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2008年06月 アーカイブ

2008年06月04日

インフルエンザが寒い時期に広まる理由

20080604_influence.jpgNature Chemical Biology オンライン版にこんなものが発表されていた。NIH の研究者らによるものなんだけど・・・・・(MMJを読んで知った)

要旨は『ウイルス核酸を覆っている蛋白の殻は、低温下で硬い弾力のあるゲル様になるため感染できるが、気温が上がると液状になり、感染力が失われる』というもの。

ウイルスエンベローブは脂肪やコレステロールなど脂質を含む分子であり疎水性だ。外気温が寒い時は、形を保っており、それがヒトの気道という暖かい環境に移行して"やわらかく"なる事で、気道粘膜のレセプターとくっ付くことが可能となる・・と。

だから、気温が上昇すると、ヒトの気道に到達する前にやわらかくなってしまって、形を保っていられない・・・・・・、暖かくなってインフルエンザのシーズンが終わる・・・。


---なるほどねぇ---

---ん?・・・まてよぉ?---


ってことは、ハワイじゃ、ほとんどインフルエンザは発症しないのか???

気になったので調べてみたんだけど、ハワイでインフルエンザが無いって話は Web では見つけられなかった。それどころか、今週号の Nature[ vol.453 (7195), (29 May 2008)]には、こんな論文が、、、

インフルエンザウイルスは熱帯生まれ

Nature vol.453 (7195), (29 May 2008)

米国でのインフルエンザワクチン作製用ウイルス株の選択について進行中の議論からはっきりしたのは、インフルエンザウイルスに関する疫学的な解明の必要性である。

1,300種を超えるA型インフルエンザウイルス単離株のゲノム配列解読から、このウイルスの進化には、遺伝子の頻繁な再集合と時折生じる強力な選択の組み合わせという特徴がみられることがわかった。

疫学的にみると、H3N2型とH1N1型というサブタイプの動態は、おそらく熱帯地方に存在する持続的なインフルエンザ供給源から定期的に抗原変異体が出現し、これが温帯地域の受容集団へと移行するという生態学モデルに従っている。

Articles p.615


おいおい、インフルエンザウイルスは、暖かいと感染できないんじゃなかったのか?それとも、原始的なインフルエンザウイルスは暖かくてもエンベローブの形を保つ事が出来、今、日本で流行を繰り返すタイプとは、別物ってことなのか??


う~~~む、どうも、私にはよくわからん!

わからんついでに、もう一つ。地球が温暖化して日本が亜熱帯になったら、インフルエンザの流行は小規模になるのだろうか??

それとも、インフルエンザウイルスの適応速度(遺伝子の変異)は温暖化の速度に勝るのだろうか??インフルエンザウイルスのポリメラーゼはかなりイイカゲンで、インフルエンザに罹患しているヒトの体内にいるウイルスでは、厳密なクローンは1個も存在していないって位だから、やっぱ、変異速度の方が速いのかなぁ・・・・。


温暖化といえば、エコ!

でも、最近、この"エコ"は"人道的"と同様に、恣意的な使われ方をするようになったと感じている。

結局は一般大衆の理解不足を突いた"詭弁"なのだが、頭のいい奴らにとっては赤子の手をひねるも同然なのかもしれない。

タバコを嫌う風潮が急速に蔓延したのと同様、非エコな行動が嫌われる風潮も急速に浸透しつつある。

ほぼ2年前のエントリー【バイオエタノールって、何で CO2 フリーなの?】では、ある意味、自分は問題意識をもってるんだぞってポーズで『私も、その頃までには、地球にやさしい車に乗り換えなくっちゃならないと考えている。』なんて書いている。正直言うと真剣味はなかった。一人で排気量 4,400cc のエンジンから CO2 を撒き散らしながら走っていても、ほとんど罪悪感もなく、トロイ車を睥睨すらしていた。

しかし、最近では、少しずつではあるが、本気で地球の環境を考え始めている。。。。のだが、世の中(マスコミ)の『非エコは罪悪』とでも言いたげな姿勢は、本気で考え始めている気分を、かなり阻害する。

これじゃ、自発的にエコを考え始めた人達の立場はなくなる。まるで、マスコミに教えてもらって気づいたみたいな感じだからね。

マスコミは"ネタになる"って感じたことはトコトンしゃぶり尽くさなきゃ、気がすまないらしい。

2年前の自動車雑誌には、エコに関する記事なんて、ほとんど無かった。しかし、今ではどうだ。2年前には想像できなかったくらいのボリュームだ。


人は押し付けられて、自らを省みる事は無い


マスコミ(出演しているコメンテーター)が"エコ"だの"人道的"だのと叫べば叫ぶほど、自発的な(純粋な)心の芽を摘む事になるのだ。

ただ、タバコを悪者に仕立て上げる事で、逆に頑なになって吸いつづける人が増えるんじゃ・・・・なんてのは無かった。結局、どっちでもいい事に対しては、世間の流れに身を任せる人が多い事の証明かもしれない。

