メイン

ああ、いっぺん言うてみたかった アーカイブ

2009年08月29日

ワクチンの卵?

20090829_vaccine.jpg英国での新型インフルエンザの発生に対する国民の反応は、、、、政府の推奨、すなわち感染回避行動を取った人は少ないということらしい。

BMJ に掲載された論文と同様の“冷静な”調査が日本で行われているのかどうか、私は知らないが、印象は、明からに英国人とは違う。。。過剰反応。。。ただ、マスコミの誇張である事も否めないのだが、、、、(マスコミの余計な行動が、現状把握を甚だ困難にしている事だけは確かだ)

で、その英国人の行動の理由を分析しているのだが、、、
(1)新型インフルエンザが重大である
(2)罹患リスクが高い
(3)アウトブレイクが長期間続く
(4)関係当局が信頼できる
(5)リスクコントロールが可能である
などが信じられる場合、政府の推奨する行動を受け入れ、一方、確信が持てず、誇張されているような印象を受けた場合は、そのような行動を受け入れない可能性が高いことがわかったとのこと。

この、『確信が持てず、誇張されているような印象を受けた場合』というのが、“スゴイ”って思うんだけど・・・・・・・。

だって、日本人の場合、有り得ないよね?こういうの!科学的常識が無いのは置いておくとしても、新聞やテレビの“イイナリ”で、疑うというか自分なりで評価するということがない。自分より偉い誰かが検証しているって思うんだろうね。人が良い?性善説??この差は何なのだろう???

英国での新型インフルエンザの発生

感染回避行動を取った人は少ない

[2009年8月27日(VOL.42 NO.35) p.01]

〔ロンドン〕ロンドン大学キングズカレッジ精神医学研究所の G. James Rubin氏と英国保健保護局の研究者らは、英国での新型インフルエンザ発生の初期段階で感染回避のために日常の行動を変えた人は少なかったとBMJ(2009; 339: b2651)に発表した。その一方で、今回の研究結果は、英国政府が新型インフルエンザの感染リスクを軽減するために具体的な行動を推奨した取り組みは妥当だったとしている。


62%は政府の推奨を全く行わず

 感染症の発生を封じ込めるために、衛生に関する具体的な行動を促すことの有用性は過去の感染症流行の際に証明されているが、実際にそのような行動を取るように動機付けすることは容易ではない。

 Rubin氏らは、新型インフルエンザの発生についての認識がイングランド、スコットランド、ウェールズの一般大衆の行動変化にどのように影響したかを検討した。

 2009年5月8~12日に997人の成人を対象に電話調査を行い、最近の行動に関して9つの質問をした。うち6つは、政府が推奨しなかった場所、活動、行動を回避したかどうかを問うもの。残りの3つは、推奨された行動に関するもので、具体的には、(1)ドアノブやコンピュータのキーボードなどの表面を洗浄・殺菌する(2)ふだんから頻繁にせっけんと水で手洗いをする(3)新型インフルエンザが発生した際の行動について友人や家族と話し合う―であった。

 その結果、大規模なメディアの報道と大がかりな政府の広報キャンペーンがあったにもかかわらず、一般の新型インフルエンザへの反応は冷静だったことが示された。発生について不安を抱く参加者は少なく、なんらかの不安を訴える参加者は24%で、強い不安を訴える参加者は2%にすぎなかった。

 参加者の大部分は、手洗いの頻度を変えなかった(72%)、ものを洗浄あるいは殺菌する程度や回数を増やさなかった(83%)、flu friend*と計画を立てなかった(85%)と報告した。 62%はいずれの行動も取らなかったと報告した。発生後、人ごみを避けたと申告したのは5%に満たなかった。

 今回の研究では、新型インフルエンザの発生に対する認識が人々の行動変化にどのように影響したかについても検討した。その結果、(1)新型インフルエンザが重大である(2)罹患リスクが高い(3)アウトブレイクが長期間続く(4)関係当局が信頼できる(5)リスクコントロールが可能である―などの認識がある場合は、政府の推奨する行動を受け入れる可能性が高いことがわかった。一方、人々がアウトブレイクに関して確信が持てず、誇張されているような印象を受けた場合は、そのような行動を受け入れない可能性が高いことがわかった。

 このような結果を受けて、同氏らは「日常行動を変えて推奨される行動を取った人は38%しかいなかったが、一方で、インフルエンザのリスクを回避させる行動を国民に推奨する政府の政策は妥当だったと言える。新型インフルエンザ発生に騒ぎすぎであるとする国民の認識に対して政府が対処することは困難かもしれないが、価値のあることだろう」と結論付けている。

*インフルエンザに罹患した際に、代わりに食料品や薬剤などを買いに行ってくれる近所の人、友人、親戚などを指す。外出しなくてすむので感染拡大を予防できる。


島国ってところだけは似てるけど、、、

英国人って、、、日本人って、、、、一体、、、、文化と言ってしまえばそれまでなんだけど、良い所は真似したい、、、、、よねぇ?

