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ああ、いっぺん言うてみたかった アーカイブ

2008年07月16日

市民権

20080716_citizens.jpg「日本の1人当たり医療費は先進国中最低であり、一方で国民負担率は既に世界一だ。格差社会が問題となっている今、これ以上の国民負担増は如何なものか。負担増の前に、既存の予算の見直しが先決だ」

よく、こんな言葉を耳にする。しかし、、、

1人当たり医療費は先進国中最低なのは、当然のことだ。だって、鼻水たらしただけで病院に行くし、水虫だって病院に行かなきゃならないし、最近はデブとハゲも病気だ。

一旦治療を始めたら、心臓が動く限り(無理やり動かしながら)治療を止めることはない。治る見込みには関係なく。

国民全員が"保険料"を納めるわけだが、使う人(病院に行く人)が少なければ、個人負担は少なく、一人あたりの医療費は多く出来る事は、小学生だってわかることだ。


何故、そこ(必要がないのに病院に行く、治療を続ける意味がないのに治療を続ける)に"メス"を入れないんだろう?医師不足や医療費問題の根本的な原因だろ?


道路の建設には目くじらを立てる人も、必要のないのに病院に行く人には目くじらを立てない。


国を挙げて、禁煙をさせたがっている。喫煙は悪だ!と。

そんなにタバコを吸わせたくないなら、小学生の頃から最低でも1週間に1回、喫煙者で肺がんで亡くなった"肺臓"の標本を、絞るとタールがにじみ出る組織を見せたらいい。

『タバコを吸うのは自由だから止めないけど、こうなるのは自己責任だから、なってからは誰にも文句は言えないよ』とすれば良い。9割9部9厘、喫煙は抑制できるだろう。


何故、そんな簡単な事も出来ないんだろう?平日に休暇の取れる医師や薬剤師で子供がいる人はたくさんいるはずだ。私だったら、請われれば無報酬でも学校に行くのに。
 
 

 
古代ギリシャのアテネやスパルタ、ローマの時代にも、"市民"、"市民権"なる言葉があった。

それを"日本の"辞書で引いてみると、、、、、

しみん【市民】
1 市の住民。市に住む人。都市に住んでいる人。都会人。
2 (英citizenの訳語)西洋で、国政に参与する地位にある国民。公民。
3 (フランスbourgeoisの訳語)西洋近代史で、前代の貴族や僧侶にかわって政治的権力を得た人々。市民階級。

しみんけん【市民権】

市民としての行動・思想・財産の自由が保障され、国政に参加することのできる権利。国民の権利。民権。公権。


他の辞書で引いてみても、大方、この説明で違いはないだろう。

とっても、日本的だ!

権利ばっかり主張して義務や責任・制限を受け入れない日本人の特徴が、よく顕れていると思う。辞書ですらこれなんだからね。(辞書を作る側も現代の市民の反発が怖くて義務や責任に触れられないんだろう)

アテネやスパルタ、ローマの時代の市民、市民権という言葉には、権利と供も義務も併記されていた。当時は市民権を持つものの義務は兵役だ。兵役を金で免除するなどの行為は認められなかったし、そのような行為は"恥"とされた。金で免除できたり、兵役を負わないのは市民じゃない。

それらの文化を受け継ぐ西欧の人たちは、権利の裏には義務・責任があることを、肌で知っている、っていうか、遺伝子に刷り込まれている。(エピジェネティックな遺伝かもしれない)


私の知る限り、日本人に"義務・責任"の感覚は無い。

私は、日本の近代史、日本文化に詳しくない。昔から日本人は"義務・責任"の感覚が無かったのか、あるいは、それは最近の事なのか?