エコや人道的って事を深く考えない正規分布の中央の人たちには、マスコミの"やり方"でOKなのかも・・・・・・。

でも、こんなことを続けていれば、モラルは低下する一方なのは明らかだけど・・・・。 

 
 
というわけで、私は、また性懲りも無く、非エコな480馬力の車を購入したのだが、この行動の原因がマスコミにあるということの布石のエントリーだということは、指摘される前に晒してしまおう。。。。。(苦笑)

2008年06月10日

代理エンドポイント

20080610_endpoint.jpg『代理エンドポイント』、、、は一般の方にはなじみのない言葉かもしれない。

わかりやすい例をあげると、、、

製薬メーカーが新薬承認申請の臨床試験を行ったとする。その効果が統計学的に示せないと承認はおりない。。。。例えば高脂質血症治療薬の場合は、心筋梗塞や脳卒中の発症抑制に判定基準が置かれる。この基準をエンドポイントと呼ぶ。

エンドポイントの判定結果が思わしくない場合、メーカーは代理エンドポイントを用いて、有用性を示そうとする。

この場合、LDL-コレステロールの低下作用が代理エンドポイントだ。

LDL-コレステロールの低下作用があれば、心筋梗塞や脳卒中の発症が抑制されるという"世の中の常識"があるが故のポイント設定だ。

代理エンドポイントで承認を得た医薬品は、実際の有用性(この場合は心筋梗塞や脳卒中の発症抑制)がどうなのかを市販後調査で明らかするよう求められる。。。。

なんどかネタにした ENHANCE 試験 では、代理エンドポイントで承認を得たエゼチミブが、市販後調査で実際の有効性を示そうとして失敗してしまっただけでなく、『コレステロールの低下作用があれば、本当に心筋梗塞や脳卒中の発症が抑制されるだろうか?』っていうコレステロール神話そのものの信憑性をも再評価?させる、大変、有意義な結果となったわけだ。もっとも効果が出そうな(メーカーに都合がよい症例)FH のヘテロ型を選んだにもかかわらずなのだから、、、、、、笑っちゃう。


つまり ENHANCE 試験 によって、LDL-コレステロールを低下作用させても、心筋梗塞や脳卒中の発症は抑制されない。という事が、図らずも、大規模臨床試験で証明されてしまったのだ。(藪をつついてヘビどころじゃない)

現在、世界中で大量に使われていて、多少は効果のある(NNT100以上だから威張れたもんじゃないが)スタチン系薬剤では、どうなんだ?コレステロールを下げるから効いてるんじゃないのか?ってことなんだけど、、(スタチン系の薬剤開発のおかげで、肝臓のLDL-C 受容体は発見されるし、脂質代謝の解明に多大な貢献をしたんだけど、結局、人類は見たいものを見ていた・・・って事なのだろう)

それは、コレステロールの低下作用がその効果の本態ではなく、中間代謝物であるファルネシル酸の合成低下による細胞内シグナル伝達を抑制する事に、その効果があったのだ・・・・と考えるほうが良いのかも知れない。まぁ、Ras系抑制っていうコレだって、そのうち他の機序にとって代わられるのかも知れないけど・・・・。


とすれば、今までの我々の思い込みはどうなっちゃうのだろう??

一般の人、隅々まで、『コレステロール=悪』は浸透している。しかも、病名自体が"高脂質血症"と脂質が高い事が原因で、下げれは全てOKであるかの誤解を与える名称だ。

そして、その"誤解"に便乗して、世の中は回っている・・・・・・・。真実をさらしても利益のある人はいない。薬にもならなきゃ毒にもならなければ、なおさら・・・。

この ENHANCE 試験 をマスコミが取り上げる事は無い。新聞各社も記事にはしない。真実は葬り去られる。
 
 
 
俗世間での代理エンドポイントは、『成績優秀』『高学歴』『一流大学卒』あたりかもしれない(そうじゃなければ、国Ⅰ試験なんてやってない)。霞ヶ関の住人達は、代理エンドポイントで承認されたんだけど、市販後調査は行われた訳じゃないみたいだ。まぁ、タクシーがどうとか、そんな事はどうでもいいけど。


秋葉原の通り魔は、青森時代『成績優秀』だったそうだ。いやいや、そればかりじゃない、ほとんどの犯罪者の過去は『成績優秀』『勤勉』って報道される。(意図がよくわからんが)