ギリシャ神話の影響? キリスト教? ローマ帝国? 対イスラム社会? 教会破門と英国国教会? ケルト人対ゲルマン人? フランスとの対立? イングランドとスコットランドの因縁? 大英帝国の衰亡?????

歴史以前の検証は不可能だから、、、、、遺伝子に刷り込まれている(メチル化、アセチル化??)と表現すれば、当たらずとも遠からず、なんだろうけど、、だけど、スッキリしない。

歴史に疎い私にも一つだけわかることは、日本人は、日本語を話す人間以外にコミュニケーションをとれ(とら)なかった。。。。言い換えれば、価値観が狭小になりがち、、、、、多様性が無い。それ故の、強いもの、公的なもの、自分より偉いもの、自分より金持ち、、、と自分の頭が上がらない人から言われた言葉を、疑いもなく鵜呑みにする。(それがほんとに正しかったのかもしれないけど。。真実が不明ならば、嘘にならないし、嘘もばれなきゃ真実だ)

確かに、自分で何も考えずに生きていくのは“楽”だ。逆に言えば、日本は歴史的に概ね平和だったって事だ。『おおかみが来たぞぉ』って言われれば、みんなが逃げ惑うから、自分も逃げまどう。それを疑うことは、日本人にない。

平和だ。偉い人達は、おおかみが来なければ来た事にしちゃえばイイ。。。実に平和だ。

平和じゃなかった英国人は、逃げ惑うにもエネルギーが必要だから、無駄な事はしたくない。だから、自分で評価する・・・のかも。

現象だけを見ると、日本人は、群れを成す鳥や魚が“シンクロ”して泳いだり飛んだりしているのに似ている。。。。ただし、あれは、危険回避という利益が向上するからなのだが、人間が行動をシンクロさせる事でも、同様のことが言えるのだろうか??(・・・カタクチイワシの脳を持つ男・・って言えるのかなっ・・)

英国人は、何事も、自分が納得できなければ行動しない。評価・比較する能力が、生きていく為に、日本人よりシビアに影響した・・・・だから、インフルエンザと他の感染症を比較できる?

日本人だって、こういう人は少なからずいる。。。というか、専門家なら、本音ではほとんどがそうだろう(マスコミや大衆に迎合していたとしても)。

厚労省の“ワクチン緊急輸入”に対しても『白紙承認してまで輸入しなければならないものか?』という意見もあるし、この騒ぎの中でも、“肺炎球菌ワクチン”や“小児の細菌性髄膜炎予防”に関心を寄せている医療人の方が多い。。。。インフルエンザより、もっと、注意しなきゃならない感染症があるんじゃないの?と。イインフルエンザワクチンより、もっと、大事なワクチン接種の啓蒙をしなきゃならないんじゃないの?って。

財源は無尽蔵じゃないんだぞっと。


英国人の、この冷静なリスク評価は、一体、どこから???

英国人がみな、日本人の専門家のような知識があるとは思えない。。。。なのに??

自分の身は自分で守るのが基本だから??リスク評価は、人の言われるままにしない?

日本人は評価することが苦手??適当な比較する対象を選択する事も含めて??


そういえば、良く聞かれる、『この薬強いですか?』って。

聞かれたことないけど、多分(カタクチイワシの脳を持つ)日本人は『インフルエンザって怖いですか?』って聞くんだろなぁ。。。。


もしかしたら、科学にもっとも向かない曖昧な言葉、日本語の特徴のせいなのか??言葉に不備があるから、騙すのも簡単!!??
 
 
 
でも、もしかしたら、みんなでパニックを望んでる?? 無意識にカタルシス効果を求めてるの??

だとしたら、、、、、何に悩んで、失望して、絶望してるんだろう・・・・?

