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ああ、いっぺん言うてみたかった アーカイブ

2006年06月16日

そう思いたいのは解らないでもないが・・・

イキナリだが、慈恵医大青戸病院の業務上過失致死事件で逮捕された3人の医師は、執行猶予付きの有罪判決を受けた。

私は、大衆迎合、弱者の正義(味方)ってヤツが“不正義の温床”だと思っているので(注意:1)、インチキ姉歯マンションの購入者や都営住宅のエレベータの荒っぽい使い方(住人自身の資産ではないので当然だが)とメンテ費用をケチっている住人に対して、全く同情の念など湧いてこないので、ついつい、“強者(勝ち組み)の味方”のような論調になってしまう事が多いのだが、この件に関しては、1点だけ、非常に違和感を感じた事があるので、結果的に“弱者の味方”の側に付く事になる。

それは、、、裁判長が判決後に語ったいわゆる《傍論》の部分に付いてなのだが、、、、
『医師を志した初心を思い出し・・・・』と言っている部分だ。


---オイオイ、本気で言ってるのか??---


と言わざるを得ない。今時、医師を志すのに“命の大切さを痛感するエピソード”や“肉親を救えなかった悔しさ”や“救命する姿に感動した”などの理由がどれくらいあると思っているのか???

自分達、法曹界を見渡したって、“世の中の正義を”よりも“クライアントの利益”と“自分の利益”を優先する事しかしてないじゃないか!!司法修習生の間では“検事を目指す”と不思議がられ奇特な人だと思われる事を身近で見ている筈なのに!?

もしかしたら、人命に関わる職業目指す人は、とてつもないモラルの塊だとでも思っているのだろうか?そんな筈ないだろう!この《傍論》には、“嫌味”と“誉め殺し”の意図以外、私には感じられなかったのだが、、、、、。


今時の医学部進学のインセンティブは、偏差値が高いか金銭的に裕福な家庭であるかのどちらかが殆どだ。対収入において金銭的な投資効率は高いとは言えないが、司法試験と違って勉強時間の対収入投資効率の高さでは、群を抜いている職業だ。

この裁判長の話を被告ら医師は“黙って聞いていた”という。心の中では『この馬鹿、なに説教たれてんだよ!初心なんて、医者限定パーティーに行って、素人女とやりまくる為に決まってんだろうが、このアホが!!』と思う人間だって、医学部に進学は可能なのだ。(以前、慶応の医学部学生が女がらみでとっつかまったが、氷山の一角・・・)

こんなことは解りきっている筈なのに、もし、裁判長が、判例に従って執行猶予を付けたイイワケの為に、『医師を志した初心を思い出し・・・・』と言ったとしたら、即刻、辞職してもらいたい。

私が裁判官だったら、以下のような《傍論》を述べ、執行猶予は付けない。

『あなた方が、医師を志した初心がどうであれ、私にはそれを確かめる術を持ち合わせないし、それについてとやかく言う権利も持ち合わせない。が、医師免許を取得したからには、初心がどうであれ、利己的な理由で行動してはならないし、それが嫌でも守る義務が発生する。よって、どのような理由があるによ、実刑は免れないし、この実刑によって今後、医師を続けるかどうかの判断材料として欲しい。』と。

利己的な行動をとる事は、何人たりとも、その権利を犯されるべきものではないし、当たり前の事だから、これを責められる筋合いは毛頭無い訳で、その部分で慈恵医大の医師を“人格まで否定するような”一般論には辟易するのだが、利己的な行動をしたいのなら、保険診療を行なう医師は続けるべきではないのである。(美容外科でもやればいいのだ。)


この事は、薬剤師にも言える事なのだが、無知、不勉強を自己嫌悪していないヤツがゴマンと居るのが現実なのだ。(低空飛行を続けても収入が保証されるという意味において、制度的な問題が内包されている。)この慈恵医大の医師達も、この一点、技術不足、技術向上に向かい合う態度に問題があるわけである。(動物やシミュレーターで腕を磨きなさい!!)
 
 
 
閑話休題

先日、WebMaster の嗜好 で取り上げた『継親の子供虐待は実親より桁違いに多い』という事実だが、アメリカでさえ、やっぱり、継親の立場を気遣ってか、『それは、調査の方法に問題がある』だの、いろいろな理由を付けて否定する立場の人が居る。

一般に子供の虐待を真っ先に知る立場の人間は、医師である場合が多く、自分達の言葉に世間的な影響力が大きい事を知っている為、なかなか、事実を公表したがらないのだそうだ。

で、結局は、個別の家庭問題の解決者として、心理カウンセラーらが、この事実を素直に認め、さらに、継子に対して愛情を注げずに思い悩み、そのアンビバレンスな心理状態のはけ口として継子に対して暴力を振るってしまう継親に対しては『生物学的に仕方の無い事なのだ』『子育てに責任を感じ過ぎないで』と、継親にカウンセリングをしいて、子供虐待を防いでいるのだそうだ。

継親の子育ては、あくまで継親の利益に合致する場合は、継子に投資するという現象もあり、繁殖のスタイルにより生物の種によってもこれが実践されている事実からも、『継親でも継子に愛情をそそげる』ことが可能なのだそうだ。子殺しのデメリットを強調する事でも、継親の子供虐待の予防効果はあるらしいし。

たとえば、人間の場合なら、母親から『この子の面倒を見ないのなら、貴方の子供を産んであげない』と言われてしまった場合などが、これに相当する。他に自分の子を産んでくれるメスを探すより、このメスの子を育てて自分の番を待つ方が得策だと考えられる場合だ。