死刑廃止論者は、日本人は生まれつき"悪いヤツはいない"という"思い込み"が根拠となって、理論武装している。


こういう思い込みに便乗して、、、、ってのは、『コレステロール=悪』となんら変わるところがない。


ところで、妊娠中の服薬に関しては、催奇形性や胎児毒性を考慮するわけだが、この胎児奇形、薬を飲まなくても起こりうる。自然発生率は1~3%とも言われる。

日本人、、、日本では身体的障害をもって生まれる場合、『0か100か』って思い込んでいる人が圧倒的だと思う。それが顕著であれば一般市民生活から"隔離"し、軽度であれば先天的な障害だとは"認識"しない。(だから、1~3%の数字が実感できない)

そして、自然発生率の1~3%は、なにも首から下の身体で起こるわけでなく、脳にも同様の確率で奇形を生み出している。(奇形というより多型なんだけど・・・、いわゆる"知恵遅れ"とは違ったフェノタイプであるところが、感覚的に催奇形性の範疇に含めない所以だろう。催奇形性という言葉の"奇形"の定義も確立されていないのに。)

事実は、"知恵遅れ"以外に"凶悪な犯罪を犯す脳"の持ち主が、一定の頻度で世の中に存在するということである。

だがら、今も昔も、一定の確率で、凶悪犯罪が生まれる。これは、社会が悪いわけでも、小泉元首相が悪いわけでもない(苦笑・・・こんなこじつけをする人がいるんだよね)。

そして、これは、誰にも止められない。出た芽を粛々と刈り取るしかないのだ。(そういう意味で鳩山法務大臣はエライ!!)

しかし、世の中、脳の奇形(多型)を語ることはタブーだから、話がややこしくなってしまう。

世の中に"正常"の定義など存在しないのに、"正常に生まれてきた人"はみな生まれながらでは"善良"な人格であるという思い込み(思いたいという願望かもしれないが)が代理エンドポイントのような位置付けになってしまっているのだ。

犯罪心理学者や臨床心理士、精神科医などが一生懸命知恵を絞っても、再発防止に何の役にも立たないことは、そもそもの前提、すなわち"性善説"の上に、ロジックを組み立てているところにある。。。。。砂上の楼閣よりもっとヒドイ、基礎のないところに建物を建てているからだ。


ズームイン・スーパーの解説員、橋本五郎氏の昨日と今朝のコメントの違いが、それを如実に物語っている。

昨日、氏は『最近、治安が悪くなった』と言っていた。
今朝は、『昔から凶悪犯は居て、治安は変わりないけど、庶民が悪くなったと感じる事が問題なのだ』と。(悪くなったと感じさせている張本人がマスコミだろって突っ込みはおいとこう)

昔から変わらないのは当然!脳の奇形の発生率が変わっていないんだからね。

それを、認めたがらない所に、全ての"ちぐはぐ"の原因があるといえるんじゃないのかな。

犯罪者の脳は、事前に調べてわかるものじゃない。だから、予防的逮捕は出来ないし、これをやったら差別である。しかし、犯罪を犯した者の処遇(処罰)は、事実の正しい認識の上に立てば、正しい方法はある。死刑にするか、死ぬまで身柄を拘束する事である。これは、犯罪者を差別する事には繋がらない。

強姦殺人だったり猟奇あるいは無差別殺人だったりという犯罪を犯す"脳"の持ち主の再犯率の高さが、犯罪と脳の関係を如実に証明しているのだが、人を差別するというレッテルを貼られる事を恐れからか、誰も言いたがらない。そうじゃないのに・・・。

犯罪者の脳以外に答えを求めても、意味は無く、矯正とか教育なんてものは意味をなさないのだが。。。。。(脳の奇形頻度と程度は正規分布に従うだろうから、強姦殺人や猟奇殺人を犯した犯罪者の中にも、現行制度によって再犯抑止される個体も居るだろうけど、これは矯正ではないよなぁ・・・)
 
 
 

しかし、大上段から眺めてみると、、、、

この"思い込み"ってのは、人にとって、良い面と悪い面とがあり、良い面は人が生きていく上での方便、あるいは自己欺瞞になっているのかもしれない。(LDL-コレステロール、真犯人がわからないよりは、そうであるって思っているほうが精神的に安心だし)

医療用針の使い回しが取り上げられて、某病院がスケープゴートになったが、業界ではあの事件を受けて、感染の危険がない使用方法だったとしても、誤解を恐れてか、医療用針の受注が跳ね上がっているという。

世の中、一般大衆は『まさか、医療機関に限って・・・・』と、思っているだろうから。でも、この『まさか・・・』を暴いたとしても、誰の得にもならない。『知らぬが仏』じゃないのかなぁ。不信感が先行する世の中は、まさに中世ヨーロッパみたいだ。

医療不信に学校不信、医師不信に教師不信、、、、不信感を蔓延させているのは、テレビ朝日"報道ステーション"などが筆頭なんだろう。(自民党に無期限出入り禁止をくらったのには笑ったが)

