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2009年05月 アーカイブ

2009年05月08日

見たいものしか見ない

20090508_looking.jpg人は、見たいものしか見ない。どんなに客観的に見ているつもりでも。

これは禅問答でもなんでもない。どんなに自分が客観的に見ているつもりでも、その「自分が見る」という行為が、すでに、主観的なのだ。

これは、物理学では、随分以前から“観察者”という“主観”で認識されてはいたものの、それ以外の分野では、あまり意識されては来なかった。

それ故、大衆はその道の大家と言われる権威者の“主観”に惑わされることになるワケだが・・・。
 
 
 
さて、マスコミの報道姿勢こそ、インフルエンザウイルスよりも“警戒レベル6”だなぁと感じる今日この頃、皆様、いかがお過ごしでしょうか?

神経:ニューロンの「バック・トゥ・ザ・フューチャー」

Nature vol.459 (7243), (May 2009)

感覚ニューロンに動物の次の判断を予測する能力があるかどうかについては、10年ほど前から大きな関心が寄せられており、感覚ニューロンの活動が何らかの仕方で適切な判断をもたらしているという見方が強まりつつある。

しかし今回、H NienborgとB Cummingは、サルにビデオ上での両眼視差識別課題で選択を行わせる研究から、こうした見方が単純すぎることを示した。

彼らの実験データからは、因果関係はむしろその逆であって、まず判断がなされ、その判断自体が感覚ニューロンの応答を変化させることが明らかになったのである。何を見ようとするかによって、見えるものが変わるのだ。


Letters to Nature p.89


ところで、騙し絵というのを見たことがあると思う。

人間は、身の回りのことを自分の目で“ありのまま”見ているかのように思っているが、網膜からの情報は、電気信号に置き換わり、脳が像を“再構築”している事を実感できる“絵”だ。

この論文は、その事を説明するためのものではないが、自分の周り360度の像のうち、注意を向けられるのは“全て”ではなく、実はごく一部の像しか見ておらず、尚且つ、視覚情報を脳で再構築する際に、生まれてから養った経験(シナプスの取捨選択)で補っているため、そこに、『見たいものを見てしまう』という状況を生むことになるという事を説明できる。

実際は凹んでいるにもかかわらず、凸んでいるように見えてしまうのは、「その形なら、それは凸んでいる」と判断した(生まれてから養った経験による)後に見るために、視覚神経から得られる筈の“凹んでいる”と判断できる情報を除去してしまう・・・・・・。


マスコミは人の注意を向けさせる術は知り尽くしている。神経生理学的なことは知らなくても、人は「見たいものしか見ない」という事を経験上、知り尽くしているのだ。

そして、「見たい」と思わせる術も知り抜いている。


豚インフルエンザウイルスの報道で、まず、大事なのは『強毒性か弱毒性か?』だ。逆に言えば、『強毒性か弱毒性か?』により、伝えなければならないことは天と地ほどの差がある筈だ。

しかし、WHOがどんなに『警戒レベルは病原性の強弱とは関係なく、感染地域の広がりを示す値である』『今回の豚インフルエンザウイルスは弱毒性だ。パニックになるな』と言ってみても、マスコミにかかれば、その情報は付け足しのように『尚、WHOによれば、、、、との見解を示しています』と、サラリと軽く扱われてしまう。


人が「見たい」と思わなくなるような“報道”は、彼らにとってみれば“背任”に当たる行為なのかもしれないけれど、『人の知る権利』などと大層な御託を並べるのなら、自分達の行為にも“モラル”を持ってもらいたいもんだ。。。。。。

マスコミにとってみたって、一時的に自分達の利益に反することになったとしても、廻りまわって自分達の利益になる筈(互恵的利他行動)。こんな目先の利益ばかり追っていると、最後に相手にされなくなるぞっ・・・・っと。

2009年05月15日

喫煙者に朗報!

20090515_smoking.jpgサブタイトルは「遺伝子多型をわかりやすくっ!」。。。


遺伝子多型って、その意味するところは、わかる人にはわかるんだけど、わからない人にはちっともわからないって言葉の代表なんじゃないかと思っている。

で、これを“体質”とか“個人差”という日本語に置き換えると、とたんに“眉唾”っぽくなり、なんだか“適当にごまかして”いる印象を与えかねないので、説明するのにも歯がゆい思いをしていた。

誰でも理解できる表現形が、遺伝子の生命現象に及ぼす影響とリンクしていれば、話は簡単なんだけどなぁ・・・・と。

と、思っていたところ、東京大学の中村祐輔教授と松田浩一助教がやってくれました!!

お酒の“強い・弱い”って、誰でも知ってるし、経験もしていると思う。

こんな単純な“判定方法”で、タバコが「自分にとって危険かそうじゃないか」がわかるようになったんだから、これは、とっても、素晴らしい。

ただ、チトクロームP450によるミクロソーム-エタノール酸化系による代謝(MEOS)が誘導されていて、ある程度“飲める”ようになってしまった人(酒に強くなった人)が、勘違いする“危険”はあるにせよっ!!!!!だっ。

お酒弱いのに飲酒・喫煙、食道がんのリスクは190倍


2009年5月14日 提供:読売新聞


 顔がすぐに赤くなるお酒に弱い体質の人が飲酒と喫煙をすると、食道がんになるリスクが、飲酒も喫煙もしない人に比べ、最大190倍も高くなることが、東京大学の中村祐輔教授と松田浩一助教の研究でわかった。

 同じ体質の人でも、飲酒・喫煙をしないと、リスクは7倍程度に下がった。体質を理解して生活習慣に気を配ることで、予防したり、早期発見したりできると期待される。

 研究チームは、食道がんの患者1070人と健常者2832人で、約55万か所の遺伝情報の違いを比較。発がん性が指摘されているアセトアルデヒドをアルコールから作る酵素と、アセトアルデヒドを分解する酵素の二つが、食道がんのリスクに関連していることを突き止めた。

