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ああ、いっぺん言うてみたかった アーカイブ

2005年10月31日

妙案なのか?

今朝の読売新聞朝刊に、あの『司法のしゃべりすぎ』の著者が、人事評価への不服申立書を地裁に提出。「判決文の短さを理由にマイナス評価をするのは、裁判官の独立を定めた憲法に反する」とあった。

日本語に限らず、文章を長くすることの意味の一つに“和らげる効果”がある事が知られている。死刑判決を言い渡し、『そんじゃね』じゃ、あまりにも言葉が“キツ”過ぎる。それを和らげる為に、長々と喋る訳だ。
「No!」よりも、「No I don’t」の方が、“当たり”が優しいのと同様だ。
(デメリットとして、言いたい事が“ボケ”ることが挙げられる)
そして、これにより、被告、弁護側、検察側の三者とも納得できる?ってわけなのだ。

だから、『長々喋ってやれない君は、評価、低い』って事なのだろう。。。。(裁判官の“個人的な感想”を述べる事が良い事だとは思わないのだが・・・)


それはさて置き、何はともあれ、司法の内情が一般の人の目に曝されるのは良い事だ。
いままでが“聖域”過ぎたんだと思う。医療の世界なんか、もっと早くから内情が暴露されているのだから・・・。


さて、この一部の“エライ人が”が力を揮っている構図は、ユダヤ教のエライ人が『立法がどうの、モーセがどうの』と理屈・知識をこねくり回し、ユダヤ教はエライ人の為の、エライ人による、エライ人の宗教であり、一般庶民は“蚊帳の外”だった状況と似ている。

宗教の世界では『これじゃイカン』と、キリストさんが一般庶民による一般庶民の為の宗教を旗揚げした訳だ。キリストさんは難しい言葉は一切用いず(韜晦的な行為だったのかもしれないが、でも目立っちゃってた)ユダヤ教の教えを垂れ、誰にでも受け入れられた。(世界中に広まったのはパウロがいたからという事は置いといて・・・)

宗教はもちろん、医療にしても司法にしても、本来、一般庶民の為にあるべきものだ。

宗教の場合はキリストさんがどえらい事をやってくれたから庶民のものになった訳だ。
でも、医療・司法は簡単じゃない。その有り様はどういうものが理想なのかは、私なんぞには、全く想像も出来ないが、一般庶民も参加できるという点においてのみ、司法の場ではもうすぐ“陪審員”制度が始ろうとしている。


というわけで、映画『12人の怒れる男』は観ておいた方が良いと思う。。。。が、、、
あれを観ると『果たして、日本人にあれほどの話し合いが出来るのだろうか?』と思ってしまう。まして、情に流されやすい日本人に冷静な判断が出来るのだろうか??
尤も、自分が裁かれる場合には“情に訴える”手段が有効なのだから、なんとも言えないのだが。

医療の現場では、やはり、来春の改正の目玉『保険免責』が挙げられるだろう。(私が目玉だと思っているだけかもしれないけど、医療界のキリストかもよ)
聞いたところでは、100点以下の軽医療には保険が効かない、すなわち、自費だ。


そもそも、私は、医療はその人(患者)の満足を充足する方向に向かうのべきものだと思っている。(サービス業なんだから当たり前だけど)

結局、治るものは治るし、治らないものは治らない・・・これが現実(現代医学の限界)なんだから、あとは、どれだけ本人が満足できるかにかかっている。
であれば、健康保険には馴染まない。そう、自己負担10割、自費が望ましいのだ。

そうする事で、患者側に『医療の中心は私だ』という意識が芽生える。そう、『こんなんじゃ、ダメ。満足できないよ』って。

今までは『健康保険なんだから、こんなもんでしょ』との意識が、双方にあった?と思うが、そんな状況に楔を打ち込んだ改正になるとよんでいる。これは、単なる突破口に過ぎないのだと。

そして、それ(自費分)がだんだんと増えてくる・・・・シナリオ。例えば免責疾患なんてカテゴリーが出来たりしてね!!