2009年08月26日

チェーホフ 『かもめ』

20090826_Anton_Chekhov_reads_The_Seagull.jpgタイトル、チェーホフ『かもめ』は、メタファーである。なんのメタファーか?まぁ、それは、おいといて・・・・・。

というわけで、、、、、

数十年前の前の話である。

国際会議の後、アメリカ大統領とイスラエル首相とソビエト書記長が、ゆったりとソファーに座って、酒を飲みかわしながら雑談していた。そして、自国の情報機関がいかに優秀かについて激論を交わしたのだった。

数週間後。とある国のとある森。アメリカのCIA、イスラエルのモサド、ソビエトのKGBの部員たちがいた。
彼らは、ウサギを森に放して、いかにそれを捕まえるかを競うことになったのである。

最初は、CIAがその森に入っていった。
彼らは、動物達の中にスパイを配置し、全ての植物、全ての鉱物について慎重に聞き込み捜査を行った。
そして、1ヶ月後、ウサギは存在し得ないと結論づけた。

次に、モサドが森に入っていった。
彼らは、顔色も変えずに森を焼き払い、2週間がかりで全ての動物を殺してしまった。そして、別の森からウサギを連れてきて、ウサギをつかまえたと結論づけたのであった。

最後に、KGBが森に入っていった。
彼らは、なんと1時間後に、ウサギを見つけたと言って、森から出てきた。
しかし、それはどうみても、ボロボロに拷問を受けたアライグマだった。
首ネッコをつかまれたアライグマは大声で叫んでいた。
「はい。その通りです!」
「私はウサギです!私はウサギです!私はウサギです・・・」


上は、有名?な笑い話だが、、、、

今朝、日本共産党の候補者が街頭演説していたのを、信号待ちしながら聞いていた。

『我々は、労働者の保護、派遣労働者の保護を最初に訴えた、、、、』とかなんとか。要は、日本共産党は労働者の味方で、弱い立場の味方で、、、、と言いたいらしい。

印象的だったのは、大声で叫んでいる傍らに、浮浪者と思しき人が、ダンボールの上で横になっていた事だ。

私は『ボロボロのアライグマは、本当にウサギなんだろうか・・・・?』と。

現に共産党の候補者は、気づかないのか、寝転んでいる無職の方々に見向きもしない。。。

『日本にウサギはいるのか???』


話は変わって、、、

信心厚いその男は、昔からローマ法王に是非会いたいと念願していた。ついにイタリアに行った彼は、長年の夢を果たそうとサン・ピエトロ寺院で、一番いい一張羅を着て、群集の中にまぎれこんだのである。いい服を着ていれば、ローマ法皇が自分に気づいて話しかけてくれるのではないかと思ったのだ。

ローマ法皇は、ゆっくりと(そして男に気づく気配もなく)人々の前を歩いて来た。そして、ひとりの乞食にその慈顔を向けると、穏やかな笑みを浮かべて乞食に何か語りかけると、通り過ぎていったのである。

男はとても反省した。いい服を着て法王に目を留めてもらおうなんて、自分はなんてはしたない考えを持っていたのだろう。貧しき者にこそ、神は慈悲深き目を向けるのである。

一計を案じた男は、先程の乞食に頼んで、千ドルで自分の服と乞食の服とを交換してもらうことにした。

次の日、また法王が人々の前を通りかかった。すると法王は(乞食の服を着た)男に近づいてきたのである。そして、男の耳に口を寄せると、やさしい声でこう言われた。

「昨日、目障りだから消え失せろと言ったはずだぞ」


これも、有名な?笑い話。。。。

日本共産党の立候補者は、職にあぶれた浮浪者を、見てみぬ振りしていた。。。

民主党の立候補者は、にこやかに握手を求めながら、、、「昨日、目障りだから消え失せろと言ったはずだぞ」と言ったかどうか・・・・・、心の中で。


交通事故で天国に召された愛し合っている若い二人。

天国に着いた二人は、聖ミカエルに結婚させてくれるよう懇願した。
「僕たちは、死ぬ前に結婚しようと誓い合っていました。天国で、この誓いを永遠のものとしたいのです」
「ううむ」聖ミケエルは、二人の強い愛に感心して唸った。しかしこう言ったのだった。「今すぐは無理だから、少し待ちなさい」
それから100年ほど経っただろうか。ようやく二人は聖ミケエルに呼ばれ、結婚式をあげることができたのだった。

そして、また100年後。二人は再び聖ミケエルに会いに行った。
男が言った。「こんなふしだらな女とは、一秒だっていっしょにいたくありません」
女が言った。「この人は、家のことを何もせず、暴力をふるうのです。離婚はもちろん、慰謝料を請求したいのです」