 アセトアルデヒドはお酒で気分が悪くなる原因物質で、たばこの煙にも含まれる。顔が赤くなるのは、アセトアルデヒドの分解能力が弱いためで、日本人の4割がこのタイプ。アセトアルデヒドを作る働きが弱いと、気分が悪くなる前に、ついつい余分に飲んでアセトアルデヒドが増える。

 飲酒・喫煙の影響についても調べたところ、お酒に弱く二つの酵素の働きが弱い人が、1日缶ビール1本以上の飲酒と喫煙をすると、相乗効果が働き、お酒に強く飲酒・喫煙をしない人に比べ、食道がんのリスクが190倍も高くなっていた。


近年、喫煙者は肩身が狭い。

まるで、喫煙自体が“悪”であるかのごとくの扱いだ。喫煙者を見る目が『タバコの害も知らない無知・無教養めっ』て雰囲気もある。

しかし、100歳を越えた老人が美味そうにタバコを“呑んで”いる映像をみれば一目瞭然なように、100人中100人にとって“害”があるわけじゃない。

タバコが毒になる体質の人だけに、『健康を害する』という事が言えるのだ。

だが、今まで、『じゃ、どんな人が“タバコで被害を受ける”んだよ?』の問いに答えてはこれなかった。それが、昨日からは、『あんた、お酒は強いのかい?』と聞けばよい。


---めでたし、めでたし---


って、バカっ!!

こんな事を言いたいんじゃない!!この記事をエントリーのネタにした意図は、こんな所にあるのではない。

タバコを吸っている人を、十把一絡げで、非難している風潮が問題なのだ。

喫煙者が肩身の狭い思いをしている原因は、一部の喫煙マナーの悪い人間が原因の筈だ。

だが、どういうわけか、日本人の習性として(マスコミでは顕著だが)、マナーの悪いヤツが少数の人間だと、(尚且つ国民や庶民といったレベルの人間だとてき面に、)その人に対して“強く”言えなくなっちゃう。個人攻撃は野蛮だ、(弱者の)言われる身にもなってみろ・・・・みたいな感じでさっ。
これが総理大臣や有名人なら、どんな些細なことでも、大問題にして個人攻撃をするくせに・・・ねっ。

1億数千万人、みんな“いい子ちゃん”になりたい症候群かよっ!?って感じだよなっ!!

キモイったらありゃしない。

でも、ホントは、個人攻撃される側の気持ちなんて考えている訳なくって、マナーの悪いやつを吊るし上げるべきところをやらないのは、勇気がないだけなんたよネ。逆ギレされたら怖いし・・・って。いきおい、マナー良くタバコを吸っている数多くの人を含めて対象にして、安全に“息巻く”事になっちゃう。

自分の身を安全なところに置いといて、それで“吼える”なんざぁ、かっこ悪いったらありゃしないよな。


私なんぞ、歩きながら吸っているタバコを目の前でポイってやるやつを見ると、後ろからバットで頭を殴りたくなる。(タバコのポイ捨ては軽犯罪だよなぁ?私のような一般人が現行犯逮捕してもいいのかねぇ?)

マジ、むかつくもんね!こういうヤツ。

でも、手を出したら、自分の手が後ろで“お縄”になっちゃう。

こんなIQ低い(歩きタバコでポイするヤツはIQは低いんじゃないの)ヤツに関わって、自分の人生、棒に振りたくはねぇから、やらないけどさぁ!


オイっ!タバコポイ捨てしているヤツらっ!

お前ら、後ろから睨まれて、殴りたいって思われていることを肝に銘じておけ!

そして、ポイ捨てしながら安全に暮らせてんのは(後ろから殴られないですんでるのは)、バカにかかわってババ引きたくないって思うからなんだぞ!!そこんとこ、良く、覚えて置けよっ!!
 
 
 
って、思いっきり、脱線してしまったが、実は、ここに腹黒い“思惑”を感じるからエントリーしたのだ。

十把一絡げで、喫煙を悪者にするのは、禁煙産業(医療機関も含めて)にとって、“売り上げ貢献”のなにものでもないから・・・・って言うことを感じるからなのだ。

タバコによって健康を害するから、喫煙者の皆さん、病院に行って禁煙しましょう!!

って言えば、喫煙者が全員、お客さんになる。

ところが、喫煙が健康を害することは、これこれこういう遺伝子を持った人、こういう体質の人・・・・って事になっちゃうと、大義名分(健康でいること)が効かなくなっちゃう。

で、やがて訪れるであろう、こういう時代をにらんで、十把一絡げで“悪印象”を植え付けとけって意図を感じてしまうのだ。

十把一絡げで、メタボを病院送りにしようとしているのと同じだ。

やがて訪れる、『こういう体質の人は、太っていたらイカンよっ』って時代に、売り上げを減らさない為に。

繰り返し、繰り返し声に出していると、間違ったことでも正しくなっちゃうからね。これを狙っているんだよな、ヤツらは。
 
 
 
さて、マスコミや禁煙産業関係者が、タバコの害と遺伝子多型をどの程度、重要視して取り上げるか・・・・・、楽しみである。

2009年05月20日

インフルエンザ狂騒

20090517_gene.jpg人伝に聞いたところによると、もし、東京でも新型インフルエンザの発症例が見つかったら、学校関連の体育大会は全て中止にするという通達が文科省から出ているとか!


・・・・・もしかしたら、夏の甲子園大会は中止になるかも・・・という訳だ。


弱毒性だってアナウンスがあったにもかかわらず、大騒ぎしているマスコミは、ネタにして盛り上げるだけ盛り上げて、高校球児の夢を奪いって後は、そ知らぬ顔・・・・なんだろうなぁ。

厚労省にしても、弱毒性とアナウンスするまで、モタモタ、、、、、情報収集といいながら、、、、って、役人の情報収集は、何もしないこと・・・・だからしょうがないかっ!