本当に知らせなきゃならない事実には触れもせず、どうでも良い事を暴いてみて、人々に不信感を植え付ける。そして、正義の味方を気取る・・・・・。もしかしたら、恣意的ではなく『知る者は言わず言う者は知らず』なのかも。


だめだ、コリャ!!(ドリフのコントのノリで)

2008年06月13日

大腸菌の予見性(Foresight Among E. coli)

20080613_essay.jpg大腸菌の"だいちゃん"は、町をブラブラしていたある日、事件に遭ってしまった。そう、特殊生命体"NINGE - N"に飲み込まれてしまったのだ。

すわ一大事。

だいちゃんは咄嗟に危機管理マニュアルを思い出し、戦闘モード、もとい、嫌気性モード、すなわち酸素が無くても生きていける状態へ、体を変化させたのだった。これで、"NINGE - N"の暑くて息苦しくて、生き地獄の"大腸"の中でも"勝ち組み"に入れるだろう。。。。。


しかし、脳みそのない"だいちゃん"は、どうしてこんな"危機管理"が出来るんだろう????フシギ・・・・・。

大腸菌の予見性(Foresight Among E. coli)

Science June 6, 2008, Vol.320

自然界では出来事の予兆は多くの場合、容易に予想できる順に起きる。例えば、バクテリアは食べられると、急激な温度上昇と、それに続く酸素レベルの低下を予知する。

Tagkopoulosたち(p. 1313, オンライン発行の5月8日号、および、Baligaによる展望記事参照) は、コンピュータシミュレーションとケモスタット実験によって、大腸菌(E. coli)が持つ予測能力を調べた。

大きな温度差に晒すと、18%の酸素濃度の環境においても、大腸菌は好気生活 モードから 嫌気生活モードに切り替えた。

これは一見適応不順のように見えるが、嫌気性になった細菌は、酸素が不足している腸の奥底でひしめき合う微生物に遭遇するや否や、生存競争上で有利となることを意味する。

さらに、著者たちは細菌を訓練して、高温の後、酸素濃度が高くなるような「細菌にとっては不自然な」順序に適応させたと述べている。

Predictive Behavior Within Microbial Genetic Networks

p. 1313-1317.
SYSTEMS BIOLOGY: The Scale of Prediction
p. 1297-1298.


お隣、韓国ではアメリカ産牛肉の輸入再開で、大統領が大ピィ~ンチ。でも日本では、一部のファンが熱烈大歓迎。

所変わって病院では、ちょっと体がだるいと言って、血管に強制的に薬液を送り込む行為も、日本の大衆は大歓迎。

脳みその無い大腸菌のだいちゃんは、確かに危機管理マニュアルを持っている(ように見える)。。。。


ということは、脳みそは、危機管理に関係しないのだろうか????

 
 
 
毎朝、自宅から駅までの通勤路での風景。。。。

歩きながらタバコを吸い、終われば道端にポイっての輩が、一匹、、二匹、、三匹。そこはスクールゾーンの筈だが、猛スピードで走り抜ける車が一台、、二台、、、、、十台。

それを眺める私、雨の日は、すれ違いざまの車に雨傘の骨を折られ・・・・。

日曜日に買い物に行けば、駐車場の障害者スペースから元気良く降りてくる親子連れ。

バーチャルな世界を散歩すれば、あやしい"薬物"や"武器"の販売店が軒を連ねる。。。それに群がるお客さん。

ラットにおいては、『側坐核におけるドーパミン受容体の減少を伴っているある衝動性の行動形質が、強迫的なコカイン使用および嗜癖へのスイッチとして予測できることを示している』のだそうだ。タブン、ニンゲンでもそうなんだろう。

衝動から強迫へ(From Impulsive to Compulsive)

Science June 6, 2008, Vol.320

衝動性と興奮の追求における個体差は、薬剤の使用および乱用に関する脆弱性と関係している。

強迫性のコカイン使用は、不適応的な習慣の学習についてのトップダウンの遂行制御の失敗からくるものだと考えられてきた。

しかしながら、薬剤中毒者にみられる増強された衝動性が、強迫的な薬剤使用の開始に先立つのか、薬剤にさらされた後の結果なのかは、はっきりしていない。

Belinたちはこのたび、ラットにおいて、側坐核におけるドーパミン受容体の減少を伴っているある衝動性の行動形質が、強迫的なコカイン使用および嗜癖へのスイッチとして予測できることを示している(p. 1352)。

High Impulsivity Predicts the Switch to Compulsive Cocaine-Taking
p. 1352-1355.


