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新型インフルエンザ感染者2割が症状なし

20091215_ski.jpg80年代は、何か特別だ。70年代、60年代、、、、90年代すら、80年代と比べると色あせる。80年代は、女性の肩が怒っている。女性の眉が太い。マイケルジャクソンが活躍した。バブルがあった。

小林克也も言っている。コンピレーションアルバムも際立って面白い・・と。(言ってねぇかっ?)
(。_゜)☆\(ーー;)バキッ

昨夜、『私をスキーに連れてって』を観た。ちょっと前に、WOWOW でもやっていたんだけど、録画し損ねて見られなかった。その時に観たのは、『バブルへGO』『彼女が水着にきがえたら』『波の数だけ抱きしめて』。

今の若者に、80年代って、こんな時代なんだよって説明するのに、この映画は適当なのだろうか??

1963年生まれの私にとって、80年代は、『思い出が一杯』だ。でも、これらのなんか映画は違うんだよね。

ホイチョイ・プロダクションが作った映画は、当時、飛ぶ鳥を落とす勢いだった“業界”の人達のライフスタイルだったんじゃないのかなぁ?彼らの目に映ったのがアレ。それにハッキリ言って、今、見ると、恥ずかしいんだよね。当時はカッコ良かったのかも知れないけど・・・。

だから、80年代の記憶を、現代の若者に伝えるのに、『私をスキーに連れてって』『バブルへGO』『彼女が水着にきがえたら』『波の数だけ抱きしめて』を観てってやられたら、ちょっとどころじゃなく違和感あるよなぁ・・・・。

まぁ、そんな事は、どうでもいいんだけど、音楽には、今思うと、顔が火照るような恥ずかしい思い出が一杯ある。

大滝詠一の、、、、、、、、、、。渚をすべるディンギーで、、、、、。リック・スプリングフィールドの“ジェシーズ・ガール”を、、、、で、ファースト・キッス。ユーロ・ビートでは、スチュワーデスの、、、、、、、。ユーアー・ライク・ア・ドール・ベイビーは、自分の力量も考えず無謀にも、、、、。

・・・雨の中のドライブが好きだ。土砂降りで前後が見えなくなるらいの。外界と遮断される感覚が心地よい。都会や自宅の近くではなくて、伊豆の135号線に限る。一瞬の降水量が違うから、、、、。

車と音楽はいつも一緒だ。だけど、そんな時の音楽は、、特別、関連付けられている記憶が無い。放心している?何も考えていない?良くわからないけど、外からの干渉を一切排除できる感覚に麻痺しているのかも知れない。落ち着く、心の平静を保てる、、、何も考えなくてもよい時間、、、、。大好き。

こういう、空間に、車と土砂降りと音楽は連れて行ってくれる。音楽だけじゃなくて、映画もそうだけど、、、、、、、でも、映像は、解釈が主観的になるところが惜しいところ。

ダンス・ウィズ・ウルブスが好きな映画の筆頭なのは、押し付けがましいところがないからだ。逆に、007シリーズのような娯楽では、はなからそんな事は期待していないから、あれはアレでイイ。

小説も同様。想像の空間に連れて行ってくれるようなモノは好きだ。価値観を押し付けられるのはゴメン。ストーリーが面白ければ、それはそれでいいけど。
 
 
 
さてさて、巷では、天皇を政治利用したとかなんとか、騒いでいる。なんか、違和感を感じるのは、天皇の存在を腫れ物のように扱っているところ。どっちの側も。

天皇を奉ると、戦争に突入するって言っている人達がいるから、扱いがセンシティブになるんだろうな。私には雲の上のような存在の天皇を好きとか嫌いとかの対象にする事自体、違和感を感じるんだけど、本人たちは、大真面目なんだろう。もしかしたら、“スター”を友達・知り合い感覚にする現代の若者のスタイルの先取りかもしれない。どんなに立派な理屈を捏ね回しても、案外、そんな動機だったりするんだよね。

