民主主義では、多数が正しいことになっているが、この“正しい”の定義をしておかないと、勘違いも甚だしいとなってしまうというお話。
前提となる仮説が証明されないまま、なんとなく一人歩きして“正しい”とされてしまって、それを根拠にして新しい仮説を証明してしまう・・・・・・、医学の不確実性を証明するもってこいの事例だと、『ピン!』ときた知見を紹介して、進めてみる。
多くのがん細胞は異数体であり、間違った数の染色体を持っているが、異数性が実際に腫瘍化の表現型に寄与しているのか、あるいはそれを抑制しているのかは、はっきりしていない。
Science October 31 2008, Vol.322 では、『細胞増殖の抑制を引き起こし、培地中の細胞の不死化に対しては可変性のある効果をもたらした。』とある。
だが、Nature Reviews Cancer 8(11), (Nov 2008) では、TAp73 の機能を解明する過程で、異数性ががんの原因だから、異数性を抑制できる TAp73 は“がん抑制遺伝子”であると結論している。
どちらも、染色体異常になると“ヒトにおける流産・不妊”の原因になると解釈している。違うのは、がんに対してだ。
異数性と増殖(Aneuploidy and Proliferation)
Science October 31 2008, Vol.322
多くのがん細胞は異数体であり、間違った数の染色体を持っているが、異数性が実際に腫瘍化の表現型に寄与しているのか、あるいはそれを抑制しているのかは、はっきりしていない。
Williamsたちは、4つの異なる染色体のうちの1つのコピーを余分にもつ、マウスの胚性線維芽細胞の株化細胞を作成した(p. 703; Hernandoによる展望記事参照のこと)。
異数性は余分なコピー中にある遺伝子の発現をおよそ1.5倍増加させ、多く表現された特定の染色体には依存していなかったが、染色体のサイズには依存する細胞増殖の抑制を引き起こした。
異数性は、培地中の細胞の不死化に対しては可変性のある効果をもたらした。
こうした知見は、ヒトにおける流産や精神遅滞を導くこともあるプロセスについてのさらなる理解に道を開くものである。
Aneuploidy Affects Proliferation and Spontaneous Immortalization in Mammalian Cells
p. 703-709.
CANCER: Aneuploidy Advantages?
p. 692-693.
腫瘍形成:ノックアウト!
Nature Reviews Cancer 8(11), (Nov 2008)
p53相同体TAp73に腫瘍抑制機能があると考える研究者たちは、TAp73特異的ノックアウトマウスに関する最近の分析結果を受け、そろって安堵のため息をついた。
このタンパク質ががんに果たす役割を詳しく知ろうと奮闘するも、Trp73遺伝子座がコードする複数のタンパク質産物が、転写活性を示す「p53様」アイソフォーム(TAp73と総称される)と、そのドミナントネガティブな「宿敵」、発がん性アミノ欠失タンパク質(ΔNp73と総称される)の2種類に分けられるという事実に、阻まれてきた。TAp73の腫瘍抑制機能を支持するグループは大いに不満であったが、そのアイソフォームについては、p53との間に配列相同性以上の共通点を立証することが困難であることが判明した。というのも、がんにTP73遺伝子の変異がみられることはまれで、なおかつ、どちらのグループのアイソフォームもないTrp73ノックアウトマウスには、腫瘍が生じにくいためである。このノックアウトマウスに腫瘍が発生しないのは、同時にΔNp73がないためであるとする見方が多かったが、アイソフォーム特異的ノックアウトがない以上、理にかなった説明は難しかった。