ところで、現代医療はかなりの病気を“治せる”として、そのデータを作り上げて世に公表してきた。医療の供給側は、少しでも自分の手で病気を治せるのだと気負っていたし、責任感や義務感を感じていたのだから仕方が無い。そして、医療の受け手はそのデータを信用しちゃう。(病院にいけば病気は治ると思っちゃう訳だ)

でも、現実は、、、、そのデータの元になる実験対照がすでにバイアスがかかっている(サンプリングバイアス)。実態は、病気好き・病院好きで、結果が良好な人々しかサンプルされていないという事だ。自分の思い通りにならない患者は別な病院に行っちゃうし、バタバタしている内に自然治癒しちゃうするものは治癒しちゃう。入院してたって死んじゃう人は死んじゃう。

このへんの事情は『精神科医とは何者であるか』頼藤和寛著・PHP研究所 を読むと笑えるくらい良く解ると思う。面白いよ!!(おっと余談)


これからの医療では、病気になる・ならない、治る・治らないが、そもそもその患者が持っている“遺伝子”で決まっていくと考えるわけだから、患者満足度が問題になる訳だ。

『遺伝子って何だよ??』ってわかったようなわかんないような・・・・。現在の医療費算定の構造では、いちいち説明している時間も無いし、説明してたら赤字になっちゃう。
さらに、遺伝子型が同じなら、治療法についての意義を説明してもしなくても、結果は変わらない。
だとすれば、この薬を服用する意義、腹を切って臓器を摘出する意義を説明することは、本人の満足度だけに関わる問題だと言える。


このような“満足度”に対して健康保険で給付する事に正当性があるのか?財源が無尽蔵にあるなら、100%給付で、文句を言う奴も居ないだろうけど。


医療提供者側の優劣は、健康保険医療でやるんだったら、手術の技術や治療成績だけで評価されるべきだと思う。でも病院の評価はほとんどの場合、個人的な患者の満足度が入っている。

結局、今の医療は、分けて考えなきゃならない事を、渾然一体として扱っちゃっているから、問題が山積みするのだ。


個人の満足は定量できないのだから、これは保険に馴染まないというわけ。

■医療を受けるに当たり、貧富の差が反映するような制度はよろしくない

ということで、医師の技術料にも差を付けられないでいるのだが、先進国でこのような差の無い制度を採りいれているのは日本だけだ。これにも、結果の平等を求める気持ちが働いているのだろう。人間性善説を取る日本人のくせに、医療提供者側の善意(金が無くても診る)を信用していない。

で、このような医療構造改革は、結局、誰も悪者にならず、憎まれ役を演じず、いつのまにかそうなっていたという流れが好きな日本には合っているのだと思う。医師の技術料に差を付けられない制度なら、それ以外(自費の部分)でその差を埋めるしかない。これが制度(法律)でなく、利用者(患者=民意)の選択に任せられるのなら異を唱える人はいないだろうからね。


この改正案、、、日本的決着をみられる巧いやり方だと思うんだけどねぇ!!

2005年10月24日

平等という概念

特別な事が無い限り、日曜の朝は報道2001を見る事から始る。

そして昨日、気になったのが医療費をやり玉に挙げての、国家予算の収支バランスの解説だ。しかし、いつものように、小手先の改革をあたかも“抜本改革”のように喋るのは相変わらずだ。


---基本は教育だろう---


私は税収を上げる為に個人所得税に言及するのは仕方ないとして、法人税を上げる為には、村上ファンドみたいな“金をまわしている”だけじゃダメだと考えている。(これはこれで大切だけど)技術を産み出し、外国から利益を集める国家体制も合わせて構築しなければ、超高齢化社会を迎えられるとは思わない(注1)??

WebMaster's impressions で、何度も指摘しているが医療業界に限っても日本の病院に行って“検査”を検査を受けるたびに、日本人の税金で賄われているお金が、海外に流出しているのだ。


そろそろ、教育にも“格差”を受け入れる時期が来たのではないか(注2)?
日本人は結果の平等を求めすぎるあまり、自分で自分達の首を絞めている事に気づかないでいる。(注3)

小学校、中学校からでも良い。本当のエリート教育を“不平等”に行なうべきだ。ノーベル賞クラスの研究者を毎年10人は排出できるように。(注4)


さて、、、

靖国参拝が“異常”な過熱ぶりで報道されている(注5)。ほぼ全て番組が、中国・韓国への“心の配慮”を示して『いいこちゃん』に徹している(注6)が、日本にそんな事をやってるほどの余裕が無い事を報道するところは皆無だ。日本人は『衣食足りて礼節を知る』民族だから、相手が自分より“格下”の場合には、礼を尽くす事が人の道だと説く。でも、その裏返しには、優越感に浸り、相手を睥睨する心が見え隠れする。

で、その中国だが、経済的な発展だけが取り上げられているが、実は教育にしても医療にしても、資本主義のニッポンより遥かに“資本主義”ぶりが徹底されている。

“平等である事”とは、所詮、絵に描いた餅という事をハッキリと認識し、政府の善人面しないところは、むしろ、日本のやり方より小気味が好い。

中国では、本当の意味のエリート教育を実践している。特に凄いのは、スーパーエリートの大学である北京大学。(話はいつも我田引水の“医療分野”で申し訳ないが、他の分野の教育でも推して知るべしだと思う)ここの付属第一病院は中国人医師が海外留学する為の登竜門となるところなのだが、まず、勤務する医師が、全員、英語を理解している。

