうと思うか質問した。
ほとんどの学生の回答は的を外れていた。
「参加者はお金が幸福に及ぼす影響について、二重に間違っていた」と、Dunn博士らは述べている。「大多数の人々は、自分個人のための消費によって自分はより幸福になり、5ドルよりも20ドル使った方がより幸せになるだろうと考えていた」。
Dunn, E. Science, March 21, 2008; vol 319: pp 1687-1688.
News release, University of British Columbia.(C)2008 WebMD Inc. All rights reserved.
これを読んで感じたのは、多分、チベットでは『自分以外の人のためにお金を使うと一層幸せになる』は言えるんだろうけど、中国では絶対ありえないんだろうなぁってこと。
その理由は宗教の有る無しなんだけど、ご存知のとおり、チベットは仏教国だ。無宗教の中国とは、価値観すらまったく違うって訳だ。(一つの国として一緒にいるのは不幸だよな・・・)
ところで、日本を仏教国だと思っている人がいたら、認識を改めたほうがいい。日本の仏教は"葬式仏教"といって、本物の宗教ではないのだから。江戸時代に始まった寺請制度がその原因で神道や儒教からは馬鹿にされている・・・って、それは置いといて・・・。
宗教観の無い日本人は、他人とはいっても知人もしくは親しい人にお金を使うのならまだしも、赤の他人に対しては、『お金を使って幸せ・・・』なんてなれない(と思う)。
でも、キリスト教圏では『汝の隣人を愛せよ』だから、他人にグレードは無いのだろう。この辺が、宗教感の有る無しで価値観の違うところなんだと、私が考える所以。
自分の経験でも、お金を使って幸せな気分になれるのは、相手によって違う。別に惚れた女性にお金をつぎ込んだって事だけじゃなく、男性に使って(例えばおごってあげる)も同様の気持ちになる事もある。
宗教感のなさが、打算的な行為に結びつきやすいのは、共産的な思想を押し付けられた反動でもあるのかもしれない。共産思想は生命(生物)の本質には逆行するからね。(互恵的な利他的行動は、最終的には自分の利益の為だから・・・・)
ところで、この論文、穿った見方をすれば、自分が他人からどう思われてるのかが特に気になる人は、他人から関心を持ってもらえる行為、すなわち他人へお金を使う事とは、自分への投資って意味合いもあるのかもしれない。逆に他人の評価が気にならない人は、他人の為に使っても、喜びは小さい、もしくは自分のための方が嬉しい。まぁ、周りに関心のない人は、感情の起伏も小さいのだろう。故に、他人に使った人のほうが"幸福度"が上だと。
どちらにしても、"幸福感"なんてものには、絶対値も絶対スケールもないんだから、こんな論文が、人を救うためのアドバイスのエビデンスになる筈はないんだけど、その事がよくわかる例が、チベットと中国って事で・・・・・。
ちょっと、ワル乗りでした・・・・・。