しかし、Genes and Developmentに発表されたTomasiniらの最近の研究で、TAp73に腫瘍を抑制する機能が実在することが示された。TAp73特異的ヌルマウスを(エクソン2および3を欠失させて)作製したところ、野生型同腹仔の腫瘍発生頻度がわずか6%であったのに対し、TAp73ヌルマウスでは73%であった。しかも、TAp73が欠損している場合、発がん物質のDMBAを腹膜内投与してから大腸、肝、小腸および胃に腫瘍が生じるまでの潜伏期間が、有意に短縮した。このことから、TAp73には単独でがん化を阻害する作用があることがわかった。
では、TAp73は、どのように腫瘍抑制機能を働かせているのだろうか。興味深いことに、機序を推定する手がかりとなったのは、TAp73欠損コホートの不妊であった。TAp73欠損では、卵母細胞に紡錘体異常が目立ち、ゲノム安定性の維持におけるTAp73の役割が示唆された。この仮説と一致して、有糸分裂阻害薬ノコダゾールで処理したTAp73欠損マウスの胚線維芽細胞(MEF)は、細胞周期のG2/M期に停止せず、不適切な有糸分裂を続けた。さらに、ノコダゾールの長期投与により、TAp73欠損細胞に8Nの細胞集団が現れた。これは対照群にはみられなかったものである。さらに極めて重要なことに、その後の実験により、肺組織が胸腺組織に比べ、特にTAp73消失後に異数性となりやすい(TAp73ヌルマウスの肺腫瘍頻度が高いことを考えれば、説得力のある所見である)ことがわかり、こうした作用が組織特異的であることが示された。
この研究では、TAp73の作用が腫瘍形成にとどまらずゲノム保全にまで及び、がんおよび不妊の両分野に影響を及ぼすとしている。今回の成果より、TAp73が腫瘍抑制因子かどうかという疑問には、一応の終止符が打たれたようである。しかし、TAp73が、紡錘体の集合体に影響を及ぼしているのか、それとも細胞周期または有糸分裂の融合タンパク質を調節しているのか、という新たな疑問が浮上してきた。しかも、これらのデータは、遺伝的不安定性、異数性とがんのつながりに関して、いまだに続いている議論に、さらなる影響を与える。おそらく、TAp73は今後も議論を呼び続けるタンパク質の1つなのだろう。
doi:10.1038/nrc2527
私には、この二つの論文を評価するなんて、そんな大それたことなど出来る筈もないが、現象の解釈に差があることくらいはわかる。そして、それが、現代の医療崩壊、医療不信の根源であることを、医療を受ける側の知識の欠除、すなわち、結果(現象、表現型)から原因が特定できるという間違った認識であると、指摘するくらいは出来る。
私がこのブログで、度々、『戦争解釈のナンセンス』『歴史的認識は単なる思想』と断じるのも、やっぱり、同じ理由だ。
人は、アプリオリに結果から原因は特定できると考えがちだ。
“線形”な結果が得られる実験などでは、原因の特定は簡単だろうが、非線形であったり複雑系であったりすれば、原因の特定なんて出来るわけもない。
人体が“複雑系”であることを疑う人はいないだろう。発がん物質と呼ばれるものを体内に取り入れた後、発ガンする人としない人がいるわけだからね。
『太平洋戦争を侵略戦争だと認識しないと、また、戦争を引き起こす国になる』っていう証明も出来ない“説”をもって、未来の結果を予測するのは、『納豆を食べてダイエットが出来る』と同じくらい“非科学的”な論証だ。
歴史が政治的判断を下す“エビデンス”として不適切な事を理解していない人が多いのと同様、医学が不確実なものであり、結果は確率論的に分散することを理解していない人も多い。
民主主義的に多数が“正しい”と認識していても、間違いは間違いなのだ。赤信号は皆でわたれば怖くないかもしれないが、正しい行為で、安全ということとは違う。
いや、もしかしたら、理解はしているが『理解したくない』人の数もかなりに上るのかもしれない。身内が亡くなって、『何故、○○さんとこのご主人も同じがんなのに、うちの主人だけ死ななきゃならないの?』と。
ただ、こういうエピソードに際し、現代人がこのような反応、すなわち不確実性を許容できなくなったのは、教育とマスコミが原因であるのは間違いないだろう。
マスコミは期待値と結果を同一視してしまう愚かな人間を作り出す。