で、一般大衆は、、、、マスコミの“ネタ”に簡単に騙されて、パニック・・・・になっちゃう。

マスクがインフルエンザの感染予防になるエビデンスは世界中を探しても何処にもないのに、マスクを欲しがる人が後を絶たず・・だもんなぁ。

マスクは感染者がウイルスを撒き散らすのを、少しは防げる程度、、、、という事を正しく理解して着用している人はどれ位いるのか??

正しく理解して着用している人の形だけを真似る人が多くなれば、それをマスコミがカメラに収め、、、、恣意的に利用する。つまり、マスコミは、映像に映っているマスク着用者の着用理由の統計を出さず、マスクの効用を正しく伝えず、ただ、意味ありげに映像だけを流すわけだ。

映像の前では、コメンテーターやら“先生”と呼ばれる人物、はたまた“医学博士”が登場し、番組の方針通りに“解説”させられる。大衆は勝手に“感染予防になるんだ”と解釈。我先に薬局やコンビニに買いに走る。。。って流れなんだろうなぁ。


今回の騒動ではっきりしたのは、マスコミの影響力と役人の“責任逃れ”って事なんだろう。

マスコミの影響力はほんと凄い!天下を取っているよ!誰もかなわない!!!!!そして、役人の仕事に於けるプライオリティはやっぱり“責任逃れ”としか思えない。

かなり早い段階で、新型インフルエンザは“弱毒性”だと言われていた。何故、日本の政府・厚労省は、今の今まで発表出来なかったのか???

まぁ、なんにしても、これから気温が上がる。インフルエンザウイルスの感染力は落ちる


マスクを大量に買い込んだ人には気の毒だが、使い切る前に、流行は納まるだろう。これと連動してマスコミも“ネタ”にしなくなる。結局、踊らされた大衆が馬鹿をみる。。。


でも、、日本人って、どうしてこんなに単純なんだろう??騙されやすいんだろう???馬鹿なんだろう?????行動を同期させたがるんだろう?????※1


まぁ、なにんしても、大衆が騒がなければ、役人は萎縮せず過剰反応せず仕事をするだろうし、マスコミはネタにしなくなるんだろうから、高校球児に野球をやらせてあげたかったら、また、自分達も高校野球をみたければ、弱毒性のインフルエンザごときで、大騒ぎしないほうがいいんじゃないかな。

結局、日本の大衆には、正しい知識より、『インフルエンザで騒ぐと高校野球・甲子園大会が無くなるぞ』って、やる方が効果的なんだろうなぁ・・・・・。


※1:関東大震災の時に、デマにより数多くの朝鮮人が日本人になぶり殺しにされたが、こういう一面を垣間見た気がした。。。kmoto さんによれば、関西では、マスクをしていないと白い目で見られるんだとか。。。。日本人の“他人と同じでないと不安”“自分と同じ価値観じゃないと不満”という気質は集団になると恐ろしい・・・馬鹿の一言では片付けられない。。。。

2009年05月22日

天使と悪魔

20090522_angels_and_demons.jpg昨日、妻と娘と、天使と悪魔を観て来た。

娘は学校、妻は仕事が終わってから出かけたので、6:05pm からの上映を観る事になってしまったのだが、、、妻は子供の教育上、夜更かしは厳禁だと信じて疑わない人なので、映画から帰ってきたらすぐさま寝かしつけるために、私は映画に行く前に娘をお風呂に入れて(小学1年生)から出かけるハメになったのだった。


夜更かしは、良くない!  人間、やっぱり早寝早起きが一番!!って思っている人は多い。

それに、朝型の人の方が夜型の人より“優れている”と思っている。

しかし、最新の研究では、睡眠を制限するという負荷をかけた時、夜型の人の方が耐性、すなわち、注意に関連する脳領域の活性が落ちないことが判明した。

多分、『学校のテストや入学試験は午前中にあるから、朝型に切り替えろ』という学力試験対応戦略が、朝方が優秀という誤認識に至ったのだろう。一事が万事ってことんなだろうな。

早起きと夜更かしの比較(Early Birds and Night Owls)

Science April 24 2009, Vol.323

一日を通してみると、認識能力は日周プロセスと恒常的な睡眠欲求の混ざった影響下にある。

朝が最高潮の人から夕方が最高潮の人まで様々なタイプの中から朝型と夜型の両極端の被験者を使い、Schmidt たち(p. 516) は、10時間以上覚醒状態に置いた場合、朝型の人は夜型の人に比べ注意に関連する脳領域の活性が落ちることを見出した。

更に、朝型の人は、より眠気をもよおし、注意を要する課題の効率が遅くなる傾向がある。

適当な時間にバランスよく眠ることが毎日の行動パターンを制御する上で重要であると思われる。

Homeostatic Sleep Pressure and Responses to Sustained Attention in the Suprachiasmatic Area
p. 516-519.


思い込みっていうのは、恐ろしい。

思い込みが恐ろしいといえば、何か事が起きた時、人は、それに対応するべく“脳を使う”わけだが、ここでも、人によって使う脳領域が違うことが明らかになった。

使う脳領域が違うんだから、その結果である“行動”に差が出るのは仕方がない。

いろいろゲームをする(Playing More Games)

Science April 24 2009, Vol.323

戦略的意思決定や社会的選好の根底にある神経メカニズムは、実験的な「ゲーム」によって解き明かすことができる。

2者によるゲームのうちの支配可解(dominance solvable;一歩一歩慎重なる推論により解いていく)ゲームでは、採用するのが最適な1つのやり方であるユニークな戦略が出現する。

というのも、そのやり方は相手方が何をするかによって打ち負かされることがないのである。

別のクラスのゲーム(coordination game;直感により解いていく)では、唯一の解というものはなく、最適な戦略はプレイヤー同士が互いに協調することを必要とする。

それは、明示的情報交換がないという条件下で、「心を合わせること」が生じるということである。

Kuoたちは、これら2つの種類のゲームを行っている被験者たちの神経画像化処理を主導し、従来慎重かつ努力の必要な推論に付随しているとされてきた脳領域が、支配可解ゲームの際に活性化し、一方、協調ゲームの際には、社会的プロセシングに結び付く別の脳領域が中心となって作用しているということを発見した(p. 519)。

Intuition and Deliberation: Two Systems for Strategizing in the Brain
p. 519-522.


