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      <title>WebMaster&apos;s impressions</title>
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      <description>[Office Oh!NO]</description>
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         <title>アフガニスタンのヤギ飼い</title>
         <description><![CDATA[<a href="http://www.marinn.org/mt_impressions337/archives/2010/08/27/20100827_justice.jpg" rel="lightbox"><img align="left" hspace="7" alt="20100827_justice.jpg" src="http://www.marinn.org/mt_impressions337/archives/2010/08/27/20100827_justice-thumb.jpg" width="200" height="225" /></a>２００５年６月、アフガニスタンでのこと。

マーカス・ラトレル二等兵曹は、海軍特殊部隊のほかのメンバー３人とともに、パキスタン国境近くから秘密の偵察に出発した。任務はオサマ・ビン・ラディンと親交の深いあるタリバン指導者の捜索だった。情報によれば、目標とする人物は140～150人の重武装した兵士を率いており、近寄ることの困難な山岳地帯の村にいるとの事だった。

特殊部隊が村を見下ろす山の尾根に陣取ってまもなく、100頭ほどのヤギを連れた二人のアフガニスタン人農夫と14歳くらいの少年に出くわした。

武器は持っていないようだった。

米兵たちは彼らにライフルを向け、身振りで地面に座るように命じ、どうすべきか話し合った。このヤギ飼いたちは非武装の民間人らしい。とはいえ、もし解放すれば米兵の存在をタリバンに知らせてしまうリスクがあった。

どんな方策があるかを考えながら、四人の兵士はふとロープを持っていないことに気づいた。そのため男たちを縛り上げ、新たな隠れ家をみつけるまでの時間をかせぐことは出来なかった。選択肢は男たちを殺すか解放するかのどちらしかなかった。

ラトレルの戦友のひとりは殺すことを主張した。
「われわれは敵陣に潜んで作戦を遂行中だ。ここには上官の命令で送り込まれた。自分たちの命を救うためなら、あらゆる事を行う権利をもっている。軍人として何をすべきかは明らかだ。解放するのは間違っている」

ラトレルは迷った。

「心の中では彼が正しいとわかっていた」とラトレルは回想記に書いている。「どう考えてもヤギ飼いを解放するワケにはいかなかった。しかし困ったことに、私にはもう一つの心があった。キリスト教徒としての心だ。これが私にのしかかっていた。武器を持っていないこの男たちを冷酷に殺すことは間違っていると、何かが心の中でささやき続けていた」。
　
　
　
さて、ここをお読みの皆さんなら、どのような行動に出るだろうか？自信を持って、誇りを持って、自分の行動を決定できるだろうか？

どんな結果になろうとも、その行動が正しかったと思い続けられるだろうか？
　
　
　
ラトレルの場合は、、、、

キリスト教徒の心とは何かをラトレルは述べていない。だが結局、彼の良心はヤギ飼いたちを殺すことを許さなかった。

ラトレルは解放すべしというほうに事態を決する一票を投じた（三人の戦友のうち一人は投票を棄権した）。ラトレルはこの一票を悔やむ事になる。

ヤギ飼いたちを解放して一時間半位した頃、四人の兵士は、ＡＫ48小銃や携行式ロケット弾で武装した80～100人ほどのタリバン兵に包囲されていることに気づいた。その後の激しい銃撃戦で、ラトレルの三名の戦友は全員戦死した。そのうえ、ラトレルたちシールズ・チームを救出しようとしたヘリコプターも撃墜され、16人の兵士が命を落とした。

ラトレルは重傷を負ったが、かろうじて生き延びた。山腹を転がり落ちると、12キロメートル近くを這って、あるパシュトゥーン族の村に辿り着いたのだ。村人たちは救助が来るまでラトレルをタリバンから守ってくれた。

当時を振り返り、ラトレルはヤギ飼いたちを殺さないとした自分の投票を責めた。
「これまでの人生において、もっとも愚かで、馬鹿々々しく、間の抜けた判断だった」と、ラトレルはその出来事について書いている。
「頭がおかしかったに違いない。墓穴を掘るとわかっている一票を投じてしまったのだから・・・・・とくに、今はその時をそんなふうに思い出している・・・・決定票を投じたのは私だ。東テキサスの墓地に安らぐまで、その事実は私をさいなむだろう」
　
　
　
この文章は、『<a target="_blank" href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4152091312/officeohno02-22">これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学：マイケル・サンデル</a>』からの引用だ。

この事例は、かなり“インパクト”があるらしく、『アフガニスタンのヤギ飼い』とググるとかなりの数のサイトがヒットする。中には、本屋で立ち読みしただけでステレオタイプに“米国の（父権的）正義”に対する批判へと結論しているお粗末なサイトもあるが（しかも上位にランクされている。グーグルでは、なんとトップ）、十人十色で、いろんな意見、いろんな感想が披露されている。

この本を読めばわかるように著者のサンデル教授は、「こうすることが正義である」なんて結論していないし、講義や著書を通して正義は議論の中で生まれるって言っている通り、その議論こそが大切であることを示している。

他の人も指摘してるが、この問い対する答をサンデル教授は用意していない。プラトンの例（洞窟の囚人は本質を理解できない）を引用して述べているだけだ。「われわれは内省だけによって正義の意味や最善の生き方を発見することはできない」つまり、「議論」によってのみ、最善の行き方に到達できる、と。
　
　
　
さて、現代の日本において、このようなシビアな選択を迫られることは無いだろう。でも、過去にはあった。しかし、全員ではない。昭和初期から太平洋戦争終結までを経験した人においても、自分たちの行為に評価が分かれる所以だろう。

平時の、それも、平和ボケを享受している我々の“正義感”“道徳心”から生じる“人道的”と呼ばれる判断が、はたして万能なのか？を問いかける好例なんじゃないかと感じたわけだ。

この時期、よく、ネタにされる“村山談話”に対して、私は、『国の利益が増すのなら、あの内容も方便』とだけはかろうじて評価するけど、薄っぺらな人道面を強調する理屈には、辟易するひとりだ。


話をラトレルの経験に戻す。ラトレルは自分の任務（戦時下の行動だ！）を果たすべく、ヤギ飼いを殺したとする。結果は、タリバン指導者を確保できたことだろう。目的は果たされることになる。そして、戦友の死も経験しない。したがって、ラトレルは死ぬまで、キリスト教徒としての良心に苛まれることになるだろう。

どちらにしても、ラトレルにとっての利益は無い。「だから、戦争自体が“悪”なのだ」という人もいるだろう。

“悪”“悪者”を作るのは簡単だ。だが、その回避法を示せたためしがない。

“悪”“悪者”を作って断罪するのは、生き残った人たちの“溜飲を下げる”効果はあるかもしれないが、戦争そのものを回避する解決策にはなり得ない。東京裁判も然り、、、、だと思っている。
　
　
　
というわけで、みなさんに質問だけして、自分が答えないのはズルいから、書いておくけど、、、「どんな結果になろうとも、その行動が正しかったと思い続けられるだろうか？」ってことを・・・。

私は、結果に左右されます。

戦友や味方を失ったという結果の後では、ヤギ飼いを殺さなかったことは正しかった、自分の判断は正しかったとは絶対に思えない。そして、多数決でヤギ飼いを殺したとして別な結果に見舞われたら、彼らを殺したことをいつまでも悔いることだろう。

だから、私は、結果論が嫌いで、結果がわかっていることを根拠にしてロジックを組み立てる人が嫌いで、正義を為すために歴史を根拠にするような連中が嫌いなのである。。。。まぁ、それは、どうでもいいことだけど。

結果に左右されない人は、スゴイ。仲間が殺されても、ヤギ飼いを殺さなかったことを悔いない人はスゴイと思う。。。。。。。

っていうか、結果に左右されない筋の通った“正義”の論拠があれば、それを知りたい・・・・と思っているのだが、、、、、

マイケル・サンデル教授の『ハーバード・白熱教室』を観て、『これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学』を読んでも、まだまだ、よくわからない。。。。が、そんなものはないんだろうなとも思ってる。


話は脱線するが、、、チリの地下シェルター、何人も閉じ込められてるみたい。

不謹慎ながら、私も、いやらしいジレンマを考えてみた。それは、、、

地下に閉じ込められている人は、太った人から、痩せてる人まで、さまざま。そこで、食料の分配をするわけだが、全員に十分な食料が供給できなくなったとして、どのように分けるのが“公平”かを考えてもらいたい。

デブは、少しの間、食べなくても死にはしない。ガリガリに痩せてる人はすぐ死んでしまうだろう。なら、、、デブには少なめに、痩せには多めに、食料を分配するのが公平なのか？それとも、デブや痩せに関係なく平等に分配するのが公平なのか？

まだ、結果は出てないから、今のうちに、自分なりの“正義”を出しておいてねっ！（特に、皇軍がどうしたとか、Ａ級戦犯がどうしたとか、人道面を強調し、綺麗ごとを炸裂させている人たちの考えを聞きたいぞ！！）
　
　
　
閑話休題。

先日、読み終わった『<a target="_blank" href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4152083344/officeohno02-22">失語の国のオペラ指揮者―神経科医が明かす脳の不思議な働き：ハロルド クローアンズ</a>』に書いてあったことなのだが、、、、

クローアンズが、足の親指を骨折した時の話・・・・。

彼は、もう、痛くない、普通に歩ける、、、、すなわち、足の親指の骨折の痛みを忘れた頃、朝のシャワーを浴びた後、シャワールームから出るとき、その親指を、敷居に、しこたま、打ち付けて、悶絶した後、何故、そうなるのか？を考察する・・・・・くだりがあるのだ。

彼の“発見”によると、知覚神経からの持続する刺激の入力は、脳内では処理されなくなる。骨折当初は痛くても、しばらくすると骨折が完治していなくても、痛みの信号は、知覚神経を通して“脳”に運ばれてくるが、そのシグナルを“脳”が処理しなくなるのだという。

パンツをはいた直後はパンツの感覚があるけど、そのうちパンツをはいていることを感じなくなる。ネクタイをキュッと締めた後、しばらくは苦しいがそのうち感じなくなる。アレと同じ理屈らしい。

この時、脳内では、選択的に“足の親指の痛み”だけが、処理されないなら良いのだが、その他の知覚情報も、一緒くたに、処理処理されなくなるのだという。

そうすると、どうなるのか？

ふだんなら、足の筋肉の状態や膝、足首の関節の曲がり具合から、地面から足底がどれだけの高さにあるのか、正確に知ることが出来る。

でも、足指の骨折の痛みを“麻痺”させているときには、この地面からの高さの感覚も、狂ってしまうのだ。

だから、骨折した指を、また、ぶつけて、もんどりうつことになる・・・のだと。


これには、納得した。

そして、これは、もしかしたら、“精神的に耐えられない結果”に持続的に曝される（自分の気持ちだから、曝されるというのは語弊があるんだけど）ことにも言えるんじゃないかと・・・・・。


ヤギ飼いを解放した結果、同胞が何十人も殺される、、、、、

あるいは、

ヤギ飼いを殺す、、、、、、

両方とも“受け入れがたい”事象だけに、それぞれを行ってしまった後に、自分の精神のバランスをとるために、正義の感覚が変化する・・・・。

これって、生理的なことなんじゃないのか・・・・なぁと、思ったわけだ。

これが、本当かどうか、わかんないけど、自分なりに、この結論に至ったとき、私の『結果論が嫌いで、結果がわかっていることを根拠にしてロジックを組み立てる人が嫌いで、正義を為すために、歴史を根拠にするような連中が嫌い』が、理論付けられたような気がした。（結果論は、エピメテウスで下衆の後知恵ってこと）


しかし、これが、生理的だとして、それの意味するところはナンなのだろうか？　何かの利益になっているのか？正義にも多様性が必要なのか？？？？？]]></description>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ああ、いっぺん言うてみたかった</category>
        
        
         <pubDate>Fri, 27 Aug 2010 15:29:14 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>『違い』の個人差</title>
         <description><![CDATA[<a href="http://www.marinn.org/mt_impressions337/archives/2010/08/24/20100824_sense_of_crisis.jpg" rel="lightbox"><img align="left" hspace="7" alt="20100824_sense_of_crisis.jpg" src="http://www.marinn.org/mt_impressions337/archives/2010/08/24/20100824_sense_of_crisis-thumb.jpg" width="200" height="150" /></a>一部で話題になっている「NDM-1産生多剤耐性菌で厚労省が事務連絡」ってニュース、一般紙やテレビニュース、ワイドショーで取り上げられていないからか、はっきり言って、世間では、無関心・・・と言うほかは無い。（いいのか？これで・・・）

邪推すれば、景気対策の一つとしてのこれから流行りそうな“メディカルツーリズム”に“水をさす”ことになりそうなので、報道規制が敷かれている・・・・のかもしれない？

NDM-1 ってのは、いわゆる抗生物質を効かなくする遺伝子の名前で、最初の“ N ”はニューデリー、すなわちインド発祥の耐性遺伝子ってくらいだから、日本がアジアからの病人を受け入れると・・・・・・。

そのニューデリー・メタロ-β-ラクタマーゼ1（NDM-1）産生多剤耐性菌は、カルバペネムを含むほぼすべての広域β-ラクタム系抗菌薬に対して耐性のあるNDM-1遺伝子に加え、フルオロキノロン系やアミノ配糖体系などに耐性を示す遺伝子を持つものが大半を占めるってわけだ。

まぁ、日本の防疫行政なんて頓珍漢きわまりないから、“無関心”は無駄金を使わないだけマシかもしれない。日本人の“危機意識”は“雰囲気次第”だから、、、ねっ。それに、去年のインフルエンザ騒動みたいに、パニックにならないって意味では、報道規制も有意義かもしれない・・・・。

・・・と、こんなことは、どうでもいいのだが－－－バクテリアの耐性因子獲得機構は、ここでは説明しないよ－－－、このNDM-1産生多剤耐性菌に“効く薬”の一つといわれている、GSK 299423 に関する話題が、科学雑誌 Nature に掲載されていて、その、概説に「既存のキノロン系と全く違う」って書いてあったので、なんだろう？って調べてみた。

ところで、GSK 299423 、名前から開発中の薬で、しかも、GSK グラクソ・スミスクライン社の所有物・・・ってのがわかる。

<a href="http://www.marinn.org/mt_impressions337/archives/2010/08/24/20100824_GSK_299423.jpg" rel="lightbox"><img align="left" hspace="7" alt="20100824_GSK_299423.jpg" src="http://www.marinn.org/mt_impressions337/archives/2010/08/24/20100824_GSK_299423-thumb.jpg" width="200" height="91" /></a>←　ということで、まず、GSK 299423 の構造式を見てほしい。<br clear="left">

<a href="http://www.marinn.org/mt_impressions337/archives/2010/08/24/20100824_Ciprofloxazin.jpg" rel="lightbox"><img align="left" hspace="7" alt="20100824_Ciprofloxazin.jpg" src="http://www.marinn.org/mt_impressions337/archives/2010/08/24/20100824_Ciprofloxazin-thumb.jpg" width="200" height="114" /></a>←　次に、Ciprofloxazin だ。<br clear="left">

どうだろう？　　「全く違う」って感じるだろうか？

私は、「微妙には、、違う」って感じなんだけどねぇ。

ちなみに、この GSK 299423 が“仕事”している現場の姿をご覧いただこう。

<a href="http://www.marinn.org/mt_impressions337/archives/2010/08/24/20100824_THE_2_1A_CRYSTAL_STRUCTURE_OF_S_AUREUS_GYRASE_COMPLEX_WITH_GSK299423_AND_DNA.jpg" rel="lightbox"><img align="left" hspace="7" alt="20100824_THE_2_1A_CRYSTAL_STRUCTURE_OF_S_AUREUS_GYRASE_COMPLEX_WITH_GSK299423_AND_DNA.jpg" src="http://www.marinn.org/mt_impressions337/archives/2010/08/24/20100824_THE_2_1A_CRYSTAL_STRUCTURE_OF_S_AUREUS_GYRASE_COMPLEX_WITH_GSK299423_AND_DNA-thumb.jpg" width="200" height="200" /></a>DNA GYRASE（II型トポイソメラーゼ）が DNAのねじれを解消するために、まさに DNA をちょん切る現場で、GSK 299423 がその仕事を邪魔している“証拠写真”である。（ゴーストトリック / GHOST TRICK / DS 、有罪ｘ無罪 を終わらせて、再度、逆転裁判シリーズをやっているため、ついつい、こんな表現になってしまう、ワタシ）<br clear="left">

Ciprofloxazin と DNA と DNA GYRASE の“証拠写真”が無いのが残念だが、多分、Nature への論文投稿者が「構造も作用機構も全く異なっていて、新しいタイプの抗生物質の一例といえる」って言ってるくらいだから、結合様式もぜんぜん違うのだろう。

しかし、平面の“構造式”を見慣れた、薬学部が有機化学ばっかりやっていた世代の薬剤師には、どうも、ピンと来ないんだよ・・・・・これがっ。

あっ、遅くなったけど、その Nature の論文を引用する。
<blockquote>細胞：トポイソメラーゼの阻害

Nature 466, 7309 (Aug 2010)