従って中国人以外の国の人の診療に不自由する事は無い。

そして、中国の診療費用体系だが、初診料は医師のレベルに応じて松竹梅と3倍の開きがあり、さらに北京大学病院には特診部というところがあり、外来はこの松竹梅のさらに10~30倍の値段なのだそうだ。本来、外国人向けだったものが、中国人にも利用されているとの事。

日本だって、アングラに“お金を包む”事はやっている。教授の診察なんて言ったら、正規の料金の他に“お礼”をするもんだと言って。これが、中国では国直属の機関で“不平等”を実践しているのだ。

日本人の“お礼”の裏返しには『自分は金持ちだから教授の診察が受けられるのだ。オマエ等庶民とは違うのさ』という優越感を満足させる為の手段の一つにもなっているのが現実だ。


---えげつないよなぁ---


資本主義は、エリートが排出する事が大前提だ。このエリートがやがて国を潤す技術を発明・開発し、産業を興し、その結果、エリートじゃない人達にも、仕事が回ってくるようになる。

日本は、、、なんて、短絡的な・・・・・・。
 
 
 
中国を(日本の総理大臣に精神的苦痛を味あわされて)かわいそう(注7)なんて(余裕をかまして)思っていると、知らないうちに追いつかれ、知らないうちに追い抜かれている、、、多分、そうなるだろう。榊原英資氏(慶應大学教授)が『中国が資本主義の中心になる』と言っているのは、ほぼ、正しいのだろう。


世論調査に依れば、超高齢化社会に備えて『税金が上がるのは仕方ない』と過半数が思っているそうだ(注8)。そう思う事は結構だが、なんか、後ろ向きじゃないか??

日本に生まれたからには、最後まで日本で、働けなくなっても年金で暮らせる豊かな国を作る為には・・・・って前向きな考えを持ちたいものだ。ただ、その為には日本人の“平等意識”を根本から変えないといけない。(注9)


そうしないと、久坂部羊 氏の“破裂”の世界が本当に現実のものとなっちゃうよ。
 
 
 
 
 
 
(注1)日本だけが豊かになれば良いという考えじゃない。日本が豊かになって、発展途上国を豊かにする技術指導をするのだ。


(注2)学校を寺子屋にして、行きたくない子供は行かなくて良い事にする。勉強したい子だけが来るのだから、教育の平均もあげられるし、来なくて良いんだから、イジメも登校拒否の問題も解決だ。
しかし、学校に行かずにブラブラしてると犯罪も増えそうだから、学校に行かない人は働かせる。13歳のハローワーク / 村上龍だ。低賃金で良い。そもそも、子供の養育は親の責任。
そして、本人が勉強しなかった事を後悔したら、何歳でも高校・大学で勉強できる。そして、社会もそれを受け入れる。
現在の学歴社会は、学歴のある人が学歴の無い人を睥睨するシステムであり、身分制度の崩壊と共に始った。日本人は宗教という“心の拠り所”が無い為、こんなえげつないシステムを構築したと考えられる。医療においても“死は敗北”で1分1秒でも長く生かす事が“是”であり、ガン末期医療に神父・牧師(坊さん)は受け入れられないことにも繋がっている。
宗教を否定するんじゃなく、宗教とは?ということの教育も必要。学校に行かない子供は、お寺や神社に働きに行かせるもの一つの案。


(注3)そもそも、日本では“善悪”は絶対だと教えられる。神話の世界には絶対な“善悪”は有り得ない。善悪は相対的なものだ。英雄アキレウスも善人でもあり悪人でもある。
その為、日本人は、人(の心)を傷付けるかもしれないって発言には、極端に脅え、臆病になっている。ディベートもまともに出来ない。
ある人にとっては腹の立つ言葉でも、ある人にとっては、素晴らしい提案である事も知るべきであり、その為には、日本にも素晴らしい“古事記・日本書紀”がある。活用すべきだ。


(注4)ただ、日本人は『エリート=エライ人』って勘違いしやすい民族だから、問題点は山ほどある。しかも、既得権が大好きだし資格を持ったら、努力は止めちゃうしね。
医療現場では資格持ちが多い。しかし、資格の無い人も働いている。この資格だけで給料に差が出る事を不満に思う人がいるから、私は常々、『資格の無い人に不満を抱かせない為にも、圧倒的な違いを見せる事が大事』と言ってきた。これが、無言の配慮だと思うのだが、勘違いして、低い所に降りていく人が跡を絶たない。勉強しないで馬鹿なフリをするのだ。こんな事で配慮したつもりなんだろうけどね。これが、私の知る大多数の薬剤師の真実だ。