生物学的に"生きていく事"に不利にならない変化は、淘汰圧に負けない。

行動形質に影響を与える脳の多様性は、"正常"、"異常"、"境界型"のように明確な区別があるわけじゃなく、変化の程度と頻度は淘汰圧のフィルター後は正規分布にしたがうものと思われる。

転写制御因子の二重生活が明らかに(Transcription Factor's Double Life Exposed)

Science May 30, 2008, Vol.320

転写制御因子MeCP2(メチル-CpG結合タンパク質2)における変異は、自閉症、軽度な学習障害、精神遅滞など幅広い神経行動学的異常の原因となる。

MeCP2は、脳内の少数の標的遺伝子の発現を抑制することにより制御していると広く信じられてきた。

MeCP2を欠いた、あるいは過剰発現するマウスモデルに対してマイクロアレイ技術を適用することによって、Chahrourたちはこのたび、この転写制御因子が視床下部だけで2000にも及ぶ遺伝子を制御していること、またMeCP2が実際にそれら遺伝子のおよそ85%の発現を活性化しているらしいことを発見した(p. 1224; またCohenたちによる展望記事参照のこと)。

MeCP2がそんなに多くの遺伝子を制御しているという発見は、MeCP2関連障害の治療方針として個々の遺伝子標的の機能の修正よりも、神経機能の回復に焦点を当てるべきである、ということを示唆するものである。

MeCP2, a Key Contributor to Neurological Disease, Activates and Represses Transcription

p. 1224-1229.
MEDICINE: Activating a Repressor
p. 1172-1173.


 
 
しかし、人間社会のもろもろの前提は、"正常"、"異常"、"境界型"なんだよなぁ。。。。。
 
 
 

最近、『個人的観点から物事を論じた散文』ってカテゴリーが気に入っている(表現も気に入っている)。なんの事はない"エッセイ"ってやつだ。最近まで生きてきて、読んだ事のないカテゴリーだったから、どんなものなのか知らなかった。

エッセイ・・・なんとなく、響きはカッコイイ。。。そして、オシャレ・・・。う~ん、『エッセイが好き』なんて言ってみたいっ。

でも、エッセイって何なんだろう??(理系脳の悲しい性か、定義をしらないと気になってショウガナイ)

で、調べたら、『個人的観点から物事を論じた散文』って事だった。


---あんまり、かっこよくないなぁ、、オシャレでもないし---

で、言いたい事を半分以下(私の場合は1/10以下)に抑えて、タンタンと書けば"エッセイ"っぽいものが出来上がる。(エセ"エッセイ"なのか?)

俳句ほどではないにしろ、そこにはレトリックのお手本が詰まっている。それに、抑えた分、読み手の想像力が書き手の考えを超えてくれる・・・。


というわけで、今回は、エッセイ風に書いてみました。(でも、エッセイに引用は、、、ないよなぁ)

2008年06月18日

秋葉原無差別殺傷事件 "記念撮影"する傍観者たち

20080618_channel2.jpg"記念撮影"する傍観者たち(秋葉原に来る若者と言っている)を非難するなら、まず『だったら、そういう報道を止めろ!』って言いたい。(徹底的に顔まで晒すならまだしも)

マスコミの垂れ流す情報により『自分だけじゃないんだ』と、その心情(携帯電話で撮影したい)に"恥ずかしさ"を感じなくなるばかりか、赤信号、みんなで・・になっちゃうんだから。

他人と違う事が怖くて出来ない民族だからこそ、逆に言えば、マスコミが『こんな人、いっぱいいるんだよ』って言えば、日本人は安心して行動に移すのだからね。

マスコミが"情報の垂れ流し"しなくても、ネットで・・・って、ネットのバーチャルな世界を悪く言う向きもあるんだけど、ネット上で別の人格になりきって『俺、写真取りたい衝動に駈られたんだけど』『被害者を可哀想って思えない』と掲示板などに書くだけでは、『みんなもそうなんだっ!!』とは思わないんじゃない?現代の若者がいくら"短絡的"だからって。疑心暗鬼にこそなれ!

豪華客船が今にも沈没しようとしていた。

「さあ!救命ボートがあります。海に飛び込んでください!」

船員は叫んだが、まだ多くの乗客達はためらっていた。

「誰が一番に飛び込みますか?」アメリカ人達が飛び込んだ。
「紳士ならば、飛び込めますね?」イギリス人達が飛び込んだ。
「さっき、美人が先に飛び込みましたよ!」イタリア人達が飛び込んだ。
「飛び込むことは規則になってます!」ドイツ人達が飛び込んだ。

「みんな飛び込んでいますよ!」最後に日本人達が飛び込んだ。


さて、秋葉原の無差別殺傷事件現場で、日本人(マスコミは秋葉原に来る若者といっているが)は記念撮影をするんだけど、他の国の人だったらどうするんだろう・・・・?

