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2008年08月 アーカイブ

2008年08月08日

三毛猫エントリー

20080808_cat.jpgよく読まれる記事ってのは、やっぱり気になる。

ちょっと見ないでいたら、マリンパの雑感で『何故、三毛猫にオスはいないのか?』が10位に入ってる。これは、単に『何故、三毛猫にオスはいないのか?』が気になっているからなのか?

マリンパの雑感を読んでいる人は猫好きが多いのかな??ってわきゃ~ねぇだろうなぁ。

多分、日本人の多くは、天皇の男子男系の話に興味があるから・・・・って事なのだろう。


んじゃ、、ってわけで、何故、男子男系が続くと凄いのか?って事を、またまた、遺伝子がらみで書いてみよう。

ただし、これはセンシティブな話で"遺伝的な障害のある人を差別している"と感じる人がいるかもしれないのであらかじめ断っておくが、私自身は遺伝的な多様性にこだわりは一切ない。現実は以上でも以下でもなく受け入れるべきだと思っている。よく、自然の摂理を人間社会のアナロジーとして捉えたがる人がいる(こういう人は小泉元首相のせいで犯罪が増えるとか主張する)が、この手の話は、そういう人達にはどのように受け取られるのか・・・・、それはそれで興味はある。

それに、あまり具体的に書いた文章を残したくないので、奥歯に物が挟まったように書くことにするが、、、


実際に、ある特定の不具合を発症する遺伝は、性染色体にあるわけじゃないのに、男から遺伝すると、その不具合が重くなる(発症年齢が早くなる)ものがある。

男系にこだわる理由は、だから、古事記に書かれている時代から続いている"男系"で不具合がある天皇が輩出されないってことは、(昔の人たちでも経験的に知っている事で、)天皇家は遺伝的に"丈夫(生存能力が高い)"だという事の隠喩なんじゃないかと・・・・私は邪推しているわけだ。
(実際は逆で、男が続くと天皇に不具合が発生し・・・なんてのを経験したもんだから、途中で違う胤を入れたりしたんだけど、表向きは、男が続いて"丈夫(生存能力が高い)な遺伝子"をアピールした・・・・・なんてことなのかもしれない)

で、女性で繋いだんじゃアピールにならない・・・・。


現代でも遺伝的な不具合を引き合いに出す訳にはいかないから、"伝統"なんて言葉に置き換えるわけだけど、もしかしたら、『そんな事はわかってんだよ!Y染色体の話にしておけば、ややこしくならないものを・・・・』とお叱りのコメントでも頂けると、私の"藪睨み"も満更でもないって事になるんだけど・・・・。

今、教科書的には、"父から受け継ぐ遺伝子"と"母から受け継ぐ遺伝子"のどちらか一方だけが使われるって話では、刷り込み(インプリンティング)って言葉を使って、X染色体で説明されている。

X染色体は一つあれば人間として必要十分であり、二つある女性の場合、男の2倍の遺伝子が働いちゃったんでは都合が悪いから、細胞の一つ一つでどちらか一方が働かないようにされている。60兆個の細胞の一つ一つで、ランダムにX染色体が機能しないようにインプリンティングされているわけだ。(女性の場合、がん組織の検査でこの理屈を使う事がある)

見分けがつかないからランダムなのか、見分けはつくけどランダムなのかはわかってはいないが、もし、父由来の遺伝子なのか母由来の遺伝子なのかがわかるなら、性染色体に依存しない遺伝的不具合で、父方からの遺伝で酷くなる理由となりうるし、X染色体以外でも(染色体丸ごとって訳じゃないけど)、父方と母方の遺伝子の使われ方が違うものがあるという説明になるんじゃないかな?

と、私は、ひそかにこんなことを考えてたりします。表向きには"伝統"の一言で済ませたいですけどね!

父方から遺伝を重ねると、塩基のリピートまで重なる・・・・・ってのは、なんかあるのかねぇ!?(あっ、ちょっと具体的すぎですか??)

2008年08月22日

協力のための自殺

20080822_suicide.jpgずばり"協力行動遺伝子"なるものがあったとは、これだけで驚きなのだが、現代人ではほとんど発現してないように見える。

いや、あるいは発現する人を敬わない風潮が蔓延している為、遺伝子の発現している人が『バカらしくってやってられるかいっ』って事で、見かけ上、発現していないようにみえているのか・・・・・どうなんだろう?