この例をみるまでもなく、事実を事実として受け入れる事から、問題は解決されるのである。奇麗事、モラルでは、問題解決は不可能なのだ。


慈恵医大青戸病院の医師達を、『初心に返って、モラルを持って』と説教しても、何も問題は解決しないのである。自発的に『技術・知識の向上に努めよう。それが患者さんの為になるのだから』的な倫理観に任せていては、何も解決しないのである。第二第三の事件は必至だ。


日本の制度では、医師は(薬剤師も同様に・・・だが、薬剤師の場合の問題はもっと低レベル)一旦免許を取得したら、生涯に渡って、その免許を使って良い事になっている。これが諸悪の根元で、更新制にすべしとの意見もあるが、これは間違いであると思っている。ノホホンと医業をしたい人を否定する事になるからである。何人たりとも、職業の選択の自由があるからである。(努力する・しないは憲法で規定される事じゃない)憲法を改正して、医師たるもの・・・なんてするなら別だが、でなければ、バランスを欠く。

努力する心やモラルの無い事を“良くない事”とするのは簡単だが、これが現実なのである。全員に修行やモラルを強要するのではなく、修練した人には、別の報奨を与える事で、質の高い知識・技術の習得のインセンティブにしても良いのではないか?

これこそが、実効性がある方法なのだ。アメリカでカウンセラーが『継親は虐待しやすい』を認めるようにね。

医療法案、14日にも成立】でも述べた事だが、小児科医、産科医を増やすのと同じ理屈だ。

専門医のハードルを高く設定し、専門医の診察には、税金、あるいは患者の実費で、あるいは民間保健を利用した料金の支払いをすべきなのである。

とにかく、頑張った分を報いてやる制度が、絶対、必要なのだ。制度的な問題、を個人的な問題にする為にも。すなわち低空飛行を続けていると高い収入が保証されず、努力すれば報いられる事にする事で、制度的な問題を個人的な問題に転換できるのである。(努力しつづけなければ収入は得られない。しかし、努力しなければ収入が低くなるだけで、努力しない事をモラルが無いなどと他人にとやかく言われる筋合いは無いと。これなら完全に個人の問題)

しかし、そうすると『金持ちだけが良い医療を受けるのか?』と、必ず声が上がるが、『公平な医療』、この言葉に騙されてはイケナイ。もともと『公平な医療』などは存在しないのだから。何故なら、全ての脳卒中患者の命を救える“ゴッドハンド”の専門医の数からして足りていないのだから。。。


注意:1 例えば、以前、ほんの2~3年前、マスコミが鬼の首でも取ったかのように報道していた“三菱自動車の欠陥問題”、当時も今も、車両火災の発生件数は変っておらず、火災を起こすメーカーは、販売シェアに比例していたにも関わらず、二~三件、三菱自動車のオーナーのインタビューが続いた事から、三菱自動車はスケープゴートにされ、三菱自動車のオーナーという“弱者”が作り上げられ、この弱者達は、ここぞとばかりに全国的に声を上げる事となり・・・・という例をみるまでもなく、“正義は歪められる”のである。(現在のシンドラーと三菱自動車は似ている・・・・)

車両火災の実態は、電気工学の知識も無いオーナーが、ドレスアップなどで、車内に引き回した配線の結線不具合で発火・・・なんてことは、一度も報道はされずに、三菱自動車だけが悪者になり、そして結果は、車両火災の件数は、あまり変っていないのである。

こんな時には、『無知なオーナーによるアクセサリーの配線作業は火災を招く』とマスコミが言っていれば、減ったかもしれないのに。

こんなオーナーの身勝手による火災事故がメーカーのせいにされる事が、どうして『正義だ』と言えるのだろうか?

2006年06月12日

医療法案、14日にも成立

 参院厚生労働委員会は9日の理事懇談会で、高齢者の負担増などで医療給付費を抑制する医療制度改革法案について協議、与野党が折り合わないまま13日の委員会で採決される見通しとなった。

 与党の賛成多数で可決し、14日の参院本会議で成立する運びとなりそうだ。9日の理事懇談会では、与党が13日の委員会で採決するよう正式に提案し、野党側は審議が尽くされていないとして反対した。


ということで、またしても、本当に大事な事を議論の俎上にも乗せる気配のない、政府・与党・野党がグルになった茶番が幕を閉じようとしている。

小児科医不足はどうなったんじゃい?
産科医不足はどうなったんじゃい?

どうでも良い(良くはないが、プライオリティは低い)問題の“老人負担の増”を表に出し、国民の目を逸らせる為に、キチガイ野党は『審議が尽くされていない』などと、訳の分からん理屈を繰り出すあたりは、呆れて開いた口が塞がらない。審議すれば、何処からか金が湧き出して来るのか??えっ??野党さんよぉ!

小児科医不足、産科医不足、医科点数の操作でどうにかなるもんじゃないことは、これから証明されるから、突っ込まないで置く事にしてやるが、必要な診療科に医師数を分配する事に関して、実際に上手く行っている国があるのに、その制度を無視する態度は“未必の故意”に相当すると指摘しておこう。

医師という社会的な資源を分配するのは、国の責任だとして、米国は“専門医”の数を統制している。『日本は免許制度そのものが違うから』という反論は、この際、『じゃ、そこから改正しろ』と言いたい。

金もかけない、努力を評価しない、医師のモラルに任せるじゃ、何の解決にもならない事は、今日、小学生でも理解している。

大雑把に制度を説明すると、アメリカは医師免許取得しただけでは、プライマリケアしか出来ない。そこで、専門的な治療をする為に、各科の専門医制度を設けている。専門医になれば、報酬は段違い、優秀な外科医などは年収1億は下らないと言う。

しかし、医師免許取得しただけのジェネラリストではこうは行かない。報酬は1桁低く抑えられている。だから、医師免許取得後、専門医の資格取得に励む訳だが、この専門医の必要数を国が管理し、必要以上に専門医を増やさないという制度で、各診療科医師数をコントロールしているのだ。

日本の場合はどうか?