(注5)そもそも、郵政も靖国も大した問題じゃない。中国だって日本との関係が壊れるのを恐れているから、中国国民の過激な(楽しんでいる)抗議行動を政府も抑制するし、国民だって盛り上がらない。中国・韓国の一部の“極く右寄りの人達”が日の丸を焼いたりしているだけだ。
そんな事より、もっと大事な問題があるだろう。まず、教育改革。私は、これが日本の国内問題の根幹だと考えている。国語・算数・理科・社会の勉強事じゃないよ!
それと両輪だが、国会議員の一番の大事な仕事の“外交”と“防衛”。
マスコミは、今の日本と地球上にある国すべてとの関係を説明し、その間にどのような問題があるのかを、正確に伝えるべきだと思っている。毎日だ。耳にタコが出来るくらい。視聴率度外視で。その関係維持の為に、誰(議員・公務員)がどのような事をしているのかを、逐一、説明すべきだと思っている。『国家の罠』(佐藤 優著)まかせじゃ駄目。


(注6)性善説の日本人の特有な考え方かもしれない。
性悪説の西洋では、神話の時代から『まず、自分がありき』って事から始る。そして、それを良い事だとは思っていないフシがあるようだ。だから人を哀れむんだけど、それだけでは何も解決しないから、情けをかけるだけでは“偽善”とも考えるのだろう。従って、他人に情けをかける時には、金銭面も含めて自己犠牲をしてまでも成し遂げる“大変な”ことだと考える。
だから、他人に情けをかけることを簡単にやってしまう(お金をつぎ込まない)日本人には、基本的にキリストの“凄さ”が理解できない。『衣食足りて礼節を知る』日本人には理解出来ない世界なのだ。
『汝、隣人を愛せ』は、日本人には『で?』くらい簡単な事かもしれないが、彼らは『自分の食料が減っても、自分を犠牲にしてでも隣人に施す事をせよ』と言われていると思っているのだから、半端じゃない。そして、最後には人類の罪を背負って、磔刑に処されるキリストは偉かったと。
本場のサッカーのサポーターは“半端じゃない気持ち”で金銭面も含めて自己を犠牲にしているから“サポーター”なんだと思う。日本人のサポーターは“仲間と騒ぎたいだけ”の安易なもだから、日本人サッカーファンを“サポーター”と呼ぶ事に違和感を感じてしまうのだ。


(注7)おいおい、中国相手に優越感に浸っていたって、世界にゃ1億3500万円の車をポンと買っちゃう“大富豪”がいるんだぜ!反対に今日の晩御飯が困っている人達もいる。
目くそ・鼻くそのような小さい差で“喜んだり悲しんだり”する時代じゃないんだよ。
グローバルな視点で物事を見られる視点を養う事が肝要。


(注8)多分、確定申告をすると、そんな事思わないと思う。思ったとしても、使い道について、目を光らせると思う。その為に選ぶ政治家を安易に選ばなくなるだろう。

(注9)日本が本当にダメになったら、アメリカに行こうって本気で考えている。

2005年10月18日

違和感の原因

『わかったぁ!!』、、、、かもしれないぞ。っと。

20051018bdongu.jpg
(写真には違和感がありますがと本文は関係ありません)


毎朝、出勤前に見ているズームイン・スーパーの月曜日・火曜日のニュースの解説員、彼の解説の頓珍漢ぶりは幾度と無く指摘してきた訳だが、やっぱりというか、今朝も新聞各紙が取り上げているから当たり前だけど、《小泉靖国参拝》を取り上げていた。

でも、いつもと違うのは、大衆迎合(本人はそのつもり?)したコメントをしていなかったのは評価できる。中国・韓国政府当局は熱くなっているが、国民は冷めているとのコメントは今までにないものだ。私のブログの効果の筈はないので、私と同様の方が“抗議の電話・メールでもしたのだろうか??

でも、今日は《靖国参拝》自体の是非を言いたいのではない。(私は、今までも、これからも、首相の参拝は大賛成である。)

マスコミの体質、ひいては日本人の体質に対して、サブミッションを決めてみたい。

古い話で恐縮だが、NY 9.11 の後、イギリスのブレア首相がとった行動に対して、あの【ファイナンシャル・タイムズ】を含め、保守党寄りの【デイリーテレグラフ】(労働党には手厳しい)でさえ、賞賛を送ったという。

日本のメディアにこんな事が出来るだろうか??批判することが“正しい”と固く信じているのは、マスコミだけじゃなく、国民もそうなんじゃないのか??