■「誰が一番に飛び込みますか?」アメリカ人達が飛び込んだ。
・・・記念撮影をしている人間に、真っ先に殴りかかるのは、想像できる。

■「紳士ならば、飛び込めますね?」イギリス人達が飛び込んだ。
・・・紳士(だから、したくてうずうずしても)は記念撮影はしないだろう。

■「さっき、美人が先に飛び込みましたよ!」イタリア人達が飛び込んだ。
・・・事件現場に居合わせて、気を失ったりしている女性を介抱することを真っ先に考えるんだろうなぁ。

■「飛び込むことは規則になってます!」ドイツ人達が飛び込んだ。

記念撮影をすることが"良くないこと"だと決められていれば、、、、ってこんな事は決まってるだろうから、しないんだろう。


どの国の人であっても、少数は記念撮影をする人間はいるだろう。だけど、『みんながやっているから、自分も・・・・』ってのが、日本人だけなのは、疑う余地はない。HIV 感染者が増えつづけることしかり、安い米国産牛肉を疑いも無く食べることしかり。


モラルに『神様が見ているから出来ない』という感覚がない日本人。

それでも昔は『人様に見られるから出来ない』はあった。武士は食わねど高楊枝とやせ我慢ができた。

『人様に見られるから出来ない』は、"人様の実態(真実)を知らない"というの前提に成り立つ。

人様も自分と同様に腹をすかせていれば、やせ我慢したってしょうがない。

人様も自分と同様に貧乏なら、見栄を張ってもしょうがない。

だけど、こういう日本人の特徴は、良い面もあるはずだ。人様の懐具合がわからなければ、『自分だけ、恵まれない』って気分に陥る事もないのだから。

こういう意味でも、他人の青い芝生をマスコミがネタにしなければ、日本人の不平等感はなくなるのだ。(アメリカ型の報道姿勢を真似した結果がこれなんだろう。好んで報道する内容は日本の場合、このようにかなり幼稚だけど・・・)


可愛いもんだよ、日本人っ!!

始めての海外旅行で、得意の英会話を今こそ役立てようと張り切っていた日本人観光客。

しかし、ニューヨークの空港に降り立った途端、彼は、ひどい眩暈がして倒れてしまったのである。
通報を受けて、さっそく医師が駆けつけ、その日本人を抱え起こした。
 "How are you?"
日本人は、かすれる声で答えた。
 "I'm fine thank you, and you?"


日本人は、ジョーク一つで三回も笑うことが出来ます。

・ジョークを聞いた時
・そのオチの意味を教えてもらった時

・家に帰って、教えてもらったオチの意味がようやく理解できた時


中国人、シンガポール人、日本人が、自分の国の指導者を自慢した。

中国人は言った。
「我が国の指導者は、例えて云えば万里の長城だ。古く堅固で永遠に続くのだ」
シンガポール人は言った。
「我が国の指導者は、高層ビル群だ。新しくて上へ上へ伸びていく」
日本人は言った。
「我が国の指導者は、富士山だ。長いことそびえ立っているが──何もしない」

ところで、秋葉原無差別殺傷事件は諸外国でもトップニュースの扱いだったそうだ。【"記念撮影"する傍観者たち】ってのは、報道されたのだろうか??

こっちは、別の意味で報道してほしくないなぁ。

2008年06月21日

ティーンエージャーの喫煙防止と連れション

20080621_urinate.jpgイングランドとウェールズの中学校で行った『ティーンエージャーの喫煙防止に有効な方法は?』の実験結果が Lancet誌 に示された。

要旨は、『ティーンエージャーの喫煙防止を目的として、訓練を受けた生徒が、教室外で同級生に喫煙防止を働き掛ける方法の効果を2年間にわたって調べた結果、喫煙者の増加を有意に抑制できることが示された。』と。この論文の原題は「An informal school-based peer-led intervention for smoking prevention in adolescence (ASSIST): a cluster randomised trial」。興味があればリンクを辿ってくだされ。

欧米では、学校での取り組みの一つに、同年代または少し年長の生徒が、他の生徒に介入する「ピアプログラム」ってものがあるらしい。(随分前にイギリスの学校での"イジメ"を取材した番組を見たことがある。その時は別の事も感じたんだけど)

たとえば、同級生や先輩が喫煙の害などについて教えるわけだ。

これを読んでいたら、がっかりしたっていうか脱力したっていうか、日本の子供達、子供だけじゃなくって大人も含めて、やっぱり全然違うんだよなぁって感じた。

日本で、「ピアプログラム」を実践しようものなら、確実に"いじめ"が増えるだろう。

『なに、まじめくさってんだよ』
『うぜぇなぁ~』
『かっこつけてんじゃねぇ~よ』

反応が目に見えるし、仲間ハズレにされないために、こんな役回りを引き受ける生徒は、おそらく皆無だろう。

前回は、無差別殺傷事件現場の"記念撮影"をネタにして、日本人の"気質"に触れてみたんだけど、子供達の喫煙防止プログラムひとつとってみても、同じホモサピエンスとは思えないくらい、脳機能の違いに、今回あらためて打ちのめされた。