例えば、今、大騒ぎしているインフルエンザ対応も、人によってかなりの差がある。

この論文に当てはめてみると、インフルエンザに対する知識がある人は、支配可解ゲームで使う脳の領域で考え、知識が無い人は coordination game で使用する脳の領域で考える、すなわち、自分にとって危険かどうかを直感で判断する・・・っゆー感じだと思うんだけど。

直感で判断する人達にとって、その時に流行っているインフルエンザウイルスが危険なものかどうかを判断するより、周りの人はどう対応しているのかの比重が高いんだろう。

っていうか、マスコミによって、インフルエンザウイルスのビルレンス(病原性)の強弱以外に、ナンセンスな余計な情報がもたらされ過ぎて正常な判断力が削がれ、「こんなに報道されるんだから、なんか、ヤバイんじゃないの」って思い込まされた結果として見るべきなのかもしれないが。※注

しかし、『明示的情報交換がないという条件下で、「心を合わせること」・・・』っていうのが、皆でマスクするっていう現象と似ていて、、、、、、怖い。


このように、ある出来事に、脳のどの辺を使うのか?って事は、天使と悪魔で語られる科学と宗教、宗教をどのように捉えるのか?って事にも繋がっているんじゃ?ってふと、思ってしまったのだ。


余談になるが、映画からの帰り道、車のラジオからは東京での発症例をネタにしたトーク番組が流れていた。コメンテーターは、とある医師(女性)の方。番組ナビゲーターの質問も突飛なら、それに答える医師の回答も免疫学を知っているのか?と言えるほど、お粗末なものだった。。。。だが、免疫学を知らなければ、十分、納得させられるほど、話の進め方はロジカルではあったのだが、、、


結局、問題なのは、医学の未熟さで、映画・天使と悪魔の中で語られる『・・・宗教も過ちを犯す。だが、それは人間の未熟さゆえ・・・』というものと同レベル・・・・・って感じてしまった。

そもそも、インフルエンザの病原性を問題にする時、医学は人間の個体差を加味しなければならないから、個人的な予見、確定的な事は、何一ついえなくなる。“決定打”として語る為には、100人居たら、100通りの説明が必要になるわけだ。。。。

しかし、現実には、そんな医学的な研究は不可能。

あらましの人にとって“弱毒”であっても、その機序はどうであれ、不幸の転機を辿った人、その家族にとっては、“弱毒”ではないわけだ。そういう人は、なににすがるかと言えば、、、、、


寺田寅彦は忘れた頃にやって来る」によれば、関東大震災でのデマから日本人が在日朝鮮人を虐殺してしまったことに対して、寺田寅彦は、科学的な考察をすれば、井戸に毒を入れて放火するなんて事が、簡単に出来ないことなどすぐにわかりそうなものなのに・・・と痛烈に、当時の庶民の科学的な常識の欠乏を嘆いている。

著書は、「そうはいっても、非常時に常識的な考え方をせよっていうのも酷なんじゃ?」と書いている。まぁ、それはそれで言えてる。が、それはいいとして、

物理の真理は、万人にとって、一つだ。E=MC^2 は人によってまちまち・・・なんてことはない。間違っちゃいない。だが、、、、

医学は、極論は、個人の数だけ真理がある。

問題を、医学的に切るのは、、、、いつまでたっても、無理なんだろうなぁ。そもそも、医学は科学にはなりえない・・・・。

私は、リチャード・ドーキンスの事を崇拝している・・・・・・が、ドーキンスが宗教を忌み嫌っているのだけは、同調できない。ジェイ・クールドにこそ同調出来る。

やっぱ、宗教は必要だと思うよ!  神の存在を信じるとか信じないとかいう話じゃなくって。


マスクをすることで、本人の気持ちが“不安”から免れるなら、科学的な根拠は“ゼロ”でも、それにすがる、、、宗教と同じ扱いでいいのかもしれない。。。。

というより、現代の医学は、見方によれば、患者の気持ちを癒す宗教の一つとも見なせるのだからね。

でも、ひとつだけ、やめて欲しいのは、「お前も、マスクしろっ!!」とても言いたげに、人を睨みつけるような行為や発言、自分の信念を他人に強要する事だ。

思い込みは、いいんだけど、こうなると、恐ろしい。


※注:季節性インフルエンザの感染力だって毎年変わる。なのに基準を提示せず、新型は感染力が強い・・・・とか、非科学的な事、言ってるよね。。。ジャイアント馬場は強いって言うのと似てるよ・・・苦笑。それに、感染力と病原性を混同しているふしも見られる!?

2009年05月24日

タミフルやワクチンはインフルエンザに効くのか?

20090524_pieta.jpgまず、タミフル。

非常に難しい質問です。何を以って効くとするのか、、、、『効きます』と答える側と『効くのですか?』と質問する側、特に質問する側が患者であった場合は、間違いなく、答える側と想定しているレベルに食い違いはあるだろうなぁ。

例えば、『5日間の発熱が3~4日間に短縮する』という事を“効く”とするなら、タミフルは効くということになるだろう。

ただ、『効くのですか?』とわざわざ聞くときは、重症化して死んでしまう場合にも『効くのか?』という事を知りたいはずだ。


現在、わかっていることを書き出してみると。。。。。

タミフルは「インフルエンザ脳症」(インフルエンザの重症化)を予防しない。

インフルエンザウイルスの“強弱”とは関係なしに重症化する場合は、サイトカインストームによるものであり、タミフルやリレンザなどノイラミニダーゼ阻害剤は、単に増殖したインフルエンザウイルスが細胞から離れるのを阻害するだけだから、病院にいって、タミフルを処方してもらう段階、すなわち、検査してインフルエンザウイルスの存在が判明する段階では、すでに病態形成が進行しているわけだ。

発熱をみてからタミフルを服用する頃には、軽症例ではウイルス量は減少し始め、サイトカインストームが生じるような例では、すでに病態形成が進行しる。

いずれにしても、病勢の減退や進行に、タミフルは影響を与えない。軽症の場合楽にはなるけど。

よって、インフルエンザウイルスの“強弱”とは関係なしに重症化する場合は、タミフルは『効かない』と言う事になる。


では、強毒性のウイルスだった場合は、タミフルは効くのか?