「冗談は止めてくれ」聖ミケエルは叫んだ。

「天国で聖職者を探すだけでも100年かかったのだぞ。この上、弁護士なんて絶対に見つかりっこない」


これには、もう一つのバリエーションがあって、天国には政治家は一人もいないってもの。。。

何処の国でも、政治家の扱いは同じようなものなんだが、ふと、気づいたことがあった。

当たり前なんだけど、世の中が良くなったら、彼らの存在理由が無い。。。。「金がねぇで結婚はしねぇほうがいい。俺もそう思う」は、俺もそう思うんだけど、これが問題になるんだから、社会の問題は尽きない・・・・かっ。


ところで、地球上にいる微生物の何%を人間が認知しているのかをご存知だろうか?

答えは、1%以下。

人間は、99%以上の微生物を知らない。知ることが出来ないのは、培養できないから。だから、今ではメタゲノム解析が流行っている。

メタゲノム解析は、どんな種類の生き物が持っている遺伝子なのかはわかんないけど、そこにいる生物の遺伝子を“ガバッ”と調べる方法だ。

驚くべき事に、人間の腸内に住んでいる細菌だって、人間は全部知っているわけじゃない・・・というか、知らない方が圧倒的に多い。そして、それぞれの微生物を“対人間”との関係で考えるだけでは、どの微生物が人間にとって益をもたらす存在なのかを突き止める事は出来ない。表面的に人間に不利益な微生物が、人間に益をもたらす微生物の生存に必須の場合だってあるのだから。。。。


微生物を殺す薬の代表が“抗生物質”だが、現代人は、安易にこれを使用している(というか、効能を勘違いしている人が多い)。


例えば、年金の問題だって、労働者雇用の問題だって、非常に複雑な因果関係の結果のはずだ。それなのに、短絡的な解決法だけに注目が集まる。。。。

候補者が連呼する政策は、抗生物質の使用と重なって見えるのは、私だけだろうか・・・?


p.s.関係ないけど、私は、インフルエンザに感染したら、葛根湯や麻黄湯を飲もうと思っている。

2009年08月24日

『ダークナイト』と女子高生のスカート丈

20090824_skirt.jpg『ダークナイト』で、ジョーカーが語る“人は何に恐れるか”は、インフルエンザにも当てはまる。

人は、新型インフルエンザの感染拡大に怯える。しかし、、、
現代医学が「季節性インフルエンザ」の感染拡大を止める事ができていない事実には、恐怖しない。

人は、「新型インフルエンザ」で死ぬ事を恐れている。しかし、、、
「季節性インフルエンザ」の感染者の0.1%が死亡している事実には恐怖しない。

私は、『バットマン ビギンズ』から再スタートした新生バットマンシリーズをみた時、あまり面白いとは思わなかった。しかし、、、『ダークナイト』は面白い。

『バットマン シリーズ』はゴッサム・シティーという架空の都市が舞台だ。でも、これが現代の何処にでもある都市のアナロジーである事は、誰でも気づくんじゃないかなぁ。これが、『面白い!』って、私が感じた理由。

中でも、ジョーカーが語る“人は何に恐れるか”の部分、感じることはできるんだけど、巧い言葉で表現できなかった。。。。まさに、コレコレって感じ。


さて、人は、その恐怖が、想定内なら怯えない。。。。。

科学的常識は、通用しない世界だ。。。。私は、科学的常識で過剰な恐れが克服されるのが一番だとは思うが、マスコミがイイカゲンな報道で“麻痺”させてくれるのも、一つの方法じゃないか!?と思うようになった。『ダークナイト』を見てからだ。

インフルエンザの治療薬、タミフル、リレンザなどが特効薬のように扱われているが、服用したって“重症化”を予防できるわけでもないし、重症な患者を救えるわけでもない。。。。こんなものにすがるのは、科学的常識で考えれば愚かな事だけど、溺れる者は藁をもすがるの通り、何もせず死ぬより、何かして死ぬほうが、本人も周りも納得が行く・・・・・。

実も蓋もない話だが、死ぬ人は死ぬし、死なない人は死なない。予測不可能なのだ。懸命な救命によって救われる命がある一方で、救われない命もある。どこが分かれ道なのかは解らない。