日本人は子供でも大人でも、他人に介入する事を極端に嫌っている。

子供達が学校で出来ないように、大人達は職場で"Peer Review"出来ない。

最近、強く感じる事なんだけど、日本人って"蚊帳の外"が好きなんだよなぁ。読んで字の如くの状態なんだけど、出来事そのものは知ることが出来る距離に居る(居たい)んだけど、その中心には居たくないっていう感覚。

核心に触れる事は怖くて出来ない。だから他人に意見するにしても、例えば生命に直結しない、あるいは因果関係のはっきりしない分野が大好き。(不躾なのやイタズラも含めて脂質代謝系のエントリーに付くコメントは多い)


また、価値観の多様性を論じる場合でも、『洋式便器で男が小便をする時、立ったままか座るか』みたいな事で、侃侃諤諤、喧喧囂囂しちゃう。。。。(ってゆーか、マジだと議論な出来ない)

話は変わるが、この洋式便器での小便の仕方について、おもしろい意見があった。子供の教育にまで言及しているのだが、男の子が立小便が出来ないと、イジメの対象になる。まして、小便し終わった後、紙で拭くなんざぁ、もってのほか。ブルンブルンして小便をきらないといけない・・・・と。

連れションのルーツはここにあったのだ。連れションは日本の文化だったのだ。

一人だけ『公道での立小便はいけないんだぞぉ』なんて言おうもんなら、小便をひっかけられて『あっちへいけ』って言われちゃう。

人と違う事をしたり言ったりしてはいけない・・・・、こんな小便の仕方一つとっても、日本人は、みんな一緒に(結果も平等に)・・・って刷り込まれていくのだ。(だから日本で「ピアプログラム」なんてのは夢のまた夢)
 
 
 

こんな事を書いている私も、実は、当事者になったらどうするだろう?って考えたら、答えが出せなかった。私の子供は女の子だから、洋式便器では座るか立つかについて悩む事はないんだけど、男の子だったらどうするだろうか?・・・と。

立ってすればトイレを汚すから掃除が大変。だけど、それが元でイジメられたり仲間ハズレにされたりしたらどうしよう・・・・と。

自分だったら、そんなぐたらん事で仲間ハズレにされるのなら、そんな奴らは仲間じゃないって言い切れるんだけど、子供の事になると、、、自信がなくなる。
 
 
 
ところで、『座って小便するなんざぁ、男が女っぽくなった現象の一つで、人間の本能が文明にダメにされ、すなわちこれ"少子化"に繋がっている』なんてロジックには、飛躍だよって一笑にふせないものも感じてしまうのだが、他の方のご意見は如何?

2008年06月30日

終末期相談支援料凍結と『24 -TWENTY FOUR』

20080628_prison_break.jpg3ヶ月で機能しなくなった制度をとやかく言うつもりはない。こういう議論の中で、必ず出てくる『延命治療の是非』と言う言葉が気になっている。

この言葉が出てくる時、必ず延命という行為を一括りにして『延命治療の是非』を問おうとするのだが、いつも"違和感"を感じている。

本来なら、ケースごとに治療法が変わるのが当たり前だが、この延命対象に限っては、ケースごとの方法を想定していない。


延命治療を受ける人が、どういう状態にあるかを分けることって、タブーなのだろうか?


私は不快に感じる人がいるのを承知で、敢えて厭味な文章を書くことが多いのだが、はっきり言って、この問題は、さっぱりわからない。

どっちにしても死ぬ人間(死が避けられない人間)という事で、それを区別する事は"人道的に"とか"道徳的に"『いかがなもの?』と言う事ならば、なんとなく解らないでもない。がしかし、それにしても以下のよう大雑把に別けて考えてみても、それぞれのケースで、私の中では別の答えが導かれる。

十把一絡げで『是非』を問うてみても、答えなんか出るわきゃないじゃんって思うんだけど・・・。

■延命される当人の意識の有無
 ◎無しの場合
 ◎有りの場合
    2ヶ月の命を4ヶ月に延命する場合
     1.ベッドに寝たままのケース
     2.普通の生活が送れるケース

■医療費の支払われ方
 ◎公的資金

 ◎自費

もしかしたら、みんながみんな、『答え』は出したくないから、十把一絡げで『是非』を問うてるの??