日本人は、兎に角“誉めること”が苦手だ。自分より目下の人間には出来るのに、目上の人間に対してそれが出来ない。僭越だと感じるのなら、まだ奥ゆかしい事だと言えるが、おべっかを使うように見えるから嫌だというなら、自分が“おべっか”を多用する人間だと自覚しているから、その裏返しじゃないのか??

さて、朝の“ニュースの見方”なのだが、月曜・火曜の担当は、仮にも大学助教授の肩書きを持つ人間じゃないか!
だったら、日本の新聞だけじゃなく、世界の一流紙を読み砕いて、“事件”をどのような扱いをしているのかを、視聴者に伝えても良いと思うのだが。(世界のオピニオンリーダーは漏れなく【ファイナンシャル・タイムズ】を読んでいる事だし・・・。)

---これが違和感の原因だったのだぁ---


そうすれば、嫌でも、日本人独特の考え方を払拭できると思うのだが。。。。でも、今の大学の教官にそれを期待するのは無理があるのかな?


《靖国参拝》にしたって、当事国の中国と韓国の反応しか放送しないんじゃ、かなり偏りが生じると思うのだが・・・。(狙っているのなら別だが、意図が理解できない。)

国民の知的レベルが低かった頃の時代、一国の首相を批判する行為が知的に見えるということで、一部のインテリ層が始めたと認識しているが、今では、『ただ、スノッブに見えるだけだから、止めた方がいいんじゃなぁ~い』って醒めた目で小馬鹿にされるよ!こんな事をしてても!


批判すべき所は批判し、誉めるところは誉めるべきじゃないのか?
「そんなことは、当たり前の事だから、誉めるほどのことじゃない」って声も聞こえてきそうだが、それは違うと思う。

青色LEDの発明者、中村教授も言っているが、アメリカの初等教育では、兎に角、生徒を誉めまくるそうだ。叱る時も半端じゃないそうだが、善い事をした時は、兎に角誉める。中村教授のお子さん達が受けているアメリカの教育を目の当たりにしているだから、嘘じゃないだろう。

日本ではどうだ?私なんぞ、学校では叱られた記憶こそあれ、誉められた記憶は・・・無い。(苦笑)

だから、誉め方がわからない。

日本の初等教育は、一体どうなっているんだいと言いたい。

これは、誉める事に関してだけじゃなく、『一国の首相を簡単にこき下ろす』だけに終始してしまい、参拝に関してなら、子どもの頃から悪い行為だと“洗脳”するに等しい。
こき下ろすのは大事だが、大賛成している立場もあると言う事を、子どもにも知らせないといけない。これで初めて『子どもが自分で考える』ことが出来るようになる。

さらに、日本の教育現場では、意見の対立を“善し”とせず“とにかく仲良く”を徹底している。これが、中国・韓国の御機嫌を伺うサディスティック・ミカバンド・・じゃなかったマゾヒスティック・ジャパニーズを製造しているといえる。

お昼のワイドショー、みのもんたの人生相談でも、みのもんた以外のアドバイザーの意見が対立するところを見たことが無いのも、いつも非常に違和感を感じ、気持ち悪い。(あっ、これは、余談)


さて、政治と宗教は憲法でも云々・・・・、しかし、切り離せるもんじゃないことは、誰でも知っている。
知っているからこそ、自戒の念も込めて、政教分離を唱えてるんだろうけど、あんまり行き過ぎると“共産主義”に行っちゃうんじゃないかと、要らぬ心配までしちゃう。


20051018fundoshi39-a.jpg
(こちらの絵の違和感はわかるかな?
わかった方は、ご連絡ください。。。(。_゜)☆\(ーー;)バキッ)

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2005年10月17日

アガメムノンのように

20051017iliad.jpgアガメムノンは、ご存知、トロイア戦争のギリシャ側の総大将だ。ヘレネをトロイアのスケコマシ(トロイア王子パリス)に寝取られたまま、黙っているわけには行かない。そこで、トロイアに戦争を仕掛ける。
ヘレネはゼウスの娘にして絶世の美女。しかも、ギリシャ人は別名“へラスの民”であり、自らをヘレネスと呼び、今でも、正式な国家の名称は【ヘレネ共和国】だ。

そのアガメムノンだが、ギリシャ中の都市国家の軍隊をアウリスに集結してみたものの、一向に風が吹かない。この頃の船【軍船】には“こぎ手”がいることはいるのだが、ほとんどは風任せの帆船なのだ。こぎ手は“いざ突撃ぃ”という時にしか働かない。

集まっては見たものの、敵地に乗り込めないんじゃ戦士達の『戦うぞぉ』ってな士気も萎えてしまう。そこへ神の神託が・・・・。

アガメムノンの娘、イピゲネイアを生け贄に・・・。

この地アウリスの守護神はアルテミスだ。アポロンの双子の姉でやっぱり弓が巧い。何故、アガメムノンがアルテミスの怒りを買ったかといえば、アルテミスの愛していた鹿を射、その腕前をアルテミスより上だとか自慢した事が原因だとか。