想定内なら恐怖しない。

「新型インフルエンザ」では、すべてが予測不可能な事が怖い原因の一つなのだが、「季節性インフルエンザ」の何がわかっているのか?と問われれば、ほとんど、なにもわかっていない。私を含めてほとんどの人は、『何故、あの人が死んで、あの人は助かったの?』『どうしてわが子に重い後遺症が?』『自分の場合はどうなのだ?』に尽きるだろう。。。そんな事にさえ、『高齢が故、、、免疫不全状態で、、、基礎疾患があり、、、免疫が無い、、、』『もっと、受診が早ければ、、、』と歯切れが悪い、、っていうか、解っていないのと同じ。『遺伝子型により、死ぬ運命にあった』とは言えないとはいえ・・・。

でも、「季節性インフルエンザ」に対しては、根拠も無く“怖くない”状態になっている。。。。から、厳密に言えば、予測不可能に怯えているわけでもない。


なんとなく、、、、なのだ。
 
 
 
想定内なら、恐れない、、、、は、何も病気に限っての事じゃなく、政策にしても同様だ。

民主党は、高速道路の無料化を打ち出している。高速道路は、長い事、国民に使われていて、何を変えると、何がどうなる解りやすい(解ったつもりになれる。根拠もなしに)のだが、携帯電話の通信料を大幅に値下げする・・・・とは言わない。

携帯電話は、ほとんどの人が使っているとはいえ、まだまだ、使用年月は浅い。何かを変えるとどうなるのか解らない・・・・って最初から思ってしまうのだろうか?民主党のマニフェスト作成に関わった連中は、、、、?


話は変わって、若者の政治への関心の無さは、甚だしい。

若者を政治に引き込むには、『携帯電話の通信料を今の1/5にする』なんて事をマニフェストに盛り込めば、彼らの票は、濡れ手に粟だろう。。。。。

高齢者に迎合するのか、若者に迎合するのか?

政権交代自体がネタになって、面白がっている中年は、民主党が『携帯電話の通信料を今の1/5にする』って言ったら、どう反応するんだろう???

私は?  さんざん、民主党をけなしてきたけれど、『携帯電話の通信料を今の1/5にする』のなら、民主党に一票だ。色んな意味でね。。。フフフ。


p.s.女子高生のスカート丈、あなたの許せる程度は?(想定内はどれ?)

2009年08月21日

ニワトリの脳を持つ男

20090821_chicken.jpgデジタルといえば、『0か1か・・・』って、誰しもが思っている。

デジタル=コンピータが、『0か1か・・・』という“2bit”を用いて機能しているからなのだろうが、そのコンピュータが“多bit”を用いるようになると、デジタルという言葉の意味は変化するのだろうか・・・・?

よく、『デジタル人間・・・』などと他人を揶揄する人がいるが、量子コンピュータの時代になっても、こんな事を言うのだろうか・・・・?(っていうか、量子コンピュータが無知な人の“試金石”になる言葉のような気がする・・・)

論文を読んで、ふと、そんな事を考えてしまった。

多値(3値以上)レベルの量子エミュレーション(Higher-Level Quantum Emulation)

Science August 7 2009, Vol.325

情報を符号化するデバイスが量子コンピュータの心臓部である。

この量子符号化は通常、“量子ビット(a qubit)”で取り扱われており、古典的コンピュータにおいて0と1で符号化される2値レベルビットに類似した2値レベルの量子系である。

しかしながら、2値の量子エネルギー準位である必要はない。量子コンピュータの心臓部にあるデバイス中では3値(a qutrit:キュートリット)、あるいは一般にそれ以上のd値レベル(a qudit:キューディット)があっても良いはずである。

Neeleyら(p. 722; Noriによる展望参照)は5値レベル量子デバイスを実証し、そのキューディットを用いて、量子スピンの操作に関与するプロセスをエミュレートすることができることを示している。

多値レベルキューディットの採用により、ある種の計算タスクが簡易化され、また量子コンピュータそれ自体を実現するために必要とされる回路を簡易化する事で量子情報処理実現のポテンシャルを持つている。

Emulation of a Quantum Spin with a Superconducting Phase Qudit
p. 722-725.