医師免許を取得すれば、専門医の資格が無くても、どの診療科に就く事も可能だし、資格が無くても、報酬にほとんど差が無い。

(日米の医療制度の違い、大変な勘違いをしていたらゴメンナサイ。でも、私にはこのように認識しています。細かい事までは知りません。っていうか、細かい事を知っても、何の役にも立たない事は知ってます。)

さて、政府・与党・野党の何処からも、このような“国が医師数をコントロールする”案が出てこないのが、不思議でならない。アメリカの制度は“悪しき制度”だとでも思っているのだろうか?はたまた、何処か別の所に、言い出せない圧力がかけられているのだろうか??


---裏事情、興味あるなぁ---


さて、このような“リソースの分配”は、真剣に取り組んでくれないと困るので、私も注目しているのだが、私の属する世界では、まだまだ、足元にも及ばない“低級な”議論を展開している。

薬剤師の資質向上を詠って6年制にしたのは良いけど、研修をどうするの?って話しだ。

これ、突き詰めて考えると、アホらしくなってくるので、何処か一つを“大真面目”に考えている問題だとしなければやってられないのだが、日本薬剤師会は、この研修制度の下、指導に当たる薬剤師を“急造”しなきゃならなくなったので、『指導をしたい人、この指とまれ』ってな感じで、講習会に集まってきた薬剤師に“指導薬剤師”としての“資質(資格じゃない)”を付与している。


---おいおい!?試験なしかい??---


そうなのだ、暇があって、交通費の惜しくない薬剤師には自動的に“指導薬剤師の印”が手に入るって寸法なのだ。(私の認識では、誰でも受ければ通る様なデキレース試験は試験とは呼ばないので、無駄な時間を浪費するだけの突っ込みは無しにしてくださいね。)


---開いた口がふさがらない---


資質向上じゃなかったのか?人数揃えれば、いいのか?誰の為の資質向上なんだ??

疑問は尽きない・・・。が、そもそも、資質向上は“前口上”なのだから、やってるフリしていれば“本当の資質”は現段階では問題とはならない・・・、だから、不問に付されている・・・。しかし、来るべき時代(レフィル処方箋による慢性疾患の経過観察が薬剤師の仕事)には、本当の意味で、資質向上が為されなければ、薬剤師に無理な仕事になるだろう。だから、今から真剣に資質向上に取り組んでいかなければ、来る将来そのものが無い訳で(薬剤師に任せられない・・・)。

逆にヨーロッパ型の薬剤師を目指すなら、薬の物質としての管理能力に長けていなければならない筈なのに・・・・、中途半端。これじゃ、薬剤師不要論がいつまでもくすぶりつづけ、医療費5割負担+増税時代には、本格的に不要論が吹き出すのも必至だわな!

まぁ、薬剤師会のお偉方も、ストレートど真ん中の問題を解決しちゃうと、自分達の存在理由が無くなっちゃうし、逃げ切り世代が牛耳っているサロンと化した“会”の意識は、変る訳はない。。。。と。
 
 
 
閑話休題

話は変るが、毎日新聞発行の MMJ (JAMA 米国医師会雑誌の後継版雑誌) に中国の医療事情が何回かに渡って紹介されている。日本旅行医学会(こんな学会があるというのも知った訳で・・・)が記事を書いているのだが、中国人の合理性、現実主義には恐れ入るものがある。こんなこと、日本人には出来ないと、すなおに思ってしまう。

(これは MMJ から知り得た事じゃないが、)ダウン症のエントリーでは書かなかった事だが、中国にはダウン症が無いのである。すばらしい治療法があるかと思いきや、逆転の発想、中国ではダウン症児は出生時、或は、胎児診断が付いた時点で殺されてしまうからだ。(これこそ、発想の逆転で、その為、胎児を原料とした治療技術が発達している。これもテレビや新聞じゃ報道しない内容かも。)

日本人に、この中国人のような“命の価値観”を押し付けるつもりは、さらさら無いのだが、こういう違いがあるから『日本人の感性に合っている制度を構築する』という“イイワケ”に利用するんじゃなくって、現実問題として対処法を合理的に考えるインセンティブにしてほしいものだ。

価値観のグローバル化が“良い”などとは、私は全く思っていない。そこに、自分達にとって、避けて通れない問題が無いならである。あくまでも、自分達にとって、日本人にとって問題が無いならである。

各診療科における医師数の是正は、まだ、深刻な状況までには陥っていないのだろう。私も実感としては、あまり感じない。(娘が生まれたお茶の水の浜田病院が産科を取りやめてしまったのは、残念だ。。。くらいしか感じていない。)でも、これが誰でも感じるようになったら、それは大変な問題だ。

そうなる前に、廃案になっても良いから、“各診療科医師数の国によるコントロール”を法案として提出出来ないものかと思う訳だ、政府・与党・野党の何処からでもかまわないから。防衛省への昇格法案も、何度も見送られながら、ここまで来ているように、声に出さなきゃ、議論も出来ない訳だしね。


もしかして、コレってタブーなのか???

