ヒヤリ・ハットとして、医療人なら誰でも知っている間違いの組み合わせだ。
わかっていても、間違ってしまう。。。。。。
そう、わかっていても、ついに私もやってしまった。
結果から言うと、間違って交付してしまったアルマール錠10mgは、患者さんが薬局まで持って来てくれて、アマリール錠1mgと交換することが出来た。
さらに結果から言うと、この“事故”でトラブルにならなかったのは、事前に『違う薬を手渡してしまった可能性がある』と、患者さん本人に連絡をいれてあったからだと思われる。
それに色々なエピソードが加わって【誤薬を服用してしまう】という最悪の事態を免れることが出来たものと思われる。
『・・・である』と断定的に表現できないのは、一般化することが、かなり困難であると予想されるからだ。このタイトルのエントリーだと、だぶん、同業の方の閲覧が多いはず。その方達に、あやまった情報を発信してしまう事にもなりかねないし、個人が特定されかねないので、詳細は避けるが、さらに、自信がないのは、すべて結果論だからだ。。。。
私自身の事を言うと、、、さすがに、、、、いや、「さすがに」じゃないな、「やっぱり」だなっ。そう、やっぱり間違いが発覚してからは、眠れぬ夜を過ごした。
二十数年の薬剤師生活で、眠れぬ夜は何度かあったけど、やっぱり嫌なものだ。間違った薬で患者さんの身体を傷つけてしまうのかと考えただけでも、いたたまれない。幸い、私の場合は、眠れぬ夜を過ごした後、結果的に最悪の事態にまで発展したことが無かったが。
調剤や服薬指導って、意外と一例ずつ記憶に残るもので、間違えた場合、なんか、嫌な気分になる。「アレっ!さっきの・・・・・」とか「うん?昨日の・・・・」と。それで、患者さん本人に連絡を入れてみて「あぁ、やっぱり」となることが、間々、あるのだ。
でも、大半は、そんな閃きに近いような感覚にはならないんだけど。。。。
今回も、偶然、、、というか、必然というか、在庫の残数がコンピュータの理論値と合ってなかった事が、気づいたキッカケだ。ただし、アルマール錠の方なんだけど。こうなれば、アマリール錠の確認を取ることは、当然のこと・・・・・なのだが。。。。
どうして?、しかも、業務中に?アルマール錠の実在庫数と理論値を確認したのか?は置いとくが、結局、結果オーライをさかのぼってその原因を探ったとしても、それは意味を為さないであろう。
世の中の因果なんて、おしくら饅頭のごとくである。おしくら饅頭では『誰のせいで南南東に移動したんだ?』なんて、誰も知ろうとしないし、知る事が可能だとも思わない。
しかし、『世の中の因果なんて、おしくら饅頭のごとくである』ってわかっていても、見掛けが“おしくら饅頭”じゃないと、因果は探ることが可能であると思ってしまう。
悲しい人の性だ。
『坂の上の雲』は佳境に入った。気になっていた最後の段階だ。文庫本では第7巻の途中に差し掛かっている。
今まで、日本の近代史に関わる小説や資料の類など、一切、読んだことが無かった私は、難しいな!複雑だな!なかなか覚えられないな!という中学、高校の頃のテストの苦い記憶と相まって、『日本史で面白いのは、幕末から明治以降の近代史である』という人の気が知れなかった。
しかし、なるほど、歴史は人を中心に据えると、把握できるようになるものである。
この本のおかげで、私の中では夜道に明かりが灯ったみたいだ。
私がブログで『坂の上の雲』を取り上げる場合、作者の断定的な歴史観、因果関係の論証にバイアスが掛かっている事、さらに、レトリックの多用に辟易する事だけを取り上げているので、『なんで、文句いながら読んでんだ?』と疑問に思われるかもしれない。
まぁ、それはいいとして、時間の経過、ストーリーの展開する部分については、瀬名秀明の「パラサイト・イヴ」や「ブレイン・バレー」に通ずる面白さがあるのだ。
99%の事実に1%の虚構。この1%が“効く”のだ。『坂の上の雲』で織り交ぜてある虚構が何%なのかは知らないが。
おしくら饅頭では、参加する全ての人の“影響”で移動する“方向”が決定されているのが、一目瞭然だ。
だが、歴史的な結果をそれ以前に遡って“原因”を見つけようとする場合、“影響”を与えるであろう“全ての人”を選択することは不可能だ。
要するに、作者が“虚構”を用いなくても、証拠とする“事実”を取捨選択するだけで、“影響力”の評価に印象を持たせることが出来る。すなわち、“事実”+“事実”=“虚構”にもなりえるのだ。
著者の歴史観に“バイアス”という言葉を使ったのも、そういう理由からだ。資料収集と選択の段階で限界があるということ。
閑話休題。私の“ヒヤリ・ハット”の経験が、全て【誤薬を服用してしまう】という最悪の事態を免れた原因は、、、、私が『これだっ!』って思う原因を提示することによって、本来なら、あまり関係のなかった事が“誇張”されて伝わってしまう可能性がある。
その為に、ここに書かなかった。
おしくら饅頭のように、“全て”の“影響”を知りたいなら、私の職場で、私を観察するのが良いと思う。
でも、おしくら饅頭のように、どの影響が強いのかは、わからないも。
私をつぶさに観察して、その内の一つ二つを真似したとしても、“事実”+“事実”=“虚構”になってしまうかも知れず、別な職場では、ヒヤリ・ハットを助長してしまう事になるかもしれない。
だから、薬剤師は各自、職場、職場で知恵を絞って欲しい。
ましてや、『全て【誤薬を服用してしまう】という最悪の事態を免れたって』いうのも、私が知らないだけ、患者さんが愛想をつかして来なくなっただけで、私の誤認かも知れないのだから・・・・・。ワハハハハ・・・ハぁ