量子コンピュータ時代になっても、他人を『デジタル人間・・・』なんていう奴を見付たら、それは、ニワトリの脳を持つ人間。。。


さて、今年の夏休みもまた、車で走り回った1週間だった。

車に乗っていると、『色んな人間がいるなぁ・・・』と、つくづく思う。10~100人に一人の割合?で存在する“ニワトリの脳を持つ男”が、特に面白い。

このニワトリの脳を持つ男は行動面での特徴があるだけだから、街中で出会っても気づかない。

地方の自動車専用道路は片側一車線区間がよくあるが、1台の車の速度が遅いと、その後が金魚のフン状態になることが、ままある。人間の脳を持つ運転手は「まっ、しょうがないかっ」と、普通に先行車に続いて走るものなのだが、“ニワトリの脳を持つ男”は違う。
先に何台もの車が連なって走っていようがおかまいなしに、最後尾の車を『オラオラ、どけよ』と言わんばかりに煽りまくるのだ。最後尾の一台を追い抜いても、意味無いのに、それでも、目先の一台が気になってしょうがないらしい。

混雑しているサービスエリア内で、エンジンを唸らせて猛スピードで突っ走るような男も“ニワトリの脳を持つ男”の典型だろう。

とにかく、前後3秒程度の状況認識力しか持ち合わせていないのだ。


今朝、休み明けの通勤路を歩いていると、“ニワトリの脳を持つ男”が『こんなところにも存在していたのか』と発見してしまった。

駅までの通勤路は、住宅街でスクールゾーンに指定されており、この時間帯は住んでいる人以外の交通を認めていない。通行許可証が必要で、住所者には交付されている。

ここを、規則を破るだけでなく、猛スピードで走り抜けるヤツがいるのだ。今まで苦々しく思っていたのだが、こいつも“ニワトリの脳を持つ男”なんだなぁと、ふと、思ったら、急に哀れになった。


“ニワトリの脳を持つ男”の乗る車は、ある共通点がある。安くて遅いのだ(遅いくせに自分より遅い車は煽り、流れの遅い細い路地で飛ばす)。ニワトリの脳だから、収入も少ないのだろう。中古の外車も多い。スクールゾーンのそいつは、ご他聞に漏れず、中古で旧型の黒の BMW X5 だ(わかり易い)。

万事が、精一杯、無理して頑張ってるから、常にフルスロットル・・・・・なのかもしれない。周りは至極迷惑なのだが・・・。子供たちは、私が言うニワトリが面白いらしく、このような運転をする人間を見つけちゃ『ニワトリがいたよ』って、すでにカラ馬鹿にしている(良いんだか、悪いんだか)。


ところで、もう、40年以上も昔になるだろうか、当時、我が家ではニワトリを飼っていた。卵を得るためと、鶏肉を食するためなのだが、たまに、祖父が、鉈(なた)でニワトリを断頭するのを見る事があった。

知らない人もいるだろうが、ニワトリは断頭されてもしばらくは、庭を走り回るのだ。当時、飼っていた犬がそれを追い回し、ジャレているのを、いまでも鮮明に覚えている。


サスガ・・・・ニワトリ・・・・。頭が無くても体がうごく。


片側一車線の最後尾の車を煽ったり、混雑しているサービスエリア内を爆走したり、通行禁止のスクールゾーンを爆走するヤツは、きっと、頭を使っていないに違いない。。。


彼らを、断頭して様子を見てみたい“衝動”に駆られた私は、自分では“正常”だと思っているが、別の人に言わせれば『○○の脳を持つ男』といわれるのかもしれないなぁ。
 
 
 
p.s. 昨夜、ヒース・レジャーの遺作となった「ダークナイト」を観た。彼が演じる“ジョーカー”が喋る内容に、いたく感心してしまって、自分も試してみたくなって、こんな“締めくくり”にしてみた。

心無い運転手が人を轢き殺すことには慣れっこになっているが、人の首を刎ねる事にはなれていない人の感情は、最後の一文でどのように動くのか・・・・・・。興味深い。

2009年08月11日

こんな民主党にまかせていいのか??

20090811_a_general_election.jpgこんな事を『糞も味噌も一緒にする』と言うのだろう。

民主党の議員は、自ら“頭が悪い”のか、“頭が悪い国民”ウケの良い行動をとるのか、あるいは、問題の本質などお構いなしに、“頭を使わない庶民感覚”である“判官びいき”に訴える行動しかとれないのか、どちらにしても、こんななさけない連中には、日本は任せられない。

何のことを言っているのかといえば、今年の7月1日に設立6周年を迎えた【食品安全委員会】の委員人事が、6月5日に参議院本会議で、民主党議員ら野党4人の反対により、不同意となった事だ。