2006年06月07日

レクサスのディーラーと美女

レクサス買うなら、美人でセクシーな女性スタッフが居ないディーラーに行け!!

なんで、唐突に、こんな事を言うかと言えば、美人でセクシーな女性スタッフ、これが、お客の財布の紐を緩める為に生物学的に作用しているって証明されてしまったからだ。

うすうすは、『ふむふむ、そういうことも・・・あるなって』って経験していた人も、証明された事は知らないんじゃないかな。

まっ、話は簡単で、男はセクシーな女性の姿や下着を見ると、経済的な合理性を失うということた。それだけなら、『そんなこと知ってるよ!みみっちい男だって思われない為に、カッコつけんだろう?』って言われちゃうが、実は、色仕掛けにひるまず動じない男もいて、その見分け方が発見されたと言えば、『なになに?』ってなるよね!


研究を行なったのは、Bram Van den Bergh っていう経済学者ってのが面白い。経済学者が生物学的なことを研究しちゃったんだ。

で、その研究者が注目したのが、出生前の母親の胎内で浴びた男性ホルモン、テストステロンの量なのだ。そんなこと、どうやって調べるの?って思うだろうが、これが解る方法があるのだ。
それは、人差し指と薬指の長さを比較することで推定できるのだそうだ。薬指が長いのが高テストステロンの印だと。


で、セクシーな女性に惑わされて、値段交渉もそこそこに打ち切っちゃうタイプの男性は、圧倒的に薬指の長い男性に多いと。逆にテストステロンを浴びる量が少なかった男性は、セクシーな美女を見ても、値段交渉に影響ないらしい。(注:1)

だから、逆にレクサスの側で車を売る側にとってみれば、薬指の長い男を重点的に、セクシー美女で攻め落とせば、効率的だと言える。

この薬指の長い男性に、風景や年配女性を見せたり、Tシャツを触らせたりしても、値段交渉には影響は出なかったそうだから、セクシー美女に限った誘発現象といえる。
(実際に研究はゲームで行なったそうだ。レクサスの話は、私が脚色しました。)
 
 
 
というわけで、医療機関でも、ジェネリック医薬品の説明が面倒な場合は、受付嬢に美人でとびきりセクシーな女性を置いておくことをお勧めする。

少しでも安く・・・なんて、みみっちいこと言う患者がいなくなること、請け合いである。。。。でも、私は一切責任は負わないので、そのつもりでやって頂きたい。

あっ、女性患者からの評判が落ちることも請け合います。ハイ!
 
 
注1:テストステロンの暴露量は“脳の男性化”に直結する因子で、多ければ脳梁が少なくなる。これと関係があるのかもしれないな!?でもテストステロンシャワーは自前の睾丸が作り出したテストステロンを浴びるだけだから、遺伝的な影響が大きいかも?!でもそれだけじゃないとしたら、妊娠中の母親の生活環境からのトータルとしての量がものを言うのかな!?
 
 
 
話は変わって、、、

タバコの次が“燃費”、地球環境を考えたら燃費の良い車に乗ることは“良識ある人”の行動だと言わんばかりに、ハリウッドスター達がこぞってプリウスに乗っていることが報道され事は、記憶に新しい。

そんなこともあって、ガソリン垂れ流し車に乗っていると、そのうち“良識のない、脳味噌の足りないヤツ”なんて目で見られかねないな!とビビッてる訳だ。

従って、BMW 760Li に、もの凄く魅力を感じつつ、レクサスも非常に気になっている今日この頃なのである。(決してミーハーではない・・・笑)

世界的な評価でも、日本車全般に言えることなんだけど、極めて故障が少ないことが挙げられる。これは、いわゆる“外車”(初めての外車は米国シボレーアストロ)に乗って痛感したことでもある。外車は、BMW 、メルセデスとドイツの車とて例外ではない。

事情と言うか、国民性を知らなかった時には、1000万円もする車が故障するなんて酷いんじゃないのか?と憤りを感じたこともあったのだが、ドイツ本国はもとより、ヨーロッパ・アメリカ(日本以外)では、工業製品は“壊れるのが当たり前”で、マスプロダクションの工業製品には個体差があって当たり前、その個体が壊れたらそれを修理しながら完全稼動する個体として“仕上げる”ことが、ユーザーの役目、それが当たり前の工業製品の使い方だと聞いて、ビックリしたワケである。

それを知って、納得したことがもう一つ。アメリカで不動産(家屋)の価値は、人が住んで使いづらい所を“リフォーム”したものほど、価値があると言うことである。いわゆる中古家屋の方に高い値段がつくと。(使いづらければ別だけど)

日本人の発想・価値観と根本的に違う!!

日本人は、兎に角、新築、新車、処女(おっと脱線)に至上の価値を見出す民族だ。納車の時にガラスに曇りの一つでもあろうものなら、大変だ。1週間も走れば付きそうな走行傷だって、最初からだと容赦しない。だから、メーカーとしても出荷段階から工業製品に完璧を求めるのだろう。(求めざるをえない)


---これだよなぁ---


日本のマスコミは、エレベーターの故障で鬼の首でも取ったかのようにエレベーター会社を非難する論調で報道しているが、当のエレベーター会社は、きっと、当惑しいるんじゃないのかな!?だって、異常個所があればそれを修理しながら使うのが、彼らの国では当然のことで、その為のメンテナンスにお金をかけているはずだからだ。
(BMW に限らず、ヨーロッパの車メーカーは最初の3年間、故障に関しては無料で修理するプログラムを提供している。BMW ではサービスフリーウェイというものだ。このオプション自体が高額なのだが、これ選択せずに実費で修理すると、とんでもない金額になるので、殆どの人が選択している。)

事故の起こったマンションでは、メンテナンス会社を毎年のように価格の安い所に変更していたと言う。これじゃ、故障なんて事前に発見出来る筈もない。しかも、自転車を乗り入れて使う仕様ではないエレベーターで。

定期点検をしていない軽自動車に10人(法定人数以上)詰め込んで運転していた所、事故が起きて死人が出てしまった。さて、悪いのは、軽自動車を作っていたメーカーなのか???
 