アガメムノンは断腸の思いで決断し、ミケーネから妻のクリュタイムネストラと娘のイピゲネイアを「勇者アキレウスの妻にする」と偽ってアウリスに呼び寄せ、イピゲネイアを生きたまま縛り上げ、薪の上に横たえ火を放つ。。。。(アキレウスは怒り狂い助けようとするのだが・・・)


この有名な話には、幾つかのバリエーションがある。

まず、イピゲネイアが実の娘ではないという設定。
そもそも、アガメムノンの妻クリュタイムネストラは、以前別の夫があり仲睦まじく暮らしてたところにアガメムノンが横恋慕。挙げ句、その夫を殺して妻を奪った。クリュタイムネストラは、その時、前夫の子を身篭っていた。

アガメムノンはその事実を何時しか知って、陰険に懲らしめの機会を伺っていたと。

また、イピゲネイアに関しても、アルテミス神が憐れに思い、こっそり救い出しクリミア半島のタウリスに連れ去ったと。


アガメムノンはトロイア戦争に打ち勝ち、英雄となって凱旋する訳だが、夫の留守中に妻のクリュタイムネストラは家臣と通じ、帰国直後、アガメムノンを殺してクーデターを起こす。

この事実を知ったアガメムノンの子供たちは、身の危険を感じ他国に逃れるのだが、成長して母親であるクリュタイムネストラと家臣を討つ。

一方、アルテミスに助けられたイピゲネイアは、タウリスで神に仕える女神官となっていた。ある時、女神の像を求めて二人の若者が訪ねてくる。タウリスの神殿では他国の者を人身御供にする習慣がある為、この二人が狙われる。女神の像を求めた理由を聞けば、魂の救済を求めてゼウスの神託を仰いだところ「タウリスの女神の像を故郷に持ち帰れば救われる」と。

二人に同情したイピゲネイアは、なんとか二人を生け贄にせず、故郷に帰してやろうとするうち、二人が実の弟オレステスと従兄弟ピュラデスだと知る。タウリス国王とのいざこざはあったが、アルテミスの加護を受け、めでたく一件落着する。


国に帰ったオレステスは姉のエレクトラ、従兄弟ピュラデスとともに、父アガメムノンの敵を取る。すなわち、クリュタイムネストラと通じた家臣を殺すのだ。
 
 
 
『さて、ここで問題です』
『アガメムノンはギリシャの英雄ですが、善人でしょうか悪人でしょうか?』
 
 
 
古代ギリシャ人たちは、演劇が大好きだったそうだ。今でも至る所に古代の円形劇場が残されている。そこで演じられるのはギリシャ神話。アイスキュロス、ソポクレス、エウリピデスらが活躍した時代だ。神話自体も語り継がれ、演じ次がれて行くうちに色々に変化し、現代に至っているのだろう。

現代のギリシャは95%がギリシャ正教のキリスト教徒だ。でも、ギリシャ神話を忘れたわけじゃなく、子供の頃から馴染み、親しんでいる。これを誇りに思い、『アガメムノンはこの時、こんな気持ちで決断したんだ』と想像し、生き方にも影響を与えているという。
 
 
 
私の勝手な想像だが、ギリシャ神話はギリシャ人、あるいはローマを経てヨーロッパ全域の人々の、日本で言えば《道徳》にあたるものなんじゃないかと。

私が知っている小学校の《道徳》は、善悪が分かり易いものだった。
ギリシャ神話は、善悪では説明がつかない話が多い。しかし、その為、誰もが自分で考える余地を残している。アガメムノンを“反面教師”とする人、あるいは“教師”とする人がいてもいいのだろう。
 
 
 
 
閑話休題

最近、いろんなニュースがあり、色々と書きたいこともあるのだが、娘の七五三のお祝いの準備やら、なんだかんだと時間が作れず、機を逸してしまっている。

少年に“死刑判決”なんぞはもろ手を挙げて賞賛したいし、人権がどうのこうのという人には、無間地獄タルタロスで永遠の苦しみや、日本の伝承“賽の河原”を例に出し、死刑は人道的だと言いたいところだ。


さて、昨日、久しぶりに“サンデープロジェクト”を見ていたら、榊原英資氏(慶應大学教授)がこんな持論を背景に、『中国と経済的な関係を円滑にする為に、首相の靖国神社参拝は即刻中止すべきだ』と言っていた。