Pharmacogenetic Association of the NPPA T2238C Genetic Variant With Cardiovascular Disease Outcomes in Patients With Hypertension』や『Interactions Between Secondhand Smoke and Genes That Affect Cystic Fibrosis Lung Disease』などを読んでもらうと、どなたにもよくわかると思うが"オーダーメイド治療"の実現は難しい。

降圧薬の有用性に影響する遺伝子多型を調べているのだが、取り上げる遺伝子が一つでは、統計学的な微妙な差は得られても、日本刀でズバっと切れるような痛快な結果は得られない。(しかも、影響するであろうと目される遺伝子を、どれだけ列記できるのか?という次元の問題もある)

『高血圧管理の最終目標は合併症を少なくすることであり、血圧値を下げる事ではない』とは良く耳にするフレーズだ。

血圧が高いという"現象"を降圧薬で下げようとしても、たった一つの遺伝子の影響すらうけるという事は証明されたわけだが、しかし、たとえ遺伝子型とマッチしする降圧薬を選択したからといって合併症の発症頻度は下がるのかというと、そういうわけではない。さらに、マッチしない降圧薬を用い増量で無理やり下げるた場合はどうなの?に答えは無い。

遺伝子は他の遺伝子に影響を与えているのだから、考えうる組合せを考察せねばならないのだが・・・。

また、嚢胞性線維症のように単一遺伝子疾患でさえ、疾患の表現形が多彩なのは、よく指摘される所だ。

遺伝子の発現に環境(生活習慣、生活環境、社会的環境、、メタゲノム、、その他考えうる全ての環境)の影響が大きい事の証明だ。
 
 

 
日本の歴史教育の頓珍漢は指摘されて久しい。頓珍漢を是正する為には、自虐的歴史観と弱腰外交に切り込む必要があるのだが、難しい。

歴史の専門家でない私でも、因果を逆に辿るのが過去を理解するのには必要だと知っている。

だとすれば、遺伝子多型の知見を臨床に応用するなら、多様な環境で生活する人の中から、老衰で死亡した人の遺伝子をサンプルにして標準を作り、この環境で生活するには、この遺伝子のタイプが理想って指標を作ればいい。歴史を逆に辿るのとおんなじだ!

でも、人間はこんな事を知って幸せになれるとは"本能的に"思わないから、やらないんだろう。っていうか、考慮する組合せが地球上の人口ほどにもなり、事実上意味がない。

もしかしたら、『答え』は出せないって解ってて、でも、権威筋はそれを認めることは沽券に関わるから、一生懸命、答えを探っている(遺伝子から解る事を搾り出したい)??大衆はそんな理由を知っていようがいまいが"奇跡"を信じたい??
 

 
 
イキナリ、身近なお話。

某メーカーの医薬情報担当者との会話。

『アスピリンの30倍もする値段で、30倍のメリットがあんのかい?』と私。
『作用機序が違いますから!』とメーカー。
『それって、血小板ADP受容体の抑制による cAMP 濃度の減少抑制と cox1 阻害の差の事、言ってンの?』と私。
『いえいえ、血小板の活性機構に関わる GPⅠb,GPⅡb/Ⅲa とか vVW などが絡んだずり応力による血小板活性化の機序は"アスピリンは無力"なんですけど、わが社の製品では・・・』とメーカー

『その違いは、生理的な出血に対する血小板の活性化と病的な血小板の活性化を、完璧に区別出来んの?』と私。
『いえ・・・・・、差は微妙です。』とメーカー。

『ダメじゃん』と私。
 
 
 
解らない事を『解らない』、出来ない事を『出来ない』と正直に言ってしまう事は、どうやら、日本の世の中ではタブーらしい。

不明(遺伝子多型)な原因で死の恐怖に脅えて暮らすより、『原因は高血圧だ』と犯人が解ってる方が安心して暮らせるのは、凶暴犯の出所後の所在を明らかにしてくれるアメリカの制度をうらやましく感じる事から、本能的にわからなくはないんだけどけど・・・。

でも、その為に、議論の遡上に乗せる事自体が、出来れば避けたいしって思っている事は、的を外した議論(犯人のでっち上げも含む)で誤魔化す事が、大人の処世術なのだろうか?
 
 
 
アメリカのテレビドラマ『24 -TWENTY FOUR』見ると、そういう意味では日本人は大人でアメリカ人は子供だ。。。。。。

一人しか救えない局面で二人の人間がいる場合、一人を選択するのがアメリカ人。
一つしか選択できない局面で二つの選択肢がある場合、一つを選択するのはアメリカ人。

でも、日本人は大人だから、どんな時でも二人を救って二つを選択する道を熟考する。

『100%死亡する。助かる見込みはない』をはっきりと言う事をタブーにした為に、消費税を上げなければならないとしたら、消費税を上げなきゃならない原因が、無駄な医療費によるものだとしたら。。。。。。

今の医療費が適正で適切かどうかを議論の遡上に乗せることは、どうやら、タブーのようだ。

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