DNAポリメラーゼやRNAポリメラーゼなどのDNA鎖に沿って移動する酵素は、自分の動いていく先に超らせんを作り出すことが多い。

これを抑制しないと、DNAが輪ゴムをねじったときのような巻き過ぎ状態になってしまうことがある。

トポイソメラーゼは、DNAをいったん切断してからつなぎ直すことで、このような変形を解消する。

トポイソメラーゼの阻害剤は、抗菌薬や抗がん剤として使われている。

こういう抗菌剤の一種であるキノロン類は1962年から臨床で使われているが、現在では多剤耐性菌の出現によって有効性が低下している。

今回、黄色ブドウ球菌（Staphylococcus aureus）由来のDNAジャイレース（II型トポイソメラーゼ）が、DNAおよび広域抗生物質のGSK299423と複合体を形成した状態の結晶構造が決定された。

この抗生物質は、フルオロキノロン類と同一の標的に結合するが、構造も作用機構も全く異なっていて、新しいタイプの抗生物質の一例といえる。

この構造からフルオロキノロン耐性を回避する機構が明らかになり、臨床的に有効な標的に対する、別の阻害機構を開発する戦略への道が開かれた。</blockquote>
こんな、重箱の隅のような感覚に“つっこみ”を入れるなんて、、、、って感じる人もいるだろう。でも、私というパーソナリティは、そういう感性なのだ。

こんな些細なことでも、感じ方が違う。


でも、問題なのは、「全く違う」「微妙な違い」のどちらの感じ方も出来ないことだと思う。ようするに、無関心だったり、他人に言われた後、その感覚に理由も無く共感しちゃうこと。

まぁ、GSK 299423 と Ciprofloxazin の違いには無関心でもかまわないんだけど、、、、「大阪の２幼児放置死事件で、大阪地検が、殺人容疑で逮捕された母親の元風俗店従業員下村早苗容疑者（２３）の精神鑑定を実施するため、、、、」って、こんな普通の感覚をした母親を“精神鑑定”するような風潮に、違和感を感じられないと、、、、マズイよね。

と、最後のこの部分を言いたかったエントリーでした。

母親が“育児”を重荷に感じるの事を“精神異常”としてしまう世間の雰囲気、これほど怖いものはないんじゃない？

育児を“心から喜んで行える行為”とすることが、世間のコンセンサスだとしたら、こっちのほうが“病んで”いる。]]></description>
         <link>http://www.marinn.org/mt_impressions337/archives/2010/08/post_454.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ああ、いっぺん言うてみたかった</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 24 Aug 2010 12:09:45 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>男の“やきもち”“嫉妬”“独占欲”</title>
         <description><![CDATA[<a href="http://www.marinn.org/mt_impressions337/archives/2010/08/20/20100820_16thc-German-woodcut-Chastity-belt.jpg" rel="lightbox"><img align="left" hspace="7" alt="20100820_16thc-German-woodcut-Chastity-belt.jpg" src="http://www.marinn.org/mt_impressions337/archives/2010/08/20/20100820_16thc-German-woodcut-Chastity-belt-thumb.jpg" width="200" height="258" /></a>女性の“操（みさお）”って言葉は、どこの国、どの民族にもあるんだと思う。そして、女性にしかわからないこと、、、、それは、、、、

自分の産んだ子が、自分の伴侶の胤なのか、はたまた“否”なのか。

いくら女性でも、操を守らず出来た子が、誰の胤なのか特定することは出来ないが、操を守っている場合に限っては、誰の胤なのかを特定することは出来る。

操・・・いわゆる貞操観ってヤツが、どの国にもどの民族にもあるのは、なにも、道徳的なことだからではない。

集団生活を営む、すなわち互恵的な利他行動をとる生物は、もっとも基本的なところで、“雌の性生活”に影響を受けるからだ。いや、影響を受けるというより、それが在ったが故に、大脳皮質を介して“互恵的利他行動”をとらせているって言ったほうがいいのかもしれない。

余談だけどオスの側の“やきもち”“嫉妬”“独占欲”は、ヒトの集団生活を維持するための適応的な進化の賜物？なのかも。

だとすれば、“物分りの良い男”を演じるのも、結果的には不利益に、、、、？
<blockquote>協力と乱婚の関係

Nature 466, 7309 (Aug 2010)

動物には個体が協同的な社会集団内で生活する種があるが、それはなぜだろうか。

多数の鳥類種を対象とした分析で、ある種が協同的となるか否かは、雌の性生活に左右されることが示された。

協同的な傾向は、例えば雌が1羽の雄としか交尾しないなど、乱婚が少なく、援助者が援助対象を血縁者であるとより強く確信できる場合に強くなる。

乱婚が中程度に行われていると、血縁者と非血縁者とを識別する能力が生じやすいが、乱婚が多くなると、いかなる形式の協力行動も生じにくい。

Letters to Nature p.969
News and Views p.930</blockquote>
フェミニズムやフェミニストを非難するわけじゃない。。。。。そもそも、私は、進化生物学的なモノの考え方が基本にあるので、区別を“差別”と捉える考え方に違和感を覚えるだけだ。

人類にとって、女性に貞節を守らせる事が“差別”に繋がるから、平等に、、、、って言うのだけど、それって、、、、、なんか、不自然に感じるだけ。

nature の論文では、鳥を対象にしているから、ヒトでは当てはまらないって言う人もいるだろうけど、地球上に誕生した生き物なんだから、基本は同じ。


いや、協同的な社会を作ることを“是”あるいは“善”としなければ、雌に貞操を守らせる必要は無い。


言いたいのは、このこと。


子ども二人をアパートに閉じ込めて、死に至らしめた母親をネタに、テレビでは有識者やコメンテーターが自説を展開している。連日、こんなのばっかり。うんざり。


あっ、イタリアに行ってるハズなのに、なんで、そんなこと知ってるのか？って？？

夏季休暇は、アルプスの南、イタリア北部のコモ湖で過すはずだったのだが、信州は長野、安曇野に変更になっちゃって、、、、、、ワイドショーも見ていたのだぁ～～～～ってバカ！


閑話休題、ワイドショーから聞こえてくる言葉は、いずれも、生物学的には矛盾する“本性”を同時に“ヒト”に求めるもの。“道徳観”とか“愛情”とか。

『<a target="_blank" href="http://marinn.cocolog-nifty.com/mmm/2009/10/post-2b8c.html">少子化対策をただす</a>』で取り上げたとおり、“ヒト”は、我が子に愛情は感じるが、“育児という労務”は愛情に起因する行動ではない。

<a target="_blank" href="http://marinn.cocolog-nifty.com/mmm/2010/06/spin-f558.html">愛情はオキシトシンと結びつけて考えられるけど</a>、“育児という労務”はむしろ“互恵的利他行動”と結び付けた考えたほうが、自然である。

“子育て”を“互恵的利他行動”と結び付けるなんて、、、子育て真っ最中のお母さん達から“非難轟々”だろうけど、私自身も“子育て真っ最中”なお年頃でもある。っていうか、男が“独占欲”も発揮しない“子ヤギちゃん”になっちまったから、“互恵的利他行動”も取れなくなってるっつーの。

かたほうで、女性の性の解放を叫びながら、もう一方では“モラル”というか“道徳”というか“愛情不足”とかなんとか、いっちゃってる有識者やコメンテーター、辻褄が合わなくなると、社会が悪い・・・・とかなんとか。


バカじゃネ？（語尾の発音は上げる）


“こけし”っていう人形は、“子を消す”という行為から来ている。

昔から、育てられなきゃ、子どもは消されていた。年寄も捨てられてたけど。どこかで折り合いをつけていた。でも、現代は、あれもこれも、あっちもこっちも、みんな巧く行かせたい、、、、

人という字は、人と人が支えあっている状態を表わしている・・・・ってなことを“言わない”なら、女性は操は守る必要は無い。すなわち、究極の女性の解放、究極の独立、究極の対等関係になると言えるのだ。

アパートに閉じ込められて、死んでしまった子ども達を守りたいなら、ヒトの動物としての“性（残酷で理不尽でもある）”を認めるところから始めないと、なにも解決しない。。。。。と思うんだけどなぁ。


そして、このような協力行動を取らせたいなら、有効な手段は、個人の自由ではなく、懲罰を与える者がコストを負担して、非協力者に懲罰を加えることによって安定化できるのである。
<blockquote>行動進化学：懲罰の段取り

Nature 466, 7308 (Aug 2010)

進化ゲームでの協力行動は、懲罰を与える者がコストを負担して、非協力者に懲罰を加えることによって安定化できる。

その形式にはさまざまなものが考えられるが、例として、ただ乗りする者、つまり協力とそれに必要なコストを負担せず利益のみを受ける者に対して個人が事後に懲罰を与えるピア懲罰や、制裁のための準備を事前に整えておくプール懲罰が挙げられる。

前者がつまるところ「私的制裁」であるのに対し、後者は懲罰のために警察を設けるようなものである。

今回Sigmundたちは、コンピューターモデルを使って、ゲーム自体では協力するが懲罰への寄与は拒否する「二次的ただ乗り」への対処に関しては、ピア懲罰よりもプール懲罰のほうが優れていることを明らかにしている。

このモデルは、寄与度を監視して、ただ乗りする者に制裁を与える自治的な機関が自発的に導入される可能性を示している。

これには、トップダウン型の指示や計画は不要である。試行錯誤、そして成功例の模倣だけで、私利に従う個人の間に社会的契約が生まれるのだ。

Letters to Nature p.861</blockquote>
さて、本日から、すっかり夏季休暇も終わってしまって、仕事をするという憂鬱な思いをしているわけだが、往生際悪く、休暇終了間際の８月１８日、ディズニー・シーに行ってきた。

行列に並ぶ気などサラサラない私たち夫婦は、待ち時間ナシのアトラクションで娘を“騙しつつ（騙されてないみたいだったが）”、やることも無いので、私は“人間観察”とシャレこんでいた。


平和だ。


日本にはなんの問題も無い。こんなところにくると、そういう思いが一層強くなる。みんな“ヒトの性”通りに行動している。

最低限のモラルを守りつつ、最大限の自己の利益を獲得しようとそれぞれが行動し、折り合いがついているのだ。特別な知恵は必要としていない。そして、民主党が掲げている子育て支援だとか少子化対策だとか、、、、まったく、必要無いことが実感できる。

あってもなくても、やってもやらなくても、状況に応じて、なるようになる、なるようにしかならない、、、、って。]]></description>
         <link>http://www.marinn.org/mt_impressions337/archives/2010/08/post_453.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">医薬・生命科学</category>
        
        
         <pubDate>Fri, 20 Aug 2010 11:22:56 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>悪魔は細部に宿る(Devil in the Detail)</title>
         <description><![CDATA[<a href="http://www.marinn.org/mt_impressions337/archives/2010/08/06/20100806_Paradise_Lost.jpg" rel="lightbox"><img align="left" hspace="7" alt="20100806_Paradise_Lost.jpg" src="http://www.marinn.org/mt_impressions337/archives/2010/08/06/20100806_Paradise_Lost-thumb.jpg" width="200" height="247" /></a>Harvard 大学の Yuichi Taniguchi らによると、『同じ環境内での遺伝的に同一の細胞は、単細胞レベルにおいて既に、表現型の変化をもたらすような遺伝子発現の変化を示している』とのこと。。。。。


どっひゃー！！


こりゃ、えらいこっちゃ！


私は、看板を架けかえなければならないようだ。

『医薬品の処方が各個人の薬物代謝能や薬物標的分子の応答性の差異を生じる要因（遺伝子多型）を考慮せずに行われていた』ことが驚きとなる日が、もう、そこまで来ています。

なんて、遺伝子さえわかれば、簡単に実現出来る・・・・、もうすぐ、そういう時代がやってくるかのごとく、プロフィールにこんなことを書いてるのだが、、、、

事は、簡単ではなさそうだ。

似たような遺伝子を持っていても、同じような表現型にならない人がいる。まして、同一の遺伝子でも表現型に差があるとなると、、、、、（薬物代謝がそうであるかどうかは、わからないが、、、、）
<blockquote>Science July 30 2010, Vol.329

同じ環境内での遺伝的に同一の細胞は、単細胞レベルにおいて既に、表現型の変化をもたらすような遺伝子発現の変化を示している。

しかしながら、遺伝子の多くはその発現にどの程度のばらつきを示すのだろうか？

Taniguchiたち(p. 533; Tyagi による展望記事参照)は黄色蛍光タンパク質融合ライブラリを用いて、大腸菌におけるメッセンジャーRNA(mRNA)とタンパク質双方の単細胞大規模プロファイリングに関して報告している。

高存在量のタンパク質における或る共通の外因性のノイズと同じく、大きなゆらぎが低存在量のタンパク質において観測された。

注目すべき点は、単細胞の実験において、同じ遺伝子に対するmRNAとタンパク質のレベルは相関が無いということである。

Quantifying E. coli Proteome and Transcriptome with Single-Molecule Sensitivity in Single Cells
p. 533-538.</blockquote>
というわけで、、、、遺伝子がわかれば、未来が見通せる・・・・・・のは、まだまだ、先のことかもしれない。


ところで、『メチルグリオキサール』って、、、ご存知だろうか？

また、“メチル”かぁ？このブログのオーナーは、“メチル”が好きだねぇ！なんて言わないで、まぁ、聞いてくだされ。DNA のメチル化の話じゃなくって、あなたの 5 年後の糖尿病性血管障害進展を予測できるかもしれない、血中のマーカーになりうる物質のことなんだから！

メチルグリオキサールは、解糖経路などで産生されるカルボニル物質で、血管内に蓄積されやすく、酸化ストレスを増大させ血管障害を助長するといわれており、最近では高血圧、慢性腎臓病（CKD）ではメチルグリオキサールなどのカルボニル物質が増加することが報告されているとのこと。


遺伝子の“暗号”を解読する方法はわかった。　だけど、、、

その暗号文がいつ発せられるか？暗号は無事に届け先に届くのか？途中での改ざんや、届いた先で解読ミスや、誤解はないのか？

まだまだ、クリアしなきゃならない問題が、山積だ。

なら、遺伝子のネットワーク？カスケード？相互作用？なんでもいいけど、その最終形態である“表現型”、ここでは、血中メチルグリオキサール値、これに注目したほうが、合目的的っぽい。

結局、未来を見通したいんだから、その根拠は、的中度が高ければ、なんでも良い。

我々は、遺伝子を探れば、その的中度が上がる、、、、って思っていた。間違いじゃないんだけど、３０億年もの歴史の中で、その“使い方”っていうか、利用の方法に紆余曲折があったんだから、単純なはずが無い。。。

そもそも、冗長なシステムであり、最終的につじつまが合っていれば良いシステムだから、合理的でスマートなはずもないんだよね。

５＋１０＋３０－２８＋・・・・＋８＝48
１３－５＋４５＋２＋・・・・・－31＝48

って具合に。「４８」を辻褄ってことにすれば、各遺伝子の「5」とか「13」とかは、あまり意味が無いっていうか、この冗長なところが、生命のロバスト性を担保しているんだし。
　
　
　
さて、一般的に、血糖値を“高い”まま放って置くと、良い事は無い。

だけど、血糖値が高い人が100％腎透析に至ったり、足を切断し、盲目になるわけじゃない。

一次予防として、コレステロール値ほどイイカゲン※ではないが、高血糖でも『俺ちゃん、強いから平気だもんね』って人がいるのも事実。『何が強いんだよ？』って突っ込みたくなるが、よくわからないけど、そういう人がいるのは事実。（※喩えてみれば、上の加減式のなかで、「45」にだけ注目している状態だ。辻褄があってればよい。本来、その人に合った数値がある。だから逆に、下げて辻褄が合わなくなる人もいる）


どうしてか？

答えのひとつは、【<a target="_blank" href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4788507595/officeohno02-22">病気はなぜ、あるのか―進化医学による新しい理解</a>】【<a target="_blank" href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4140812567/officeohno02-22">迷惑な進化―病気の遺伝子はどこから来たのか</a>】【<a target="_blank" href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4152083344/officeohno02-22">失語の国のオペラ指揮者―神経科医が明かす脳の不思議な働き</a>】あたりに探せる。これ読むと、なんとなくわかるかも知れないから、興味があれば、読んでもらって、、、、

御用とお急ぎの向きには、、、、結局、ヒトと他の哺乳類の“決定的な違い”は、ヒト以外は“生存競争に不利”な遺伝子は淘汰されるが、ヒトではそうではない・・・ということに尽きる。

疾患モデルとして“ネズミちゃん”は、ヒトで言えば、誰か特定のヒトのモデルにはなり得るけど、万人のモデルとはなりえない、きわめて特殊なモデルということになる。まぁ、疾患によっては、このモデルで、万人のヒトの代わりを務める事もあるんだろうけど。（クローナルなネズミちゃんでも、上の単細胞のような理由で違いがあり、結果が100％にならないんだから・・・ねっ）

で、特に、生活習慣病と言われる病気は、生殖年齢を迎えた時に、まだ、その脆弱性が顕在していない。（遺伝子を特定しづらいし、影響が複雑）

そういう意味で、糖尿病において、５年後の状態が予測できる指標として、メチルグリオキサールは“有望”っていえるのではないだろうか？そして、同じ血管系の疾患を予防するための“コレステロール値”の代替にもなりえるかもしれない。

っていうか、既成概念にとらわれない、柔軟な発想が、必要ってことだね。


今、現在、現実的にも“腹八分目（最近は六分目と日野原先生は言ってる）”と規則正しい生活習慣により、ほとんどの（ジェネティック、エピジェネティックな異常が原因の場合を除く）糖尿病は治療できるといっても良い。