まず、その彼の持論から。《ミスター円との異名を持つ元大蔵省財務官、榊原英資氏は資本主義の中心は今後、ニューヨークからアジアへ移る、と大胆な予測をした。帝国主義によるアジアからの収奪で近代資本主義を確立した欧米は凋落の道を辿り始め、中印が収奪からの復活、回復で経済を復活させ、資本主義の中心がアジアに移る》という説だ。


私は、日本人には基本的に資本主義は向かないと考えている。理由は長くなるので省略するが、今後、資本主義の中で中国がアジアのリーダーとなるなら、日本人のメンタリティーとは相容れないことがますます表面化し、日本は意識改革をせざるを得なくなるだろうと考える。

資本主義が発展する国の人々のメンタリティーは“ビジネスには私情を挟まない”が徹底されているからだ。

もし、この説が正しいなら、ビジネスにおける中国人の考え方は欧米に近く、中国人は、『日本人は嫌いだけど、ビジネスパートナーとしては大事だから、頭に来るからといって、取引停止する事は無いよ』って考えるだろう。

日本人のビジネスには、私情が入ることが当たり前だから、この感覚が信じられない。従って、中国と上手に取り引きするには【中国と仲良くならなきゃ】って考えてしまうのも無理はない。

しかし、中国人がビジネスにおいて欧米的思考をする民族なら、仲良かろうが、悪かろうが、利益が出るなら取り引きは成立するだろう。ここで重要なのは、仲が良いことじゃなくって【信用出来る相手】かどうかだ。


自分のポリシーも持たず、相手に会わせて八方美人な態度が「信頼される」と考える人もいるのだろうが、少なくとも、グローバルスタンダードで、それはないだろう。

ということは、靖国神社参拝を中止すれば、中国人とトラブルは避けられるが、信用されなくなるデメリットの方が多いと考えられないだろうか??
 
 
 
榊原英資氏は経済学者の筈だが、よく政治にも首を突っ込んで、昔から『靖国参拝反対』を言っていたような記憶がある。

経済のプロは経済のことだけ、喋っていれば良いのに、余計なことを喋るから、私みたいなシロウトに突っ込む余地を与えてしまう。

以前、このプロについても言及したことがある。出ていくのは制限するが入ってくるものは制限しないのが、欧米では一流の証だと考えられている。

すなわち、自分の専門以外には首を突っ込まないが、それは、知識が無い訳じゃなく、反対に、知識は幅広く吸収しているということだ。その知識は芸術、音楽、文学にまでと、幅広い。一流の知識人としての嗜みと心得ているからだろう。(日本では、入ってくる方を制限しちゃって、結果、それしか知らないから専門家になる)


しかし、日本の大学教授はどうだ??

日本人は“学歴”に弱い。学歴にはひれ伏してしまう。無条件に信用してしまう。
この肩書きに幻惑され、『靖国参拝反対』に国益があると“洗脳”されてしまう人がいたとしたら、、、、、。


『靖国参拝』と『国益』は、そんなに簡単に語れるものじゃないだろう。そう、アガメムノンの善悪を決めるように。
 
 
 
 
 
最後に、おまけ!!

昨日のコンテンツには、『隠れ増税じゃんかよぉ』と題して討論があったのだが、参加者は、、、

武部 勤  (自民党幹事長)
冬柴 鐵三 (公明党幹事長)
鳩山 由紀夫(民主党幹事長)
市田 忠義 (共産党書記局長)

となっており、何か物足りないと思ったら、社民党がいない・・・・・。

とうとう、こここまで落ちたのか???相手にされないのか??社民党!

伝統芸能『護憲・自衛隊否定』の役者が揃わないんじゃ、物足りないぞっ!!(と、エールを送る)

2005年10月03日

診療報酬改定

もう、何度も書いたことだけど・・・、月曜日、火曜日のズームイン・スーパーのニュース解説員の頓珍漢ぶり。
また、今朝も呆れてしまった。


『実態について詳しくないなら、自分の意見を挟むな!事実だけを伝えろ!』


っていうか、自分の詳しくない分野のニュースを取り上げるな!っつーの!
弱者の味方ぶって人気を得たい為に医療問題を取り上げるのなら、もっと勉強しろよ。


---まったく、朝から・・・・呆れるぜ---


政府案では、現在70歳以上の方に適用している“収入別負担割合の基準を判定するその収入の基準を引き下げる”方向であり、診療報酬改定によって自己負担自体を2割から3割に改定する予定。

この事実を伝えた後に、このボンクラ解説員の言葉はこうだ。
『2割から3割負担になったら、この人達の生活はどうなるのか?』だ。
アナクロニズムも甚だしい。今時、収入の大半を医療費に費やしている人など、いるとでも思っているのか?
高額医療が必要な人は、後から償還という方法で、ちゃんと守られている。

それに、2000円が3000円に増えて、生活を圧迫するとでも言いたいのか?
2万円が3万円と言い換えても良い。

パチンコ、競馬に行き、晩酌、タバコ代に惜しみも無く散財し、ゴルフを嗜む人達が、どうして、3割負担になって生活が圧迫されると言うのか??

