地方国立大「存続ムリ」 競争型の交付金案牽制
どうして、名ばかりの“大学”を存続させなきゃならないんだ??
ろくな研究もしてないような大学を存続させておく事の方が、よっぽど“税金”の無駄遣いだろう!!
この記事は、論調からも察しがつくように“朝日新聞”だ。
『地方の学生は、学費の安い国立大学に入学しづらくなり、“不平等”だ』と言いたそうな文章だよね。そして、それは“悪い事だ”と。いかにも軽薄な偽善者朝日新聞の主張しそうな事だ。
研究費は優秀な大学に集中させる。
日本が国際的な競争力を持つ為にも(インドや中国に飲み込まれない為にも)、当然の事だ。
地方の優秀な学生が、優秀な大学の入試に合格するも、通学や生活費が枷になって断念せざるを得ないなら、その学生の生活費を支援してあげれば良い。優秀な大学は、学生寮を完備させ、寮費を国費で賄えば良い。
ろくな研究成果も上げられない国立大学を維持する費用より、よっぽど、少なくて済む筈だ。
優秀な大学は、益々、優秀になり、特色のある大学は益々特色が出て、平均的な金太郎飴的大学は淘汰される!!こんな理想的な大学教育を迎えられるのに、朝日新聞は、どうしてこんな事すら、言えないのだろう。
いや、言えないのではなく、言わないのだ。これを言っちゃうと、国民の味方、弱者の味方を演じられなくなっちゃうからね。
目先の、表面的な“平等”に目を向けさせる・・・・50年も100年の前の日本だったら、そんな事を主張する新聞もあっても良かったのだろう。
でも、現代において、朝日新聞の論調は、アナクロニズムと言わざるを得ない。
もしかして、優秀な大学は益々優秀になり、そこに集まる学生は益々優秀になり・・・ってことは、学生間の学力の“格差”を生む。不平等社会を助長する・・・って論法なのか!!(学生寮の補助も、不平等とか言いそうだよな)
だとしたら、アナクロニズムなんてもんじゃなく、将来を無視した“派茶目茶”な論法だ。みんな仲良く、落ちこぼれは作らず、“格差”のない社会を目指しているのなら、それはまさに共産主義思想だよ。資本主義的な国の発展は有り得ない。(あっ!何時ぞやの中川政調会長の発言じゃないけれど、もしかしたら、朝日新聞は、将来の日本を中国の属州にしたいのか?!??それなら、この論調も納得が行くぞ!!)
地方国立大「存続ムリ」 競争型の交付金案牽制2007年3月18日(日)19:07
日本の半分の県から国立大学が姿を消しかねない――。国立大への国の運営費交付金の配分方法について、経済財政諮問会議の民間議員が「競争原理の導入」を提言したのに対し、文部科学省がこんな試算をまとめた。国立大の危機感を背景に一定の前提を置いて計算したもので、諮問会議側を牽制(けんせい)する狙いがあるとみられる。
発端は、日本経団連の御手洗冨士夫会長ら民間議員4人が2月末の諮問会議に出した提言。運営費交付金が、学生数や設備などに連動して配分されている現状に疑問を投げかけ、配分ルールについて「大学の努力と成果に応じたものに」などとの改革案を示した。
3月上旬に都内であった国立大学協会の総会では、学長らから悲鳴に近い訴えが相次いだ。「日本の大学教育がほろびかねない」「地方の大学は抹殺される」
このため文科省は、競争原理を導入した際の各大学の交付金の増減を試算した。研究の内容や成果に従って配分されている科学研究費補助金(科研費)の05年度獲得実績に基づいて計算すると、全87校のうち70校で交付金が減り、うち47校は半分以下となって「経営が成り立たなくなる」(文科省)との結果が出た。国立大がなくなるとされたのは秋田や三重、島根、佐賀など24県。私立大も少ない地方が多く、地元大学への道が狭まりかねないとする。
文科省は最近、国立大に対する補助金に「競争的資金」を増やしてきた。科研費のほか、世界的な研究拠点を目指す大学に対する「21世紀COE」などがある。その文科省も運営費交付金については「人件費や光熱費などをまかなう、人間で言えば三度の食事のようなもの」として、大幅な見直しには否定的だ。
諮問会議の民間議員は改革案を6月ごろに閣議決定される「骨太の方針」に盛り込みたい考えだ。今後、国立大側が反発を強めるのは必至で、議論は紛糾しそうだ。
さて、学力の格差を生み、優秀な大学は益々優秀に・・・ってなるなら良いのだけど、制度を変えたら、軒並み学力のある学生が集まらなくなってしまった(偏差値を下げる事になった)改革がある。