ただし、《腹八分目と規則正しい生活習慣》は、「言うは易し、行うは難し」だが。

でも、「行うは難し」というのは、本当なのだろうか？　何も大相撲 白鳳関 に“戦いを挑んで勝て”と言ってる訳じゃないんだから、、、、ねぇ？

日本語から「克己心」という言葉が失われてしまった事と、なにか、関係があるのかもしれない。

最近、聞かないからねぇ「克己心」。

そういえば、日経メディカルオンライン 津久井宏行 氏のブログで、最近の若者男子は、本当に草食系だった・・・・と。若い奴らだけじゃなく、中年も壮年も、水が低いほうへ流れるように生きているって感じる。そのくせ、プライドだけは高かったりするから、、（職にもあぶれる・・・おっと、これを言っちゃイケナイのかな？）、、


まず、出来ない理由を探す・・・のかもしれない。


話は、戻るが、その“規則正しい生活がイイ”っていう根拠が、『 Nature 』にも書いてあった。

そして、“文化的”な生活を獲得する前、ヒトの生活は、規則正しかった。
<blockquote>糖尿病にかかわる生物時計

Nature 466, 7306 (Jul 2010)

摂食時には膵島がインスリンを分泌してグルコースの恒常性を維持するが、糖尿病患者ではこの律動的な過程に障害が生じている。

マウスを用いた実験から、膵島は独自の生物時計をもち、睡眠-覚醒サイクルにインスリン分泌を協調させていることが今回明らかにされた。

この過程には、転写因子CLOCKおよびBMAL1が極めて重要な役割を果たしており、ClockおよびBmal1遺伝子に欠陥のあるマウスは、低インスリン血症および糖尿病を発症する。

この研究は、膵β細胞で局所組織の時計が概日リズムと代謝シグナルを統合していることを立証しており、概日リズムの解析が、代謝性疾患の解明をさらに進めるのにも、また2型糖尿病のような代謝性疾患の治療にも極めて重要であることを示唆している。

Letters to Nature p.627
News and Views p.571</blockquote>
以前、厚労省が「ちょっと太り気味がイイ、健康で長生き」って言ってることに対して、「バカ、そんなわきゃ、ねぇだろっ！」って批判を書いたけど、やっぱりっていうか、当然っていうか、、、、こんなのも、出た。アメリカで小太りを否定するコメントが。
<blockquote>高齢者の意図的な減量は有効 --- 過去の有害説を否定

〔米ノースカロライナ州ウィンストンセーラム〕高齢者の体重減少は死亡リスクの上昇をもたらすと広く認識されているが、ウェイクフォレスト大学バプテスト医療センター（ウィンストンセーラム）のM. Kyla Shea博士らは「この説には根拠がない」と初めて否定の意を示した。詳細はJournal of Gerontology：Series A（2010; 65A: 519-525）に発表された。


意図的減量で死亡率半減

　今回の研究以前に実施された、死亡率と体重減少との関連に注目した研究では、体重減少の背景にある種々の原因を見落としていた。そのためShea博士らは、より厳密なランダム化比較試験のデータを用いることにより、積極的に減量に取り組む高齢者では死亡リスクが上昇するという概念が正しいかどうか検討した。

　今回の研究は、膝関節炎を有する高齢地域住民318例（平均年齢69±6歳、平均BMI 34±5、72％が女性）のデータを再解析したもので、被験者は“減量と身体活動が身体機能に及ぼす効果”を評価する目的で1990年代後期に行われた臨床試験の登録者である。初期の減量介入は96～98年の18か月間にわたり実施され、その期間に介入群の159例は積極的な減量を行い、体重は平均4.8kg減少した。一方、非介入群の159例では平均1.4kgの減少に留まった。

　同博士らは被験者の8年後の生存状況を調べた。

　その結果、減量を目的に身体活動あるいは食事を改善した介入群では15例死亡し、減量の努力をしなかった非介入群の30例と比べ、死亡数は半数であった。

　同博士は「これはきわめて興味深い知見である。このデータは、高齢者の肥満関連の健康問題に取り組む際には、減量の推奨について懸念する必要がないことを示唆している」と述べている。


疫学研究からの誤解

　この知見は、ベテランの老人病学者らにとって予期せぬものだった。

　同大学Sticht加齢センターのStephen B. Kritchevsky所長は「医学界は長年にわたり、体重が減少した高齢者で死亡率が高いことを示す多数の疫学研究を支持してきた。そのため、高齢者では体重減少が予後不良を示す徴候としてしか認識されていなかった」とし、「これまで用いられてきたデータでは、体重減少の原因と減量の効果を分けて考えていなかった。つまり過去のデータで検討された体重減少は、他の健康問題によって生じた結果であり、意図的な減量の成果ではなかったと考えられる」と説明している。

　同所長は、今回の被験者に、高齢者でよく見られるさまざまな健康問題が認められたことに言及。「対象の高齢者は地域社会で生活し、外出もでき、近隣の人々と同じように日常生活を送っている。研究開始時、全例が過体重で、しかも老化の徴候が認められた」と述べている。


高血圧や高コレステロール、高空腹時血糖値などを改善

　Shea博士らが対象のうち最高齢者群（75歳以上）で減量の効果を評価したところ、体重が減少した若い被験者群（60歳以上）と同等の死亡率低減効果が認められたという。

　Kritchevsky所長は「高齢者は減量により、高血圧や高コレステロール、高空腹時血糖値など複数の健康問題が改善されるようだ。しかし多くの医師らは、（以前の研究で示されている）死亡リスクを懸念して、高齢者に減量を勧めることに抵抗を感じている」との懸念を示している。

　同所長は、今回の研究について「高齢者で蔓延する肥満に取り組むうえで、障壁ともなる数々の根拠のない懸念を解消するものだ」と見ている。

　さらに「比較的規模の小さな研究であったため、ここで得られた結果を他の臨床試験でも確認する必要があるが、それでも意図的な減量が過度の死亡リスクにつながるわけではなく、むしろ死亡率を低下させうることを示すには十分である」と述べている。

　今回の研究は米国立加齢研究所（NIA）の助成を受けた。</blockquote>
ほおぉぉら、ざまあみろ・・・だ。

だけど、日本のお役所とか、マスコミとか、、、ほんとにひどいよね。


まさに、「悪魔はやさしさに宿る」・・・・ってヤツだ。

公に言葉を発する時は、八方美人、誰にとっても傷つかない言葉を選ぼうとする日本人特有の“やさしさ”なんだろうね。

でも、完全に裏目ってる。“悪魔の証明”が難しいのをいいことに「ほら、この人コレステロール値が高かったから、、、」ってやるインチキエビデンスを根拠に薬漬けにしたり、肥満を容認するようなコメント出したり、、、、って。

タバコが体に悪いのは、周知の事実。なのに課税して抑止しようともしない。アメリカじゃ加糖飲料にさえ、課税されそうだってのに、そんなことも議論すらされない。

そのくせ、使いみちを医療福祉に限定して、消費税上げる・・・・だってさ。


－－－バカじゃん－－－
　
　
　
来週から夏休みの私は、毎度のことですがパソコンとは離れた生活を送ります。

というわけで、お盆前のエントリーは、これで最後です。

イタリアで、１ヶ月の休暇を満喫して、帰ってくるのは、涼しくなってからだと思います。それまで、皆さん、さようなら。]]></description>
         <link>http://www.marinn.org/mt_impressions337/archives/2010/08/devil_in_the_detail.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ああ、いっぺん言うてみたかった</category>
        
        
         <pubDate>Fri, 06 Aug 2010 11:44:00 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>異状死体</title>
         <description><![CDATA[<a href="http://www.marinn.org/mt_impressions337/archives/2010/08/02/20100802_noblesse_oblige.jpg" rel="lightbox"><img align="left" hspace="7" alt="20100802_noblesse_oblige.jpg" src="http://www.marinn.org/mt_impressions337/archives/2010/08/02/20100802_noblesse_oblige-thumb.jpg" width="200" height="145" /></a>医師の届出義務の中で、医師法第21条によって、24時間以内に報告しなきゃならないものに、異状死体がある。（感染症などでは即時の場合もある）

言葉自体は耳にすることもあるだろうけど、ほとんどの方が、この“異状死体”の定義は知らないと思うし“何か”を感じるんじゃないかな。私も知らなかったし“何かある”って感じた。MT(Medical Tribune)Pro のコンテンツ『THE 判例』でも現役医師たちも、知らない方が多数を占めていた。

この『THE 判例』で、『異状死体は「外表面の明白な異状」、これで決まりなのです』と、医師で弁護士の田邉昇氏が解説していた。

これなら、わかり易い・・・・・・・。って、私にわかっても、ショーガナイんだけど。。。かなり、印象に残った。

いやいや、びっくりしたのは、田邉昇氏の解説に書いてあった、、、、

『そもそも医師法第21条1項は黙秘権（憲法第38条1項）を侵害するとして違憲説が有力で〔高山佳奈子（京都大学刑法教授），「異状死体の届出義務」医療判例百選（有斐閣）8ページ，佐伯仁志（東京大学刑法教授：異状死体の届出と黙秘権，ジュリスト 2003; 1249: 77〕，違憲説を回避するために東京高裁，最高裁は合憲限定解釈として，外表面の異状のみを異状死とする定義を採用したのです』

って、部分だっ！

『THE 判例』では、“異状死体”の定義を、東京都立広尾病院事件の最高裁までの経緯を例に出し解説しているのだが、途中でこの“違憲”の文字に出くわしてから、、、、

「えっ？？なになに？なんのこと？？？？？」

って感じで、興味津々、読み進めた、、、、、、


日本国憲法第38条には、、、
1.何人も，自己に不利益な供述を強要されない。
2.強制，拷問若しくは脅迫による自白又は不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白は，これを証拠とすることができない。
3.何人も，自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には，有罪とされ，又は刑罰を科せられない。
とある。

医師法第21条の届出義務は、医療ミスがあったとしても、それが直接の死因と判断できないなら、自分の不利益（医師法第21条の届出義務違反は刑事罰がある）を公にすることは強制されないという憲法第38条に反する・・・ということらしい。。。。


う～む、なるほど、なるほど。


ん？じゃ、医療ミスが原因で患者が死んだ場合は、どうなるんだ？


あっ！業務上過失致死、、、かぁ。でも、業務上過失致死って、この場合、誰かが捜査機関に言わなきゃ、事件にならないよなぁ。内部告発？遺族の告訴？

どっちにしても、当事者の通告は無くっていいんだぁ・・・・・って、ほんとか？

2001年、外科系13学会は、『異状死体に当たらなくても倫理上、医療過誤があれば警察に届けるべき』としたらしい。

っていうか、こんなこと、「当然じゃん」「声明として出すほどのものか？」って感じたんだけど、これが、法律の専門家からみると、自ら不利益になることは言う必要は無いという“黙秘権”の侵害ってことになるらしい。。。。


だから、声明として出すほどのものなんだぁ、、、、う～む、奥が深いねぇ。
　
　
　
逆転裁判のチームが作った“Ghost Trick”クリア後、時間の流れのロジックに釈然としないところがあったので、ゲームサイトの掲示板を ROM してたら、『有罪Ｘ無罪』の評判が、やたらに良かった。

なんだ、じゃ、一丁、やってみるかぁ・・・・・って。

で、やってみたら、、、、、『有罪Ｘ無罪』、、、、面白い。。。。本物っぽい。。。。こうなると、“っポイ”が物足りなくなってくる。とはいっても、本格的に法律を勉強したいってほどじゃない。日常生活の中で“法律”に関する“感度”が上がっているって幹事かな、、、、

っなわけで、、、、、、MT(Medical Tribune)Proの『THE 判例』を読み返して、再発見したわけだ。（同じものを読んでも、その時の環境・状況により印象に残るものが違う）


もう一つ気づいたのは、、、

マスコミがよく言う“法の下の平等”が、いかに“大衆迎合した弱者視点”であるかが、浮き彫りにされるってこと。

私自身、マスコミのこの手のやり方は“大嫌い”だし、事あるごとにマスコミを“こき下ろして”いるのだが、そんな私自身も、2001年の外科系13学会の声明に「当然じゃん」「声明として出すほどのものか？」って感じるほど、洗脳されてしまっていたのだ。

いわゆる、庶民＝弱者の視点を。

職業として医師を選択している人のなかには、生まれながらに“貴族”のような生活をしてきた人もいるだろうが、いわゆる、“普通の家庭”で育った人も多い。多分、医師の中にも、2001年の外科系13学会の声明に「当然じゃん」「声明として出すほどのものか？」って感じた人もいると思う。

これを“正義感”とか“倫理観”と言っていいのか、私にはわからないが、このような“感覚”は、生まれ落ちて成長する過程で、“脳”が獲得する機能なのだろう。

多分、言語などと同様に、成長のある段階まで、機能に“窓”が開いており、臨界点（言語では思春期といわれている）を過ぎると、可塑性が失われる・・・・・。（オウムなどは薬物を用いて、それをやってのけたけど・・・）

そんな“脳”の機能が形成されている私が、、、、、、裁判員になったら、、、、


実際、ゲーム『有罪Ｘ無罪』でやってしまった事なのだが、、、、

罪状認否で被告人は否認している。でも、印象は限りなく“黒”。状況も被告人に天誅を食らわせたい・・・・・。

私は、見事に、裁判を“冤罪”で終わらせてしまった。。。。。。

裁判を最初からやり直して、被告人の“言えずにいた”新しい真実にまでたどり着き、それを暴いてみれば、、、、、、、。


秋葉原通り魔事件のような犯人が明らかな場合、私は、今までブログで書いてきたように、感情で判断を下すことに躊躇しない。。。。当然、死刑だ。死ぬまで足枷付けて東京駅の便所掃除でもイイケド。

・・・・・・が、事件が密室で起こっているような、罪状認否が“微妙”な場合、私の脳が発火する“感情”すなわち“正義感”“倫理観”で判断を下すのは、、、、医療事故などは、ほとんど密室、、、、、

結局、強い者（何が強いんだか、はっきりと言葉に出来ないけど）に対する漠然とした感情が、いわゆる“庶民”の中に植えつけられている、、、、、事を実感したわけだ。

これを、ノブレス・オブリージュと言ってしまえば、簡単だけど、法の下の平等となったら、、、、、やっぱり、話はちがうよなっ、、、、って話。克己心として、自らの“ノブレス・オブリージュ”ならいいんだけど、第三者が強い者に対して言うのは、、、、ちょっと、、、、かっこ悪い。

（上のリムジンの写真を見て何も感じなかったり、「ざまあみろ」って感じたら、あなたは、マスコミに洗脳された“りっぱな庶民”です）]]></description>
         <link>http://www.marinn.org/mt_impressions337/archives/2010/08/post_452.html</link>
         <guid>http://www.marinn.org/mt_impressions337/archives/2010/08/post_452.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ああ、いっぺん言うてみたかった</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 02 Aug 2010 12:00:33 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>辻元清美氏のように</title>
         <description><![CDATA[<a href="http://www.marinn.org/mt_impressions337/archives/2010/07/27/20100727_Real_Japan.jpg" rel="lightbox"><img align="left" hspace="7" alt="20100727_Real_Japan.jpg" src="http://www.marinn.org/mt_impressions337/archives/2010/07/27/20100727_Real_Japan-thumb.jpg" width="200" height="134" /></a>社民党の辻元清美氏が、離党の意向を示したとの事。「護憲や米軍基地問題を前面に掲げる福島氏の政治手法では、社民党の党勢維持は難しいと判断した」らしい。

やっと、日本にとって不利益しか見えてこない建前を捨てて、本音で政治を志すことになったようだ。

医療界も、そろそろ辻元氏を見習う時期が来てるんじゃない？

いやいや、いつも言ってるように、日本国中にお金が溢れて、使いたい放題なら、なんにも言わないんだけど、お金、無いじゃん！？

だったら、安易に増税なんていわないで、内部にメスを入れなきゃ！


★「要するに、真の一次予防としての利益は、あるとしても、非常に小さい」


何のことかって？決まってるでしょ！コレステロール値だけでスタチン系薬剤を服用させる意義のことだよ。LDLコレステロール値を下げたって、死ぬやつは死ぬ。LDLコレステロール値単独では、なんの指標にもならないってことだよ。

徳光和夫は、無知ゆえに踊らされているだけなんだろうけど、製薬メーカーは、罪の意識を持つべきだぞ！

私は、この事に関しては、現場から、しつこく、何度も発信していくつもりなので、ヨロシク！！
<blockquote>【Journal Watch Online日本語版】

No. 10-0715-03 

『statin系薬物と心疾患リスクの高い患者の一次予防』

Statins and Primary Prevention for Patients at High Risk for Heart Disease

2010 July 15

 statin系薬物は、既知の心血管疾患（cardiovascular disease：CVD）を有する患者の全死因死亡率に明らかに利益をもたらし、CVDリスクは高いがCVDを有していない患者の一次予防として広く処方されている。2つの研究チームが、この診療の根拠を調べた。