これはこれで、興味深いのだが、冒頭の言葉を正当化し、こんな事を正義漢ぶって叫んでいる奴らが、日本人に権利意識だけを助長させせていることは間違いない。

2008年07月02日

素粒子への批判 厳粛に受け止め 犯罪被害者の会に本社

20080702_superior.jpg例の朝日新聞の"死神"報道の件だ。

『鳩山法相については「中傷する意図は全くありませんでした。法相が『侮辱』『中傷』とお受け取りになったとすれば、残念です」とした。』だってよ・・・・・・。


確信犯だよな、朝日新聞(テレビ朝日も含む)。


---言い逃げだな---

日韓併合や南京大虐殺を自虐的に報道し始めた頃からはじまったんだろうなぁ。

歴史的事実認識においても、韓国人ですら『日本が十のうち一の歪曲があるとするなら、韓国は十のうち九は歪曲があると言っていいでしょう。』と言う人がいるのに、日本は"絶対悪"だって言ってた訳だからねぇ。

これが朝日新聞の全職員?や周辺のインテリ層や学校の先生達にまでに"伝染"しちゃったもんだから、その息がかかってりゃ誰もが『天皇が悪い』『軍部の暴走』とかなっちゃうし、そう教えちゃうんだろう。

どこに焦点を当てて見るかによって判断の分かれることを、十把一絡げで『善だぁ、悪だぁ』ってやるほど愚かな事はない。(医学的な大規模臨床試験が良い例である)

それに、己のテリトリーに生きていく為のリソースが不足したら、テリトリーを拡大するのは"生物の本能"である。

日本人が本能的に"危機"を感じた時の植民活動や戦争に対しては、代替案を出さない人間達(朝日新聞などの自虐的歴史観の人達)にものを言う資格はない。

この体質が、まさに、現代の"死神発言"に繋がっているのだ。(報道に拠れば「朝日新聞は死刑廃止の立場をとっていない」との事だから、印象操作以外のなにものでもない訳だし)


『植民活動や戦争をせず、日本人どおしで"人口を減らす(殺戮)"行為をすべきであった。日本が植民地化されるべきであった』と言うのなら、自虐的歴史観の人たちを、ある意味、尊敬できるけどね。
 
 
 
秋山真之といえば、日本海海戦に臨んでの「皇国の興廃この一戦にあり各員一層奮励努力せよ」の起草者としても有名だが、子供の頃からその文才を発揮していたそうだ。幼馴染の正岡子規と、ともに筆で名を上げようと誓いあっていたのだそうだ。

  雪の日に北の窓あけシシすれば あまりの寒さにチンコちぢまる

これは、子供の頃の作品だとか。


日清・日露戦争までは日本にも理があり・・・・これ以降は、只の侵略・・・・なんていう人もいるらしいが、「皇国の興廃この一戦にあり各員一層奮励努力せよ」の言葉にどんな印象をもつのかは、人それぞれだろう。

「雪の日に北の窓あけシシすれば あまりの寒さにチンコちぢまる」を知っていたなら、また、違ったものになるかもしれない。

情報はどのように出すかによって"印象"が変わる典型だろう。(秋山真之は有名すぎて適当ではないかも知れないけど)


現在、玉石混交の Web 情報をそのまま鵜呑みには出来ないけれど、マスコミが印象操作の為に「雪の日に北の窓あけシシすれば あまりの寒さにチンコちぢまる」を敢えて伏せている事だけは、明らかだ。

だから、マスコミには、印象が変わる影響を極力配慮した報道をして欲しい。印象操作なんて"セコイ"ことしたって直ぐにばれちゃうのは、フィレンツェの大聖堂落書き事件で実証済みなんだからね。悪者を作りたいのはいつもの事だからわかるけど。

(あっ、イタリアで軽く扱っているから日本人がイタズラ書きして良いって訳じゃないのは、当然だよ。カトリックを知らない日本人が軽軽しく語るべきじゃないし、みんながやってるからって理由は、私のもっとも嫌いな部分だし)

2008年06月21日

ティーンエージャーの喫煙防止と連れション

20080621_urinate.jpgイングランドとウェールズの中学校で行った『ティーンエージャーの喫煙防止に有効な方法は?』の実験結果が Lancet誌 に示された。

要旨は、『ティーンエージャーの喫煙防止を目的として、訓練を受けた生徒が、教室外で同級生に喫煙防止を働き掛ける方法の効果を2年間にわたって調べた結果、喫煙者の増加を有意に抑制できることが示された。』と。この論文の原題は「An informal school-based peer-led intervention for smoking prevention in adolescence (ASSIST): a cluster randomised trial」。興味があればリンクを辿ってくだされ。