でも、一つだけハッキリしていることは、天皇を敬う事を忌避する人達がいても、日本以外の国の人達は、日本の天皇に一目を置いているってこと。

天皇を存在を蔑ろにすればするほど、その人は、日本以外の人からは笑われるんだよね。

もし、天皇と軍事力が結びつくと戦争が起こるっていうのなら、実験すればいい。。。

でも、天皇と軍事力が結びつく事と戦争が勃発する事の関係は交絡因子だったことが証明されるだけなんじゃないかな。それが恐いから、天皇を忌避する人達は、『人道的に』なんて理由をつけてやらないんだろうけどさっ。

なんか自虐的歴史観を持っている人って、子供の頃、クラスに1人はいた“偏屈な彼”みたいな存在に感じる。せっかく歴史を勉強したのに、そこにロマンも感じないで、天皇と軍隊の、軍事力の批判をして、、、、、勿体無い。ひねくれ者なのかなぁ。。。。不思議。。。。歴史はロマンと文化、精神の遊び場のはずなのに、、、、、。


そして、彼らは反省が大好きみたいだけど、反省するなら『もっとも、生活に密着する部分に対してしなさい』って言いたい。
 
 
 
生活に密着するって言えば、ウイルス感染症。(だけじゃなくって、細菌も)

(ふぅ~っ。やっとたどり着いたぜ。回りくどいねぇ、俺も。)

【関西大倉中・高、新型インフルエンザ感染者2割が症状なし】

2009年12月12日 提供:毎日新聞社

新型インフルエンザ:関西大倉中・高、感染者2割が症状なし

 ◇大阪府研究所「季節性と同程度」

 大阪府茨木市の関西大倉中学・高校で5月に起きた新型インフルエンザ集団感染で、18人がウイルスに感染しながら発症しない不顕性感染だったことが11日、府立公衆衛生研究所が発表した血清疫学調査で分かった。季節性インフルエンザでは一定の割合で不顕性感染が生じるが、新型で確認されたのは初めて。

 生徒や教職員647人から8月下旬に採血した。新型に対する中和抗体価を調べたところ、10倍未満が334人、10-160倍未満が211人、160倍以上が102人だった。感染が確実な160倍以上の人たちに5-8月の自覚症状を聞くと、症状の有無が確認できた98人中18人は症状がなかった。一方、中和抗体価が160倍以上でも、採血後に発症した人が3人いた。

 調査を担当した高橋和郎副所長は「季節性ウイルスでの不顕性感染の割合は正確なデータがなく比較が難しいが、同程度と考えられる。また抗体を得ても感染する可能性があることもわかった」と話した。


知っている人は、『いまごろ、何言ってんの?』って類の事でも、知らない人にとっては青天の霹靂なんじゃない? 

---新型インフルエンザ感染者2割が症状なし---

これこそ、知らなかったことを反省すべきだな。

ウイルスに感染しても発症しない人もいるっていう、人間の多様性を無視するかのような空港での検疫なんて、大衆の無知に迎合しなくちゃならなくなった結果でしょ?

新聞では『新型では初めて』とか書いちゃってるけど、この記事書いた人って、バリバリの文系の人なのかもね。

初めてもクソもないんだよね!微生物と人との関わりには。これが基本なの!個別の関係は無いんだよ。100%発症・致死のウイルスは存在できないんだよ。宿主があっての微生物なんだから100%殺しちゃったら、自分も存在できなくなるでしょ。女がいなくなったら、やがて男も死に絶えるのと同じ事。

こういう“言い回し”をひねり出し、もっともらしく使いところが、生物学に無知な文系の証明なんだよね。でも、食物連鎖は知ってるんだよね。この程度の人でも。だから、病原微生物学も、食物連鎖並みにしちゃえばいいんだよ。教育で。

教育といえば、歴史を斜め読みして悦に入ってる“勘違い”な人達にも、将来を見据える為に、歴史を用いると、概ね、エピメテウス(下衆の後知恵)になってしまうってのを、理系的に証明しておこう。