欧州の研究者らは、11件のランダム化対照試験で得られた、既知のCVDを有していない高リスク患者の結果（実際に試験を行った研究者が発表していないデータを含む）を統合し、65,000人の患者（年齢範囲51～75歳）の全死因死亡率を評価した。平均で4年近いフォローアップ期間中、LDLコレステロール値の平均は、プラセボ群で134mg/dL、statin群で94mg/dLであった。2,800件近くの死亡が発生し、治療群のほうが約100件少なく、リスク比は0.91（治療10,000人年あたり約7件の死亡の減少）であったが、その差は有意ではなかった（95％信頼区間0.83～1.01）。

関連論文では、既知のCVDは有していないが高感度C反応性蛋白（high-sensitivity C-reactive protein：hsCRP）値を有する患者を対象としたrosuvastatinによる一次予防から有意な利益が得られることを示したJUPITER試験（JW Gen Med Dec 29 2008）について、複数の著者らが批判した。著者らの主な批評内容を以下に述べる。（1）主要な臨床イベントがわずかしか起きていない段階で試験を早期に中止させることを正当化する理由として、いくつかの副次的アウトカムが使われた。（2）試験が中止されたときの全死因死亡率曲線が一見収束しているように見え、フォローアップ期間がもっと長ければ群間差が排除されていたことを示唆している。（3）試験を早期中止した時点で、CVDによる死亡率が予想外に低く、また心筋梗塞による致死率が予想外に低かったことから、未検出のバイアスが存在した可能性が示唆される。（4）試験実施の際に製薬企業が相当に関与していた。（5）JUPITER試験の研究者14人のうち9人は利害関係者であった可能性がある。

コメント：当然ならが、これらの研究は論争の嵐を呼んだ。一方のエディトリアル執筆者らは、JUPITER論争の総括として、hsCRP値の低い患者が試験に含まれていなかったため、statin系薬物による一次予防におけるhsCRPの価値については何も言えず、研究を早期に中止することは見かけ上の利益を誇張し、研究の潜在的な害を最小化する傾向にあり、われわれは、これらの結果に気をとられて既知のリスクファクターと生活習慣の改善による利益を重視することを忘れるべきではないと述べている。もう一方のエディトリアル執筆者らは、この問題を総括して、「要するに、真の一次予防としての利益は、あるとしても、非常に小さい」と述べている。

— Thomas L. Schwenk, MD

Published in Journal Watch General Medicine July 15, 2010

Citation(s): 

Ray KK et al. Statins and all-cause mortality in high-risk primary prevention: A meta-analysis of 11 randomized controlled trials involving 65 229 participants. Arch Intern Med 2010 Jun 28; 170:1024. (http://dx.doi.org/10.1001/archinternmed.2010.182) 
Original article (Subscription may be required)
Medline abstract (Free)

de Lorgeril M et al. Cholesterol lowering, cardiovascular diseases, and the rosuvastatin-JUPITER controversy: A critical reappraisal. Arch Intern Med 2010 Jun 28; 170:1032. (http://dx.doi.org/10.1001/archinternmed.2010.184) 
Original article (Subscription may be required)
Medline abstract (Free)

Kaul S et al. By Jove! What is a clinician to make of JUPITER? Arch Intern Med 2010 Jun 28; 170:1073. (http://dx.doi.org/10.1001/archinternmed.2010.189) 
Original article (Subscription may be required)
Medline abstract (Free)

Green LA. Cholesterol-lowering therapy for primary prevention: Still much we don't know. Arch Intern Med 2010 Jun 28; 170:1007. (http://dx.doi.org/10.1001/archinternmed.2010.168) 
Original article (Subscription may be required)
Medline abstract (Free)
</blockquote>
さて、医療業界にメスとは言っても、私の把握している範囲なんて、微々たるもの・・・。でも、多分、それは、ほとんどの方にも言えることではないだろうか？

よく、医療崩壊なんて言葉を耳にするけど、現場にいる私にとって、はたして何処が崩壊なんだろう？って、感じてる。『<a target="_blank" href="http://marinn.cocolog-nifty.com/mmm/2010/07/post-e6fb.html">日本の医療の特徴</a>』でも書いたけど、「医師が不足している」って言われても、みんながコレだけの回数、通院していれば、足りなくもなるわなぁ・・・って。

日本の医療現場では「今日はお薬だけ・・・」みたいに診察を受けていない受診をどう捉えるかによって、医師の実働時間の評価が変わってしまう。だから、OECD諸国なみに、人口1,000人当たりの医師数・・・云々なんてものに、意味があるのかっ？って事も。

また、日本の皆保険制度の良いところは“フリーアクセス”だ、それが証拠にアメリカでもオバマ大統領が導入したなんて言う人もいるけど、「医療保険制度がアメリカの国際競争力を下げている」「だから、医療改革なんだ」って知ってる人は少ない。

それは、、例えば、自動車メーカーの GM は福利厚生の一環で従業員や退職者に医療費を給付しているのだが、この為、自動車1台の原価に医療費が1600ドル（約16万円）が上乗せされているということだ。これが、トヨタではわずか100ドル（約1万円）だと。

日本人の多くは、日本車は性能がいいからアメリカで売れると思ってるけど、実は、単純な理由じゃないわけだ。

今朝の朝刊に「日本人平均寿命、女性８６・４４歳　男性７９・５９歳…４年連続延びる」なんて見出しが躍ってたけれど、、、、、これが、国民皆保険のおかげ、っていうなら、単に“延命”されて、平均値をあげているだけの人は除外して計算すべきだな。

例えば、「ひとりで旅行ができる」平均年齢・・・とか。

平均寿命の上位国を見てみると、、、、どうみても、日本のように“薬漬けで積極的に生かしている”じゃなく、楽しく生きてたら、結果的に長生きしちゃった・・・みたいに感じるからねぇ・・・。


単純に、形だけを真似する・・・・・それが日本人の良いところでもあり、悪いところでもあったわけだが、、、、、そろそろ、日本独自の制度や価値基準の議論を初めてもいいんじゃないかなぁ。

「一番じゃなきゃ、いけないんですか？」は、平均寿命にこそ、向けられる言葉なんじゃないの？]]></description>
         <link>http://www.marinn.org/mt_impressions337/archives/2010/07/post_451.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ああ、いっぺん言うてみたかった</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 27 Jul 2010 11:52:43 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>Barker 仮説</title>
         <description><![CDATA[<a href="http://www.marinn.org/mt_impressions337/archives/2010/07/24/20100724_parameter.gif" rel="lightbox"><img align="left" hspace="7" alt="20100724_parameter.gif" src="http://www.marinn.org/mt_impressions337/archives/2010/07/24/20100724_parameter-thumb.gif" width="200" height="200" /></a>ところで、前頭連合野に大量のドパミンが放射される現象を引き起こす原因は、人によってまちまちだ。私の場合は、、、、

・臨床医学の分野で「Barker 仮説」のような「疾患胎児期発症説」が認められつつある。
・エピジェネティクスはさまざまな環境化学物質により、容易にかく乱される可能性がある。
・毒性学をよりメカニズムに立脚した科学として確立する必要がある。そのための毒性学を、エピゲノミクスを基盤とする、Epigenomic Toxicology として確立する必要がある。
・化学物質による発ガン過程における「変異原性」と「エピ変異原性」の関与の解明とその予測
・化学物質による「生殖・発生毒性」におけるヒストンのアセチル化などの関与の解明とその予測
・生殖細胞を経由した「経世代影響」の解明とそのリスク評価

などの文章を見ると、ボーっとしていても、たちまち、目が覚めて、鼻息の通りが良くなる。


上の文章は、BTJジャーナル 2010.7 のものだ。ここに、もう一つ、非常に気になる記事があったので、紹介する。

■熊本大中尾光善教授ら、ヒストン脱メチル化酵素 LSD1 の阻害でミトコンドリア機能向上、2010年初に国際特許出願

というもの。

要は、LSD1 を阻害すると、著明に代謝が改善する。
LSD1 の阻害は、倹約遺伝子のプロモーター部位で、ヒストンH3リジン4（H3K4）のジメチル化状態（H3K4me2）を増加させるとのこと。

ということは、、、

この倹約遺伝子の発現が抑制される・・・・。

倹約遺伝子の発現が抑制されれば、、、、、燃費は悪くなる・・・って寸法だ。（やっぱ、燃費のキモは“ミトコンドリア”だよなぁ）

ところで、特許の関係で、この倹約遺伝子群は明らかにされていない。

まぁ、どっちにしても、ダイエット中の私にとって、鬼門中の鬼門、腹部の皮下脂肪除去に期待が大きい・・・ってワケ。


経験的な印象なんだけど、世間を騒がせている“内臓脂肪”なんてものは、簡単に落とせる。そう、２ヶ月間、毎晩、サラダを食べる。これだけ。

実は、１ヵ月半で、８０キロあった体重は７５キロに落ちた。ところが、、、、、ここからが、なかなか落ちない。食事の量は変わりないのに、お腹を指で摘んだ“厚み”は、ほとんど同じ・・・・・。

５キロ減の内訳は、間違いなく、内臓脂肪だ。。。。Ｇパン、かなりゆるくなったし・・・

これは、簡単に落ちる。でも、皮下脂肪は、手ごわい。。。。もっとも、皮下に蓄えた脂肪が、そんなに簡単に“使用可能”なら、生物は食糧難に脆弱だと思うけど。それにしても、、、

さらに、３ヶ月も少ない食事で堪えていると、、、、ダンダンと精神的な飢えが。

そうなのだ、食べても太らない、、、っていうか、燃費の悪い体を、投薬によって得られれば、ことは、簡単。世の中、ダイエットで悩むことのなし。

っていうか、糖尿病や高脂質血症などなど、生活習慣病は、一挙に解決。

後は、本当に治療が必要な、本人の努力（生活習慣改善）とは無関係なジェネティック、エピジェネティックな因子により発症する循環器系の疾患の治療に専念できるのである。

かわいそうだけど、今、NNT 100 以上のいかがわし薬でぼろもうけしている製薬メーカーには、つぶれてもらうとしよう。

昨日も、某メーカーのＭＲ氏と話をしている最中、医療費の高騰を招いている原因の一つに、「こんな薬を売ってるからだ」と、エスカレートしてしまい、何の罪も無いＭＲ氏をコテンパンにやってしまった・・・・・・。


－－－はぁ、軽い自己嫌悪。


いや、必要ない人に大量の薬が使われている現状認識に、間違い無い自信はあるんだけど、それを売らなきゃならないメーカーＭＲさんを責めてもしょうがないんだよねぇ。
彼らにとって見れば、自社の薬を否定するって事は、背任行為だもんねぇ。

わかっちゃいるけど、、、、、。


ところで、食料自給率４割の日本、薬を使わせない為には、食糧の輸入が出来なくなれば、、、、、、ってことも考えられる。景気後退に歯止めがかからず、ギリシャのようになった挙句、国民に“生活習慣病”が無くなる。。。。

なんてシナリオは、いかが？　　　オレはやだけど。]]></description>
         <link>http://www.marinn.org/mt_impressions337/archives/2010/07/barker.html</link>
         <guid>http://www.marinn.org/mt_impressions337/archives/2010/07/barker.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ああ、いっぺん言うてみたかった</category>
        
        
         <pubDate>Sat, 24 Jul 2010 11:39:52 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>ad libitum</title>
         <description><![CDATA[<a href="http://www.marinn.org/mt_impressions337/archives/2010/07/23/20100723_Dave_Brubeck_1954.jpg" rel="lightbox"><img align="left" hspace="7" alt="20100723_Dave_Brubeck_1954.jpg" src="http://www.marinn.org/mt_impressions337/archives/2010/07/23/20100723_Dave_Brubeck_1954-thumb.jpg" width="200" height="266" /></a>タイトルはラテン語です。意味は、英語の improvisation 。

年配の薬剤師は、ほとんどの方が知っています。ad libitum 。だって、授業で習わされたから。（私あたり＝アラフィフが、ギリギリ最後？）

なんのことはない、処方箋の読み方のお勉強の時間にです。

テキストには、ミミズの這ったような、、、失礼、、、大変、個性的な筆跡で書かれた処方箋がサンプルとして“描かれて”おり、、、

医薬品名の下に、、、、ad libitum 、、、、、と。


このように、普通では読めない文字の解読のような芸術的なセンスを磨くトレーニングも、昔の薬学生はやってました。信じられないでしょうが、事実です。。。。。（ここに書かれている文字がβブロッカーだから、この文字は・・・・なんて）


さて、この ad libitum 、実はこの業界だけでなく、音楽業界などでも普通に使われています。そう、《アドリブ》即興演奏のことですね。

というわけで、、、、アドリブといえば、セッション。ジャムセッションと言ったほうがいいですかね。セッションだとＩＴ用語のほうが、認知度は高そうだから。

で、ジャズをやっている人には、当たり前だのクラッカー、、のジャムセッション、大きなコンサートホールのようなところでは、やらないだろうけど、２０人も入ればいっぱいいっぱいのバーなどでは、普通に見られる形態で、これぞ、ジャズの真髄といっても過言ではない・・・・・・と。

逆に、 ad-libitum が無い音楽は、クラシック。指揮者がいて、それぞれのパートが、厳密な演奏を心がけます。“おかず”なんか入れようものなら、、、、指揮棒がふっとんでくることが必至の形態です。


余談ですが、私のような“理系”が実験に喩えると、、、、クラシックは“再現性”が高く、ジャズは“再現性”は全く無いと言えるでしょう。。。。


クラシックの人に言わせれば、「そんなことはない、一回一回、微妙に違うんだ」と言うでしょうが、ジャズの人から言わせれば、「すげぇよ」って事になるのではないでしょうか？


若かりし頃、バンドなんぞをやっていた私は、このジャムセッションに“チョー”憧れていました。結局、耳コピした曲を演奏するだけに留まり、その域（私からすればプロ）にまで達することなく、挫折してしまったのですが、この領域は、マジ、スゲェーよって思ってました。（ブルーススケールを覚えて、弾くっていった意味じゃなく）

過日、NHK SONGS にて、久保田利伸が個人的に行きつけのバーで行ったジャムセッション、、、痺れました。カッコイイ。知らないうちに、マイケルジャクソンの「Rock With You」に、、、、


・・・・・と、余韻に浸りながら、風呂に入っているとき、ふと、気づきました。


久保田利伸が行った即興演奏（久保田は歌とスキャット）と、私がやっている仕事って、似てるジャンって。

私の仕事スタイルは、決して定型的ではありません。教科書からは大きく外れている。っていうか、まったく、無視している。だって、赤ちゃんの時から関わっている方々が、もう、大学を卒業して社会人になってるくらい、一人の人とお付き合いが長い。サラリーマンの人も、町内会の人もそう。会って、話を始めると、その人の“薬歴簿”が頭に浮かんじゃう。

いってみれば、私の仕事は、患者さんとのジャムセッション。同じことは二度と出来ない。っていうか、ひとりの方で同じイベントは、ほとんど発生しないし。

プロのミュージシャンだって、演奏の途中でバンド全体が曲を見失って、戻るのが難しいような状況に陥ることがあるように、私だって、たまに、とっちらかることがある。そういう時は、おもむろに、パソコンを操作する。

ってことで、私みたいに、町の薬局で、しかも一箇所で長く仕事してる薬剤師は、アドリブが得意なプロのミュージシャンみたいなものだと、、、、ふと、思ったわけです。


どうりで、子ども達の、私に対する視線が“熱い”わけです。（普段は、馬のかぶりものは身に付けてないし）きっと、「カッコイイ」って“萌えて”るんですよ・・・・・・。今、気づきました。「薬剤師になりました」って言って、大人になってやってきたあの女の子も、私に憧れてた・・・・・・のかも（って、バカっ）。


さて、世間では、クラシック音楽とそれ以外の音楽にランク付けするような雰囲気が見られるます。ジャズやＲ＆Ｂ、ロックなどは、クラシック音楽に比べれば、格が落ちる・・・と。

確かに、そうかもしれません。クラシックは大学で学問として成り立っているところからも、そういうイメージがあると思います。


これって、薬学生や1～２年目の薬剤師さんたちの“薬剤師”と“薬剤師の働く職場”に対するイメージと重なるところが多いのではないでしょうか。


大学病院の方が、格が高い！　と。クラシックのオーケストラだと。


確かに、私にとっても、クラシックのオーケストラように感じます。。。。で、勤務する薬剤師に対するイメージは、“ティンパニー”奏者。“ティンパニー”に意味はありませんが、指揮者ではなく、ピアノや第一バイオリンではありません。具体的には書けませんが、彼らと仕事の上で話していると、仕舞いにはかわいそうになります。自己判断、自己責任というところの対極に位置する仕事内容やしがらみに。

私は、プロとして、ドパミンの分泌が盛んになるにまかせて仕事をし、これまた、ドパミン分泌が盛んになるにまかせて勉強してただけだから、「後輩薬剤師諸君！よく勉強したまえ」なんて言えた義理じゃない。

なんたって、、、、患者さんと世間話視しながら、、、、
私「・・・・ってわけで、じゃ、薬の説明ですけど、この薬は、、、、、おっ！なんだ、こりゃ、いけないよ。薬が違う。こんなの飲んだら、、、、別に死なないけど・・・ちょっと、お待ちを」
・・・・薬を取り替えて、、、
患「そうそう、この色だよ、これこれ。この薬。いつものね。。。。で、さっきの、ナンなの？」
私「あぁ・・・あれ飲むと、血圧上がっちゃいます」
患「おおっ！じゃ、ポックリ、いけるわけだ。あはははは」
　
　
なんてのや、、、
患「・・・・でさぁ、実は、この薬、飲んでないんだよねぇ・・・」
私「うーん、まぁ、いいんじゃないですかぁ、その薬なら。死なゃしないし、あんまり恩恵も無いかも」
私「あっ！でも、ころあいを見計らって、先生にも“告白”しといてくださいねぇ」

