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「小泉劇場第2幕」と「ねたみ」の脳機能

20090214_fMRI_Brain.jpg小泉政権時代の政策が格差社会を助長し“弱者を切捨てた”とか言って、これが世の中が荒んだ原因であると叫んでいる人がいる。

マスコミもこぞって、大衆がそういう価値観であるという前提で番組作りに励んでいるのだが・・・・。

なんか、ちぐはぐな感は拭えない。

現代人は、良い意味で“素直”になった。悪く言えば、自分の中の“卑しい”部分をさらけ出す事に抵抗感が薄れた。恥を恥とも思わなくなった。

今までは、『他人の不幸はみつの味』と感じてはいても、それはいわゆる“世間の誰か”が感じている事で、自分は『そんな卑しいヤツ』じゃないという体面を取り繕ろってきた。

そういう人が減ってきた。

『ねたみ』という感覚が、人類の歴史上、文化的にいつの頃から“恥ずべき”価値観になったのかは知らないけれど、人間が生きていく上で“必要”な価値観であったことは、間違いないだろう。

脳の機能として、存在するのだから。

ねたみの脳機能、明らかに 他人の不幸を喜ぶ部位も

2009年2月13日 提供:共同通信社

 人がねたみを感じたり他人の不幸を喜ぶ時に、脳がどのように働いているかを明らかにしたと、放射線医学総合研究所などの研究チームが13日付の米科学誌サイエンスに発表した。

 研究チームは19人の大学生に、自分は平均的な成績の主人公だと設定された台本を読んでもらった。台本には、進路の目標が同じで自分より優秀な同性の学生や、目標が異なり優秀でもない異性の学生が登場。

 脳活動の変化を、血流から画像化する機能的磁気共鳴画像装置(fMRI)でとらえると、優秀な学生に対するほど、身体的な痛みを処理するときに働く脳の部位の活動が活発になっていた。大学生に実際の気持ちを質問すると、ねたみも強くなっていた。

 次に、登場人物が食中毒になったり、就職した企業が経営危機に陥ったりするとの台本を読むと、優秀な学生が不幸になった場合ほど、お金などを受け取った時に機能する脳の部位が反応していた。

 同研究所の高橋英彦(たかはし・ひでひこ)主任研究員は「『他人の不幸はみつの味』と感じるメカニズムを脳科学的に明らかにできた。心理カウンセリングに応用できるのではないか」と話している。


一部の“物知り顔”や“マスコミ”が、小泉元首相が不幸な人間を作り出したというイメージを作れば作るほど、人間の本能的な、ねたみや他人の不幸を喜ぶ脳の部位を活性化し、小泉人気が上昇する。

私の感じる“ちぐはぐ”というのは、大衆は、《不幸な人間を作った悪人を忌み嫌う》というポーズすらとらなくなっているということを、まだ、マスコミは気づいていないところから来ている。

「小泉劇場第2幕」? 民主に広がる「埋没」危機感

2009.2.13 22:41  産経ニュース

 小泉純一郎元首相が麻生太郎首相を公然と批判したことが、民主党にも動揺を与えている。自民党の内紛は歓迎すべきなのだが、満身創痍(そうい)の麻生首相で早期に衆院解散・総選挙という政権奪取へのシナリオが狂いかねないうえ、郵政民営化をめぐる「小泉劇場」で埋没を余儀なくされた4年前の前回衆院選の“悪夢”がよぎるからだ。民主党は国民の支持が強い小泉氏の出方と自民党の内紛の行方に神経質になっている。

 小泉氏が首相批判をぶち上げてから一夜明けた13日も、民放テレビ番組はこぞって小泉氏の発言や自民党内の反応を伝えた。小泉氏に対するメディアの注目ぶりに、ある民主党幹部は「小泉劇場の幕が開いたな」とつぶやいた。

 小泉政権下の平成17年の衆院選前、自民党は郵政民営化の是非をめぐり党内が二分し、造反議員が除名処分や離党勧告を受ける事態に発展した。民主党は当初「自民分裂は願ってもない展開だ」と喜んだが、その後、造反者への刺客候補の擁立といった小泉氏の手法に関心が集まり、陰に隠れた民主党は惨敗した。

 これが民主党のトラウマになっており、党内には、「希代の名優」と評される小泉氏の“登場”に警戒感が漂う。簗瀬進参院国対委員長も13日の記者会見で「変な劇場政治を持ち込むことで焦点がぼかされ、政権交代を通じた日本政治のレベルアップが脇道にそれてしまう」と述べた。

 定額給付金に異を唱えた小泉発言を受け、民主党は給付金の財源確保のための給付金特例法案の参院での採決時期の再考を余儀なくされた。野党が多数を占める参院で否決後、衆院での再議決で自民党に造反者が出た場合、「自民党がつぶれるか、最高潮で生き返るかという2つの側面があるから厄介だ。自民党のお家騒動が主役になる可能性がある」(幹部)ためだ。

 民主党の輿石東参院議員会長は同日の参院議員総会で、自民党を揺さぶるために小泉氏がロシア訪問から帰国する20日以降に採決を先送りさせる考えを示した。その後の党幹部会では20日以降の採決を視野に、自民党内の動向を見極めた上で来週に判断することにした。

