3ヶ月で機能しなくなった制度をとやかく言うつもりはない。こういう議論の中で、必ず出てくる『延命治療の是非』と言う言葉が気になっている。
この言葉が出てくる時、必ず延命という行為を一括りにして『延命治療の是非』を問おうとするのだが、いつも"違和感"を感じている。
本来なら、ケースごとに治療法が変わるのが当たり前だが、この延命対象に限っては、ケースごとの方法を想定していない。
延命治療を受ける人が、どういう状態にあるかを分けることって、タブーなのだろうか?
私は不快に感じる人がいるのを承知で、敢えて厭味な文章を書くことが多いのだが、はっきり言って、この問題は、さっぱりわからない。
どっちにしても死ぬ人間(死が避けられない人間)という事で、それを区別する事は"人道的に"とか"道徳的に"『いかがなもの?』と言う事ならば、なんとなく解らないでもない。がしかし、それにしても以下のよう大雑把に別けて考えてみても、それぞれのケースで、私の中では別の答えが導かれる。
十把一絡げで『是非』を問うてみても、答えなんか出るわきゃないじゃんって思うんだけど・・・。
■延命される当人の意識の有無
◎無しの場合
◎有りの場合
2ヶ月の命を4ヶ月に延命する場合
1.ベッドに寝たままのケース
2.普通の生活が送れるケース
■医療費の支払われ方
◎公的資金
◎自費
もしかしたら、みんながみんな、『答え』は出したくないから、十把一絡げで『是非』を問うてるの??
『Pharmacogenetic Association of the NPPA T2238C Genetic Variant With Cardiovascular Disease Outcomes in Patients With Hypertension』や『Interactions Between Secondhand Smoke and Genes That Affect Cystic Fibrosis Lung Disease』などを読んでもらうと、どなたにもよくわかると思うが"オーダーメイド治療"の実現は難しい。
降圧薬の有用性に影響する遺伝子多型を調べているのだが、取り上げる遺伝子が一つでは、統計学的な微妙な差は得られても、日本刀でズバっと切れるような痛快な結果は得られない。(しかも、影響するであろうと目される遺伝子を、どれだけ列記できるのか?という次元の問題もある)
『高血圧管理の最終目標は合併症を少なくすることであり、血圧値を下げる事ではない』とは良く耳にするフレーズだ。
血圧が高いという"現象"を降圧薬で下げようとしても、たった一つの遺伝子の影響すらうけるという事は証明されたわけだが、しかし、たとえ遺伝子型とマッチしする降圧薬を選択したからといって合併症の発症頻度は下がるのかというと、そういうわけではない。さらに、マッチしない降圧薬を用い増量で無理やり下げるた場合はどうなの?に答えは無い。
遺伝子は他の遺伝子に影響を与えているのだから、考えうる組合せを考察せねばならないのだが・・・。
また、嚢胞性線維症のように単一遺伝子疾患でさえ、疾患の表現形が多彩なのは、よく指摘される所だ。
遺伝子の発現に環境(生活習慣、生活環境、社会的環境、、メタゲノム、、その他考えうる全ての環境)の影響が大きい事の証明だ。
日本の歴史教育の頓珍漢は指摘されて久しい。頓珍漢を是正する為には、自虐的歴史観と弱腰外交に切り込む必要があるのだが、難しい。
歴史の専門家でない私でも、因果を逆に辿るのが過去を理解するのには必要だと知っている。
だとすれば、遺伝子多型の知見を臨床に応用するなら、多様な環境で生活する人の中から、老衰で死亡した人の遺伝子をサンプルにして標準を作り、この環境で生活するには、この遺伝子のタイプが理想って指標を作ればいい。歴史を逆に辿るのとおんなじだ!
でも、人間はこんな事を知って幸せになれるとは"本能的に"思わないから、やらないんだろう。っていうか、考慮する組合せが地球上の人口ほどにもなり、事実上意味がない。
もしかしたら、『答え』は出せないって解ってて、でも、権威筋はそれを認めることは沽券に関わるから、一生懸命、答えを探っている(遺伝子から解る事を搾り出したい)??大衆はそんな理由を知っていようがいまいが"奇跡"を信じたい??
イキナリ、身近なお話。
某メーカーの医薬情報担当者との会話。
『アスピリンの30倍もする値段で、30倍のメリットがあんのかい?』と私。
『作用機序が違いますから!』とメーカー。
『それって、血小板ADP受容体の抑制による cAMP 濃度の減少抑制と cox1 阻害の差の事、言ってンの?』と私。
『いえいえ、血小板の活性機構に関わる GPⅠb,GPⅡb/Ⅲa とか vVW などが絡んだずり応力による血小板活性化の機序は"アスピリンは無力"なんですけど、わが社の製品では・・・』とメーカー
『その違いは、生理的な出血に対する血小板の活性化と病的な血小板の活性化を、完璧に区別出来んの?』と私。
『いえ・・・・・、差は微妙です。』とメーカー。
『ダメじゃん』と私。
解らない事を『解らない』、出来ない事を『出来ない』と正直に言ってしまう事は、どうやら、日本の世の中ではタブーらしい。
不明(遺伝子多型)な原因で死の恐怖に脅えて暮らすより、『原因は高血圧だ』と犯人が解ってる方が安心して暮らせるのは、凶暴犯の出所後の所在を明らかにしてくれるアメリカの制度をうらやましく感じる事から、本能的にわからなくはないんだけどけど・・・。
でも、その為に、議論の遡上に乗せる事自体が、出来れば避けたいしって思っている事は、的を外した議論(犯人のでっち上げも含む)で誤魔化す事が、大人の処世術なのだろうか?
アメリカのテレビドラマ『24 -TWENTY FOUR』見ると、そういう意味では日本人は大人でアメリカ人は子供だ。。。。。。
一人しか救えない局面で二人の人間がいる場合、一人を選択するのがアメリカ人。
一つしか選択できない局面で二つの選択肢がある場合、一つを選択するのはアメリカ人。
でも、日本人は大人だから、どんな時でも二人を救って二つを選択する道を熟考する。
『100%死亡する。助かる見込みはない』をはっきりと言う事をタブーにした為に、消費税を上げなければならないとしたら、消費税を上げなきゃならない原因が、無駄な医療費によるものだとしたら。。。。。。
今の医療費が適正で適切かどうかを議論の遡上に乗せることは、どうやら、タブーのようだ。