まず、その前にちょっと前に香港で流行したH5N1型鳥インフルエンザウイルスの毒性のパターンを見てみると、、、
このウイルスは、通常のインフルエンザウイルスと異なり、インターフェロンやTNF-αの抗ウイルス作用に対して耐性を有していることが確認されている。これも、強毒性といって差し支えないだろう。だけど、人から人への感染力が少ないから、公衆衛生学的には脅威ではない。個人的には脅威ではある。だから、この場合は罹患の確率の問題で『怖くない』という感覚になる。罹患するけど重症化しないし・・という『怖くない』ではない。

新聞等でもご存知のことと思うが、インフルエンザウイルスが人の細胞に吸着するために使う鍵のようなものが、HA(ヘムアグルチニン)で、これには16種類が知られている。一つの細胞に入り込んで増殖し、その細胞から脱出し他の細胞へ向かう為の鍵のようなものが NA(ノイラミニダーゼ)で、これには9種類が発見されている。

ヒトに感染する HA は H1~H3、NAはN1とN2が確認されている。

鳥のH5は特別な例外を除いてヒトには通常感染しない。

ちなみに、鳥に感染する H1 のウイルスはヒトには原則的には感染しないといわれている。この為、今回の騒動が起きたものと思われる。(基本的に、なんで騒ぐのかわからないし、マスコミのネタだと思うが・・・・)

その理由は、HA(ヘムアグルチニン)の鍵穴(錠前とでもしておく)であるシアル酸(SA)が鳥とヒトのでは立体異性体の関係にあり、鍵穴(受容体:galactose)への結合方法が異なるためである。そのため、一部の例外を除いて原則的に相互に感染しない。
ただし、症状が出ないすなわち不顕性感染はありえる。結合が少ないので病気の程度が軽いというわけだ。空港でチェックしても意味が無いのも、冷静に考えれば事前に判ること。
で、このインターフェロンやTNF-α耐性は、NS1遺伝子が関与していると考えられる。ということは、宿主(この場合ヒト)の持っている自然の抗ウイルス作用が全く働かず、ウイルスの増殖速度は、とっても速い・・・・・・。

当時、香港ではタミフルを2倍飲んでも、、、効かなかった。。。。と報告があった。


もう一つの、いわゆる典型的な『インフルエンザウイルスの強毒株と弱毒株』--Q&A-- にある強毒性の場合、人から人への感染力が多い、少ないは、この変異が規定するわけではない(?)。(シアル酸認識部位じゃないんだから・・・でいいんだよね??)

だから、理論的にはウイルスの量を減らせる、すなわち新たな細胞に吸着して進入する事を阻止できれば、病態形成の進行を食い止められそうである。

ただし、このタイプの強毒性ウイルスが感染後、発熱などの症状が出のまでの間に、全身の細胞に到っていれば、「効かない」ということになる。この辺がどうなのか、私にはわからない。

まだ、他にも書いておかねばならないこともありそうだけど、、、まぁ、いいかっ!夜も更けてしまったし、明日は娘と遊ぶ約束をしているし、さっさと、、、、、


というわけで、次に、ワクチンだが、、、、ふわぁ~、頭がぼぉ~と、してきてる、、、これじゃ続けらんない、、、、、。

というわけで、ワクチンに付いては、明日か明後日か、、その内、思いつくままに書くことにする。

ワクチンが予防効果があるのか無いのか、これも色々な要素があって、一言では言えない。

要は、このエントリーの目的は、インフルエンザ騒動を機に、自分の頭の整理、、、、、それと、ここ【マリンパの雑感】を読んでくださる方が、マスコミの単純で安直な“決め付け(誘導)”に流されないために、、、、、わけわかんなくさせ、、、、さらに不安に陥れる・・・・・・・・・・って事なのか・・・・

(。_゜)☆\(ーー;)バキッ

って、冗談はさておき、次回までに、下の引用でも読んで、暇を潰しておいてくだされ。

免疫:生涯働き続けるインフルエンザ抗体

Nature vol.455 (7212), (Sep 2008)

1918年のH1N1型インフルエンザの世界的大流行を生き延びた人たちの血液から、このインフルエンザウイルスのタンパク質に対する中和抗体が単離され、免疫応答の持続性についての新しい基準が得られた。

血液標品は、1918年当時2歳から12歳だった、現在91歳から101歳の生存者32人から集められた。

すべての血液標品が最近再構築された1918年ウイルスに対して血清反応性を示し、また一部の標品からは、記憶B細胞を単離して、培養・増殖させることができた。

このB細胞は1918年ウイルスのタンパク質の1つに対する抗体を産生し、この抗体は1918年ウイルスの致死性感染からマウスを防御した。

このことは、1918年のウイルスに似た新興ウイルスの治療にこのような抗体が有用である可能性を示唆している。

Letters to Nature p.532


インフルエンザとの戦い(Fighting Flu)

Science April 10 2009, Vol.323

現在のほとんどのインフルエンザのワクチンは、主要表面抗原の赤血球凝集素(HA=antigen hemagglutinin)上の超可変領域(hypervariable regions)を標的として抗体を誘発し、特定のインフルエンザ系統と宿主細胞の結合を妨害する。

最近になって、もっと広範に有効な中和抗体が報告されたが、これによってもっと一般的な治療法が可能になるかも知れない。

今回、Ekiert たち (p. 246, および、2月26日の電子版も参照)は、中和スペクトルの広いヒト抗体CR6261が2つの異なるHAと複合体を形成している抗原結合領域の結晶構造を決定した。

2つのHAとは、1918インフルエンザウイルス、他の1つはH5N1トリインフルエンザウイルスである。

結晶構造から、中和のメカニズムが明らかになった。このような結合エピトープ(抗原決定基)を分子レベルで理解することによって、ワクチンや薬剤の設計方針の助けになるであろう。

Antibody Recognition of a Highly Conserved Influenza Virus Epitope
p. 246-251.

