そう思いたいのは解らないでもないが・・・
イキナリだが、慈恵医大青戸病院の業務上過失致死事件で逮捕された3人の医師は、執行猶予付きの有罪判決を受けた。
私は、大衆迎合、弱者の正義(味方)ってヤツが“不正義の温床”だと思っているので(注意:1)、インチキ姉歯マンションの購入者や都営住宅のエレベータの荒っぽい使い方(住人自身の資産ではないので当然だが)とメンテ費用をケチっている住人に対して、全く同情の念など湧いてこないので、ついつい、“強者(勝ち組み)の味方”のような論調になってしまう事が多いのだが、この件に関しては、1点だけ、非常に違和感を感じた事があるので、結果的に“弱者の味方”の側に付く事になる。
それは、、、裁判長が判決後に語ったいわゆる《傍論》の部分に付いてなのだが、、、、
『医師を志した初心を思い出し・・・・』と言っている部分だ。
---オイオイ、本気で言ってるのか??---
と言わざるを得ない。今時、医師を志すのに“命の大切さを痛感するエピソード”や“肉親を救えなかった悔しさ”や“救命する姿に感動した”などの理由がどれくらいあると思っているのか???
自分達、法曹界を見渡したって、“世の中の正義を”よりも“クライアントの利益”と“自分の利益”を優先する事しかしてないじゃないか!!司法修習生の間では“検事を目指す”と不思議がられ奇特な人だと思われる事を身近で見ている筈なのに!?
もしかしたら、人命に関わる職業目指す人は、とてつもないモラルの塊だとでも思っているのだろうか?そんな筈ないだろう!この《傍論》には、“嫌味”と“誉め殺し”の意図以外、私には感じられなかったのだが、、、、、。
今時の医学部進学のインセンティブは、偏差値が高いか金銭的に裕福な家庭であるかのどちらかが殆どだ。対収入において金銭的な投資効率は高いとは言えないが、司法試験と違って勉強時間の対収入投資効率の高さでは、群を抜いている職業だ。
この裁判長の話を被告ら医師は“黙って聞いていた”という。心の中では『この馬鹿、なに説教たれてんだよ!初心なんて、医者限定パーティーに行って、素人女とやりまくる為に決まってんだろうが、このアホが!!』と思う人間だって、医学部に進学は可能なのだ。(以前、慶応の医学部学生が女がらみでとっつかまったが、氷山の一角・・・)
こんなことは解りきっている筈なのに、もし、裁判長が、判例に従って執行猶予を付けたイイワケの為に、『医師を志した初心を思い出し・・・・』と言ったとしたら、即刻、辞職してもらいたい。
私が裁判官だったら、以下のような《傍論》を述べ、執行猶予は付けない。
『あなた方が、医師を志した初心がどうであれ、私にはそれを確かめる術を持ち合わせないし、それについてとやかく言う権利も持ち合わせない。が、医師免許を取得したからには、初心がどうであれ、利己的な理由で行動してはならないし、それが嫌でも守る義務が発生する。よって、どのような理由があるによ、実刑は免れないし、この実刑によって今後、医師を続けるかどうかの判断材料として欲しい。』と。
利己的な行動をとる事は、何人たりとも、その権利を犯されるべきものではないし、当たり前の事だから、これを責められる筋合いは毛頭無い訳で、その部分で慈恵医大の医師を“人格まで否定するような”一般論には辟易するのだが、利己的な行動をしたいのなら、保険診療を行なう医師は続けるべきではないのである。(美容外科でもやればいいのだ。)
この事は、薬剤師にも言える事なのだが、無知、不勉強を自己嫌悪していないヤツがゴマンと居るのが現実なのだ。(低空飛行を続けても収入が保証されるという意味において、制度的な問題が内包されている。)この慈恵医大の医師達も、この一点、技術不足、技術向上に向かい合う態度に問題があるわけである。(動物やシミュレーターで腕を磨きなさい!!)