その昔、古代ローマ、いやそれよりも前の古代ギリシャの時代から、有能な政治家は"暗殺される"と相場は決まっている。戦士は死して国と家族を守った。日本でもしかり。

振り返って、今はどうだろう?
『政治に命を賭けるなんて、アナクロな感覚は持ち合わせてないよ』
『国家100年の大計は、所詮、大衆には理解してもらえない・・・』

大衆の側だって、、、
『政治家だって単なる職業でしょ?』
『何、いばってるのかしら?』

『そんなに権力が欲しいのか?』
『自衛隊・・・キモイぃ~、こわぁ~い』

微生物の世界では、こんな状況に陥ったら種の存亡にかかわる・・・っていうのに、、、、、

Nature vol.454 (7207), (21 Aug 2008)

生物個体間の協力行動は解明が難しく、協力行動をとった当の個体が死んでしまう場合はとりわけ難解である。

その例として、毒素や毒性因子を作り出した個体は死んでしまうが、それらを作らない他個体がその恩恵にあずかる種類の微生物が挙げられる。

そのような自殺型の協力行動もしくは「協力的自殺」を起こさせる遺伝子は、それを保有する個体群の一部だけで発現する場合にのみ存続可能であることは明らかだ。

Ackermannたちは、自殺型協力行動の進化に関するモデルを考案し、その安定性の秘密は、協力行動遺伝子を発現する個体としない個体の分類にあることを示した。

発現しない個体は、発現する個体からもたらされる公共の利益を得るほうの道を選んできたのだろう。

この系の一例として、病原性のネズミチフス菌(Salmonella typhimurium)のクローン菌体間にみられる毒性因子の発現の差異が挙げられる。

表現型ノイズが2つの集団の分化につながり、2つの集団は協力し合って感染を成立させるのである。

Letters to Nature p.987


これって、互恵的な利他主義(行動)とはかなり違う。蟻や蜂のような自己犠牲の上に成り立つ種の保存の為の遺伝子の原始的なものなんだろうか?蟻や蜂は、女王を頂点とした社会の為に、進んで身を犠牲にする。そうしないと蟻や蜂は生きていけないからなのだが。。。

ドーキンスが利己的遺伝子説を何ゆえに思いついたのかは知らないけれど、生体が単なる遺伝子の乗り物で、遺伝子は自分の複製を増やす事だけが至上命令なら、蟻や蜂が自己犠牲することは、なんら不思議な事じゃなくなるわけだ。


ところで、人間には一つの体に"二つの自己"が存在している。

一つは、"脳"が考える自己。哲学的で文学的な自己だ。『われおもう、ゆえにわれあり』の自己。

もう一つは、"胸腺"が規定する自己。生物学的で免疫学的な自己だ。

人間で実験するわけにはいかないので、他の動物でやるんだけど『一体、体ってのは脳の支配下にあるのか?胸腺の支配下にあるのか?』って事を実験すると、体は胸腺の支配化にある事がわかる。脳は胸腺を排除する事は出来ないけれど、胸腺は脳を排除する事が観察されるからだ。

人間の場合、脳は免疫学的に聖域に位置する為、免疫系は手が出せない。それに、人間は"協力行動遺伝子"が働かなくても自己犠牲する。

この二つを考えれば、人間は『脳が体(胸腺)を支配している』と言える。生きる方向ではなく、死ぬ方向でのみイニシアチブが取れるだけなんだけど・・・。


セロトニン系の神経に作用する SSRI や SNRI が自殺を誘導する機構として、『体を"生きる"方向へ引っ張るもっとも基本的な神経系をヘタに弄るからこんなことになっちゃう』って考えている人がいた。

人間の場合の自己犠牲が、"協力行動遺伝子"の影響下にあるとしたら、これが殆ど働いてないように見える現代社会において、自殺が増える事はないだろうから、現代社会の自殺と"協力行動遺伝子"は関係ないのだろう。

蟻や蜂にとってのセロトニン神経系が"協力行動遺伝子"の支配下にあるとしたら、ここを弄って個体を死に向かわせる・・・・のか??

蟻や蜂が我が身を犠牲にして種の為に死ぬ時、それは"喜んで"、あるいは"幸せを感じて"いるのだろうか??

あるいは、働き蟻(蜂)に生まれてしまって、私の人生これから悪くなる事はあっても良くなる事はない。だったら来世では良い事があるかもしれない・・・・ああ、苦しまずに死ねたら・・・・・セロトニン神経系は生きる方向へ作用するベーシックな神経系って訳じゃなく、気持ちよくなる方向・・・・殆どの人にはそれが生きる方法に作用するけど、少数の人には、死の方向・・・・・・。宗教のはじまり・・・・・。


って、ワキゃ~ねぇ~よなっ!!

色々と考えさせてくれる論文でした!!チャンチャン。

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