2009年05月25日

抗原原罪

20090525_adam_eva.jpgサブタイトル『インフルエンザワクチンと免疫の問題』

原罪(げんざい、羅: peccatum originale)とはエデンの園において人類の始祖であるアダムとイヴが最初に犯したとされる罪、およびその罪が人間の本性を損ね、あるいは変えてしまったため、以来人間は神の救い・助けなしには克服し得ない罪への傾きを持つことになったという、キリスト教の多くの教派において共有される思想。

・・・・旧約聖書に書いてある(あるのか?私は読んだ事ないからなぁ)リンゴを食べちゃったエピソードの事だが、免疫現象にも、これと似たような現象がある為、免疫学では古くから言われている言葉である。


・・・・ってゆーか、免疫現象自体が、生命現象そのものである為、現在でもわからない部分の方が多い。その為の、わからないなりの説明とも言えるのだが・・・・。


上、ちょっと抽象的なんで、言葉を変えると、、、、現在の生命科学は、試験管の中では、きっちりとロジカルに現象を説明でき、また、再現性もあるのだけれど、いざ、そのロジックを“生身の人間”に適用すると、なんだが・・・・・思ったようにならない・・・・。

という事である。

だから、臨床は100%にならない。個人差を差し引いても・・・である。

その現象の理解が理論的に正しかったとしても個人差があるわけだが、その理論そのものが、100%に至ってない、あるいは部分的にしか解明されていないが故、間違っているということもあるわけだからね。

がんの免疫学的な治療法が、占い並みの有効率なのも、そういうことだ。

ちなみに、弱毒性のインフルエンザスイルスでさえも死んでしまう人がいると言う事が、免疫学的な個人差によっている例になるだろうか!また、強毒性のウイルスに感染しても死なない人もいるわけで、これも、免疫学的な個人差と言える。サイトカインストームを起こして死んでしまう感染症のパターンには、その原因がスーパー抗原である場合と免疫学的な個性である場合があるが、インフルエンザの場合は人間の側の個性が問題ってことはわかっている。。。。。。(のかな!?)


何で平等じゃないんだ?

って質問には、平等だったら、今頃、地球上に人類はいないと答えておこう。インフルエンザに対するデメリットは他のウイルス感染にはメリットになるかもしれないという事を、ココでは気づいておいてもらう事にして、、、、、
 
 
 
さて、本題。前回の続き。

インフルエンザワクチンは効果があるのか?


これも、うまくいった場合には、期待通りの効果が得られるけれど、いつも、期待通りに行くとは限らない。


言葉を変えると、現代医学は、100人中100人に対して、理論的な結果を誘導できるほど、生命現象を理解していないということになる。

そして、その不確実性は、現在、判っている範囲で、ウイルスの特性、疫学の事実や抗原原罪説等で説明されている。

まず、一つ目。インフルエンザウイルスは、抗原性を変異させながら免疫を逃れているウイルスのひとつであるということ。だから、流行すると思われる株を想定して毎年接種しているワケだが、、、、

何故か、人間は、この変異の激しい部分に対して、反応する(抗体を作ろうとする)んだよねぇ!!

前回示した Science April 10 2009, Vol.323『インフルエンザとの戦い(Fighting Flu)』のように、変異の少ない部分に対して抗体を産生できるようになれば、詳しい生命現象を知らなくても、期待する結果を得る事が出来るようになるんだけど、、、

で、インフルエンザウイルスの変異率の高さは、RNA ポリメラーゼが“低性能”である為に、1000塩基に一つの割合で複製ミスを犯すところから来ているといわれている。遺伝子変異率から見るとインフルエンザの一年はヒトの百万年分に匹敵するとも言われているくらいだから、その凄さがかわるだろう。なんたって人類は、二百万年前に地球上に誕生したんだからね。

一回の予防接種で一生免疫が得られる“麻疹”や“日本脳炎”の原因ウイルスが、どれ位の変異率なのかは、調べた事はないけれど、人体が、ほとんど変異しない部分に対応するのなら、一回で生涯の免疫が得られるのである。


二つ目。インフルエンザワクチンを接種すると、確実に抗体産生を誘導できるのか?という現実がある。

疫学の事実として、ワクチン株に対する抗体の上昇率は低いと言われている。2回接種するのはその為なのだが(近年では、成人は1回で済ましている事が多いが)、、、、それに、高齢者の場合は、胸腺がない事(だから、ポリクローナルにプライミングされた状態にある)も大いに関係しているのだろうけど、特異的な上昇率は低い。

それと毎年の流行を予測しているわけだが、その予測の確認はフェレットでやっているんだよねぇ。知ってたぁ?フェレットだよ、フェレット!!そののデータをヒトに当てはめてるんだよねぇ・・・・・・・。まぁ、他に方法がないならショウガナイけど、、、、それに、的中したとして、その量で臨床的な効果が得られるのか???(理論的には完璧ながん免疫療法が効かない理由のひとつには、これと同じパターンが考えられる?)