なんて、４小節ごと、１６小節ごとに、辻褄が合ってればいいじゃん、、、、、みたいなこともやってますから・・・・・ねぇ。

まぁ、アドリブから戻ってくるタイミング、、、、これを外すと大変なことになるので、ある意味、フォーミラーな世界より、“生きた知識”は要求されるかもしれないけど・・・。


今回は、前回に引き続き、身の回りの“雑感”です。学生さんや後輩たちの進路の参考になれば、、、、、ってかんじですかね。

あっ、以前、私のところに来てた学生さんたちは、実習終了後、それまでの大学病院＝格上ってイメージは無くなったって言ってたなぁ。これも、参考までに。]]></description>
         <link>http://www.marinn.org/mt_impressions337/archives/2010/07/ad_libitum.html</link>
         <guid>http://www.marinn.org/mt_impressions337/archives/2010/07/ad_libitum.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ああ、いっぺん言うてみたかった</category>
        
        
         <pubDate>Fri, 23 Jul 2010 17:38:31 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>最適中間類似の原理</title>
         <description><![CDATA[<a href="http://www.marinn.org/mt_impressions337/archives/2010/07/21/20100721_education.jpg" rel="lightbox"><img align="left" hspace="7" alt="20100721_education.jpg" src="http://www.marinn.org/mt_impressions337/archives/2010/07/21/20100721_education-thumb.jpg" width="200" height="151" /></a>ようするに、結果的に“似たもの夫婦”になる相手を、無意識に探し、番う・・・ということらしい。。。。

ふ～ん、我輩と我妻は、顔は似てないなぁ。。。。

趣味も全く違うし、何が似てるんだろう？？？？

多分、自分で自分のことって客観的に見れないから、自分がどんなヤツなのかわかってないのかもしれない。。。。

ということは、妻を見れば、俺ってヤツがわかる・・・・・・・のか？


最近、妻が、なまいきにも、Jay-Z や B.O.B なんぞを聴きはじめた。我輩がテレビで見ている“ベストヒットＵＳＡ”を「あぁ～、うるさい」なんぞとホザイていたのが、いつのまにやら、、、、

妻「ねぇ、あの曲、なんていうの？　ネットで “ボブ” って調べたんだけど、ボブ・ディランしかでないんだよ・・・・」
私「あぁ～？ボブ？なんのこと？」
妻「あの♪タラララ～タラララ～っ感じの」
私「あぁ～、ボブって調べタンかい？ボブじゃないんですけど・・・・ビー・オー・ビーって、チョーうける」

といった具合で、我輩は、腹を抱えて笑わせてもらったのだが、子育て一段落、仕事復帰後の妻の“大人買い”は、半端じゃない・・・・。

とにかく、一曲でも気に入ったら、速攻でアルバムを買ってくる・・・・。

おかげで、我輩も恩恵に浴しているのだが。。。。

自分じゃ、絶対買わなかったであろう、コレ！

Alicia Keys と一緒にやってる Empire State Of Mind を聞きたいってだけで買ってきたアルバム『 The Blueprint 3 』、、、、、「これ、一曲しかないんだよねぇ」なんて、妻はボヤてたけど、、、、、

でも、我輩は、発見した！！！（大げさ）

“ Real As It Gets ”

これ、最高にカッコイイ！！妻よ！君が買ってこなければ、我輩は知らなかったかも、こんなカッコイイ曲。。。。ラップって、ほとんど聴かない私には、Jay-Z のアルバム買うなんて、考えられなかったからねぇ、、、妻に感謝だ！それに、Jay-Z を聴いてたら、ラップも『悪くないなぁ』って思えてきたよ。


さて、結婚して１０年以上経ってから、ジワジワと、似ている部分が判明してきたワケだが、妻も“食わず嫌い”が多い（あっ、食べ物のことじゃない。食べ物に関して、妻は貪欲）ので、「音楽なんて、聴かないもん」だったのが、ジョジョに変化してきている。

変わったのか、元々だったのか、それはわかんないけど。
　
　
　
と、本日は、高めに浮いたフォークボールのようなエントリーで終わらせることにしよう。（オチが無いってこと・・・・オヤジギャグ、ゴメン）

ホントは、子育て、教育、知性の発達、に絡めて、日本の教育制度に“サブ・ミッション”をお見舞いするはず、、、、いかに社会に出て“役に立たないか”、学校で刷り込まれた価値観が、実社会にそぐわないかを書こうと思ったんだけど、なんか、虚しくなってきたから、、、、

何で虚しくなってきたかというと、、、、

とある薬剤師専用の掲示板での書き込み、、、、を読んだから。

・・・・こんなに長い期間、実習生を預かるのは初めてです。・・・・はっきり言ってへとへとです。力価換算できないことにイラっとしながら「もう一回計算して・・・」と指導していたら、実習生の目から涙がポロポロ・・・泣きたいのはこっちです。
レポートは感想文、本日の指導内容には触れず、「早く服薬指導できるよう頑張ります」いざ患者さんの前に立たせると、「何を指導したらいいのですか?」今まで何を見てきたの?
服薬指導は先輩(同僚)の技術を盗みながら、患者さんに教えを乞いながら身につけるものと思っていた私は過去の人間なのでしょうか?
本当にこんなに長い実習が必要なのでしょうか?
みなさんはどうお考えですか?・・・・・

だってさ・・・・・。

教える方も、教えられる方も、『問題には、答えは一つ』『解決するための方法は一つ』って思い込んでいるもん。

だめだこりゃ。


って、書き逃げは、ひきょーだから、一つだけ書いておこう。

実社会に、正解はない。学校では正解は一つだったけど、社会では正解といえるものは無く、“答え＝対処”は関わった人の数だけある。

『問題には、答えは一つ』『解決するための方法は一つ』のようなマニュアル化された仕事、すなわち業務の“標準化”は、（医療）サービス提供側の論理。最低限の質の担保にはなるけど。こういう見方は現場を知らない者や管理者のそれ。事なかれ主義の。

「何を指導したらいいのですか?」にたいして、「今まで何を見てきたの?」って感じるのは、まさに、“標準化”しか考えてないから。

こんな金太郎飴薬剤師（マクドナルド薬剤師）ばっかり増えたって、国民からは、ちっとも必要とされないよ！


あとは、自分で考えて、、、、、、、ねっ！]]></description>
         <link>http://www.marinn.org/mt_impressions337/archives/2010/07/post_450.html</link>
         <guid>http://www.marinn.org/mt_impressions337/archives/2010/07/post_450.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ああ、いっぺん言うてみたかった</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 21 Jul 2010 12:31:15 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>「お客さん、お口チョコレート、心アイスクリームねぇ」</title>
         <description><![CDATA[<a href="http://www.marinn.org/mt_impressions337/archives/2010/07/16/20100716_pilipina.jpg" rel="lightbox"><img align="left" hspace="7" alt="20100716_pilipina.jpg" src="http://www.marinn.org/mt_impressions337/archives/2010/07/16/20100716_pilipina-thumb.jpg" width="200" height="291" /></a>そういう心が籠もっていない口先だけの、歯の浮いたセリフを“某所”で吐きまくっている男たちは、普段、仕事の上でもそうなのだろうか？

政治家やマスコミの連中は間違いないと思うが、職業柄、心チョコレートだと思われている人たちで、実際、心アイスクリームじゃない人ってどれくらいいるんだろう？？

そもそも、“冷たい”ってどういうことなんだろう？

イイ人じゃなきゃ、“冷たい”のかな？

イイ人って、万人にとって同じ“イメージ”なのかな？

他人に関心を示さない人は、どうかな？イイ人って思われるのかな？

そもそも、他人にどのように思われているのか？すら関心がないんだから、その為に“歯の浮いたセリフ”を吐くことはないだろうね。なら、心もチョコレートなのか？


さて、他人に関心を示さない・・・・そう、自閉症の分子生物学的な“性質”がだんだんと見えてきている。
<blockquote>自閉症の遺伝学

Nature 466, 7304 (Jul 2010)

自閉症スペクトラム障害（ASD）は、反復的行動、極めて狭い関心、それに社会的相互作用およびコミュニケーションの障害を典型的な特徴とする一連の疾患である。

ASDの遺伝性は高いが、その基盤となる遺伝的決定因子は、まだほとんどわかっていない。

全ゲノム解析の結果、ASD患者にはまれなコピー数多型（copy number variants；CNV）が高頻度に存在し、その中には遺伝で受け継がれたものと、その患者で全く新規に生じたものの両方があることが明らかになった。

CNVとは、あるDNA領域のコピー数が個々人のゲノム間で異なることをいう。

この結果は、いくつかの新規遺伝子がASDの発症原因候補であることを示唆しており、またこの疾患では細胞の増殖、投射および運動性、それに特定のシグナル伝達経路が重要であることを示している。

Letters to Nature p.368</blockquote>
《<a target="_blank" href="http://marinn.cocolog-nifty.com/mmm/2010/07/post-244c.html">セロトニンがパーキンソン病に関する数十年来の謎を解決する</a>》で取り上げたから、『 CNV 』については、理解できてると思う。

いままで、せっせと“塩基配列の違い”を追ってたんだから、捕まらないワケだよね。これを“ネタ”に、<a target="_blank" href="http://marinn.cocolog-nifty.com/mmm/2007/11/n_7ca7.html">科学捜査モノの小説が書けるかも</a>？　　　でも、展開が・・・・

敵は同じ姿で、複数の犯人だった・・・・・なんてのは・・・・・アレ？どっかにありそうだな？！

まぁ、それはいいとして、コピー数の違いなら、これらの調査が進むにつれて、、、、
たとえば、１～１０まで、バリエーションがあったとして、“他人にどう思われているか？”を気にする“度合い”なんかと相関があったら、楽しいかも！（楽しいってのは不謹慎かな？）

ヒトの社会性を“オキシトシン”と結びつけ単純化して、ここ何回か思考的な遊びを繰り返してきたけど、実際は、ヒトの社会性は、そんな単純なもんじゃない。

この『自閉症の CNV 』も、度合いはわかんないけど、影響しているのは間違いないんじゃないかな？

さらに、、、、ヒトの多様性、、、、
<blockquote>腸のウイルスメタゲノムの違い

Nature 466, 7304 (Jul 2010)

ヒトの腸内微生物叢を構成する細菌は、多くの研究で注目されている。

今回、ウイルスメタゲノム（virome）が初めて解読され、この微生物叢の複雑度がさらに深まることになった。

これには、一卵性双生児とその母親というセット4組から得られた便標品より単離したウイルス様粒子が使われた。

これまでの研究で、双生児とその母親は、遺伝学的に無関係な個体に比べると、便内細菌叢の類似性が高いことがわかっている。

これに対してviromeは、遺伝的関係性の程度とは関係なく、個体独自のものであることがわかった。

そして、各個体についてみると、研究が行われた1年の間、便のviromeはほとんど変化しなかったのである。

Articles p.334</blockquote>
<a target="_blank" href="http://marinn.cocolog-nifty.com/mmm/2010/07/post-5bb4.html">マイクロビオーム</a>に関しては、一卵性双生児とその母親では関連っていうか、類似性があることが認めらているが、バイロームは全く関連性が見つからないということだ。尚且つ『研究が行われた1年の間、便のviromeはほとんど変化しなかった』ということは、その個人の“アイデンティティ”と言っても良いだろう。

何故、違うんだろう？

不思議だ！！！

この腸内の“バイローム”が、パイエル板や胸腺の“アイデンティティ”に影響を与えたり、前頭葉のシナプス形成に影響を与えていたりしたら・・・・・。

前頭葉の“自我（自己）”と胸腺主体の“自我（自己）”に、なんらかの繋がりが・・・・・・・、考えられるジャン・・・なんてね。


でも、「何故、違うんだろう？」じゃなくって、ヒトを“同じ”にしておく方が難しくって、違うのが当たり前。それが、基本状態って考えればいいのかも。

とすると、ヒトを標準化したモデルとして取り扱う“薬物動態”などは、本来、イレギュラーが発生するのが“当たり前”って事になるから、参考程度にとどめ、いつでも対処できるようにしておくことが肝心だね。っていうか、医療は、生身の人間を扱うんだから、すべてに言えるって事かな。


最近、医療訴訟が増えてるけど、このような人間の多様性を目の当りにしている“臨床家”の認識と、机上でヒトを標準化したモデルとして取り扱う人たち（一般の人も含め）の認識の違いが、根本的な原因なんだろうね。

でも、“多様性”って、今の日本の“金太郎飴教育”の中で、子ども達（大学生も含めて）に理解させることが出来るのかなぁ？社会人になってからだって、共産主義に近いような“要求”を声にすることが、“人道的”で“イイ人”って思われるみたいだから・・・・ねぇ？]]></description>
         <link>http://www.marinn.org/mt_impressions337/archives/2010/07/post_449.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ああ、いっぺん言うてみたかった</category>
        
        
         <pubDate>Fri, 16 Jul 2010 11:24:10 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>少子化対策をただす　その2</title>
         <description><![CDATA[<a href="http://www.marinn.org/mt_impressions337/archives/2010/07/14/20100714_yw01.jpg" rel="lightbox"><img align="left" hspace="7" alt="20100714_yw01.jpg" src="http://www.marinn.org/mt_impressions337/archives/2010/07/14/20100714_yw01-thumb.jpg" width="200" height="211" /></a>私たちヒトの祖先が誕生したのは、500万年前のアフリカといわれている。この頃、アフリカの森林に変化が起きた。乾燥化だ。森林が減少し、サバンナの出現だ。

もともと、ヒトの祖先たちは森林に住んでいた。<a target="_blank" href="http://marinn.cocolog-nifty.com/mmm/2007/12/magnetic_resona.html">チラリズムに注意が喚起される性（さが）</a>が、森の住人だった名残。チンパンジーも森の在住者だ。

ただ、本物のチンパンジーと我々の祖先のチンパンジーのようなものの違いは、その住処を森林に求めるか、未知の世界であるサバンナに求めたかにある。

そして、この最初の一歩は、人類が月に降り立った時のように、大変、意味のある一歩だったのだ。

この一歩は、我々人類の本性を表わしているといっても過言ではない。それは、、、

－－－未知なものへの好奇心、探究心

こうして、サバンナという大海原に進出したヒトの祖先は、森林にいるときよりも遥かに自由になった“手”を使えるようになり、これが原因で“脳”が爆発的に発達した。。。。


というシナリオが、人類学や霊長類学の定説になっている。

しかし、最近の研究では、“手”を使うだけでは、“脳の発達”が爆発した必要十分な条件ではないと考えられるようになった。それは、、、手を使う、すなわち、道具を使う動物がヒトだけではないからだ。

環境に適応するためだけなら、小さな脳でも事足りる。じゃ、ナンなのか？

現在考えられているのは、“社会生活”である。

集団で生活をしつつ（互恵的な利他行動なども含め、集団生活のメリットははかりしれない）、権謀術数を駆使し、他のオスを出し抜きメスをゲットし、自らの遺伝子を残すために、“脳の発達”が爆発したと、考えられている・・・・そうだ。

気づいてみれば何のことはないのだが、その証拠に、脳の発達の程度が、その動物の社会構造の発達度合いと密接に関連するのだと。


さて、ここまでのヒトの進化のシナリオから、現代の日本の“少子化”の問題が必然である事が証明できる事に気づかれただろうか？

このヒトの進化のシナリオを受け入れるなら、“少子化”を必然のこととして、その対策・対応に当たらないと、税金をドブにすてることになるのだが・・・・・。

答えは、－－－未知なものへの好奇心、探究心　だ。

「<a target="_blank" href="http://marinn.cocolog-nifty.com/mmm/2010/06/post-6f77.html">鳩山首相を悪者にしても何も解決しない</a>」や「<a target="_blank" href="http://marinn.cocolog-nifty.com/mmm/2010/06/spin-f558.html">spin（ある印象を与えるよう意図された特定の見解や解釈）</a>」を読み返してもらうと、どういうことかわかると思う。

ようするに、《未知なものへの好奇心、探究心》は裏を返せば《不安や恐れを克服する》ことでもある。

「それなら、愛情たっぷりの子育てが出来るじゃん」って、ここまでは、その通りだが、今現在、生殖年齢にある若者たちを見て、《不安や恐れを克服する》を克服するオキシトシンの作用が活発だと感じるだろうか？

集団で生活する事にメリットがあるから、オキシトシン受容体の数を増やした。
→でも、生活を共にするはずのコミュニティ、すなわちご近所さんとの関係は希薄。

ヒトである、かすかな証拠は、「携帯電話では繋がっていたい」という欲求。何かしらの仲間に帰属したい欲求（サッカーサポーターなど）くらいだ。

でも、それは、面と向かって利益を分かち合う、生活を共にするコミュニケーションじゃない。オキシトシンって、面と向かう為に、子育てだったら肌と肌を合わせる為にあるんだから。