 
 
マスコミの共通している“性質”に弱者の正義を守る立場がある。弱者=消費者=一般大衆=新聞購入者・視聴者だから、当然、媚びるのだろう。
 
 
 
最近知ったのだが、朝日新聞は、戦前はとっても気骨があり、良識もあるすばらしい新聞だったそうだ。

それがどうしてこんなになっちゃったんだろう?

朝日に限らず、新聞・テレビからの情報で、主観が入っている部分は全く信用しない事にしているので、私は社説なんて読んだこともないから、こんなことを言える立場でもないのだが、非常に“詭弁”が旨く、デタラメな新聞だと言うことを別のメディアから知ってしまった。(それ以前に、私は、文章を書いた人を特定できないような“無責任極まりない”文章=社説は読む気がしないのだが。“社”の見解であるという詭弁は知っている。彼らの感覚では、社と言うものは責任の取れる“生き物”らしい。それに、言論の弾圧を回避する為に、文責者を表示しないという詭弁もあるらしい。言論が統制されている中国や韓国なら通じるロジックだ。)

まぁ、なんとな解るような気もする。

朝日新聞の購入層は、ベタベタの消費者層で中産階級で少しインテリなのだ。教育界に入り込んでいる事からも肯ける。他の新聞があまりに馬鹿すぎて他に読む新聞がないから仕方なく朝日を読んでいる人は別にして、肉体労働者の事は睥睨しながら、さりとて、自分の頭でモノを考える事をせず、反体制が“カッコイイ”と感じて、常に無責任な立場で発言する事に、“インチキ臭さ”を感じず“スマートさ”を感じる層なのだ。

だから、朝日はこの層に迎合していると。正規分布に従う人口の一番多い層だから、これを取り込む事も経営上大事だし。(現在でも多いのか??)

と推論しつつも、戦後、こういう一般大衆=お客さんを作り出したのも、また、朝日新聞だ。人権擁護の論調で中国・韓国寄りの文章を書く事で、この消費者層を“洗脳”してきたという事実が、それを証明している。(偏差値50の正義感に“ど真ん中ストライク”だから。)


生産者の立場では、最終責任を自分で取らなきゃならない人が多い。従って、理想論ばかりを展開する“共産主義朝日新聞”には、違和感を感じる。(この感覚は、百姓の倅として生まれたからだと思っている。農家の人は朝日新聞が嫌いだ。『だって、そんなことすりゃ食えねぇだろ?』の問いに朝日新聞は答えを出せた事がない。注意が必要なのは、農耕民族だった頃の農業と近代の農業は別物だということだ。農業従事者は運命共同体ではなく個人事業主に近い。)生産者でも大きなメーカーになり、そこで働く労働者には、最終責任を取る必要もないので、当然、理想論者になる。

生産者を専門家に置き換えてもこれは言える。というか、私の考えはここから出発している。

朝日新聞の医療・医学面に関する論説は、とても見ていられない。専門家の私から見ればまったく、現実を無視、あるいは歪めて伝えている。或は作為的に情報を出さない。頓珍漢もある。しかし、患者(消費者)よりの記事の為、患者(消費者)には全く違和感なく浸透していく。そして、ごく一部の朝日真理教信者とでも言いたくなるような、立派な肩書きを持った“専門家”が、そのロジックに花を添えているから始末が悪い。(このような付け焼き刃の専門的な知識を振りかざし、一般大衆を納得させる戦略は、いたるところで横行しているのだが・・・)

かくして、朝日は悪者=医者から弱者=患者=消費者を守る正義の味方になる。

医療・医学面でもこんな事なのだから、他の専門分野でも推して知るべしだろう。歴史なんてその最たるもので、嘘を並べずとも、事実を一つ出さない(隠蔽する)だけで事実の“印象”はガラリと変っちゃうんだからね。
 
 
 
と、散々、朝日新聞を非難してみた訳だが、実は、可哀相な人達なのかもしれない。自ら犯した間違い・勘違い・誤認識を素直に認められない・改められない・謝罪しない事からも、それは伺える。。。。自らを人格者達の集団だと自負するからこそ、間違いが認められないんだろうね。人格者にミスは赦されないって、自分達に枷をはめちゃってるんだろうな。

しかし・・・今時、こんなポジションに魅力を感じて、朝日新聞社に入社する人のインセンティブって何ナノだろう???

良く解らない・・・全く理解できないのは、秋田の小学1年生の男の子を殺した、女児を事故で失った母親に通ずるものがある。

こういう思考を産み出す“脳”を持った個体が出現する理由は、やっぱり、進化生物学に答えを求めるしかないのだろうか?すなわち、“多様性”に。

その証拠が Nature に。。。。

Nature June 01, 2006

進化 : 珍しいものが生き残る?