そんなこんなで、インフルエンザに罹患しなかったのが、本当にワクチンのおかげなのかどうか、、、、、、私自身、予防接種を受けるようになったのは、子供が出来てからなんだけど、それ以前は、罹患していたかと言うと、記憶にないんだよねぇ。

私自身の免疫学的個性により、ウイルス感染しても症状が出ない体質だとしたら、ウイルスの運び屋になってしまう。家族に染すのを防ぐ意味で、予防接種をしてるというのが、目下の理由なのだが、、、、


三つ目。現在のワクチン投与経路の問題。

現在のインフルエンザワクチンは、その投与方法が筋注だ。その為、人体は胸腺依存性抗原として処理する。その結果、産生される抗体は IgG クラスだ。

この抗体は、病原体感染の最前線で活躍できる抗体ではない。

消化管の免疫を見れば、一目瞭然なのだが、100兆個を越える微生物に曝されながら、これを、ほぼ、完璧なまで消化管内で食い止めているのは、何を隠そう、IgA クラスの抗体が分泌されているおかげなのだ。

粘膜から粘液中に放出され、免疫グロブン全体の8割を超える割合で産生されている、感染防御の専門家が IgA クラスの抗体だと言える。

では、IgG クラスは何をやっているのか?

最前線をかいくぐって人体内に侵入したウイルスを、免疫系を総動員して排除するために活躍している。いってみれば、感染後の重症化を防止するという役割で考えるのが適当なのである。最近は、この辺を理解している人も増えたみたいだが。。。。「発病しないではなく、発病しても軽い」って、患者さん自らが言っている事を耳にする機会が増えたもんねぇ。

インフルエンザウイルスの感染部位は“気道粘膜”なのだから、気道粘膜で分泌型 IgA クラスの抗体産生を誘導できるワクチン投与が理想的なのだが、、、、何故か、今まで、なかったんだよねぇ。

米国では、CDCのホームページで、経鼻ワクチン Flumist のQ&Aがあるから、発売されているみたいだけど。。。。

臨床的な効果があると仮定して(among children aged 15-85 months にはスゲー良いみたいだけど、大人では???みたいだから)、経鼻ワクチンと筋注のワクチンの併用が、私的には一番だと思うのだが、対費用効果を考えれば、経鼻ワクチンに分があるのは論を待たないだろう。強毒性ウイルスじゃない限りねっ!!


四つ目。これが、冒頭に書いた“抗原原罪”が関与する部分だ。

ワクチン接種後の抗体の上昇は、もちろんワクチン株に対して反応したものである。これは、疑いのない事実である。

だが、その誘導された抗体が感染を阻止する抗体として働くかどうか?という疑問は残されたままなのだ。

結局、フェレットとヒトは違うよ!ってところにも関係してくると思うんだけど、抗原としてワクチンを投与しても、期待する抗体が選択されない・・・・・。

抗原と抗体は、鍵と鍵穴の関係。フェレットで予測は的中したと確認されても、人体で作られる抗体が、鍵と鍵穴の関係とは、微妙に違ってしまう・・・・・。

抗原原罪

1.概念

免疫系の正常な働きによって抗体やエフェクターT細胞が獲得されると、それらは同じ抗原に対して反応するナイーブリンパ球が活性化されるのを抑制する。

これは抗原にさらされていない個体に特異抗体やエフェクターT細胞を移入することで観察される。

既に免疫されている個体に特異抗原を投与してもナイーブB細胞は反応を示さないが、他の抗原には正常に反応する。

2.現象

“原罪”とはアダムとイブに象徴される人間が生涯負わされる罪(sin)のことである。アダムとイブの冒した罪をじっくり考える暇もないほどめまぐるしく移り変わる今の世の中で、免疫学で呼ばれている“抗原原罪”という現象はワクチン研究者にとって大きな重荷になっている。

この現象は最初に受けた強い印象がいつまでも記憶されるように、工夫を凝らして作った型の数々のワクチンをいく度接種しても産生される抗体の多くは最初に接種したワクチンの型に対するものである。

事実この現象はインフルエンザウイルス、デングウイルス、マラリアなどで認められている。

病原体に感染するとナイーブT細胞によって免疫応答が開始され、病原体の排除のためエフェクターT、B細胞(障害性T細胞、形質細胞)が活性化し、病原体が駆逐されると記憶T、B細胞に再度の病原体の感染防御を託し死滅する。

同じ病原体が侵入すると記憶T、B細胞はナイーブT細胞の活性化を抑制し、ただちに免疫応答する。

しかし、インフルエンザウイルスなど初感染時から変異した病原体が感染すると、記憶T、B細胞は最初に免疫応答するはずのナイーブT細胞の活性化を抑制するので、最初に感染したウイルスの記憶に基づいたエフェクターT、B細胞を活性化させる。

その結果、最初のウイルスに存在した共通のエピトープだけに抗体が産生され二度目以降に感染したウイルスの変異したエピトープには抗体はあまり産生されない。

最初の記憶は消えないのである。

インフルエンザウイルスは毎年少しずつ姿を変えて出現するので、感染するとまず初感染時の免疫記憶がよみがえるため、変異ウイルスは生き延びて新たな流行が拡大するのである。


ということで、予測バッチリのワクチン(抗原)を投与しても、それにバッチリと対応する型の免疫グロブリンが得られない事があるんだよねぇ、困った事に!!


免疫現象は、初感染なら、一からステップを踏んで行われる。しかし、コレでは現在進行形の感染に対応できない。時間的に間に合わない。その為、同じ病原体の次の襲撃に対処するため、その抗体を作るB細胞を長期に渡って、体内に残しておくように高等生物の免疫系は進化した。

通常のB細胞は、2週間から1ヶ月位の寿命なのだが、この記憶B細胞は、生涯、行き続けるらしい。前回、紹介した論文 Nature vol.455 (7212), (Sep 2008)『免疫:生涯働き続けるインフルエンザ抗体』を参照。

この記憶B細胞が体内にいるおかげで、2度目の時は、すばやく対応できる。インフルエンザの様な変異しやすいウイルス以外の場合は!

というわけなのだ。

抗体は、抗原とピッタリと合う型でないと役に立たない。

しかし、なまじ、以前に似たような経験をしていると、免疫系は“すばやく対応”を信条としているため、記憶B細胞で対応しようとしてしまう。。。。


くぅ~、泣けるねぇ!!