知っている人は知っているが、知らない人は全く知らない事だと思うので、現実を知らせたいと思う。
それは、薬学部の6年制だ。これにより、最大で“7”偏差値が下がった大学が出現した。それ以外の大学でも“5”下がっている事は当たり前の状況だ。2005年度と2006年度の比較だから、4年制と6年制の制度によるものと考えて、ほぼ、間違いない。
4年制の頃の薬学部は、最低でもほぼ50以上だった偏差値が、6年制移行後、40台前半、酷い所は30台に落ち込んだ大学が2桁に膨れ上がり、定員すら満たせてない大学もあるらしい。
しかし、こんな事は、業界の人間なら誰しもが当初から予測してた事だ。薬学部に集まる優秀な学生が他学部に流れてしまうであろう事は。(それを否定していたのは日本薬剤師会だけ。馬鹿だねぇ。薬剤師の資質向上を“本気”で考えるなら、国家試験の受験資格を他の理系学部にも解放するしかないのは、その時から言われてたのに、頑なに薬学部に拘って、このザマだよ)
だから、私は、以前から6年制への移行に、文部科学省や厚生労働省も同意したのは、処方箋の再使用制度導入による医療費抑制が“真の目的”だと睨んでいた。(事情をしらない一般の人には、6年間勉強した薬剤師って説明が手っ取り早いし)しかし・・・・
こんな実態を隠し通せるわけがない。
6年制に移行したら(薬学部の新設も多い事だし)、レベルが下がったという大学があっても、それと同じくらい、レベルが上がった大学が増えているなら(他学部にいく筈だった優秀な学生が薬学部に流れ込んできたなら)、やがて、アメリカのように、慢性疾患の薬剤師による経過観察と処方箋の再使用制度が現実的になるって考えたのだが、この現状じゃ無理だ。
受験生を持つ親世代が一巡したら、薬学部へ行く学生は“全国高校生の平均以下”という認識が広まってしまう。
そんな薬剤師に、経過観察をさせるなんて、国民が納得するわけがない。
というわけで、よほどの事がない限り処方箋の再使用制度はそれこそ“経過観察”だ。
となるとどうなるか?
薬剤師による“医療費抑制”が望めないなら、現在の大問題である“産婦人科・小児科医不足”に対処するため、国家予算レベルの医療費の分配は、薬剤師を減らし、その分を産婦人科・小児科医に割り振るしかなくなる。
当然だ!!(国民が薬剤師を必要としてくれて、消費税アップを快く認めてくれるのなら、薬剤師分は減らされないだろうけど、それは、ちょっと有り得ない)
というわけで、今後も、6年制を強引に進めるとしたら、私の予想は、もう一つの方に修正しなきゃならない。
それは、薬剤師免許に“屋上屋を架す”というもの。(これは、私個人としても、以前から熱望していたものである。頑張った人が報われるようにという意味で)
例えば、『癌幹細胞が癌再発と関連』でも触れた、がん専門薬剤師。抗癌剤が処方された処方箋調剤を、がん専門薬剤師がいる施設(病院、薬局)に限定するって法律に改正するってこと。糖尿病専門薬剤師においてもしかり・・・と。(ただ、認定するだけで、何の役にも立たない“専門家”じゃ、マスターベーションだけど、制度とセットなら、俄然、存在意義はでてくる)
こうすれば、平均的な薬剤師の質が下がっても、クリティカルな場面での医療の質は保てる。逆に言えば、医学部、歯学部と違って定員の野放し状態の“薬学部”卒(=薬剤師免許持ち)には、質を担保するための淘汰が必要で、その為にも、都合が良い。
現行の薬剤師免許は、調剤テクニシャンの扱いになれば、本当の意味で薬剤師の質を保つ(向上するかどうかはわからないけど)事は達成できるし、非専門薬剤師の技術料を安くすれは、医療費も抑制できる訳だ。
ところで、ここのところ、私のエントリーに薬剤師会ネタが無いのは、この団体に未来はなく、口で言ってもどうにもならない事が解っちゃったから、すでに『どうでもイイヤ、関係ないし』って事で、相手にしてないんだけど、日本経済新聞社が無料で配布している“日経DI”って雑誌を休憩時間にパラパラ捲っていたら、見過ごせない、ある記事が掲載されていたので、この文章を書く切っ掛けになってしまった。
それは、日本薬剤師会の“無責任(と感じられる)”この上ない態度についてなのだが。。。日本薬剤師会副会長の肩書での某氏の談話だから、日薬の姿勢と言う事と理解して全文を紹介する。(尚、※は、私のコメントです)
