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多様性が生む協力行動

20080711_variety.jpg多様性が失われると、公共の利益を無視する輩が増えるって事は、みんなウスウス感じていると思う。

学校での個性を無視した集団教育、"協調性"などと詭弁を弄した価値観の押し付けが、金太郎飴みたいな人間を量産する事になる。

しかも、その価値観の共有は、くだらないものに対してほど顕著なのは、どこがおもしろいんだか解らない"お笑い"が流行っている事からも証明される。


そして、その教育の現場の教師が、私利私欲の果てに免許されていた・・・・・・。


もう、日本はダメかもしれない。

Nature vol.454 (7201), (10 Jul 2008)

人間は互いに協力し合うことも多いが、公共の利益を無視しようという誘惑は共同的な協力行動に打ち勝つ傾向があり、これがいわゆる「共有地の悲劇」を招く。

既存の多くのモデルは個人間には差がないとして扱っており、多様性や集団構造を無視している。

Santosたちは、不均質グラフによって導入した社会的多様性が、公共財ゲームにおいて協力行動の出現を促進させることを理論的に示している。

Letters to Nature p.213


あるサイトで、『弱者をモンスターと呼ぶのは、我々の業界(マスコミ)の常識では、以前なら考えられない事だった』という趣旨のコラムを読んだ。

マスコミには、弱者がどんなに悪くても、強者の味方はしないという不文律があるのだそうだ。(マスコミの人間がいうのを始めて聞いた)

今、そのマスコミでさえ、弱者の中にいるモンスターを指摘しなければならなくなっている。


医療崩壊や学校崩壊は言うに及ばず、教師の採用試験まで、モンスターのおかげで遣り甲斐が失われているとしたら、、、、、


今回は、短くしてみた。文章は長くすると"ボヤケ"、短くすると"鋭くなる"のだそうだ。このエントリーはそういう狙いである。

多様性があるということは、秋葉原の無差別殺人犯を産む事にも繋がるのだが、公共の利益を最大にする(互恵的利他行動)という進化の賜物も享受できるのだ。

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2008年07月11日 13:21に投稿されたエントリーのページです。

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