閑話休題
先日、WebMaster の嗜好 で取り上げた『継親の子供虐待は実親より桁違いに多い』という事実だが、アメリカでさえ、やっぱり、継親の立場を気遣ってか、『それは、調査の方法に問題がある』だの、いろいろな理由を付けて否定する立場の人が居る。
一般に子供の虐待を真っ先に知る立場の人間は、医師である場合が多く、自分達の言葉に世間的な影響力が大きい事を知っている為、なかなか、事実を公表したがらないのだそうだ。
で、結局は、個別の家庭問題の解決者として、心理カウンセラーらが、この事実を素直に認め、さらに、継子に対して愛情を注げずに思い悩み、そのアンビバレンスな心理状態のはけ口として継子に対して暴力を振るってしまう継親に対しては『生物学的に仕方の無い事なのだ』『子育てに責任を感じ過ぎないで』と、継親にカウンセリングをしいて、子供虐待を防いでいるのだそうだ。
継親の子育ては、あくまで継親の利益に合致する場合は、継子に投資するという現象もあり、繁殖のスタイルにより生物の種によってもこれが実践されている事実からも、『継親でも継子に愛情をそそげる』ことが可能なのだそうだ。子殺しのデメリットを強調する事でも、継親の子供虐待の予防効果はあるらしいし。
たとえば、人間の場合なら、母親から『この子の面倒を見ないのなら、貴方の子供を産んであげない』と言われてしまった場合などが、これに相当する。他に自分の子を産んでくれるメスを探すより、このメスの子を育てて自分の番を待つ方が得策だと考えられる場合だ。
この例をみるまでもなく、事実を事実として受け入れる事から、問題は解決されるのである。奇麗事、モラルでは、問題解決は不可能なのだ。
慈恵医大青戸病院の医師達を、『初心に返って、モラルを持って』と説教しても、何も問題は解決しないのである。自発的に『技術・知識の向上に努めよう。それが患者さんの為になるのだから』的な倫理観に任せていては、何も解決しないのである。第二第三の事件は必至だ。
日本の制度では、医師は(薬剤師も同様に・・・だが、薬剤師の場合の問題はもっと低レベル)一旦免許を取得したら、生涯に渡って、その免許を使って良い事になっている。これが諸悪の根元で、更新制にすべしとの意見もあるが、これは間違いであると思っている。ノホホンと医業をしたい人を否定する事になるからである。何人たりとも、職業の選択の自由があるからである。(努力する・しないは憲法で規定される事じゃない)憲法を改正して、医師たるもの・・・なんてするなら別だが、でなければ、バランスを欠く。
努力する心やモラルの無い事を“良くない事”とするのは簡単だが、これが現実なのである。全員に修行やモラルを強要するのではなく、修練した人には、別の報奨を与える事で、質の高い知識・技術の習得のインセンティブにしても良いのではないか?
これこそが、実効性がある方法なのだ。アメリカでカウンセラーが『継親は虐待しやすい』を認めるようにね。
【医療法案、14日にも成立】でも述べた事だが、小児科医、産科医を増やすのと同じ理屈だ。
専門医のハードルを高く設定し、専門医の診察には、税金、あるいは患者の実費で、あるいは民間保健を利用した料金の支払いをすべきなのである。
とにかく、頑張った分を報いてやる制度が、絶対、必要なのだ。制度的な問題、を個人的な問題にする為にも。すなわち低空飛行を続けていると高い収入が保証されず、努力すれば報いられる事にする事で、制度的な問題を個人的な問題に転換できるのである。(努力しつづけなければ収入は得られない。しかし、努力しなければ収入が低くなるだけで、努力しない事をモラルが無いなどと他人にとやかく言われる筋合いは無いと。これなら完全に個人の問題)
しかし、そうすると『金持ちだけが良い医療を受けるのか?』と、必ず声が上がるが、『公平な医療』、この言葉に騙されてはイケナイ。もともと『公平な医療』などは存在しないのだから。何故なら、全ての脳卒中患者の命を救える“ゴッドハンド”の専門医の数からして足りていないのだから。。。
注意:1 例えば、以前、ほんの2~3年前、マスコミが鬼の首でも取ったかのように報道していた“三菱自動車の欠陥問題”、当時も今も、車両火災の発生件数は変っておらず、火災を起こすメーカーは、販売シェアに比例していたにも関わらず、二~三件、三菱自動車のオーナーのインタビューが続いた事から、三菱自動車はスケープゴートにされ、三菱自動車のオーナーという“弱者”が作り上げられ、この弱者達は、ここぞとばかりに全国的に声を上げる事となり・・・・という例をみるまでもなく、“正義は歪められる”のである。(現在のシンドラーと三菱自動車は似ている・・・・)
車両火災の実態は、電気工学の知識も無いオーナーが、ドレスアップなどで、車内に引き回した配線の結線不具合で発火・・・なんてことは、一度も報道はされずに、三菱自動車だけが悪者になり、そして結果は、車両火災の件数は、あまり変っていないのである。
こんな時には、『無知なオーナーによるアクセサリーの配線作業は火災を招く』とマスコミが言っていれば、減ったかもしれないのに。
こんなオーナーの身勝手による火災事故がメーカーのせいにされる事が、どうして『正義だ』と言えるのだろうか?
今、喫煙者はかつてない程、肩身の狭い思いをしている。