(それに、政府(体制)に組みしない姿が、大衆の味方だと考えているかのような振る舞いが、ますますナアクロな印象を与えている。ふと、気づいたのだが、本日、この人の取り上げた新聞が朝日だった。いつも取り上げる新聞に興味が湧いてきた。)


それに、実態としては、知らない人はいないはずの“老人による病院サロン化現象”。
安いから不具合も無いのに、必要も無いのに病院に来る現象だ。

本当に必要な人に保険医療費が分配されない、本当に必要な人に医師の診察時間が分配されない元凶でもある。

昔、サラリーマンが自己負担無しの時代、『タダだから、病院によって風邪薬を貰っていく』ということが平然と行われていた。『だって、保険料払ってんだから、行かなきゃ損ジャン』という理屈である。今も、変わりないところがある。

その昔、医療費は無料が当たり前だった。自己負担はなかった。無料から出発しているんだから、医療費が高く感じられてしまうのは無理も無いことなのだが・・・・。
 
 
 
 
---水と平和と医療は、無料---


今、全ての日本人が、保険の主旨からは逸脱した行為をしていることには、とりあえず、目を瞑ろう。だって、このエントリーは“頓珍漢な解説員”の無能ぶりを白日の下にさらす為に書いてるんだから。
 
 
 
さて、この改定自体は、医師会などの猛反対をくらい、実現するかどうかは五分五分と言った所だろう。医療機関にとっても、収入は変わらないのに、患者(お客)さんから料金を上げられたような誤解をされ文句を言われ(驚くなかれ実在するのだ。医療現場で文句を言う人が)、さらに、患者(お客)さんが減ってしまう改定なのだから、嬉しい訳はない。

医療業界に身を置く私だって、自己負担割合は少ない方が良い。これで生計を立てているんだから、収入減の方向の改定は堪える。(本音)

医療業界は、この本音があるから“患者の為”を装いつつ、負担割合を上げる事を反対するのだ。こんな事は、いまさら言うまでもないだろう。かわいいもんである。国民だってわかっているから、出来レースを演じることに異議を唱えない。負担が増える事は、仕方の無いことだと考える余地を残している。
 
 
 
だが、自分にとって何の利害関係も無いニュースの解説員が、医療費負担割合をあげる事が“悪”であるかのように言い放つ行為は“扇動”に近い。本当に自己負担割合を上げる事が“悪”であると思い込む人が出てきてしまう。

この解説員は、自己負担を増やさない代わりに、財源確保に増税されたら、責任を取るの覚悟はあるのだろうか?

そもそも、医療費が適切に分配されているのかの考察もせずに、言い切れる問題ではないのだ。

医療費負担をあげる事が“悪”であるかどうかは、やってみなきゃわからない。

本当に生活が苦しい人達が、仮にいたとしてもその人達には後から償還すれば良い。『行かなきゃ損ジャン』って考える人は、償還して貰う為にわざわざ出向かなきゃならないなら、面倒くさいから病院には行かないと考えるだろう。

こうして、医療費の適正な分配は達成されるということも考えられる。こうなれば、自己負担割合増は、“悪”でなく“正義”だ。


薄っぺらな一面しか見ず、思慮の浅い、見掛けだけの正義を振りかざす頓珍漢ニュース解説員の行為には、いくら、結果として医療業界の為になったとしても、決して納得できるものじゃない。

こんなヤツの思考と同じロジックだと思われるだけでも、不愉快なのである。
 
 
 
 
p.s.
極端かもしれないが、戦場、野戦病院では、トリアージがなされる。今の“人は皆平等”精神が横行している日本では、病院でトリアージはなされない。早い者勝ちで診察を受ける権利があるのだ。これを守らなきゃ、病院が訴えられるかもしれないからね。

私利私欲、利害関係を越えた部分では、私は、自己負担割合をあげる事は、トリアージになると思っている。

そして、産婦人科医のなり手が減少している。外科も同様だ。(以前にも『新聞紙上での本音』で指摘しているが、この時は、教育問題として取り上げた)

一般大衆の側に立った、正義の味方面している、この解説員は、この問題をどのように考えているのだろうか?

医療費を安くすることだけが、国民にとって、よい医療が提供できるという“錯覚”を植え付け、その結果が外科・産科医減少として国民にその付けが回ってくるのだが、一体、医療費(医師の技術料)を安くすることに腐心しているこの解説員の“真意”とは???

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