進化生物学で最もやっかいな問題の1つは、自然個体群が遺伝的多様性の要素を維持する仕組みの説明である。これまでに提案されたすべてのメカニズムのうちで、頻度に依存する選択が理論的には最も有力だが、それが自然個体群で重要なことを示す証拠は、現時点では間接的なものしか得られていない。

今回、グッピーの自然個体群で実験的操作を施したところ、出現頻度のまれな遺伝子型(雄にみられる珍しい体色パターン)に有意の生存率向上がみられることがわかった。

これはおそらく、自然個体群では頻度依存選択が遺伝的多様性を維持する強力なメカニズムとなりうることを実験で示した、これまでで最良の証拠である。

“めずらしいグッピー”は、殺人犯なのか?朝日新聞社に入社する人なのか?、はたまた“俺”なのかぁ??

どっちにしても、どのタイプも居なくなりそうもない事だけは、このグッピーの説で証明された訳だ。

めでたしめでたし。

2006年06月06日

喫煙の次に“やり玉”に挙がるもの

20060606_01.jpg今、喫煙者はかつてない程、肩身の狭い思いをしている。

喫煙が病気とされ、禁煙サポートが健康保険で賄われる事になり(注:1)、駅のホームでも吸えず、レストラン、喫茶店でもロケーションの悪い隅に追いやられる。『これじゃ、タバコなんて吸わない方がイイヤ』って、自ら思わせるように仕向けられ、精神的な“村八分”状態に追い込まれている。。。。

しかし、禁煙成功した人が“吸わない側”になったとしても、うかうかと喜んでばかりはいられない、もうすぐ、次の“線引き”が登場し、そして、線引きされた側が、いわれのない罪悪感に苛まれ“精神的苦痛”を味わう事になるのである。


ジャジャ~~~~ん、それは、車のガソリン消費だ!!(と、俺は強ぉ~~~~く確信している!)


燃費の悪い車、すなわち、これ見よがしに排気量の大きな車に乗って居ることが、そのうち、必ず、居た堪れなくなる時期が、直ぐそこまで来ていると直感している。

私なんぞ、いい気になって大排気量の車を乗り回しているが、根が小心者なので、世間様の目が厳しくなってきたら、とても乗りつづける勇気はない。しかし、車好きは止められないのだから、今のうちにとことん楽しんでおかなきゃと思っている訳だ。


さて、原子力発電が、良い悪いを別にして、これ無しでやっていけなくなった背景は、やっぱり、化石燃料の枯渇と排出する二酸化炭素の排出に歯止めをかけたいからに他ならない。近年の異常気象は、ナンダカンダ言っても、『ちょっとヤバイんじゃねぇ~の?』って気にさせる。
 
 
 
閑話休題

Nature Digest 日本語編集版 の EDITORIAL に非常に興味深い記述個所があった。『チェルノブイリに学ぶ』と題されている内容は、“原発が信頼される為には”ってことなのだが、『市民の安全を守る為の合理的な対策も取れないような、腐敗した、無責任で放漫な姿勢の政治体制の手にある原子力発電は危険だといっているのである。』と書いてあるのだ。

思わず、『これって、北朝鮮と中国のことじゃねぇ~の?』と。

原子力発電と核兵器、小学生だって、繋がりは理解できる。ましてや廃棄物は、やたらには捨てられない事は幼稚園児でも知っている。

上 Nature を読み進めれば、今後20年で、原発施設を最も多く建設しようとしている中国は、核廃棄物の処理に関しては全く言及せず、電車中刷り広告によれば、中国はその建設費60兆円を日本から引き出そうとしているらしい。しかも、中国シンパの外務省役人が、国会で質問しようとした政治家に圧力までかけたとか!(Nature と 中吊り広告が頭の中で一緒になるオレって・・・これでいいのか?)

能天気な日本人は、中国の表向きの『首相靖国参拝問題』に目くらましされて、中国に良いようにされているのも気づかない。(マスコミは、中国・韓国の言う靖国問題は無視した方が良いのだが・・・、次期首相選びも、そんなこと気にしてたらイカン!!)

まっ、対外的(外交的)には“人の命”を重要視し、国内的には“人の命”をなんとも思わない、中国らしいと言えば中国らしい。核廃棄物だって、国土が広いんだから、何処かに捨てちゃうんじゃないの?人知れずにね。やりかねないよな。


日本人は“権威”に非常に弱いので、『あの Nature でさえ、中国の危険さを危惧してんだぜ』と言って知らしめる事は、非常に有効だと思うぞ!!

権威に弱いと言ったら韓国の相当なもので、インチキしてでもノーベル医学生理学賞を欲しがったくらいだから、竹島問題を地域紛争じゃなくって国際問題に発展させて、学術的権威のある雑誌で批判してもらったいいんだよな!!


さて、(注:1)だが、マスコミが報道しない現場の真実って事の一つで、禁煙指導と禁煙パッチが、何故、保険適応になったのか?という裏話を披露しよう。

と大袈裟に言っても、まったく面白くも何ともないのだが、要するに、厚生労働省としては『混合診療問題への影響のある実態(前例)を作りたくなかったから』ということだ。

混合診療問題は、いろんな団体の思惑がからんで、微妙な問題になっている。で、保険診療を行なった同日に自費診療は出来ない建前なのに、禁煙外来は、どうどうと規則を破って行なわれているのが実態で、厚生労働省としてはこんなものを野放しに出来ない、かといって、患者に違う日に出直せとも言えない。苦肉の策で『じゃ、禁煙外来を保健扱いらしちゃえ~っ』と。


---開いた口がふさがらないな---


マスコミが報道しない現場の真実って事でいえば、エレベーター圧死事件。マスコミを含め世の中の論調は一つにまとまっているが、事情に詳しい現場に人に言わせれば『ああ、あのマンションなら、起こるべくして起こった事故ですよね』なのだそうだ。

私は、中国人のように死者に鞭まで打てないので、この話はこの辺にしておこう。

2006年06月05日

人道的な行為はすべて誉められるのか?