でも、多少は効くのかもしれない。理論的には効かないはずだけど、ちっょと効いてしまうのが、臨床だからねぇ!?

理論的には、立体異性体の関係にある鳥とヒトのシアル酸ではあるのだから、お互いに感染する事は無い筈なのに、感染するのも臨床だしねぇ!

試験管レベルの理論は、完璧なんだろうけどねぇ!


ということで、善良な市民を、益々、混乱させてしまうエントリーでした。

2009年05月26日

独思録・春秋・天声人語・編集手帳・余禄

20090526_nomu.jpg天然痘やバイオテロを想定したかのような仰々しい検疫やら、感染症対策にふりまわされた、ここ数週間、皆様、いかがお過ごしでしょうか??

役人の科学的な常識の欠乏を非難する声が一部にはありますが、実態は、もし、万が一、科学的常識の想定外の事態に陥った時、庶民の科学的知識の欠落が「どうして、万全を期さなかったんだ!」と怒りに変わる事を恐れての過剰な対応だと思うのですか、いかがでしょうか?

庶民に科学的常識があれば、「それは、仕方がないよ。誰にも想定できなかったよ」となる所だとは思うのですが・・・。

さらに、無責任なマスコミが視聴率アップ作戦で、大衆の危機感を煽る。時代は、変わっても、マスコミの体質は、変わらないですね。

ただ、大変、残念なのは、薬剤師会が「感染防止のため、マスクを着けよ」と職場宛に FAX してきた事です。彼らもまた、科学的な常識は欠落しているようです。まぁ、以前から気づいてはいましたが。


さて、本日の朝刊一面は、なんと言っても、北朝鮮の核実験です。あの、共産党や社民党ですら、厳しい態度で臨めといっているくらいですから、本物です。

テレビでは、解説者が「一部には、『日本も核武装して、強硬手段に・・』などとの声があるようですが、ここは冷静な判断を期待したいところです」なんて言ってますが、熟考しても、強硬手段には至らないことは、周知の事実です。

熟考しても強硬手段を採る選択肢は日本には存在しないのに、冷静ぶった態度は、出来レースをより一層白けさせるだけです。


【alfresa Pharmacy NEWS】での連載、『続きが楽しみである』と書いた村田病院 薬局長 久岡清子氏のコラムですが、No.100 号の第2回目では、『・・・で?』という感想です。服薬コンプライアンスや患者さんの薬の保管方法、患者さんとのコミュニケーションを取り上げているのですが、薬局の薬剤師には当たり前のことで新鮮味に掛けます。病院の薬剤師向けのコラムだったのでしょうか?

プシュケを引き合いに出して、患者の教育だ!との勢いは、次回以降の持ち越しなのでしょう。期待しています。


昨日、仕事が終わって帰り支度をしている時、休憩室のテレビから『今、銀座のクラブが危ない』とレポート番組が流れていました。1晩で400万円も売り上げていた美人ママのいる高級クラブですが、最近では1番に70万円そこそこなのだそうです。

レポートでは、美人ママがホステスの再教育に大忙しです。ママの考えでは、接客態度こそがお客さんを取り戻す全てであるとの事。そのママが接客態度に「?疑問符」を付けているホステスさんがいました。

そのホステスさんは、場を盛り上げるために冗談を言ったりして、笑いを誘う事は得意なのですが、恋人どうしの様な雰囲気をつくったり、まじめな話が苦手なのです。

クラブに通い金を出す男性にとって、一番大切なのは、擬似恋愛やドキドキ感、非日常感だと、この美人ママは考えているのです。

---全く、その通り---

私は、唸ってしまいました。

その時、ふと思い出したのが、眼窩皮質症候群です。

ママの疑問符を付けたホステスさんは、軽薄な冗談好き。

陽気で「ふざけ症」との別名を持つこの疾患は、駄洒落を連発するのだそうです。前頭葉が司る、節度、思慮深さ、抑制が破壊されているために、患者は、周囲にも自分自身にも文字通り全てのもの、人間、感覚、言葉、考え、感情、ニュアンスや雰囲気に、間髪をいれず軽薄な反応をします。

れっきとした病気なのですが、最近、このタイプの人間を良く見かけるような気がします。私の嫌悪するタイプの人間ですが・・・。


独身時代、バブル絶頂の華やかな頃、私も製薬メーカー勤務の友人と、彼らの接待交際費を使って、六本木のクラブに通っていた事があります。自分のお金もかなり使いましたが。

その頃は、まだキャバクラなる業態が無い時代で、ホステスさんとの擬似恋愛にドキドキしながら通っていたものでした。そうこうするうちに、クラブが時間単位のキャバクラに取って代わられ、席に着くなり「時間、無いんだから楽しもうよぉ」の掛け声で、ビールの一気飲みさせられたり、くだらない冗談でワハワハ笑う事しかなくなったため、私の足は遠のきました。

ふと、軽薄な冗談と空気のような意味の無い単語を連発する姿と眼窩皮質症候群が、私の脳の中で結びつきました。

私は、実際には眼窩皮質症候群を見た事はありません。それどころか、この疾患を知ったのは、オリバー・サックス著『火星の人類学者―脳神経科医と7人の奇妙な患者』の中でです。

だから、安易に、この軽薄なホステスさんと眼窩皮質症候群とが結びついてしまったのですが、軽薄な人が、病気だというのではありませんから、誤解なきようお願いします。


私より2歳年下の美人ママさんの高級クラブに、私なんぞが行けるはずもありませんが、その鋭い男心の分析にどのような経験を経て至ったのか、じっくりと語らいたいなぁなんて、禁断の思いを馳せてしまいました。
 
 
 
さて、本日は、いつもとは違う、丁寧な言葉を使って書いてみました。が、前半の批判的な文章は、厳しい言葉より、かえって迫力があるなぁなんて感じてしまいました。

しかし、この書き方は、、、、疲れます。次回以降は、またぞんざいで横柄な文体に戻すつもりです。

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