『薬学教育への6年制導入後、薬学部への入学志願者が大幅に減ったと聞き、実に残念な話だと思っている。※1日本薬剤師会では長年、薬学教育への6年制の導入、すなわち「薬学教育改革」を希望してきた。※2 医薬分業の進展により、病院や地域薬局で働く薬剤師の仕事の質が変わり、幅が広がってきている。医療の担い手の一員たり得る薬剤師を養成するためには、4年では足りず6年間の教育が必要になる。※3
しかし、ここ数年の「薬科大学ブーム」による大学数の増加は、全くの想定外だった。※4 全体として偏差値が下がった事も気掛かりだ。一般論として、偏差値の極端に低い大学には、勉学意欲の低い学生が多い可能性がある。※5 人の命を預かる医療人は、基本的な問題解決能力を備えていることに加え、日々、進歩する医学について生涯、学習を続けなければならない。※6 その資質に欠ける学生を入学させているならば、結果として薬剤師全体のステータスの低下につながる恐れが出てくる。※7
大学数が増える事で自然淘汰が起こり、薬剤師の質が向上するという見方もあるが※8、教育には自然淘汰という考えはなじまない。※9 教員や実務実習先の確保ができず、十分な教育を行えない大学が出てくる事も懸念される。※10 学生のためにも、大学カリキュラムの第三者評価をしっかりやってもらいたい。※11
※1:こんな事は予想できる筈。※2:『悲願』って言葉を使ってたよ!日本薬剤師会だけだよ!この言葉を使ってたのは。
※3:年限が足りない根拠が示された事は、一度も無い。しかも、それまでは4年制でやっていて不都合はなかったし。医学の進歩とかいう言葉で誤魔化そうとしているけど、薬剤師の仕事なんて30年前と変わり無いし、知識の量の事を言っているのなら、生涯学習が必須であって、大学で学ぶ期間は問題ではない。6年間大学に行ったとしても、5年も放っておけば、元の木阿弥でしょ。
※4:自らの情報収集能力の無さを証明しています。自分達の我が侭=悲願が達成されたら、後は他人事のような表現を使ってるところが、許せません。
※5:可能性ではなく事実です。
※6:ホーラ、重要なのは6年制ではなく、生涯学習だと自分から言っているじゃないですか!そして、それは当然の事です。
※7:本音が出ました。6年制はステータスの為です
※8:これは、有り得ません。偏差値が“向上”する方向で人数が増えれば、このテーゼは肯定されますけど、偏差値が下がったら学生数が増えても質は下がります。ダイヤモンド原石の絶対数が多ければ、磨かれ光るけど、石ころばかりじゃ光ようもないのと同じです。だから、こんな事を前提にして、それを否定する事で、テーゼを肯定するなんて“詭弁”を使わないで頂きたい。
※9:意味不明です。
※10:これも想定内だけど、、長くて半年の実習に意味があるのか?やるなら、4年制で免許を取らせ、今の医学部みたいに2年間の実務実習を必須化し、その上でそれ以降の免許の効力を認めさせれば良い。要するに、最初の免許は、2年間の限定免許で、実習を終えて限定が解除される。そんな感じにすれば良い。それに職場では、戦力として使えるし、教え甲斐もある。新人薬剤師もこの方が実務実習に身も入る筈。なんたって、給料を貰うんだからね。
※11:こんな事態にした張本人は、日本薬剤師会さん!貴方ですよ!その無責任なものの言い方は、なんとかなりませんか!
と、まぁ、こんな具合である。
『悲願、悲願』と呪文を唱え、自分達の我が侭を通した後に、非常に都合の悪い状況を招いてしまったわけだが、これを詫びるでもなく、『世の中がイケナイんだからね』と開き直り、自分達の責任を回避しようとする態度は、まるで子供のようだ。
インターネット利用によるオンライン保険請求事務が開始されたら、その存在すら必要無くなる事は、これで決まったようだ。憐れなり、薬剤師会・・・・。しばらくは厚生労働省当局からの事務連絡だけが、存続理由になるだろうけど、若い世代の情報収集がネット依存型に切り替わった時、息の根が止まる・・・・・って事かな?
私はアカデミック学部の大学教育は、『入るは易く出るは難き』が良いと思っている。それは、勉強するかしないかは、その結果が純粋に自分に跳ね返ってくるだけだからだ。だから、安易な学位を授与しないためにも、それが良いと思っている。
しかし、薬学部は国家試験受験資格がぶら下がっている。そこでは、勉強するかしないかは、学生自身だけに跳ね返ってくるわけじゃない。職業としての質の低下は、国民的な損失に繋がるからだ。(もし、本当に薬剤師の“質”というものがあるとしたならば・・・だが。)