日本人で、“人道的な”との言葉で飾られる行為に対して、『いや、それは・・・』と言える人がどれだけ居るだろうか?

旅客機内の緊急医療行為(気管挿管)などは、人道的という言葉には馴染まないので除外するが、ボランティア活動的な行為で“人道的”な行為を窘めたりすれば、間違いなく“冷血漢”のレッテルを貼られる。

しかし、日本人以外(全てなのかどうかわからないが)では、“向こう見ず”或は“アリガタ迷惑”な場合には、躊躇無くそれを指摘する人達が居ることが、“文化の違い”なのかなぁなんて、ホトホト痛感させられる。


ちょっと、古い話だが、JR 福知山線脱線事故の際、以下のような意見ばかりが世の中に充満していたのも事実で、ここでやり玉に挙げられている行為を“冷静な判断”と評価した人は居なかったのではないだろうか?

(適当に検索して HIT したブログから、代表的な意見を抜粋してみた・・・)

そして、事故車両に乗り合わせていた、二人の運転士も上司の命令という言い訳があったとしても、目の前で起こっている悲惨な状況を確認しながら、「良くその場を離れた・・・」と、私は思っています。その二人は、一生後悔するのではないでしょうか。それも事故現場を通るたびにです。一人の運転士は、事故車両の中で、20分も「ぼーっとしていた・・・」なんて言っています。私は、事故を起こした会社、JR西日本の社員として、この二人には、マンション住民、近所の方、近所の会社の方々と、人命救助に当って欲しかったと思います。それが人の道です。

また、事故当日、その後のJR西日本、社員の行動はホトホト呆れるものばかりです。ボウリング、宴会、ゴルフと、遊びたい放題な訳ですが、約185名いる中で、「こういう時期にまずい、中止をしよう・・・」と思ったのは、わずか8人だけです。大の大人が、こんなにも沢山いて、わずか8人ですから本当に情けないです。そして、この8人の方は良識のある方々だと思います。

ところが、アメリカでは、 9.11 テロが起きた際、、、

 しかし米国では、ボランティア活動が社会的に高く評価される一方で、医師も含めたボランティアは不用意に災害現場に行くべきでないと戒められている。2001年の米国同時多発テロにおいて、世界貿易センターの災害現場へ多くの消防士・救急隊が自主的に現場に駆けつけた。

 ニューヨーク市消防のグレン・アサエダ医師はその時の経験を踏まえて、米国救急学会と全米救急救命士協会の共同声明文の中で、医師は災害現場に行くべきでないと明記している。当時、アサエダ医師はニューヨーク市消防所属の医師だったため、集団災害では救急隊とともに現場に駆けつけ、トリアージや救助活動に従事しなければならなかった。

 ところが、世界貿易センターが崩落し、すべてのシステムが破壊された時点で、彼は医師から1人の生存者になってしまったと証言している。ニューヨークの現場では、被災数日後から、「自称医療ボランティア(その実態は医学生や、遠方から駆けつけた医師)」が様々な形で「医療活動」を行い、災害現場に混乱を招くことになった。このような事態を避けるべく、欧米の各種災害医療マニュアルでも、個人レベルでのボランティア医師の現場活動は控えるべきであると記載されている。


“ボランティア医師を率いるのは猫の群れを統率するようなもの”

 ハーバード人道援助組織を代表して派遣されたブリガムアンドウイメンズ病院救急部医師のヒラリー・クレーマー氏の任務は、ハーバード、ジョンスホプキンス、コロンビア大学から派遣された公衆衛生関係者50数人を束ね、ルイジアナ州における米国赤十字社の活動を行うことだった。「私にとって最も困難な作業は、様々な形で現場に現われる『自称ボランティア医師』の対応でした」と彼女は語ってくれた。

 通常、ボランティア医師は、各種の公的な援助組織に登録し、身分が保証された上で初めて活動する場が与えられる。例えばDMAT(災害医療支援チーム)には、ボランティア医師も数多く籍を置いているが、彼らは平時から十分な訓練を受け、災害出動時には臨時の連邦職員とみなされて、活動中の様々な事態に対する補償が与えられる。このような手続きを経ない医師は責任の所在が明らかでなく、身分も保証されない。規則を無視した「自称ボランティア医師」は、結果として混乱した災害現場にさらに負担を与えることになる。

※5月27日に発生したインドネシア・ジャワ島地震おける救援活動に『災害現場の“飛び入り参加医”やめよう --- 救援活動に混乱招き、無補償、2次被災の危険も』と警鐘をならす医師からの日経メディカルオンラインレポートを、一部引用させて頂いた。

---医者でさえこの扱い!!この違いは大きいなぁ---
 
 
JR 福知山線脱線事故では、乗り合わせていた運転手はその場に居ても何の役にも立たないし、その時点で他の場所で“遊んでいた社員”が現場に駆けつけても、役に立たないばかりか“邪魔”になるのは明らかにも関わらず、“現場に出向くこと”が人道的だと言われた。
そして、JR西日本の社員が『我々が現場に駆けつけても、役に立たずに邪魔になるだけだから、遊んでいた』と説明しても『それは、イイワケだ』と揚げ足を取られる。

現場近くの会社の社員が“二次災害も顧みず”現場に駆けつけ救援活動した事は、“美談”として語り継がれ、この行為を“戒める”人は一人も居ない。

それを、アメリカでは、『(災害救助活動の)シロウトは現場に来るな』って言い切っちゃうんだからね。
 
 
 
なんか、感覚が全然違う。これって、一体、何なんだろう??
 