欧米では、学校での取り組みの一つに、同年代または少し年長の生徒が、他の生徒に介入する「ピアプログラム」ってものがあるらしい。(随分前にイギリスの学校での"イジメ"を取材した番組を見たことがある。その時は別の事も感じたんだけど)

たとえば、同級生や先輩が喫煙の害などについて教えるわけだ。

これを読んでいたら、がっかりしたっていうか脱力したっていうか、日本の子供達、子供だけじゃなくって大人も含めて、やっぱり全然違うんだよなぁって感じた。

日本で、「ピアプログラム」を実践しようものなら、確実に"いじめ"が増えるだろう。

『なに、まじめくさってんだよ』
『うぜぇなぁ~』
『かっこつけてんじゃねぇ~よ』

反応が目に見えるし、仲間ハズレにされないために、こんな役回りを引き受ける生徒は、おそらく皆無だろう。

前回は、無差別殺傷事件現場の"記念撮影"をネタにして、日本人の"気質"に触れてみたんだけど、子供達の喫煙防止プログラムひとつとってみても、同じホモサピエンスとは思えないくらい、脳機能の違いに、今回あらためて打ちのめされた。

日本人は子供でも大人でも、他人に介入する事を極端に嫌っている。

子供達が学校で出来ないように、大人達は職場で"Peer Review"出来ない。

最近、強く感じる事なんだけど、日本人って"蚊帳の外"が好きなんだよなぁ。読んで字の如くの状態なんだけど、出来事そのものは知ることが出来る距離に居る(居たい)んだけど、その中心には居たくないっていう感覚。

核心に触れる事は怖くて出来ない。だから他人に意見するにしても、例えば生命に直結しない、あるいは因果関係のはっきりしない分野が大好き。(不躾なのやイタズラも含めて脂質代謝系のエントリーに付くコメントは多い)


また、価値観の多様性を論じる場合でも、『洋式便器で男が小便をする時、立ったままか座るか』みたいな事で、侃侃諤諤、喧喧囂囂しちゃう。。。。(ってゆーか、マジだと議論な出来ない)

話は変わるが、この洋式便器での小便の仕方について、おもしろい意見があった。子供の教育にまで言及しているのだが、男の子が立小便が出来ないと、イジメの対象になる。まして、小便し終わった後、紙で拭くなんざぁ、もってのほか。ブルンブルンして小便をきらないといけない・・・・と。

連れションのルーツはここにあったのだ。連れションは日本の文化だったのだ。

一人だけ『公道での立小便はいけないんだぞぉ』なんて言おうもんなら、小便をひっかけられて『あっちへいけ』って言われちゃう。

人と違う事をしたり言ったりしてはいけない・・・・、こんな小便の仕方一つとっても、日本人は、みんな一緒に(結果も平等に)・・・って刷り込まれていくのだ。(だから日本で「ピアプログラム」なんてのは夢のまた夢)
 
 
 

こんな事を書いている私も、実は、当事者になったらどうするだろう?って考えたら、答えが出せなかった。私の子供は女の子だから、洋式便器では座るか立つかについて悩む事はないんだけど、男の子だったらどうするだろうか?・・・と。

立ってすればトイレを汚すから掃除が大変。だけど、それが元でイジメられたり仲間ハズレにされたりしたらどうしよう・・・・と。

自分だったら、そんなぐたらん事で仲間ハズレにされるのなら、そんな奴らは仲間じゃないって言い切れるんだけど、子供の事になると、、、自信がなくなる。
 
 
 
ところで、『座って小便するなんざぁ、男が女っぽくなった現象の一つで、人間の本能が文明にダメにされ、すなわちこれ"少子化"に繋がっている』なんてロジックには、飛躍だよって一笑にふせないものも感じてしまうのだが、他の方のご意見は如何?