それは、特にスポーツにおいても顕著だ。『国民がこれだけ応援している(金メダルを期待している)んだから、金メダルを取れる』と。もっと低レベルでわかりやすいのは、サッカーのサポーターだ。彼らは自分達を12番目の選手だと思い込み、一所懸命、応援するんだけど、ひいきのチームが勝たないと怒りくるって暴発する。
期待値を高めても、それは結果には繋がらないということを学んでない。応援して勝ったら喜び、負けたら悔しがる・・・・ここまで。これが、教育。(サポーターなんて、日本人の民族性・宗教観に合わない制度と言葉を持ち込んだマスコミの餌食になるのも、また、教育がなされていない証拠だ)
私は、大昔の生活(3~4世代同居)の信望者ではないが、現代人が人の死に直面することが極めて少なくなった事もこれを助長しているんだと思う。
いわゆる“死生観”ってやつだ。
『(病気が)治ってほしい』『死なないでほしい』と期待値が高ければ、期待はずれの結果に納得できなくなってしまう。朝、起きたらおじいちゃんが冷たくなって死んでいた。病院でなく、我が家で死を目の当りにしたら、違った感情が沸いてくることは、想像に難くないよね。(少なくとも病院で医師を罵倒しない)
教育の現場に宗教をもちこまないから、人の死について語れない。さらに持ち込んだらいけないといって、道徳教育をやめちゃった弊害もあるのだろう。(森喜朗元首相と同じこと言っちゃうもんね)
現代の日本人の大多数は“宗教”という言葉に“胡散臭さ”しか感じないんだと思う。
“胡散臭さ”を感じるだけならまだしも、死をも否定したがる。本来、否定の対象じゃないのに・・・・。
自分のことを考えてみても、“宗教”を学んでも、奇妙奇天烈な価値観に偏好するなんてことは、絶対ない。むしろ、立場の違いを通して、想像力がアップしたとさえ思う。
注意:想像力というのは、相手の立場に立って考えるってこと。
相手の立場に立って考えるってことは、相手を哀れんだり、感情移入することではないので、勘違いなきよう!!相手を哀れんだり、感情移入すると、奇妙奇天烈な価値観に偏好しちゃうから、要注意だよ!
ところで、『赤信号、みんなで渡れば怖くない』って感覚が、マラソンランナーの“先頭集団”とか“2位集団”などを形成してしまう現象と同じで、人間の本能・・・・というより、物理学の普遍の法則に成り立っているという事を、最近、知った。
あっ、知ったというのは、“マラソンランナーがグループを作る”って事で、それと『赤信号・・・』は同じじゃないかと、私のやぶにらみ。
物理学者の蔵本由紀は、お互いに影響しあう振動がどのような全体像を示すのかを理論的に解明した事で有名だ。それを、ストロガッツ(『SYNC -なぜ自然はシンクロしたがるのか』の著者)らがマラソンランナーに例えて解説していて、私は、最近、それを知ったのだ。
詳しくは、自分で調べてもらう事にして、ようするに、生きているってことは“振動”しているって事で、振動は“シンクロ”したがるものらしい。
振動がシンクロしないと、生物のサーカディアン・リズムが生まれないし、遺伝子の発現が制御されない。
実験で、同レベルのマラソンランナーを走らせておくと、平均よりちょっと遅いランナーは“追いつこう”とし、ちょっと早いランナーは“逃げようとする”ところで“シンクロ”し、いつまでも集団で走り続ける。或いは、一周遅れで追いつかれたとき、また、併走しようとするのもこの振動がシンクロしたがるからなのだそうだ。レベルの差がそれより大きい場合は、先頭集団、第2位グループ、第3位グループと、いくつかの集団に別れ、レベルの差が激しい場合は、ばらばらに走るのだとか。
生物の脳波やさまざまなシグナルが、3峰性になる理由がこれで説明出来るのだそうだ。
だから人間はデフォルトで『赤信号、みんなで渡れば怖くない』であり、そうならない為に“教育”が必要ってことなんだろう。マラソンで集団を作るのはかまわないけど、赤信号で横断歩道を渡る(病院で暴れる)のはマズイよね。で、因果律についての知識を得る事が、大事だって事は、いうまでもないっ。