 
 
一つ言えることは、日本人は『人前だと“イイコちゃん”になりたがる』ということ。そして、行動に合理性を欠く。人の目が無い所では『関係無いねぇよ!』って事だけは合理的なのに。(注意1)

この“性格”は何処から来るものなんだろう??
 
 
 
閑話休題

今朝、朝早い時間にいらした方が、『やっぱり、(マグダラ)マリア様を貶しちゃいけませんね。おかげで、エライ目に逢いました』と。聞けば、この方、学生の時分に洗礼を受け、神父さんからキリスト教の手ほどき受け、旧約も新約も目を通しているバリバリ?の自称“無神論者”の方。

一回目はポルトガルにて、何かを口に出して喋ったとのこと。(具体的には何を喋ったのか教えてくれなかったののだが)その直後から1週間、血便が止まらずに生死をさまよった(ちょっと大袈裟)と。で、今回もダヴィンチ・コードが流行っていることに絡めて、何かを喋ったらしい。

『前回と同じですよ!もう、これは何か有るとしか思えない!!』と。というわけで、処方箋をお持ちになったのだが、、、、、

『3回目は、試してみます?』との私の問いに、『いやいや、心に思っても口には出しません』って。
 
 
 
ちょっと前、タバコのテレビコマーシャル。屋久島と思しき大自然の中、たった一人の登場人物が『誰もいない、でも捨てない』と呟くシーン。以前にもここで引用しているが、しつこいけど、もう一回。

結局、この登場人物のセリフの心情を理解できるのは“日本人だけ”で、神が見ている国の人達は、『誰かに見られているから~~~』という心理的構造は持ち合わせていないんだと。
 
 
 
マッチポンプになってしまうんだけど、、、、(ポンプにまでなっていないか・・・)

仮にも“匿名”が幅を利かせている現在の“ブログ”で、『人に見られているから、善人ぶった言動をする』って、どうなんだろう?

最初に引用している“JR 福知山線脱線事故”ブロガーも、偏差値50(正規分布に従ってる筈=人数が最大)の善人ぶった意見を述べている。匿名だからこそ、善人ぶらない、問題解決に向けた“耳ざわりの悪い”意見でも言えるはずなのに??(注意2)

注意:1で、何気なく、「人の目が無い所では『関係無いねぇよ!』って事だけは合理的なのに。」と書いたけど、日本人なら素直に心に染み込んで理解できる筈だ。
『人が見てなければ、何でも出来る』が“恥”と教えられた筈なのに、『旅の恥は掻き捨て(知り合いがいなければ、なんでも出来る)』と、心底では容認しちゃう事からも、それは言えると思う。心底では“合理的”と感じていると。


こんな事を、合理的って感じるのは、何処から来るんだろう?

ちなみに、私は、ほとんどパーソナリティを公開してるようなものなのに、過激な事ばっかり書いている。もしかして、過激と思っているほど過激じゃないのかなぁ?

では、少子化対策に提案。

少子化で困るのは、護送船団方式の先送り社会補償制度にあるわけだ。世代間扶助と言葉は良いけど、そんなこと言ってるから、少子化なんてものが“問題になる”わけで、自分の年金は自分で積み立てるを徹底すれば、少子化は問題にはならない。

でも、現実には、もうやっちゃっているし、誰も言い出せない。言うとすれば“老人切り捨て”を避けて通れないのだから。

じゃ、誰が、嫌われ者になって、世代間扶助を止めろ(=老人きり捨てろ)と言うのかといえば、子供を作らない人達にやってもらうしかない。と言っておこう。

子供を作らなかった人達は、次の世代から養ってもらう権利がないのだから。

子供を作れない体、睾丸癌や卵巣癌で組織を摘出してしまった人などは、例外だけど、自分が遊びたいだけの理由で、子作りしないというのは、社会に対して責任を果たしていないのと同じじゃないのかな。

自分の事は自分の責任でというロジックなら、子作りしないのも、結婚しないのも、個人の自由だけど、子供を作るという行為は、次世代の国作りに貢献するって事にも繋がるんだからね。

子作りしない人達が、一回、血を流して、世代間扶助をぶっ壊してしまえば、後は、結婚しないこと、子供を作らないことに、いわれのない無言の圧力、親のグチを聞かないで済むんだから、自分の為にも『ガンバレ』とエールを送りたい。


と、偏差値30の意見を披露してしまったぁぁぁぁぁ。(恥ずかしい)


注意:2は、別の解釈があって、匿名でも自分のブログが“荒れる”のが嫌で、イイコちゃん振る必要があるんだとか・・・・・。理解不能です。『死ね、殺す』みたいなコメントは論外だけど、違う意見をぶつけ合うのは、建設的だと思うタイプなもんでね。。。


さて、全く、まとまりのないエントリーは、今に始まった事じゃないのでカンベン願うとして、以上のような“人道的な行為”の評価に冷静になれない国民性は、興味深い。

そして、同じ会社の社員というだけで、二次災害で死ぬかもしれない危険な地域に『行け』と平気で言ってしまう感覚。乗客が被害者なのはわかるが、同じ会社の社員というだけで加害者扱いをするブロガーが、偏差値50なのは、なんだか恐い。

しかし、この過剰な被害者保護(弱者の正義)の精神は、いろんなところに垣間見れるところが、もっと恐い。

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