ある日、庶民の代表、鳥山夕紀夫氏は風邪を引いた原因を考えているとする。

一昨日、電車の中で咳き込んでいる人と一緒だった事を思い出した。
「うん、あれだっ!」
昨日、外出先から帰って手洗いとうがいを忘れたのを思い出した。
「うん、それだっ!」
そういえば、昨夜、夜中にトイレに起きた時、寒かった。
「あれ、これも怪しいぞっ!」

2週間後、退院した友人からお見舞いのお礼の連絡があった。友人は虫垂炎で入院していたのだった。その時、思い出した。
「あっ!そういえば、あいつ、入院してたんだっけ。俺も風邪引いて辛かったから、忘れてた」

鳥山夕紀夫氏は、臓器移植を受けており、免疫抑制剤を服用中だ。

歴史家が結果に対する原因を推測する時、同様の事をやってる。鳥山夕紀夫氏の情報として『電車の中で咳き込んでいる人と一緒だった事』しか得られなかった場合、コレが原因ではないと否定できないので、『これが原因だ』ってなっちゃう。結局、自分の知る範囲の事象を原因として扱うことになるのだ。これはこれで、合理的な推測だし、鳥山夕紀夫氏の場合はさておき、実際、これで風邪を引く人もいるだろうから。

で、さらに、電車の中で感染したを裏付けるような、偶然、同じ電車に乗り合わせ、風邪を引いた知り合いなどが見つかれば、確信になってしまう。。。。

『電車の中で咳き込んでいる人と一緒だった事』しか得られないなんて事は、ないんじゃない?って疑問には、80年代の私の印象とホイチョイ・プロダクションの映画のズレを指摘しておこう。悪い意味じゃなくって、人間の観察の限界。時代の印象は十人十色。まして、何が重要なのか、重要な役割を果たしたのかなんて、言葉で表現は不可能なんだよね。


小説家は、自分に見えたものから信念が芽生え、膨大な資料から、このような事例を積み上げ、小説に信憑性を持たせる。

歴史家は、自分が合理的と判断した資料から信念が芽生え、別な資料からこのような事例を積み上げ、自説に信憑性を持たせる。この場合、他の歴史家が異説を唱えることが多いが、どれが、合理的かの判断基準が各人各様だからである。


歴史からイデオロギーをひねり出した人達の「天皇の政治利用」に関しての愚な議論を、私は、こんな風に感じている。

中国との関係が良くなるんなら、逢えばいいじゃん。天皇陛下。(って、もう、逢ったみたいだけど)

そもそも、政治的って言葉の定義すら曖昧なんだから、議論する事すら愚。宗教も同様だけど、政教分離とか天皇は政治的じゃダメとか言っている人って、現実が見えてないんじゃない。言葉遊びが好きなロマンチストなんだろうけど。「外交と政治は別」とか言っちゃってさ。

結局、戦争を人質に取ってるヤツ等に反論すると「戦争賛成論者」ってレッテルを貼られるから、ビビってるんでしょ?だから、ビシッと言い返せない。政治献金と一緒で、「現実を直視して何が悪い」って言ってやればいいんだよね。戦争を人質に取るような“卑怯”なヤツ等には。

これって、今の後期高齢者医療制度下に「年寄りは、死ねって事か?」って言うのと同じくらい、卑怯なんだよね、高齢者医療制を否定すれば、年よりは死ねって事になっちゃうから。でも、当人たちは気づいてない・・・・っ。トホホだね。卑怯な人は、自分は卑怯だとは思っていない・・・・・正義の味方だとは思ってる。。。。

小沢一郎は、よく言った。あれが政治家の姿だ。政治家は正義の味方である必要は無いからね。でも、内容がショボイ。政治献金、何故、悪い?って言って欲しかったなぁ。


マスコミ批判に持っていくなら、この記事を書いた人の無知を指摘し、こんな“悪貨”が“良貨(無垢な庶民の感覚)”を駆逐するのだ!ってやるんだけど、マスコミ批判、最近、飽きたから、やんない・・・

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2009年12月15日 15:43に投稿されたエントリーのページです。

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