本来なら、コミュニティの中にあって、他人を出し抜いて“女性”をゲットするために発達した“脳”、“前頭葉”なのに、男は女を求めなくなるという現実、“脳”を使っていない現代の生殖年齢にある若者たち・・・・・。フェラーリやポルシェを欲しがらない。それで女も釣らない。生活強者になる、女にモテるために、高収入の職業を目指すと言わず、人の為に働きたいって理由を言う。それはそれで、すばらしいんだけど。。。。。テレ隠しならいいんだけど、本音だと、ちと、怖い。

リビドーなんて言葉を出すと、胡散臭くなるかもしれないけど、快楽と関連させなければ、ヒトの進化の結果なんだから、生命力の源は。だから、あながち、笑えないんじゃない？


でも、なんで、こうなったのかは、私にも良くわからない。

環境ホルモンも考えなきゃならないだろうし、生殖年齢にある若者たちの親の世代の“薬好き”が作用しているのかもしれない。

人類の英知とされた薬の開発、その恩恵を被りたい欲求、国民皆保険、病院へのフリーアクセスが、化学物質まみれの環境を作り出し、今現在の生殖年齢にある若者たちの“性質”を作り出したのかもしれないのだ。

“良かれ”と思ってやっちゃったんだから、否定したい気持ちは、わかるけど。

「<a target="_blank" href="http://marinn.cocolog-nifty.com/mmm/2010/05/post-2bb9.html">受動喫煙で血圧上昇</a>」でも書いたけど、、、、、人類が、まだ農業（畜産を含む）を身に付ける前の時代、地球からの自然の恵みで養える人口は、１０００万人位が限界だとの試算がある。多少のズレはあるにせよ、１桁外れることは無いだろう。

人類が農業技術を身に付けた故に人口の爆発が起きるわけだが、それでも、イエス・キリストがいた2000年前には２億人、それから1900年かけて、、、20世紀始めまでは、世界の人口は１６億人だそうだ。

それが、たった１００年で６０億を超えている。日本では、20世紀始めに約4400万人であった人口は平成11年(1999年)には約1億2700万人に増加している。。。。

この人口の爆発、、、、ココまで来ると、私に正しい判断が出来るはずも無いが、、、、直感的に、なんか、マズイって感じる。そう、野生のカン、生物の生存本能、、、、あたりが発する危険信号、、、、なのかもしれないが。

生命としての“本能”が発動して、少子化が実行されているとしたら、、、、、、、

「<a target="_blank" href="http://marinn.cocolog-nifty.com/mmm/2005/11/post_28de.html">ディスクール・ド・ラ・メトゥド</a>」、「<a target="_blank" href="http://marinn.cocolog-nifty.com/mmm/2005/11/post_f530.html">親が子を思うほど、子は親を思っていない</a>」でも、書いたけど、ヒトの“脳”が発達するにしたがって、このように“個体数”の増加を抑制するプログラムが仕掛けられていたのかも。


儒教の考え方で、老人に手厚くすれば、子どもに手が回らない。

お金だけのことじゃないよ！

老人介護に若い力が持って行かれれば、若い世代は、子育てに力を注げない。老人を介護する役割は、それよりちょっと若い老人の仕事ってことにすれば、解決するんだろうけど、老老介護は、それ自体を問題にしているし・・・・・。


“道州制の導入”には、図らずも、このような、コミュニティを意識した生活、すなわち、オキシトシンの作用が活発になる生活を導く（強制する）ような気がするのだが、どうだろうか？


でも、まぁ、そもそも、ヒトは“子育て苦手”な動物なんだから、オキシトシンの働きが活発ではない、、、、すなわち、500万年前、アフリカのサバンナに踏み出した、第一歩は、『未知なものへの好奇心、探究心』じゃなくって、単に、本物のチンパンジーとの生存競争に敗れて、森に留まって生活することが出来なくなった、結果かもしれんだけどね。

そんなこと、思いたくないけど。。。。。あっ！「猿の惑星」観たくなってきた・・・。]]></description>
         <link>http://www.marinn.org/mt_impressions337/archives/2010/07/2_1.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ああ、いっぺん言うてみたかった</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 14 Jul 2010 11:51:56 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>日本の医療の特徴</title>
         <description><![CDATA[<a href="http://www.marinn.org/mt_impressions337/archives/2010/07/13/20100713_foolproof.jpg" rel="lightbox"><img align="left" hspace="7" alt="20100713_foolproof.jpg" src="http://www.marinn.org/mt_impressions337/archives/2010/07/13/20100713_foolproof-thumb.jpg" width="200" height="148" /></a>日系メディカルオンラインのコンテンツ、《連載：医療制度改革のヒントを探る》の第8回は、マッキンゼー社 ルードヴィヒ・カンツラ博士による「医療サービスを過剰利用していないか」と題しての報告だ。

気になったところを抜き出すと、、、、

日本の医療には以下のような傾向があると考えられる・・・と。

(1)患者の側に過剰な需要が存在し、かつ、患者による適切な医療機関の選択がなされていない。
(2)供給（病床の数、過剰診察の実施など）が需要を生んでいる側面がある。
(3)医療資源（病院・医師）の配置に偏りがある。

調査結果は、、、、
人口1,000人当たりの医師数は、OECD諸国の平均が3.0人であるのに対して、日本は2.0人。(2004)※1
受診回数（外来患者1人当）は、OECD諸国平均が約7回/年であるのに対して、日本は約14回/年。(2003)※2
人口1,000人当たりの入院患者数は、OECD諸国の平均が5.5人であるのに対して、日本は11.4人。(2008)※3
医師一人当たりの入院患者数は、OECD諸国の平均が2.6人であるのに対して、日本は5.7人。(2008)※4
医師一人あたりの外来診察数は、OECD諸国平均が約2,500回/年であるのに対して、日本は約7,000回/年。(2003)※5

※1 米国2.4人　英国2.2人　フランス3.4人
※2 米国3.9回/年　英国5.2回/年　フランス6.7回/年
※3 米国2.1人　英国3.4人　フランス5.9人
※4 米国0.9人　英国1.5人　フランス1.7人
※5 米国1,625回　英国2,364回　フランス1,971回


良い・悪いは別にして、このように、かなり特徴的であることがうかがえる。

入院している患者数を推定してみると、、、、

平成22年６月１日現在　日本の人口 1億2千7百万人
2010年4月　米国国勢局推定　米国人口 3億914万人

日本は人口の1％が入院している。　1,270,000 人が常に入院している。
米国は人口の0.2％が入院している。　620,000 人が常に入院している。


う～む、すごいなぁ・・・・（意味不明）日本人って、不健康なの？


健康か、不健康かは別にして、需要から医師の供給数を割り出すと、人口1000人当たり、5人は必要なんじゃないのかなぁ？

民主党政権は1.5倍にするって言ってるらしいけど、これでも、ぜんぜん足りないジャン！？

で、医師の報酬を現状維持するとして、医療費は約2倍必要ということだ。


・・・・・・・・財源はどうするんだろう？？


実は、よい方法があります。私が考えました。エライでしょ？

その方法は、、、、灯台下暗し、、、、

えぇ～、埋蔵金です。民主党が野党だった頃、埋蔵金は“たんまり”とあるはずでした。でも、消費税を上げなきゃならなったところを見ると、、、、、、？

しかし、本当は、あるのです。

それは、造幣局にです。刷れば刷るだけ、財源は増えます。

埋蔵金として年間50兆円ほど印刷し、埋蔵金をあったことにして、こっそり、各省庁に配布すればいいのです。。

というわけで、よい方法とは、、、、お札を刷るでした。

湯水のように使いましょう！医療費。そして、日本人の半分が医療職に就けばいいのです。患者は作ればいいのですから。弱者を蔑ろにしてはいけません。テレビコマーシャルで「あなた、それは病気です。病院にいきましょう」と宣伝すればいいのです。



・・・・・ちょっと、脳シナプスで、混線があったようです。私。


ということで、ごく普通の感覚があれば、日本人の10代～50代の普通のサラリーマンが、1年間に14回も病院に行くはずも無いことがわかる。1年間に4回なら、花粉症で1～2回、風邪などで1～2回、納得できる。

年代別の統計を示せばハッキリするのだろうが、高齢者の受診回数が、平均値を押し上げているのは間違いないだろう。では、アメリカの高齢者の受診回数はどうなのだろうか？

1年間に4～5回程度なら、10代～50代の普通のサラリーマンでも普通のことだ。とすれと、アメリカの高齢者は平均値を押し上げていないことになる。

もっとも、アメリカでは高齢者ではなく、低所得者、マイノリティ人種などが、日本の10代～50代に対応して、平均値を下げているのかもしれないけど。。。。。

人種問題や所得格差の問題は、置いといて、、、、、あっ、日本の政治家やマスコミが日本の低所得者を“弱者”にしたいみたいだけど、日本と日本以外の国の“弱者”のギャップがありすぎるから、白々しく感じるんだよなぁ・・・・。

日本で、高齢者＝病気がち＝弱者をいたわる風潮は、もしかして、儒教の影響なのだろうか？映画やドラマを見ていても、儒教の無い国では、高齢者への対応が、、、ちょっと、、、違う。ちょっとじやなく、違う。


日本は、統計的な数値を示したいとき、なにかと、OECDの加盟国を使うけど、日本の文化や国民性とはかけ離れた国ばっかりなんだよねぇ！


　現在、OECDの加盟国は以下の30か国となっています。

(1)ＥＵ加盟国（19か国）
　イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、オランダ、ベルギー、ルクセンブルク、フィンランド、スウェーデン、オーストリア、デンマーク、スペイン、ポルトガル、ギリシャ、アイルランド、チェコ、ハンガリー、ポーランド、スロヴァキア。

(2)その他（11か国）
　日本、アメリカ合衆国、カナダ、メキシコ、オーストラリア、ニュー・ジーランド、スイス、ノールウェー、アイスランド、トルコ、韓国。


こんな国々と比べて、何を言いたいんだろう？どういう方向に向かわせたいんだろう？？？日本の医療を？

すでに、日本独特な医療の特徴、、、もし、比べるなら、韓国や中国でもいいと思うんだけど、、、OECDに韓国は入っているけど、平均値にされちゃうと、見えるものも見えなくなっちゃう。

韓国でも、高齢者が医療費を押し上げている・・・・なら、日本もショウガナイ。でも、違うなら、、、、、なのだ。まぁ、それでも、日本に独特な、、、、と主張するのなら、OECD加盟国の数値と比べなさんな！って事だね。


さてさて、テレビや新聞では、民主党の大敗を色々と分析している。それは、菅首相が消費税増税を叫んだからだけではない。公約を実行しないからだとかなんとか。さらに、言うに事欠いて「消費税増税は、やがては仕方が無い」などと言っているのだが、「ちょっと、待て！！」と言いたい。

消費税増税は、現在の予算編成に無駄が一つもないという前提がなければならないんじゃないか？無駄を省く民主党を選んだんだから。その検証も済む前から「消費税増税は、やがては仕方が無い」とは、かなり、国民をバカにした発言だぞ。（もっとも、マスコミに出るようなコメンテーターはロクなもんじゃないが・・・・）

医療業界ひとつ取り上げてみても、この実態だ。私の知らない他の分野でも、推して知るべしなんじゃないのか？これを、このまま続けていいのか？もっと無駄を省けるんじゃないのか？

小児科や高齢者医療は、必要のない受診が6割もあるとも言われている。（OECD諸国と比べても妥当な数字なんだろうね）

現に、日本のある地域では、小児科医を過酷な労働環境から守るために過剰な受診を自粛しようという運動まで起こり、受診が抑制されたが、それ故の小児の健康被害の報告もない。このように、良識ある国民には、すでに、ことの本質が見えているのに、、、、まして、高齢者医療に関しては、昔から病院の待合室の老人サロン化。湯水のように使っている医療費を棚に上げ、消費税をあげる事を肯定するなんて、テレビのコメンテーターはオオバカモノだ。

必要のないところに関わらざるを得ない医師のマンパワーを適正に配分できれば、解決する問題も多いだろう。


一方で、このような受診に係る医療費は、総量としては少なく、医療費が嵩むのは一部の高額医療によってだ、という人がいる。本当だろうか？

本当かどうかは、別にしても、気軽に受診できることを“善いこと”としてきた風潮を改めるところから始めてもいいんじゃないのか？

少なくとも、受診回数（外来患者1人当）が、OECD諸国の平均（約7回/年）になるまで待って、それでも、足りない・・・のなら、増税、大いに結構だ。

さらに言えば、税の在り方そのものを道州制のもとで道州に一任する、地域によって特徴が現れるってことになれば、もっといい。


民主党が大敗したのは、予算の無駄を明らかに出来ないにも関わらず、増税するなんて言い出したからに他ならない。

お年寄りを大事にする＝病院が好きなら好きなだけ行かせてあげる、を“善し”とするなら、それでもかまわない。それが日本の医療の特徴、日本の文化と言うならね。

でも、それを議論の遡上にあげることなしに、あたかもタブー視するよかのごとく、うやむやにしたまま、増税は、許せない。


さて、ここまで、書いといて、受診回数（外来患者1人当）の抑制案を出さないのは、卑怯者といわれちゃう？から、書いとくけど、、、

スバリ、、、、

■「病院での支払いは、全額を一括で」を基本にする。

健康保険での還付は、後で各自がする。

そうすれば、よほどの事がなければ、面倒くさいから病院に行かない。
或いは、全額が小額なら、面倒くさいから、還付を受けない。

病院の医療事務の仕事は少なくなるけど、役所や保険組合は忙しくなるから、人手は同じように必要。シフトが起きるだけ。さらに、保険の還付申請を請け負う業態が生まれるかもしれない。あるいは、民間の保険業が代行したりして・・・・・。


■もう一つは、受診して健康保険を使うかどうかは任意にする。ただ、これじゃ、全員が保険を使うから、自動車の保険のように、使ったら、翌年の保険料率はアップするようにしておけばよい。さらに、年に一回も使わなかったら、報奨金が支払われる・・・とか。

さてさて、エントリー終盤は、なんか、俗っぽくなっちゃいましたが、それは、わかりやすくするためでもある。

Nature や Science などのトップジャーナルに投稿される論文では、論文の導入部分において、elegant（優雅な）な表現ではなく、foolproofな（誰でも無難に扱える）表現で、簡潔さが求められるのだそうだ。

日本語の文章特有の vague, opaque，ambiguous，suspensive，diffuse な理論展開では相手にされないのだとか。

プっ。

日本の政党のマニフェストは、まさに、相手にされない文章の見本というわけだ。

で、自分を棚に上げて人のことは言えないので、なるべく、平易でわかり易い文章にするため、具体的な数値と、具体的な対策、、、、ってのを書いてみました。こういうのって、やっぱ、“俗っぽい”って感じなだよねぇ。だから、カッコ付けたがる人は、抽象的で<a target="_blank" href="http://marinn.cocolog-nifty.com/mmm/2005/11/post_28de.html">難解な単語を好む</a>んだろうな。


p.s.あっ、やってることは簡単なことなのに、文章にすると仰々しいの、みっけた！でも、誰の何のことか書かないでおこっ！]]></description>
         <link>http://www.marinn.org/mt_impressions337/archives/2010/07/post_448.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ああ、いっぺん言うてみたかった</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 13 Jul 2010 17:21:23 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>『母親の食事による胎児への影響』と『ねじれ国会』</title>
         <description><![CDATA[<a href="http://www.marinn.org/mt_impressions337/archives/2010/07/12/20100712_minnanotou.jpg" rel="lightbox"><img align="left" hspace="7" alt="20100712_minnanotou.jpg" src="http://www.marinn.org/mt_impressions337/archives/2010/07/12/20100712_minnanotou-thumb.jpg" width="200" height="283" /></a>『母親の食事による胎仔への影響』は、いわゆる、エピジェネティックな遺伝子の変異の好例として、しばしば、取り上げられる“ネタ”である。そして、この変異は、この胎仔の仔の代、すなわち、孫まで遺伝する。

さて、「今回の知見は、ヒト胎児の健康維持を目的とした出生前からの栄養介入および食事が原因となる疾患から小児を予防するうえで役立つと見られる」としているが、栄養ですら、このような影響を与えるのだから、飲酒・喫煙などの影響の大きさは、推して知るべしだとも言える。


・・・・・しかし、上のような事を考えている時、つい、同時に考えてしまうのは、逆に“劣悪”な妊娠環境が、胎仔の“淘汰”に一役買っているのではないか？ということだ。

いや、妊婦の栄養・飲酒・喫煙を考えることは、大切なことには間違いないのだが・・・・・。

人類が“酒”や“タバコ”、それ以外の耽溺性のある“薬物”を使用するようになったのは、いつの頃からなのか知らないが、そういう環境で世代を繋いできた事は、間違いない。

そういう妊娠環境が、胎仔の“適者生存”を担っていた、、、、、すなわち、、、、、病弱な個体の出生を防いでいた、、、、、ということは、考えられないだろうか？ってことだ。
<blockquote>母体の食餌が仔の遺伝子に影響

〔ワシントン〕ミズーリ大学（ミズーリ州コロンビア）生物医科学科のCheryl S. Rosenfeld博士らは動物を用いた研究を行い、「妊娠中の母親の食餌は仔の遺伝的健康に関連し、雄胎仔よりも雌胎仔のほうがその影響を受けやすい」とProceedings of the National Academy of Sciences, USA（PNAS、2010; 107: 5557-5562）に発表した。