2008年06月18日

秋葉原無差別殺傷事件 "記念撮影"する傍観者たち

20080618_channel2.jpg"記念撮影"する傍観者たち(秋葉原に来る若者と言っている)を非難するなら、まず『だったら、そういう報道を止めろ!』って言いたい。(徹底的に顔まで晒すならまだしも)

マスコミの垂れ流す情報により『自分だけじゃないんだ』と、その心情(携帯電話で撮影したい)に"恥ずかしさ"を感じなくなるばかりか、赤信号、みんなで・・になっちゃうんだから。

他人と違う事が怖くて出来ない民族だからこそ、逆に言えば、マスコミが『こんな人、いっぱいいるんだよ』って言えば、日本人は安心して行動に移すのだからね。

マスコミが"情報の垂れ流し"しなくても、ネットで・・・って、ネットのバーチャルな世界を悪く言う向きもあるんだけど、ネット上で別の人格になりきって『俺、写真取りたい衝動に駈られたんだけど』『被害者を可哀想って思えない』と掲示板などに書くだけでは、『みんなもそうなんだっ!!』とは思わないんじゃない?現代の若者がいくら"短絡的"だからって。疑心暗鬼にこそなれ!

豪華客船が今にも沈没しようとしていた。

「さあ!救命ボートがあります。海に飛び込んでください!」

船員は叫んだが、まだ多くの乗客達はためらっていた。

「誰が一番に飛び込みますか?」アメリカ人達が飛び込んだ。
「紳士ならば、飛び込めますね?」イギリス人達が飛び込んだ。
「さっき、美人が先に飛び込みましたよ!」イタリア人達が飛び込んだ。
「飛び込むことは規則になってます!」ドイツ人達が飛び込んだ。

「みんな飛び込んでいますよ!」最後に日本人達が飛び込んだ。


さて、秋葉原の無差別殺傷事件現場で、日本人(マスコミは秋葉原に来る若者といっているが)は記念撮影をするんだけど、他の国の人だったらどうするんだろう・・・・?

■「誰が一番に飛び込みますか?」アメリカ人達が飛び込んだ。
・・・記念撮影をしている人間に、真っ先に殴りかかるのは、想像できる。

■「紳士ならば、飛び込めますね?」イギリス人達が飛び込んだ。
・・・紳士(だから、したくてうずうずしても)は記念撮影はしないだろう。

■「さっき、美人が先に飛び込みましたよ!」イタリア人達が飛び込んだ。
・・・事件現場に居合わせて、気を失ったりしている女性を介抱することを真っ先に考えるんだろうなぁ。

■「飛び込むことは規則になってます!」ドイツ人達が飛び込んだ。

記念撮影をすることが"良くないこと"だと決められていれば、、、、ってこんな事は決まってるだろうから、しないんだろう。


どの国の人であっても、少数は記念撮影をする人間はいるだろう。だけど、『みんながやっているから、自分も・・・・』ってのが、日本人だけなのは、疑う余地はない。HIV 感染者が増えつづけることしかり、安い米国産牛肉を疑いも無く食べることしかり。


モラルに『神様が見ているから出来ない』という感覚がない日本人。

それでも昔は『人様に見られるから出来ない』はあった。武士は食わねど高楊枝とやせ我慢ができた。

『人様に見られるから出来ない』は、"人様の実態(真実)を知らない"というの前提に成り立つ。

人様も自分と同様に腹をすかせていれば、やせ我慢したってしょうがない。

人様も自分と同様に貧乏なら、見栄を張ってもしょうがない。

だけど、こういう日本人の特徴は、良い面もあるはずだ。人様の懐具合がわからなければ、『自分だけ、恵まれない』って気分に陥る事もないのだから。

こういう意味でも、他人の青い芝生をマスコミがネタにしなければ、日本人の不平等感はなくなるのだ。(アメリカ型の報道姿勢を真似した結果がこれなんだろう。好んで報道する内容は日本の場合、このようにかなり幼稚だけど・・・)


可愛いもんだよ、日本人っ!!

始めての海外旅行で、得意の英会話を今こそ役立てようと張り切っていた日本人観光客。

しかし、ニューヨークの空港に降り立った途端、彼は、ひどい眩暈がして倒れてしまったのである。
通報を受けて、さっそく医師が駆けつけ、その日本人を抱え起こした。
 "How are you?"
日本人は、かすれる声で答えた。
 "I'm fine thank you, and you?"