この不同意の理由には、科学に対する“重大な誤解”があり、日本学術会議も科学者の代表として、異例の抗議声明を発表している。

食品安全委員会の委員長も、同様の談話を発表している。

委員人事で、クビにされた吉川泰弘・東京大学大学院教授がインタビューのなかで指摘しているのだが、要するに“リスク評価”が如何に難しいのかを、正確に理解していない人が多すぎるという事なのだ。

国の舵取りをする覚悟があるなら、このような問題の場合は、大衆迎合などすべきではない。糞も味噌も大衆迎合、『国民の・・・・』『国民の・・・・・』などと言っている政党に信頼など置けるはずもない。


(私の大嫌いな)マスコミの報道のあり方にも、大いに問題がある。

本来なら、“食品の安全性”は国民の生活に、かなりの影響がある筈だ。そのような問題のソリューションが、政党によりどのような差があるのかを示し、『国民の信を問う』のが、本来のマスコミの仕事のはずだ。それを、単に政権与党の“悪い面”や小泉政策の“悪い面”のみを強調するだけで、“良い面”“良い政策”“良い行動”は一切、報道しない。

国民に、『科学的なリスクの評価は単純には出来ない』ということを理解させるのが難しくても、誤解や思い込みに迎合してはいけないのだ。


そんな体質が、インフルエンザ騒動に繋がる。移植医療に感情を持ち込む事を助長する。


国民に“科学的な常識”を期待したいけど、現実には無理だ。

政治家もマスコミも、もうそろそろ、この事を国民に突きつけても良い時期に来ているんじゃないかな?『あなたたち、国民は、科学的常識が無いんだから、我々の指示に従ってくれ』と。

事実、すでに一部では《医療の限界・不確実性を「患者も覚悟すべき」》との声も、上がっているのだから。

厚生労働省では「慢性疾患対策の更なる充実に向けた検討会」を開いているのだが、検討会構成員の辻本好子氏(NPOささえあい医療人権センターCOML理事長)が「患者に医療の限界を認識し、覚悟してもらうことも必要」と提案したそうだ。

辻本氏は、「患者の立場としては、まだまだ『国が何とかしてくれるはずだ』という漠然とした期待感を捨て切れずにいる。しかし、医療の持つ限界や不確実性を共通認識にしていくことも必要で、厳しいようだが、患者側の覚悟も明確にしていくことが、(国や医療関係者と)同じ座標軸に座れることにつながるのではないか。『社会全体で』などの美しい言葉が並んでいるが、具体的にどのように支えるのかとともに、患者側が引き受けなければならない責任もあるということをしっかりと示すべき」とし、記述内に盛り込むことを提案した。


政治家が、選挙前にこんな事を言ったら落選確実・・・・・なんて、そう、政治家自身も思い込んでいるんじゃないのか??

そうだとしたら、『国民・・・・』『国民・・・・』と国民が一番正しいかのように持ち上げている一方で、思いっきり馬鹿にしている・・・よね!

こういう、庶民に“辛い”言葉を投げかけて、、、、、最初は、落ちても良いじゃん、、、こういうことを繰り返せば、やがて理解する国民も出てくるはず。そうして選ばれた政治家は、、、、本物。

自民党嫌い、小泉嫌い、、、こんなのに頼って政権を取ったって、お先は、、、見えてるよ!
 
 
 
ところで話は変わるが、小泉さんが決めた、医療情報の電子化だけど、すでに保険請求のオンライン化は進んでいる。薬局では4月から義務化された。グスグスと我侭をこね回しオンライン化に対応していない自分勝手な薬局も存在するみたいだが。。。

こんな薬局は、『おまえら、努力しろよ!』と一刀両断で良いと思うのだが、そこが、日本人の日本人たる所以で、当局は、超少数の反対意見にも、ビクビクして優柔不断な対応をとる・・・・・。この体質は芸能界の麻薬汚染にも繋がる。とにかく、“甘い”のだ。直ぐ復帰できるし。。。おっと脱線!