雌のほうが影響受けやすい

　Rosenfeld博士らは今回、高脂肪・高炭水化物食またはコントロール食を与えた妊娠マウスの胎盤における遺伝子発現を検討した。その結果、嗅覚と腎機能に関係することが知られているものも含め2,000近い遺伝子の発現が変化した。

　また、食餌が独特の遺伝子シグネチャーをもたらし、その影響は雄胎仔よりも雌胎仔で大きいことがわかった。

　これまでの研究では、母体の高カロリー食は、各種の哺乳類において雌よりも雄で優位に影響を及ぼし、肥満の母親から生まれた雄は雌よりも肥満になる確率が高いことが示されていた。

　同博士らは「母体の食餌と胎盤の遺伝子発現において、性差を理解することは重要である」と述べ、「今回の知見は、ヒト胎児の健康維持を目的とした出生前からの栄養介入および食事が原因となる疾患から小児を予防するうえで役立つと見られる」と期待を寄せている。
</blockquote>
今時、衛生仮説（Hygiene hypothesis）を真っ向から否定する人はいないだろう。ゴキブリやどぶミズミが這い回る環境で生活したいかどうかは、別として。

「アンチバイオティクス（抗生物質）じゃなく、プロバイオティクスで治療するのが“理”にかなっている」というのも、突飛な考えではない。文字通り、ヒトは微生物と共存しているわけで、ウイルスや細菌の遺伝子がヒトの遺伝子を補完しているという説も、あながち間違いではないだろう。

免疫現象だけでなく、個体発生のレベルからホメオスタシスまで、直接・間接的に微生物の遺伝子が関与しているはずだ。そしてヒトは、このようなマイクロビオームっていうか、さらに範囲を広げてメタゲノムや環境中に存在する“（化学）物質”と相互作用をしつつ、生命現象を営んでいる。。。。。

「健康食品が体に良い」や「医薬品が病気に効く」って“命題”のほんの一部しか“証明”されないことからも、逆説的に「人知が生命現象に与えられる影響は僅か」だとも言える。

稀に、クリティカル・ヒットすることもあるけど、これは、良い？方向だけでなく、悪い？方向にも作用するのは、狙って得られた結果ではないことの証明だ。

人類に幸せあれ（良かれ）と思って為した事が、結局、自分たちに不幸をまねくことになったりと。

待ち望んだ結果を得られず、不本意な結末に至るということが、往々にして起きていることは、目の前の現象の解釈が正鵠を得ていなかったということの証明でもある。


と、、、、いうことで、論文の著者らは「今回の知見は、ヒト胎児の健康維持を目的とした出生前からの栄養介入および食事が原因となる疾患から小児を予防するうえで役立つと見られる」って言ってるけど、「人類にとって100％利益がある、100％幸せになる」というワケじゃなくって、二律背反、アンビバレントな選択肢だったりするかもしれない・・・・ジャン！


・・・・って、考えちゃうんだよね。
<blockquote>「別の」ヒトゲノムであるmicrobiomeを理解する

No. 10-0701-01

Understanding the "Other" Human Genome: The Microbiome
2010 July 01

 われわれ1人1人の体内と体表面には微生物が定着しており、われわれの消化管には3ポンド（約1.4キログラム）以上の微生物が、皮膚にはさらに多くが、住みついている。実際、われわれ自身の細胞1つあたり、10個の微生物細胞が共生している。この微生物共生体が単なる旅の道連れでわれわれの健康に何の影響も及ぼしていないとすれば、目に見えない微生物の存在は取るに足らないものであろう。しかし、以前から腸内細菌がヒトの健康に多大な影響を及ぼしていることが知られている。

腸内細菌が産生する分子は、腸肝循環を巡り、あるいは損傷した消化管の障壁を突破する。これらの微生物分子には、抗炎症因子、鎮痛性の化合物、抗酸化物質、およびビタミンが含まれる。さらに、腸内細菌が産生する毒素は重篤な疾患を引き起こしうる。近年、腸内細菌を肥満（日本語版Journal Watch Jan 2 2007）、糖尿病、さらに複数の癌と関連付ける驚くべきエビデンスが出現している。

きわめて大規模な国際的取り組みであるHuman Microbiome Consortiumは、現在ヒトの全微生物共生体の遺伝子の塩基配列を解析（シークエンシング）中である。ヒトに生息する微生物は、合計するとわれわれの100倍もの遺伝子を有し、その遺伝子にはヒトの遺伝子より多くの変異が存在すると考えられるため、これは困難な仕事である。これまでに、ヒトに生息する約1,000種類の微生物のうち178種類のゲノムのシークエンシングが行われた。この取り組みが最終的にヒトの健康を守るために役立つかどうかは、まだ不明である。

— Anthony L. Komaroff, MD

Published in Journal Watch General Medicine July 1, 2010

Citation(s):

Zhao L. Genomics: The tale of our other genome. Nature 2010 Jun 17; 465:879. (http://dx.doi.org/10.1038/465879a) 
Medline abstract (Free)

Human Microbiome Jumpstart Reference Strains Consortium. A catalog of reference genomes from the human microbiome. Science 2010 May 21; 328:994. (http://dx.doi.org/10.1126/science.1183605)
Original article (Subscription may be required)
Medline abstract (Free)
</blockquote>
さて、私、昨年、政権交代があって自民党から離党者が続出した後から、“みんなの党”を応援している。応援っていうか、みんなの党党首 渡辺喜美氏の考え方と、7割くらい同じだから。。。。選挙で何処に投票したかは別にして。

上のように、良かれと思ったことが、不本意な結果を・・・・なんてことは、何も、私がここで説明しなくても、誰しもが経験のあることだと思う。

政党がマニフェストを作るのは、わかりやすいからだとされているが、わかりやすいという反面、有権者には、選択肢がそれしかないという誤解を与えることにも繋がる。

っていうか、有権者が自分たちの住むコミュニティーに於いて、政策や制度を提案できる事を阻害することにもなっていると感じている。現実には、、、、提案するってことが、即、選挙に立候補に繋がるんだから難しい、、、、のなら、、、、、選択肢は与えて欲しい、、、、

“みんなの党”の《小さな政府》《道州制》は、生活基盤の多様性、言葉を変えれば、選択肢を広げることに繋がるんじゃないかと、勝手に解釈しているのだが。。。。

一つの政府が、「これが一番正しく、みんなが幸せになれる制度です」っていうのは、かなり危険じゃないかと・・・・・。

喩えは悪いが、《道州制》により「今回の知見は、ヒト胎児の健康維持を目的とした出生前からの栄養介入および食事が原因となる疾患から小児を予防するうえで役立つと見られる」を、実践する・しないが選択可能となれば、国民は、自分の考えに近い州に移住すればよい・・・・と。医療、介護、、、州によって特徴がある・・・・のがいい。


今回の参院選での民主党の大敗は、当然といえば当然だ。

こんな、庶民に覚えの良い甘い言葉を弄し、人道面を前面に出し、有無を言わせぬ“全体主義”を遂行しようする政党は、、、、、私は、嫌いだ。

自己責任とともに、個人の選択肢を与えてくれる（くれそう）なみんなの党が、私には、共感できる。。。。。

「「富」は誰のもの？」・・・富は頑張った人のものなのか？それとも、頑張れたのは周りの人のおかげだから・・・「課税に「正義」はあるか？」・・・頑張れたのは環境（例えば買う人がいたから）があったればこそだから、税金をかけて、その富を頑張れなかった人に、分配するべきなのか？それが正義なのか？

おっと、これは、ハーバード白熱教室のレクチャーの一部です。

共産主義が機能するためには、“性善説”が正しくなければならない。性善説が前提だったために、結果は教科書に載っている通りだ。

日本の政治家が掲げているマニフェストにも、同じ匂いがする・・・・んだよねぇ。“性善説”が前提でなければ機能しないような感じ？

性善説に依存しないようにするには、“本音”で議論しなきゃ、、、、、たとえば、「胎仔を淘汰する」って表現を、人道的立場で拒絶するような事はダメだよってこと。

私の勘違いかもしれないけれど、みんなの党は、本音に近いところで語っているように見える。政権を取れるはずが無いから言えるのかも知れないけど、共産党は取れなくても“ウソっぽい”から、この差は大きいのだ！]]></description>
         <link>http://www.marinn.org/mt_impressions337/archives/2010/07/post_447.html</link>
         <guid>http://www.marinn.org/mt_impressions337/archives/2010/07/post_447.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ああ、いっぺん言うてみたかった</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 12 Jul 2010 17:21:56 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>セロトニンがパーキンソン病に関する数十年来の謎を解決する</title>
         <description><![CDATA[<a href="http://www.marinn.org/mt_impressions337/archives/2010/07/10/20100710_justice.jpg" rel="lightbox"><img align="left" hspace="7" alt="20100710_justice.jpg" src="http://www.marinn.org/mt_impressions337/archives/2010/07/10/20100710_justice-thumb.jpg" width="200" height="133" /></a>パーキンソン病治療のために脳組織を移植するという方法がある。中絶胎児の組織を利用する事が倫理的に問われたため、アメリカでは一旦中止された研究だが、それが今は再開されている。経緯は、如何なるものだったのだろうか？


ハーバード白熱教室が評判らしい。（私の大のお気に入りでもあり、録画して、FLV にエンコード後、秘密の？アーカイブに収めて、何時でも何処でも見られる状態にしてある。。。ヤバイ？）

政治哲学だから、、、、“哲学”ってだけで“食わず嫌い”的に見てないひともいるのかもしれないが、サンデル教授の切り口による講義は「騙されたと思って食べてみる」価値は、十分すぎるくらいある。

Lecture9 では生殖医療を取り上げているのだが、そのまえに、、、、24回の講義を順を追っていくことが大切、、、、、Lecture1 ではこんな例を挙げて、倫理観、正義感を問うている。

Lecture1 犠牲になる命を選べるか

あなたは時速100kmのスピードで走っている車を運転しているが、ブレーキが壊れていることに気付いた。前方には5人の人がいて、このまま直進すれば間違いなく5人とも亡くなる。横道にそれれば１人の労働者を巻き添えにするだけですむ。

あなたならどうしますか？

この講義に集まる多くの学生は、5人を救うために１人を殺すことを選んだ。そして、その理由・根拠を示していくのだが、次の設問では、、、、

あなたは時速100kmのスピードで走っている車を、橋の上から見ている。前方には5人の人がいて、このまま直進すれば間違いなく5人とも亡くなります。ふと、横を見ると、かなりの肥満体の男がいて、彼を橋の上から投じれば、その車が前方の５人を撥ね飛ばさずに済むことがわかった。

あなたは、橋の上から肥満の人を投じ、５人の命を救いますか？

このように、サンデル教授は、選択肢とそれによる結果は同じ（一人の犠牲で五人の命が救える）だが、状況を微妙に変えた難問？を繰り出し、学生が自らの解答を弁護していくうちに、私たちの道徳的な根拠は、多くの場合矛盾しており、そして、何が正しくて、何が間違っているのかという問題は、必ずしもはっきりと白黒つけられるものではないことを明らかにしていく。。。。。。


最初に戻って、あなたなら、パーキンソン病治療のために、中絶胎児の脳組織を使うことをどう感じますか？？その前の妊娠中絶に対しては、どう思いますか？
<blockquote>Translational Medicine 6月30日号：

Serotonin Solves Decades-Old Mystery in Parkinson's Disease 

10年以上前に胎児組織の移植を受けたパーキンソン病患者2例を対象とした新たな研究により、パーキンソン病治療の一般的な副作用であるジスキネジア（突然動作が制御できなくなる運動障害）が、移植組織中の過剰なセロトニン細胞によって引き起こされることが示された。

これらの細胞は、脳を騙してドパミンを分泌させる。

同研究は、脳組織移植の長期的な結果の解明につながるもので、遺伝子操作細胞（bioengineered cells）や幹細胞などのその他の供給源由来の移植細胞を用いる今後の試験の向上に役立つ可能性がある。

1980年代に、パーキンソン病患者を対象として中絶胎児組織を用いる先駆的手術が実施され、少なくとも一部の患者では変性した脳を修復できる可能性が示された。

同治療の目的は、パーキンソン病患者の脳内の変性したドパミン細胞を置換することであった。

移植患者の一部で顕著な改善が認められたが、最終的には大部分の患者がジスキネジアを発現した。

成人への胎児細胞の移植を巡る論争の結果、1980年代後半に米国政府が一時的に胎児組織の研究を禁止するに至り、米国でのヒトを対象とした試験は終結した。

しかし、研究は世界の他の地域で継続された。

1990年代初期に米国の禁止令は撤廃されたが、移植患者に認められたジスキネジアの原因は依然として謎であり、有効な治療法はみつからなかった。

今回、Marios Politisと英国・スウェーデンの研究者らは、ジスキネジアの原因が神経伝達物質セロトニンであることを発見した。

同研究者らは、2例の患者を対象として、画像処理と放射線トレーサーを使用し、異なる化学物質の機能の画像化に成功した。

さらに詳しい観察の結果、以前に変性したドパミン作動性ニューロン（パーキンソン病の特徴）が、移植から10年経過しても依然として修復され、十分機能していることを見出した。

その一方で、Politisらは、移植組織内に予想外に大量のセロトニン作動性ニューロンが存在することも観察した。

パーキンソン病にみられる一般的なジスキネジアは、セロトニンではなくドパミンの作用によって引き起されると考えられているため、この結果は難解である。

研究者らは、セロトニン作動性ニューロンには脳を騙して異なる神経伝達物質、すなわちドパミンを放出するように切り替わる能力があり、これによりジスキネジアが引き起されることを発見した。

両患者にこの作用を阻害する薬剤を投与したところ、ジスキネジアがほぼ直後に消失した。

著者らは、今後の細胞ベースの治療においてセロトニンを除去すれば、このきわめて有害な副作用を予防できる可能性があることも示唆している。

最近、TRANSEUROという呼称で開始された新たな試験では、パーキンソン病の治療を目的として胎児細胞治療を行うことが計画されており、最初の手術が2012年に予定されている。

"Serotonergic Neurons Mediate Dyskinesia Side Effects in Parkinson’s Patients with Neural Transplants," by M. Politis; K. Wu; C. Loane; D.J. Brooks; P. Piccini at Imperial College London in London, UK; N.P. Quinn at University College London in London, UK; S. Rehncrona at Lund University Hospital in Lund, Sweden; A. Bjorklund; O. Lindvall at Wallenberg Neuroscience Center in Lund, Sweden; O. Lindvall at Lund Stem Cell Center in Lund, Sweden.
</blockquote>


ところで、遺伝子は染色体ごとに1つずつコピーされ、細胞あたり2コピー持つと考えられてきた。しかし、ここ数年の研究では、その数が2以外の数、1,3,4またはそれ以上といった現象が確認されている。


－－－えっ？？


って、感じじゃないですか？

このような遺伝子の数の違いは、今、現在、コピー数多型（copy number variation：CNV）と呼ばれ注目されている。テレビや新聞じゃ、こんなこと教えてくれませんけど。

というわけで、、、、、今まで、、、一般の人が知っていた、このようなヒトにおける個人差、すなわち、疾患のリスク、さまざまな薬の治療応答性、副作用の違いといった個人の体質差を生み出す原因としては、SNP（一塩基多型）に代表される個人間の遺伝子の“配列の違い”が全てだったように思う。（こんなことも知らずに、併用薬チェックとかやってる呑気な薬剤師も多いけど・・・）

体質の違いは、遺伝子の違い＝塩基配列の違いだと。

でも、最近では、エピジェネティック（基本的にはメチル化）な変化と CNV も“遺伝”することが明らかにされ、遺伝子の概念自体が変化しようとしているのだ。

ちなみに、CNV 現象は遺伝子の“数の違い”であり、遺伝子を丸ごと含むような数Kbp～数Mbpの長さの大きな領域の数が個人間で異なるというものである。

で、遺伝子を調べて、同じ塩基配列なのに、病気のなりやすさが違う！なんてのが、説明できるようになったんだけど、、、、、、


閑話休題。政治倫理、政治哲学ならぬ、医療倫理、医療哲学の分野では、いまだに、一本の筋が通った、医療人に共通のスタンダードがあるわけじゃない。

上のような個人差が、目に見える形で患者本人に知らされることになり、その“不公平感”による“不満”に対処せざるを得ないところが、一本の筋が通ったスタンダードに収束しない原因ではないかと感じている。

医療でも、よく、「平等に、、、」という言葉を聞くが、では逆に、どういう行為が不平等なのだろうか？

そもそも、病気になりがちな体質は、運動神経が良い、頭がよいのと同様に、その人の個性のハズなのに、、、、でも、これが、患者を目の前にして言えない・・・・・から、勢い、いるはずも無い“平均的”で“教科書的”な患者に対する対応を取ってしまう。。。。説明しないから、不平等な結果が“理不尽”に感じられる。。。。。

短命な遺伝子を持っている事が不平等なのか？

金持ちが、濃厚な医療、先進の医療を受けられるのが不公平なのか？

「金で命が買える」って、ほんとに信じているのか？

同じ病気になって（同じ病名を宣告されて）、予後に差があるのが、体質の差なのに、結果の違いに不公平感を感じるのか？

同じ病名を付けられて、治療薬に金額の差が付くことが不公平なのか？

だって、体質が違うから、病気の成り立ちも違うう。同じ症状でも重症度は同じなんて事はない。

医療提供側にとって見れば、良かれと思ったことが“アダ”になる。。。。。


自分に、一本、筋が通った“信念”がないと、医療は出来ない。。。やってられませんって感じ、、、、のはず。

でも、その信念をサポートする“医療倫理”、“医療哲学”などというものはない。あるのかもしれないが、コンセンサスを得られているとは言い難い。
<blockquote>長寿にまつわる遺伝子の秘密

