「罵ることは何世紀にもわたって行われており、ほぼ世界に共通する人間の言語現象である」・・・・。
ほんと、何世紀っていうか、何千年、何万年?(資料が無い?)も続いているよっ・・て感じ。例えば、国取り合戦、戦国時代、兵士達は敵を罵りながら、竹やり持って突っ込んでいく。
罵る事で、自分の戦闘意欲を掻き立てる。ボヤボヤしてたら自分が殺されちゃう。
ホメロスの叙事詩《イリアス》では、名だたる武将同士、刃を交える前に自分の出身地や父親の名前を交わすが、名だたる武将ゆえに、“罵ること”をせずとも自分を律し、最大の力を発揮できたとも考えられる。(単なる、詩の中の脚色なのかもしれないが)
日本でも、源氏と平氏の戦いを描いた詩には、このような描写がある。個人的には、平敦盛と熊谷次郎直実のやり取りが好きだが・・・・。戦国時代に入ると、策略というか、一騎打ちが廃れて、勝てば官軍の価値観が広まったみたいだけど、、、、
「何をしても勝てばいいじゃん」ていう価値観が、「相手を尊敬・尊重しながら殺す」価値観より“本能的”と言えるのかも。。。。
“相手を罵る”を野蛮と考えて、名乗りあったとしたら、不意打ち・罵りあいは“野蛮”に戻った・・・のかも。
中国・三国志の時代の戦い方は、名乗りあうものだったらしいが、元寇の時、日本人が名乗っている間に元にやられた・・・という話もある。
人間は、時代が進むと“野蛮”になる。。。合目的的といってもいいが。。。。行動が合理的になる。
ただ、イリアスのハリウッド映画バージョン“トロイ戦争”では、戦う前には名乗ってはいないし、三国志の映画版「レッド・クリフ」でも、名乗ってはいない。“トロイ戦争”で兵士を称える(鼓舞する)時、誰それの息子という言い方は聞いたけど。
2009年7月22日 提供:WebMD罵ることは疼痛知覚を和らげるのに役立つ可能性があることが研究で明らかに
Caroline Wilbert
【7月13日】女性が出産時に夫に向って呪いの言葉を叫ぶというのは、長い間決まり文句になっている。今回、疼痛を感じている人々がしばしば攻撃的な言葉を使う理由を説明できるかもしれない科学的研究が行われた。罵ることが実際に疼痛知覚を和らげる可能性がある。
これは『NeuroReport』に発表された新規研究の知見である。キール大学心理学科の研究者らは60名を超える学部学生を研究に登録した。学生には氷水の入ったバケツに手を2回入れるよう指示した。1回目は、被験者は罵りの言葉を何度も繰り返した。2回目はありふれた当たり障りのない言葉を繰り返した。
被験者は呪いの言葉を繰り返した時には、当たり障りのない言葉を繰り返した時よりも、長い時間、手を水につけていることができ、報告した疼痛レベルが低かった。
「罵ることは何世紀にもわたって行われており、ほぼ世界に共通する人間の言語現象である」と研究著者の一人であるRichard Stephensはニュースリリースで述べている。「それは感情をつかさどる脳の中心に侵入し、右脳に現れるように思われるが、ほとんどの言語生産は左大脳半球で行われる。我々の研究は、なぜ罵りの言葉が生まれ、生き残っているのかについて、可能性のある理由を示している」。
よくない言葉と疼痛知覚の低下が関連する理由は明らかではないが、罵ることによって、戦闘または逃亡反応を促す恐怖や怒りのような負の感情があおられる可能性があると、研究者らは信じている。罵っている時に人々の心拍数が上昇していたという知見は、この説を支持する。
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イリアスにしても、源平の戦国絵巻にしても、三国志にしても、描かれているのは“有名どころ”であり、一平卒の話はどこにもない。人知れず死んでいく兵士達に、そんな“気概”なんぞ、あるはずも無い。
戦闘で死ぬのは、痛い・怖い。それを和らげる為に、敵を罵る。。。。。野蛮とかなんとかの価値観、すなわち文化以前の“本能”なのかも・・・・・。
ただ、本能なら、生殖細胞を通して次世代に伝わる筈だから、、敵を罵ると、“生き残れる”のかもしれない。敵を罵ると“力”が出て“敵に勝てる”、、、目の前の敵に勝って、家に逃げ帰り、そのまま女房や恋人と交わる・・・・・・。
現代は、戦争を始める時、宣戦布告するのが、ルールになっている。
やっぱり、勝つ為には“不意打ち”が合目的的であり、合理的な行動とは言っても、後ろめたさが付きまとったんだろう。名乗りあって正々堂々と戦う、、、、。
不思議な事に、女の子向けの《プリキュアシリーズ》でも、長々と名乗っている。
現在、放映中のシリーズでは、、「ピンクのハートは愛ある印。もぎたてフレッシュ、キュアピーチ!」、、、、なんて、3人分(先週からは4人に増えた)、やり終えるまで、“ラビリンス”の“ナケワメーケ”も文句も言わず(攻撃せず)黙って待っている・・・・・。
正々堂々もやりすぎると、なんか鼻に付くよねぇ。一騎打ちじゃないからなぁ、プリキュアは。特に感じるのかもね。
ところで、プリキュアの4人目、キュアパッションは、仲間になる前ラビリンスの女幹部“イース”だった。その時、プリキュアを罵りまくっていた。
罵る事の“効用”がこの論文通りだとすれば、“イース”の方が強い筈なのだが、何故か、プリキュアが勝ってた。。。。。この、生物学的に間違った結論を提示し続けると、、、、、、現実には、正々堂々と戦って散る事になる。この事を美化するには、ちょうど良いのだが、、、、
しかし、言葉を発する為に“左脳”の活動を活発にすると、疼痛知覚が鈍る・・・・、ホント、脳は複雑だ。
そういえば、、、、July 2009 Vol.5 No.7 MMJ で BMJ に掲載された『鍼治療の疼痛軽減効果は有意だが小さい』の解説の中で、自治医大の瀬尾教授は、こんな論文を紹介している。
主観的な鎮痛効果(痛み度)と客観的な生理的変化(fMRI:機能的磁気共鳴画像)との関係を鍼治療とプラセボ鍼治療で検討したものなのだが。。。。
対照群を「鍼治療+強い暗示群」、「鍼治療+弱い暗示群」、「プラセボ鍼治療+強い暗示群」、「プラセボ鍼治療+弱い暗示群」の4つに分け、痛み刺激を加えて、痛み度の変化と fMRI による評価を行った。その結果「鍼治療+強い暗示群」と「プラセボ鍼治療+強い暗示群」は主観的な鎮痛効果(痛み度)が同程度を示した。
面白い事に、fMRI では「鍼治療」が「プラセボ鍼治療」と比較して、痛みの関する大脳領域でのシグナルを著明に低下させていたにもかかわらずなのに。
というわけで、“鍼治療”と“暗示”すなわち心理的な影響は、異なるメカニズムで鎮痛効果をもたらし、その暗示による鎮痛効果も、鍼治療とプラセボ鍼治療において、お互いに影響を与えている・・・・・。
鎮痛、一つ取ってみても、かなりの数のメカニズムが存在する(のだろう)。そして、その“痛み”は、生物にとっては、必須のものだったりする。痛みを全く感じないヒトは、長く生きられないのだから。。。。アレッ?でも長く生きることに価値を見出さなければ・・・・・?
って、長く生きる事が“良い事”だって染み付いてるんだよなぁ・・・・。いつも、この価値観を否定しているくせに・・・・ねっ。イカンイカン。