日本人は、ジョーク一つで三回も笑うことが出来ます。

・ジョークを聞いた時
・そのオチの意味を教えてもらった時

・家に帰って、教えてもらったオチの意味がようやく理解できた時


中国人、シンガポール人、日本人が、自分の国の指導者を自慢した。

中国人は言った。
「我が国の指導者は、例えて云えば万里の長城だ。古く堅固で永遠に続くのだ」
シンガポール人は言った。
「我が国の指導者は、高層ビル群だ。新しくて上へ上へ伸びていく」
日本人は言った。
「我が国の指導者は、富士山だ。長いことそびえ立っているが──何もしない」

ところで、秋葉原無差別殺傷事件は諸外国でもトップニュースの扱いだったそうだ。【"記念撮影"する傍観者たち】ってのは、報道されたのだろうか??

こっちは、別の意味で報道してほしくないなぁ。

2008年05月21日

中国で絶賛

20080426_evo.jpgいきなりだが、私は、現代の人間が生活する環境がいかに生物学的に"異常事態"なのかを知るためには、進化論から考察するのが適当だと思っているのだが、じゃあ問題解決の手段になるのかよ?と言われれば、それは不適当だと言わざるをえない。

進化は結果であって、それは非常に多数の因子が絡み合った影響の総合で決まるものだ。したがって、今現在、我々が知りえており尚且つ解明できている因子だけを元に再現しようとしても、未知の因子の影響を加味せず答えを求める事は出来ないからだ。

例えば"がん"といわれる病気の原因がその"病名"ごとに異なり、さらに"同じ病名"でも人によって差があるのと似ている。これが同じなら、がんと名の付く病気は一つの薬で一人残らず治療で来ちゃう事になるのだが、現実はそうならない。

"歴史"も同様である。過去を知っても未来の為の問題解決の手段にはならない。そして、現況を"歴史の中の一部の事象"で解釈しようとする行為は、がんを一つの薬で治療しようとするのと同じくらいにナンセンスだ。


ちょっと前に来日していた中国国家主席は、ことさら日中間の歴史問題を重要視しているみたいだが、その事を言えば言うほど、単なる外交カードの一つに成り下がる。というか、日本人自ら(自虐史観のある朝日新聞の一記者による)が言い出した"南京大虐殺"が日本の弱みだと知る以前は、中国側からは何も言ってこなかったことからも、単なる外交カードの一つというのは明白だ。

しかし、だからと言って私は中国の態度に問題があるとは思っていない。

外交で相手の弱みをつくのは、自国の利益を最大限にするための"当然の行為"だからだ。

問題があるとすれば、自虐史観の日本人の行為の方にこそだ。相手に弱みを見せるということは、当然こうなるワケだが、単なる正義感だけで"やっちゃた"としたら、非常に子供じみている。それこそ、自虐史観の日本人は、生物の基本を失している脳の持ち主だといえよう。あるいは、単に未成熟だ。

その未成熟な行為の結果が、中国共産党首脳部に対し、中国国民に反日思想を刷り込むことを助長し、中国国民が日本人を嫌いになるように仕向けさせる事になった。それにたいする反感も十分にあるのだろう、日本人も中国人が嫌いになった。

共存しなきゃならない相手とは、互恵的利他主義の行動が、よりベターであり、進化ではそのように時間が経過してきたはずだ。

どちらかが、一方的にへりくだっていたんじゃ、ただ、食われるだけ。

 
 
 
しかし、、、本日の『日本救助隊の犠牲者への黙とう、中国で絶賛』との新聞の見出しには、ビックリ・・・っていうか、感動した。中国の国民の素直な感情表現にだ。

洗脳されているから、日本を悪くは言うけど、感動した時は素直に感動したといえる国民なのだ。日本人は自虐的な態度は好きだけど、嫌いな中国人に助けてもらっても「ありがとう、中国」「感動した」「かっこいいぞ」なんて言葉は出ないんじゃない?

≪強硬派らしい人物は「日本と戦わなくてはならない時は全力で戦う」と記した後、「だが、日本人が助けを必要としている時には必ず行く」と続けた。≫

これこそが、健全で対等なパートナーの間柄ではないのだろうか?左手で殴り合っていても、右手で握手していられる間柄だよね。

自虐的で、へつらってばかりじゃ、中国の対等なパートナーにはなり得ないんじゃないのかな?

自虐史観の人たちは、『(脳の)未熟はエクスキューズにはならない』という事を、よくよく、認識した方が良い。過去の歴史ではなく、今現在の環境が進化を紡ぐんだという事を。

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