 一方、麻生政権が迷走する中、民主党内には次期衆院選での勝利を楽観視する空気もあった。だが「麻生下ろし」の動きが加速し、自民党の顔が代わる事態になれば情勢は一変する懸念も出てきた。小沢一郎代表は13日の幹部会で「混乱するのは自民党の方だ」と述べた。しかし、ある党幹部は小泉氏の影響力への不安をもらした。「小泉氏の政治に対する勘は、ものすごい。先がまったく読めなくなってきた」


劇場型は漫画に通じるという事は以前にも考察したが、【簗瀬進参院国対委員長も13日の記者会見で「変な劇場政治を持ち込むことで焦点がぼかされ、政権交代を通じた日本政治のレベルアップが脇道にそれてしまう」】などと、かっこつけたことを言ってみても、大衆は、たんに“漫画”が好きで、“漫画が好きな”麻生さんに親しみを感じて、一時、支持しただけなんだから、なんの意味もなさない。

大衆を“分別ある人達”だなんて、煽てるような事を言っても、効果は薄いのが現実なのだ。

というか、この“本音=大衆は深く考えてない”という事を前提にしないと、どんなに“高尚”な政治論をぶったとしても、空回りするだけになる。


ところで、この『ねたみ』に関して、大衆の感情・価値観をマスコミが誤認しているとハッキリとわかるのが、『天下り・渡り』問題への反応だ。

本来、人間は、頑張った人が高額な報酬をもらうことすら『ねたむ』わけだが、あからさまには言いづらい。しかし、マスコミが大義名分を与えれば、大声で『天下り・渡り、許さん!!』叫ぶと思っている。現に、マスコミは大声を上げている。

欧米ではあまり聞かない話だが・・・・。欧米人の感覚では、『頑張れば、高額な報酬を得られる。今は少ないけれど、そういう制度の下に生まれて幸せ』ということらしいのだが、日本人は、『今、少ない報酬が気に入らない。もらっているヤツはねたましく、自分は不幸せ』という違いなのかもしれない。

もっとも、このご時勢、日本の航空会社の社長が自ら給与カットを行い、安月給で身を粉にして働いている姿を欧米の社会はかなり評価したらしいし、『そういう制度の下に生まれて幸せ』というのは、『武士は食わねどたか楊枝』と同じなのだろう。。。

マスコミは『天下り・渡り』する人間を、“悪者”に仕立てて批難するよう仕向けているけど、もっともっと盛り上げるには、『俺達ゃ、ねたんでんだぁ』とやった方が、現代では効果的なのは間違いない。(ねたむこと自体への寛容と言えばいいのかも)

私は政権交代もありうる衆院総選挙では、まず、“教育改革”“年金・医療・介護制度改革”“外交”“憲法改正”を争点にしてもらいたいと思っている。

どの政党が政権をとるかは興味は無い。出来るやつがやればいいし、出来るやつにやらせたい。

医療の崩壊が叫ばれて随分経つが、m3.com などの医療従事者専門サイト内では、『ただ働きの研修医がいなくなったから』『仕事の無い事務方が経営のお荷物』などとの本音が出るのだが、全国紙やテレビ番組では、あいもかわらず、あさっての方向を向いている。

労働者の権利ばかりが主張されるあまり、研修医の人件費、必要の無い事務員の人件費のしわ寄せが、医療の中心になるべき医師の“立ち去り型サボタージュ”に繋がるのだが、大衆は実態を知らされない。

労働関連法は本来、能力という評価だけで分け与えられる仕事・職場における考え方の筈だ。なのに、免許を持った人間にしか出来ない職場にまで、拡大解釈してしまった結果、こうなったのだろう。医療事故に対する“業務上過失致死”を適用するのと同様に、かなり問題だ。


閑話休題。小泉元首相の政治家としての凄さは、人間の性質を知り抜いているところにあるのかもしれない。「小泉氏の政治に対する勘は、ものすごい。先がまったく読めなくなってきた」と、ある党幹部が言っているように。

国政は、外交、教育、防衛、、、、医療や介護などの社会保障を論じる場所の筈なのに、郵政事業がどうしたこうしたなんて、国でやろうが民間でやろうが、大差の無い(良い時もありゃ悪い時もある)を“政争の具”にする感覚、すなわち、大衆受けする“問題”をかぎ分ける能力に長けているのだ。(大衆だってシビアな問題の判断を迫られたら困る。かといってプライドもある。当たり障りの無い問題で侃々諤々させて自己満足させれば気分が良い。そういうツボを抑えてるんだよなぁ!小泉さんは)

バカな民主党は、外交、教育、防衛、、、、医療や介護などで一枚岩で纏まっていない現実もあるけれど、愚かな“政争の具”に乗っちゃう。共産党の方がよっぽどしっかりとしたポリシーを持っている。


で、こんな事を書いていると、いつも辿り着くのが、『議会制民主主義の下では、国民のレベル以上の政治は出来ない』。。。。。

さらに、最近では、『人の世はなるようにしかならない』と感じてしまう。


人間が、動物としての自分を曝け出しはじめている。羞恥心を失った若者をとやかく言うのは簡単だけど、ある意味、日本のルネッサンスなのかもしれない。

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2009年02月14日 11:57に投稿されたエントリーのページです。

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