で、その情報の電子化は、2015年には、処方箋の電子化が現実のものとなる。

具体的にどうなるのかは、今の段階ではわからないが、健康保険の一元化が進めば、その保険証にICチップを埋め込んで、、、、、または、処方箋の電子化が、保険の一元化を促進する・・・・・。そこに関わる人件費は大幅に縮小できるはず。合理化だ。税金の無駄を省ける。

病院内の人件費にも、影響する。事務仕事が極端に減ってくる。増えるのは、医師の傍にいて医師の仕事を電子化する“医療クラーク(秘書)”だ。

医療費全体が“縮小”されても、病院の利益が増えれば、医師の人件費も増やすことが出来る。

医療情報という高度な個人情報は、病院や薬局が管理する時代から患者個人が自分の健康保険証とともに、個人が管理する時代なる。個の医療の実現だけでなく、検査や投薬の重複を防ぎ、無駄を省ける。薬局では、処方以外に、病歴と検査値が参照できるようになり、薬剤師は、ますます患者志向のサービス提供が可能になる。

一気に進むと、当然、職を失う人も出てくるのだが、『こういう時代になりますよ』と、地デジ放送のように、事前にアナウンスし、『その対策を立てて置きなさいよ』・・・とすればよい。新しい仕事に就く為に勉強する猶予期間の為に。医療に携わるなら、それくらいは当然!!


そして、医療情報技術者が、力を発揮できる時代になる・・・・・・・?
 
 
 
なんだか、今日は、やけに、話が具体的だなぁ・・・・・、まぁ、いいかっ!
 
 
 
今、私のところの若い薬剤師が、この資格にチャレンジしている。私も自分の情報技術の力試しにチャレンジしようと思っているのだが、、、、。

医療分野では、扱う情報が特殊なので、医療職がこの分野に手を出すのが手っ取り早い。というか、情報工学の専門家が活躍できるほどの居場所が、まだ、医療機関には無い。この資格だけで“飯を食う”わけには行かないのだ。しかし、これからの医療機関には、必須の存在。


というわけで、私は先を見据えてるつもりなのだが(自画自賛)、、、、自民党嫌い、小泉嫌いの民主党が政権を取ったら、医療情報の電子化、、、、が頓挫・・・・・・。

と、小市民の私は、自分の仕事のやりやすさばかりを求めているにも関わらず、上記のような大義名分をもって、民主党をこき下ろす、自分勝手なヤツなのでした。ワハハハハ。

お盆明けには、総選挙。。。。。私の理想は、超党派で本音を言う。リスクの評価が正しく出来る。大衆に迎合しない。努力した人が報われる世の中を実現出来る。正直者が馬鹿をみない世の中に出来る。平等を履き違えていない。自らの身を切る覚悟がある。。。だ。。。。選挙制度から変えられる(※)パワーを持った人物がいればいいのだが、、、、誰にしようかなぁ??

※国会議員たるもの、地盤なんて持つ必要は無い。立候補できる選挙区はランダムに割り振られるべきなのだ。その中で政策を展開し投票してもらえばよい。そうすりゃ、自動的に看板(親の七光り=世襲)も意味を為さなくなる。政治、選挙には金がかかる。カバンは必要な事を訴えるべき。金=悪のイメージを拭い去れ!!世襲が悪いのではなく、七光りだけで当選する制度が悪いのだ。親の背中を見て育った人間のなかには、政治家としての資質(ってのは、私が思うにリーダーシップ、大局観)は、バツグンのものもいる。世襲禁止は、判官びいきの大衆迎合。

立候補する選挙区がランダムになれば、地元利益還元で票を取れない。っていうか地元利益還元なんての地方議員の仕事。地方分権と道州制を実施は必須。国会議員は、外交、防衛、教育、医療福祉を柱に仕事して欲しい。

医療制度は国が決め(ある程度のローカルルールは認める。たとえば一部負担金とか)、そこで働く医療職の免許は道州に委ねる。免許が道州のみで有効とすれば、医師偏重・地域格差は少なくなるんだから。

 1  |  2  |  3  |  4  |  5  |  6  |  7  |  8  |  9  |  10  |  11  |  12  |  13  |  14  |  15  |  16  |  17  |  18  |  19  |  20  |  21  |  22  |  23  |  24  |  25  |  26  |  27  |  28  |  29  |  30  |  31  |  32  |  33  |  34  |  35  |  36  |  37  |  38  |  39  |  40  |  41  |  42  |  43  |  44  |  45  |  46  |  47  |  48  |  49  |  50  |  51  |  52  |  53  |  54  |  55  |  56  |  57  |  58  |  59  | All pages

About ああ、いっぺん言うてみたかった

ブログ「WebMaster's impressions」のカテゴリ「ああ、いっぺん言うてみたかった」に投稿されたすべてのエントリーのアーカイブのページです。過去のものから新しいものへ順番に並んでいます。

次のカテゴリは医薬・生命科学です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。

Powered by
Movable Type 3.37