日本人の誰しもが感じているんだと思う。
その証拠に、鳩山-友愛-由紀夫総理が、お母ちゃんからお小遣いをもらったことを、ねたみ、そねみ、ひがみ、やっかみんでいることが、ばれないように、みんなで、よってたかって“悪行”ということにしてしまった。
政治をやる為にはお金がかかる。
政治にお金がかかるのは、医療にお金がかかるのと同じだ。
医療にお金をかけることを悪く言う庶民はいない。政治にお金がかかることは悪い事だという。
戦争に“善悪”の価値観を持ち込んだのは誰だろう?
戦争を“善悪”の価値観から俯瞰するようになったのは、2~300年前からだと思っている。それ以前は、戦争には“勝敗”しかなかった。
「勝てば官軍」という言葉は、日本の戦国時代にはなかった。いや、あったのかも知れないが、現代人が“官軍”に感じる“正義”という感覚はない。現代人が歴史を振り返る時、間違った解釈をしてしまう原因のひつとだろう。ローマの時代、中世、近世のヨーロッパに目を向けるときも、同様だ。そもそも、“善悪”の価値観で考えてなかった時代なのだから。
ものごとを“善悪”で考えると、皆にとって最大の利益が得られるのだろうか?それとも、精神的な満足感だけで終わるのだろうか?
“善悪”で考えると、単純化出来て、誰にでも意見が言えるという点では、メリットがありそうだ。それに、ねたみ、そねみ、ひがみ、やっかみなどの感情が溜まった時、“ガス抜き”にはなるし。
身の回りのことを考えるとき、“善悪”の判断は大切だ。いつの時代も親から躾けられる。身の回りのことなら、“善悪”での判断は、自分の利益に繋がりそうだ。
と言う事は、現代人にとっては、戦争も政治も身の回りのことになったということなのだうか?それにしては、日本人は選挙にも行かないし、政府と議会の区別も付いてないように思えるし、戦争や軍隊は話すら“タブー”みたいなのだが。。。
戦争に行って死にたくないのなら、「戦争に行って死にたくない」って言えばいい。どうして、戦争そのものを“悪”にするんだろう?確かに「戦争に行って死にたくない」じゃ、子供みたいでかっこ悪い。カッコイイ言い訳は、戦争=悪で、戦争を起こした人=悪人が簡単でいい。「戦争に行って死にたくない」は「私は、悪に手を染めない」になる。
---う~ん、カッコイイ---
善悪で考えると、帝国主義は、多くの日本人にとって“悪”になるのだろう。
独裁者に良いイメージもない。だが、日本の諺には「船頭多くして船山に登る」がある。問題が発生した時、強力なリーダーシップが必要だった証拠だろう。
現代人は、経験もしてないのに、強力なリーダーシップを嫌うのは何故だろう?誰かに“洗脳”されたのかな?思い当たるふしはあるけど。
ちょっと前に、舛添前厚労相が、『強力なリーダーがいないと、今を乗り切れない』みたいなこと言っていた。(新党結成する気かっ?なんてネタにされている)
野党になると、当たり前の事を言えるようになるのかな?私のイメージは、与党はリアリスト、野党はロマンストだったんだけど、舛添さんは、野党になっても責任感があるんだね。舛添さんが新党を作ったら、応援したいなぁ。
ところで、現代人は、今、自分たちが感じている“善悪”の価値観が、過去から一貫して同じものだと勘違いしているのかも知れない。
ギリシャ神話の時代の“善悪”を現代に持ち込むと、全知全能の神ゼウスは、とんでもない我侭で、気分次第で、思いつきで、スケベで、、、、と、とても“善”とは言えない。自分で作った人間が増えすぎたから、戦争でも起こして間引くかぁ!だもん。
イエスの生きた時代も、同様だ。イエスなんか、自分を生んでくれた母親に向かって、、、、母がイエスに『ぶどう酒がなくなりました』と言った時に、『婦人よ、わたしとどんなかかわりがあるのです。わたしの時はまだ来ていません。』だもんね。これは、善悪とは関係ないけど、価値観の違いは、大きい。
世の中に絶対の善は存在しないし、絶対の悪も存在しない。たとえば、、、
肉親を殺された人は、殺した人を“悪人”って考えるけど、別に悪じゃない。憎しみだ。殺された側は“不利益”を被った。だから、殺したヤツに同等に不利益をもたらせねばならない。バランスを取ろうとする“脳”の働きがある。平等に反応するコラムだ。(それ故、私は、jury nullification を肯定する。感情による裁きを)
それを悪人と言う言葉で表している。“悪”にすると、自分と同じ価値観を簡単に多くの人に共有してもらえる。(近代文学・思想と共に善悪観は発展した?)
個人対個人の殺し合いは、例外なく双方に不利益しかもたらさない。まれに、利益がある場合もあるけど。
戦争の場合は、勝者は莫大な利益が得られる。だから、人類の間から無くならない。
倫理的、道徳的な理屈を付けても、生き物の本能が戦争を起こすのだから、ものを食べて“うんこ”するのと同じだ。
アイドルは“うんこ”しないって、ロマンチストは思うだろうけど、リアリストは「アイドルだってうんこする」って言うのに似ている。かなりかけ離れているけど。
共和制、民主制、君主制、、、、究極の政体は存在しないのと同じともいえる。歴史が語るのは、状況(環境:エンベロープ)に応じて、やり方を変えないと、滅びるってことだ。
というか、人間は安定するとそれを維持したがるから、環境に適応できなくなる。状況に応じて、やり方を変えれば滅びない。自然の摂理。(やり方を変える事自体が、《滅びる》に見えることもある)
今の日本は、民意を反映・・・なんてやってる場合じゃないって事だ。
独裁が悪いとか、国民の総意が善とか言っている場合じゃないんだよね。
強力なリーダーが出現する事が“適応的な時”に、「独裁はいかんよ、ちみぃ~」なんてやってると、日本は倒産するって事だろう。
私は、「戦争に行って死にたくない」って言っておきます。でも、どっちにしても死ぬんだったら、行きます。それだけ。だって、映画アルマゲドンで泣くタイプですから。
地球規模の--友愛--を頭に描ける人は別にして、日本人にとっての公共の利益は、日本の利益以外にあるという人はいないでしょう。いたら、腑に落ちるような説明をしてもらいたものてす。ハイ。
そして、食料の需給バランスが破綻するほど地球上の人口が増えた時に、どうするのかを説明してもらいたいです。ってゆーか、借金しながら、あと、何年、日本は倒産しないで済むのか、誰か、教えて欲しい。
※注意:戦争という言葉はメタファーです。増税と置き換えてもイイです。なんにしても、ロマンチストが“悪”と決め付けているものは何でもイイです。わはははは。