Science 2010年 7月 2日 のハイライト

Genetic Secrets to a Long Life

研究者らは、平均寿命の人に比べて特に100歳超の長寿者において高い確率で認められる一連の遺伝子の特徴を発見した。

この観察結果により、（生活様式の選択と環境因子も重要な因子であるが）将来、きわめて長い寿命になるかどうかを事前に予測できるようになる可能性が高くなった。

また、この結果は、多数の遺伝子がいかにヒトの加齢に影響を及すのかを研究するうえで重要な基盤を築くものとなった。

 Paola Sebastianiらは、100歳超の高齢者1,000例とほぼ同数の対照群のゲノムを読み取り、100歳超の高齢者群と無作為に選択した個人との間に最も差のある複数の遺伝子標識を特定した。

きわめて長い寿命となるには多数の遺伝子の関与が考えられるため、次に著者らは150の遺伝子標識に基づき、個人が例外的に長寿となる確率を算定するモデルを開発した。

このモデルを用いて、100歳超まで生きる可能性を77％の精度で予測することができた。

また、著者らはこの遺伝学的な予測を、100歳超の寿命と年齢に関連がある疾患パターン（認知症、高血圧、心疾患など）に相関を示す19の特徴的なグループ（特徴）に分類した。

遺伝子の特徴に関する研究が進めば、特定の健康的な加齢パターンを見付けだすこができ、結果的には個別化医療やテーラーメード予防・治療戦略を確立するうえで有用となるであろう。

"Genetic Signatures of Exceptional Longevity in Humans," by P. Sebastiani; N. Solovieff; S.W. Hartley at Boston University School of Public Health in Boston, MA; A. Puca at Istituto di Tecnologie Biomediche in Segrate, Italy; E. Melista; S. Andersen; D.A. Dworkis; J.B. Wilk; R.H. Meyers; M.H. Steinberg; M. Montano; C.T. Baldwin; T.T. Perls at Boston University School of Medicine in Boston, MA; S. Andersen; M.H. Steinberg; C.T. Baldwin at Boston Medical Center in Boston, MA.
</blockquote>
今、現在、医療は、残念ながら“予測”ではなく“対応”が全てだ。やってみなけりゃわからない。患者の個人差に起因する“予想外”の反応が多いからだ。

結果論的に、ほぼ、満足な結果が得られている？のは、自然治癒力に因るところが大きい。表出しない“副作用”などは、その好例だ（出るはずの副作用が出ないのは、自然治癒してるってことだよ）。だが、、、、、SNPs , CNV , メチル化が掌握できれば、、、、、<a target="_blank" href="http://marinn.cocolog-nifty.com/mmm/2010/02/post-5e0b.html">無意味な投薬</a>も制限出来、医療費も適切に分配される。。。。

バイオインフォマティクスの充実、成熟を待ちましょ！


さて、医療において、ビシっと正義を貫くには、医療哲学が必要だと思うんだけど、どうなんだろう？正義を貫くためには、『多くを助けるためには少ない犠牲もやむなし・・・は正義なのか？』を、精根尽き果てるまで、議論することが大切だと思うんだけど。。。。。（正義ってのは、善悪の“善”のことじゃないよ！）

ああ言われりゃ「もっともだ」、こう言われりゃ「それも一理ある」じゃ、ダメだよね？薬学部、せっかく6年制にしたんだから、“臨床実習”をやりっ放しで無駄にしない為にも、ハーバード白熱教室みたいな講義で締めくくって欲しいもんである。


医療の崩壊を、数と金と弱者の問題に摩り替えるような、“お子様”な日本の政治家には、問題解決はムリだから、現場から変わるしかないんじゃないかなぁ。


p.s.ところで、関係ないけど、「<a target="_blank" href="http://www.youtube.com/watch?v=DoMWCvIt0NU">SUNSHINE OF YOUR LOVE (JUKE MIX)</a>」 ORIANTHI 最高！！！！カッコイイ！！！！！！！

日産、“ジューク”欲しい～っ。。。。。って、ごまかしたけど、今回のエントリーは“棘”が足りないんだよなぁ。これじゃ、なんか、そこいら中に蔓延する甘々の“イイ人”っぽいブログみたいじゃん。。。。キモっ！

次は、もっと、刺々しくいきたいもんである！]]></description>
         <link>http://www.marinn.org/mt_impressions337/archives/2010/07/post_446.html</link>
         <guid>http://www.marinn.org/mt_impressions337/archives/2010/07/post_446.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ああ、いっぺん言うてみたかった</category>
        
        
         <pubDate>Sat, 10 Jul 2010 11:01:36 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>『うそつきは目のまわりが赤い』</title>
         <description><![CDATA[<a href="http://www.marinn.org/mt_impressions337/archives/2010/07/02/20100702_vanity.jpg" rel="lightbox"><img align="left" hspace="7" alt="20100702_vanity.jpg" src="http://www.marinn.org/mt_impressions337/archives/2010/07/02/20100702_vanity-thumb.jpg" width="200" height="115" /></a>流通業の大手、イオンが新規に葬儀の際に僧侶を紹介するというサービスを始めたらしい。イオンカードの保有者向けに５月から展開しているのだそうだ。カード保有者は全国に約１７００万人いるらしい。。。。

ここで、波紋を呼んでいるのが、イオンが“お布施”の目安を発表してしまったことなんだとさ。

この発表に対して、宗教界は「布施は言われて出すものではなく、出す人が額などを決めるもので極めて宗教的な行為。価格を決めて商品のように扱うのはいかがなものか」と“苦情”をもらしているのだとか。。。。。


なんだかなぁ・・・・。宗教界。。。。。


そんなこと思ってるのって、あんたたちだけなんじゃないの？

お布施を払う側にとっては、少しでも安くしたい、もしくは、払いたくないってのが本音じゃないかな？出す人が額などを決めるなんて、あり得ない。新興宗教の信者でもなければね！

少なくとも、私が親父の葬式を挙げた時には、そう思ったヨっ。（日頃、宗教の話をよくするが、信仰心の全く無い私は、こんなものです。日本の仏教を、たんなる葬式仏教に堕落させたのは、あんたたちじゃないかっ！！それを“信仰心”で・・・なんて、言うに事欠いて・・・・・って小一時間、問い詰めたい・・・・ぞと）


で、イオンが“相場”として示した《例えば「通夜」「葬儀」「火葬場での読経」「初七日」の読経に加えて、「信士」といった戒名をつけた場合は２５万円を目安として示した》を見て、愕然としたワケだ。（どうせ、宗教界も愕然としたから、先のような“綺麗ごと”を発したんだろう）

私が親父のときに払ったのは、10倍とまでは言わないが、こんなに安いのが“相場”だったとは。。。。。

まぁ、祖父母の代から世話になっているお寺さんだから、仕方ないんだけど、、、、。それに、親戚一同を含めたみんなの“気持ち”が、そういうものだったから、それはそれでいいんだけど、、、、、


宗教界の側が、「布施は言われて出すものではなく、出す人が額などを決めるもので極めて宗教的な行為。価格を決めて商品のように扱うのはいかがなものか」というのは、非常に“違和感”がある。。。。。


でも、多分、彼らの目の周りは赤くない・・・・のではないだろうか。。。。


と、ここで、ふと気づいた。


一部の薬剤師のやっていることも、これとおんなじジャンって。
<blockquote>◆(薬事日報　2010年6月30日)

　明治薬科大学の緒方宏泰名誉教授は２６日に都内で講演し、薬剤師が薬物治療全体の調整役として機能できていない中で、専門薬剤師・認定薬剤師が増えていくことに警鐘を鳴らした。また、「まだまだ仲間内での評価に終わっている部分がある。自主的に薬物治療、システムを動かす力として、各施設で働くことが求められている」とし、具体的な取り組みとして、ガイドラインやレジメンの妥当性の評価、科学的で合理的な根拠に基づいた、薬剤選択の判断などへの主体的な関与を挙げた。

　緒方氏は、この日開かれたＤＰＣマネジメント研究会学術大会で講演し、抗菌薬を例に、薬物の適正使用が依然として徹底されていないと指摘した。

　原因として、院内に薬剤の使用方法を評価し、医師を説得する第三者的な組織が存在しないことや、専門・認定薬剤師が、現場の薬物治療に効果を及ぼしていない状況が見られるなどと分析した。

　特に薬剤師の役割については、本来であれば、薬物治療の必要性の判断や、薬剤選択といった中心部分から専門性を発揮し、関与すべきであるにもかかわらず、用法・用量の設定など、個別の対応に終始する例が多いことを問題視。「中心がないまま、個々に専門性があるといっても、実際の薬物治療に何ら影響を及ぼせない」と述べた。

　また、厚生労働省の検討会がまとめた「チーム医療の推進に関する報告書」で、薬剤の専門家として、薬剤師への期待が示されていることに言及。「平均的には、まだ薬剤の専門家・薬物治療の専門家として、全面的に自分たちが加わることでチーム医療を力づけ、全体的に進めていくという視点がないという気がする」と語った。

　同報告書で、医師や看護師が注射剤の調製、副作用チェックを行ったり、在宅医療で看護師が薬剤管理を担う場面が少なくないとする一方で、専門・認定薬剤師が増加していることが記述されていることにも着目し、「非常に大きな矛盾を感じる」と強調。また、患者モニタリングに基づく薬剤変更など、現行で可能な業務の実践が不足していることも懸念した。

　あるべき方向性として、科学的で合理的なエビデンスに基づく医療を推進する必要性を強調。多くのガイドラインが作成されていることに触れ、「一つひとつの論文に戻って、評価していく必要がある。それは薬剤師にしか担当できない」とした。さらに、癌治療のレジメンについても、十分なエビデンスに基づいた絞り込みが行われていないものがあるとし、そのために、「専門薬剤師がレジメン管理だけで、治療に入っていけない」現状があることを指摘した。
</blockquote>
「まだまだ仲間内での評価に終わっている部分がある」って、、、

明治薬科大学の緒方宏泰名誉教授の言葉は“やわらかい”が、言っていることは、「薬剤師のマスターベーションはかっこ悪いから、なんとかしろ」って事だ。


現場で仕事している、私ですら、“専門薬剤師”って何？

ってくらい、その、存在意義はわからない。

専門と非専門の境目って何？

専門の知識を問うているのではないことは、その取得に「施設に勤めている事」みたいな条件があることからも明らかなのだが、その意図がわからない。（手技とか言うかもしれないから釘を刺しておくけど、“手技”で“専門”を名乗れるのは医師の外科手術くらいだと思うよ。一般の人の感覚でも）

専門薬剤師という表現が、病院の広告利用に認められたそうだけど、そんな同業の薬剤師にすら認められていない“専門”が、一般の人に判るはずも無いことは、火を見るより明らか・・・・だよね。


これが、「布施は言われて出すものではなく、出す人が額などを決めるもので極めて宗教的な行為。価格を決めて商品のように扱うのはいかがなものか」みたいな“建前（綺麗ごと）”と同じに感じるのは、同じ薬剤師でも私だけではないはず。


－－－恥ずかしいから、ヤメテ！！


専門とか認定って言葉の価値が、どんどん、下がっちゃうから。


でも、自分たちでも、気づいてるんじゃないのかなぁ、そういう事って。自己欺瞞だよね？特に、認定を与える側・・・・。罪だよ、信じて取得した薬剤師が・・・・・。木に登った豚じゃん、、、。

目の周りが赤い・・・・・って、思いたいよ。。。。。
<blockquote>『うそつきは目のまわりが赤い』

2002年01月10日

的中率８０％の新型うそ発見器

目のまわりの紅潮から、うそつき犯人の正体がばれることになるかもしれない。今回報告された、熱画像でうそを見破る技術が実用化されれば、空港の警備システムをもっと確実で手間のかからないものに改善できる可能性がある。


メイヨークリニック（米ミネソタ州ロチェスター）のJames Levineは、ボランティアを募って「犯罪者」になってもらい、マネキンを刺して、その手から２０ドルをひったくってもらった。「犯罪者」となった被験者が取り調べを受けている間、Levineらは彼らの顔を高解像度・高感度の熱画像カメラを使って撮影した。

実際に「罪」を犯したグループは、うそをつくとき目のまわりが熱くなることが分かった。一方、何もしていない平静な人たちの目のまわりは熱くはならないままだった1)。研究グループは、犯罪を行ったか否かを、８０％以上の確度であてることができた。この成功率は、脈拍数、呼吸、発汗の変化を計測してうそを見分ける、現存のうそ発見器に匹敵する。

この技術は、空港やビルの入り口で、処理速度が速く、対象者を離れたところから調べることができる警備システムとして使うことができるだろう。うそ検出の専門家でボイシ州立大学（米アイダホ州）の心理学者Charles Hontsは「熱画像の撮影は、こっそりと行うことができる」とその利点を説明する。うそ発見器によるテストには、被験者の承諾と時間、データを解釈するノウハウが必要だ。

「あなたご自身でかばんを荷造りしたのですか」といった質問に対する答えは、現在は額面どおりに受け取るしかない。「一人ひとりがうそをついているか否かを見分けることは、特に見知らぬ人の場合、きわめてむずかしい」とHontsは話す。相手の目を見ないで目をきょろきょろさせることや、神経質な態度も、不正行為の信頼できる指標とはいえない。

しかし、こっそりと顔の監視を行うシステムが空港の搭乗口などで使われるようになるには、もっと信頼性のテストが必要だ。うそ発見器は広く使われているが、その信頼性にはまだ議論があり、法廷で証拠として採用されるのは、米国のいくつかの州とイスラエル、日本など少数の国や地域だけだ。


動揺時も

Levineのグループが使った熱画像カメラは、変装を見抜くために開発された。厚い化粧をしたり、かつらをつけていると、頭部からの熱の放出が通常と異なるようになるからだ。研究チームは、この技術を使って、人々がぎょっとしたときに顔が紅潮する反応もとらえた。

被験者が暗い部屋に立っていると、花崗岩の厚板が突然床に落ち、１２０デシベルのバタンという音をたてる。被験者は飛び上がって驚いた。研究グループの一員のNorman Eberhardtによると「このとき、即座に目へ向けて血液がどっと流れた」という。これは、動揺やうそをつく際に放出されたアドレナリンが、顔の血管を緩めるからかもしれない。

Helen Pearson


参考文献

1. Pavlidis, J. Eberhardt, N. L. & Levine, J. A. Seeing through the face of deception . Nature 415, 35 (2002)
</blockquote>
さてさて、宗教家はどうだか知らないけれど、政治家と偽善者に「目の周りが赤い」人がいないのは、、、、これまた、不思議・・・・・。

あんなに、“大嘘”つきながら、目の周りが赤くならないとは・・・・・・。


これは、薬物中毒と関係があるのかも、、、、、

だとすると、、、、、
<blockquote>どんなラットが薬物依存症になるか

Which Rat Will Become an Addict?

2010年 6月 25日

薬物使用をコントロールできる人もいれば、薬物中毒という悪循環に陥ってしまう人もいるのはなぜか。

これは薬物依存の防止と治療の双方に関わる難問である。

この難問を一部解決できるのではないかという研究が発表された。

フランスの研究チームは、コカイン中毒になるラットはコカインに手は出しても、それが習慣化しないラットより脳の「可塑性」が劣っていると報告している。

Fernando Kasanetzらはコカイン中毒のラットとそうでないラットを用いて、コカインが側坐核の神経細胞の結合強度に影響を及ぼす仕組みを研究した。

長期増強および長期抑圧として知られている神経細胞の結合強度の向上と低下は、脳が絶えず変化する環境に適応するための重要なメカニズムである。

Kasanetzらは、床の穴に鼻を突っ込んでコカインの投与を受けることを一旦学習すると、どのラットでも長期抑圧が消失することを発見した。

そして、2か月後に中毒のような行動を見せ始めたラットではこの長期抑圧の消失が持続しており、一方、コカイン摂取を抑制できて中毒にならなかったラットでは長期抑圧が再発していた。

ニューロンの可塑性の欠如により、行動を変えて薬物使用を止めることがより困難になるとKasanetzらは述べている。

なぜコカインのような薬物が一部の動物に限って脳の可塑性に悪影響を及ぼすのかを解明するには、さらなる研究が必要である。

ただ長期抑圧の消失に関与する分子間相互作用を突き止めることができれば、薬物乱用治療の新たなターゲットはつかめるであろう。

"Transition to Addiction Is Associated with a Persistent Impairment in Synaptic Plasticity," by F. Kasanetz; V. Deroche-Gamonet; N. Berson; E. Balado; M. Lafourcade; O. Manzoni; P.V. Piazza at INSERM in Bordeaux, France; F. Kasanetz; V. Deroche-Gamonet; N. Berson; E. Balado; M. Lafourcade; O. Manzoni; P.V. Piazza at Université de Bordeaux in Bordeaux, France.</blockquote>
・・・・・我ながら、本日は手抜きのエントリーでした。読んでくれた方、ゴメンなさい。]]></description>
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         <pubDate>Fri, 02 Jul 2010 16:55:35 +0900</pubDate>
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